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2008年1月3日。この日は3回戦の8試合が行われる。そしてこの日からWリーグの上位8チームが登場する。つまり2回戦まで勝ち上がってきたチームの今日の相手は、全部Wリーグの上位8チームのどれかである。
第1試合はWリーグ1位のレッド・インパルスとF女子高の対戦が組まれていたが、ベンチ組はこの試合を見ないことにした。撮影を葉月や聖夜たちにお願いして、千里たち12人のベンチメンバーと3人のマネージャー登録者とで都区内のお寺に入り、座禅をした。
試合の30分前に会場に入るが、控え室のモニターも切って情報はシャットアウトする。そして無心で試合に出て行った。
相手はWリーグ4位のビューティーマジックである。千里は試合前に整列して向こうの選手を見ただけで「強い!」と思った。
雪子/千里/寿絵/暢子/留実子という最強メンバーで始める。
ティップオフは相手の外人選手のセンターと留実子で争うが、これは留実子が勝ち、雪子がボールを確保して攻め上がった。暢子を使って攻撃しようとするが相手ディフェンスに全く隙が無く、中に侵入できない!
結局いったん雪子にボールを戻す。雪子は留実子にパスする。相手もさすがに長身の留実子には警戒している感じで、まるでプレスするかのような厳しいディフェンスをする。しかし留実子は強引に相手を抜くとジャンプシュートを試みる。しかしうまく相手にタイミングを合わせられる。
すると留実子は空中でシュートを中止して、千里の左側に低い軌道のパスをする。千里はそれに飛びつくようにしてボールを取る。相手ディフェンダーが千里を追ってくる。千里はボールをキャッチした体勢から、身体を立て直すのと同時に相手選手を抜く。そしてそこからシュート。
3点。
試合はN高校が先行して始まった。
しかし相手は本当に強かった。向こうの攻撃に対してこちらのディフェンスは無力ともいえる感じで、全く停めきれない。どんどん中に入られてシュートを撃たれる。もっともリバウンドに関しては190cmを越えている相手の外人選手に留実子が1歩も引かず互角の勝負をしていた。それで外れたシュートに関しては半々の率で攻撃交代になるので、一方的な試合にはならずに済んだ。結局第1ピリオドは24対12と、ちょうどダブルスコアで相手チームのリードとなった。
第2ピリオド。N高校は寿絵の代わりに夏恋を入れてみた。結局相手の守りが硬く、なかなか近づいてシュートすることができないので千里と夏恋で遠距離射撃をする作戦に出る。
千里は第1ピリオドでも2つスリーを放り込んでいるので相手も警戒するが、千里にばかり警戒しすぎると夏恋がスリーを撃って、夏恋も半分は成功させる。向こうもシューター2人に同時に警戒するのは大変で、そちらにパワーをさくと暢子がすかさず中に侵入してシュートする。そしてリバウンドを留実子が押さえる。
第2ピリオドはこれがうまく行って、18対20とこちらが2点リードすることができた。前半を終えて42対32である。
第3ピリオド。向こうは積極的に点を取る作戦できた。千里や夏恋にスリーを入れられるのは仕方ないと割り切って、その分こちらも点を取るぞという方針だ。守備的な選手を下げて、超攻撃的な布陣で攻めてくる。前半留実子とリバウンドを争っていた外人選手も下げて、攻撃力のあるフォワードを4人並べてその4人をポイントガードの人が巧みに操って変幻自在の攻めをする。
それでこのピリオドは38対28と、物凄く得点の多いピリオドになった。ここまで76対56で20点差。
第4ピリオドになっても相手は同じ方針である。もう選手交代もせずに疲労は精神力で乗り越える感じで強烈に攻めてくる。N高校側もどんどんスリーを撃つし、また相手がディフェンスにあまり力を使っていないことから暢子も頑張ってシュートする。
それでこのピリオドは第3ピリオド以上の点の取り合いとなり、44対36という10分間の得点とは思えない恐ろしいペースでの得点争いとなった。
しかし結局相手に点数で追いつくことはできなかった。
「124対96でビューティーマジックの勝ち」
「ありがとうございました」
試合終了後、握手してから相手選手がこちらの肩や背中を叩いて健闘を称えてくれた。
「いや、あんたたち強い。こちらはかなり本気になった」
と向こうの選手は言っていた。
控え室に引き上げてきてから第1試合の結果を見る。F女子高はレッド・インパルスに98対46のダブルスコアで負けていた。
「さすが相手はプロの1位だもんなあ」
「でもプロの1位から46点ももぎ取るのが、やはりF女子高の強さ」
「あんたたちは96点取ったじゃん」
と南野コーチは言ったが
「まぐれですね」
と暢子は疲れたような表情で答えた。
「実際この試合の得点はほとんどが千里と夏恋のスリーだよね」
「うん。近くからは全然シュートさせてもらえなかった」
「千里結局何点取ったんだっけ?」
という質問に薫は
「スリーが18本入ってるよ」
と答える。
「54得点!?」
「新記録だったりして」
「夏恋もスリーを7本入れてる」
「夏恋も21得点か」
「夏恋はフリースローでも5点取ってる」
「ふたりで96点の内80点取ったのか」
汗を掻いた服を着替えてから第3試合を見に行こうとしていた時、何かの腕章を付けた女性が控え室の戸をノックして入口の所に立った。
「花和留実子さんいますか?」
「はい」
「私はアンチドーピング機関の者ですが、抽出ドーピング検査にご協力頂けませんか?」
「はい、いいですよ」
それで留実子は出て行く。
暢子がちょっと心配そうに千里に小声で訊いた。
「あの子、男性ホルモン飲んでないよね?」
「飲むとドーピングになるから我慢すると言ってた。大丈夫だと思うよ」
留実子はなかなか戻ってこないので、放置して試合を見に行く。第3試合には愛知J学園が登場し、Wリーグ2位のサンドベージュと戦う。
近くの観客席には第1試合で破れた岐阜F女子高のメンバーが居た。このチームとはまだ戦ったことはないが、前田さんとはインターハイの表彰式で握手しているので千里が会釈したら向こうも会釈を返してくれた。
「F女子高はWリーグ1位、J学園は2位か。4位に当たったうちは、まだくじ運が良かった方になるのかな」
「でも雲の上のチームって感じだったよ」
「それでもあんたたち、その雲の上に指くらいは届いたんじゃない?」
「いや、爪の先ですね」
「ギターピックの先かな」
試合はやはりサンドベージュが圧倒的である。第1ピリオドも第2ピリオドも10点以上の差を付けられる。加えて相手はどうも花園さんや日吉さんをかなり研究しているようで、花園さんは相手ディフェンダーにうまく押さえられて、全然スリーが撃てない。
「うちが90点も取れたのは、やはり向こうがこちらを研究してなかったからというのもあるかな」
「まあ、研究してなくても勝てる相手と踏んだんだと思うよ」
「つまり愛知J学園はトッププロのチームでもある程度研究して対策を考えておかないと怖いチームということか」
「やはりJ学園・F女子高と、うちとのランクの差だね」
「それと元々ビューティーマジックはラン&ガンのチームだから、ああいうハイスコアのゲームが好きなんだよ。自分たちの得意パターンに持ち込んで勝ったんだと思う」
見た感じでは、J学園のメンバーは昨日苦戦していた時ほどは表情がきつくない。おそらく相手が強すぎて、もう開き直ってしまったのだろう。勝敗と関係なくやれるだけやろうという雰囲気になっているようにも見えた。
そのハーフタイムの間にやっと留実子が戻ってきた。
「試合どうなってる?」
「プロ側の大量リード」
「サーヤ、検査大丈夫だった?」
「いや、参った参った。千里から検査のやり方とかは聞いてたけど、僕、うっかり、おちんちん外しておくの忘れててさ」
「ん?」
「トイレで脱がされて、あなた男性ですか!?って」
「あはは」
「すみませーん。今取り外しますと言って、いったん控え室に戻って剥がし液を取って来て、係員の目の前で外してみせた」
「一昨年の千里と逆のパターンか」
「一昨年、千里は男と思ってトイレに行ったら、おちんちん付いてないんで、それで女性の係官に交代したんでしょ?」
「うーん。もうなんかそういう話でもいいや」
「最初ジャージ脱いだら男物の下着だからさ。相手はちょっと驚いている感じだったんだよね。でも男物の下着を防寒で着る子はいるし。でも、その中からおちんちんが出てきたので、仰天された」
「まあ、それは仰天するよね」
「しかし人前でおしっこするのって無茶苦茶恥ずかしい」
「うん。あれはマジで恥ずかしい」
「ちんちんの無い状態でおしっこするのって久しぶりだったから、どのあたりに飛んでくるかよく分からなくて、最初キャッチできずに慌てたよ」
「いや普通の検尿とかでも、おしっこのキャッチは結構難しいよね。ボーっとしてると目測誤ったりするもん」
「おちんちんがあると、ちゃんと目標物に向けて出せるんだけどね。女の子の身体って面倒だね」
などと留実子は言っている。
「そういや、サーヤって最近、女子トイレほとんど使ってないよね?」
「うん。学校でも男子トイレに入っても男子たち特に文句言わないし」
最近留実子は上こそ女子仕様のブレザーを着ているが下はだいたいズボンである(本当はN高校の女子制服にズボンは無い)。スカートはもうほとんど穿いていないし、先生たちもそういう留実子を黙認してくれている。
「こないだ北岡君と連れションしたという話は聞いた」
「ああ。したした。隣の便器でおしっこしながらしゃべってた」
「あれってお互いのおちんちん見ちゃうの?」
「見えるけど、じっと見たりはしないよ」
「じっと見てたら変だろうね」
「僕は今回の遠征でもずっと男子トイレ使ってるよ。だから最初係の人と一緒にトイレに行って、うっかり男子トイレに入ろうとして『そちら違うでしょ』と言われた」
「あはは」
「それで女子トイレに入ったけど、何だか痴漢でもしてる気分だったよ。小便器が無くて個室だけが並んでるトイレって凄く違和感があった」
愛知J学園とサンドベージュの試合、後半は中丸さんや大秋さんなどはのびのびとプレイしているように見えた。しかし相手は花園さんや日吉さんへの警戒は緩めない。ふたりとも全く仕事をさせてもらえない。J学園の主たる得点源2人は完全に押さえこまれていた。
結局最終的には100対75の大差でサンドベージュが勝った。
「これで高校生チーム全滅か」
「というか、ここまでほぼ全部プロ側が勝ってる」
「アマがプロに勝ったのはインカレ2位のTS大学だけ」
「いや、プロ側も負けたら恥ずかしいから、結構必死だと思う」
それで帰ろうかという話をしていたのだが
「愛知J学園、岐阜F女子高、旭川N高校の代表者の方、本部までお越し下さい」
というアナウンスがある。
「何だろう?ちょっと行ってくるね」
と言って宇田先生はそちらに向かった。千里たちはロビーに出て待っていた。やがて先生が戻ってきて言う。
「エキシビション・マッチをしないか?ということなんだよ」
「へ?」
オールジャパンの日程は今日3回戦が終わった後、1日置いて、1月5-6日に準々決勝が行われる。当日は11:00と13:00から女子の試合、16:30と18:30から男子の試合が行われるのだが、要するにその前座をしないかということらしい。
「エキシビションは女子大生チーム同士の対戦を考えていたらしい。ところがTS大学は今日プロに勝っちゃったから、準々決勝に出るのでエキシビションには出られない。一方のUT大学は、ちょっと事情があって辞退したらしい」
「何かあったんですかね?」
「どうもね・・・・欠格者が出た雰囲気なんだよね」
「転校生か何かですか?」
「分からない」
「男が居たんだったりして」
「その程度はいいんじゃない?」
「年齢オーバー?」
「留年してて既に過去4回出てたってはのあるかもね」
「あるいは退学していたとか」
「ああ、そっちはやばいよね」
「まあそれで女子高生チームがたくさん残っているので、滞在費が掛かって申し訳ないけど、可能なら出てもらえないかということ」
「でも3校ですよ」
「福岡C学園のメンバーも帰りの飛行機の便の都合で残っていたんだよ。そちらからはもう内諾を取っていたらしい」
「なるほど」
「山形Y実業は残っていなかったんですか?」
「昨日新幹線で帰ってしまっている」
「なるほど交通の便の問題か」
「念のため照会してみたけど、交通費が出ないからパスと。公立校だから元々予算が厳しいらしい」
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女の子たちのオールジャパン(3)