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美輪子が紅茶を入れてくれて、それでまずは頂く。
「これ占いだったんですよ」
「へー」
「ミルフィーユを選んだ春風さんはたくさんの層からなるケーキ。彼氏は恋多き人ですね」
「なんで分かるの!?」
「モンブランを選んだおばちゃんは、ただひとつの峯を目指している。ステディだけど、結婚までまだ少しかかりそう」
「ああ、私たちはスタートダッシュを誤ったんだよ。勢いで結婚してしまえば良かった所をいつまでもぐずぐずしてる。でも結婚できると思う?」
「できますよ。多分2−3年後」
「ふーん。あんたは?」
「私はアップルパイ。りんごを蜜で漬けて寝かせている。食べてもらうのに時間が掛かる。結婚できるのは10年後くらいかなあ。でも結婚できる気がする」
「私、その人と結婚していいと思う?」
と春風アルトは尋ねる。
千里は黙ってスポーツバッグの中から筮竹を取り出す。
略筮で卦を立てる。
「天雷无妄(てんらい・むぼう)の4爻変。貞(てい)にすべし。咎(とが)なし。相手は沢山浮気すると思いますよ。でもあなたはホームグラウンドなんです。だからふらふら揺れているように見えるけど、足はこちらに付いている。彼があなたを捨てることは決してありません。ただその浮気癖は治らないから、それを我慢できるかどうかという1点だけですね。戦国武将の妻にでもなった気持ちでいれば何とかなります。愛してくれるけど、分かりにくい愛です。でも、之卦(ゆくか)が風雷益だからこの恋は吉です」
春風アルトは涙を浮かべていた。
「その人と付き合い始めた後で、自分が気付いただけでも3人の女と寝てる」
千里は再度筮竹を1回だけ分けて、左手に残った筮竹の本数を数えていたが、途中で筮竹が1本手から落ちてしまった。
「その人って、浮気相手と結婚を考える相手とが別みたい。過去に結婚を考えた人が4人いるけど、全員と別れている。そしてその内の3人とひとりずつ子供を作っている」
と千里は言った。
「ああ。隠し子がいるなというのは言葉の節々から感じてた。でも3人もいるんだ!」
「その4人はその人の愛が信じられなくなったんですよ。浮気ばかりしてるから」
「それは理解するというか同情するなあ」
「結婚を考える相手との関係では、その人が自分から別れを選択することはないし、浮気はあくまで浮気にすぎません」
春風アルトは大きくため息を付いた。
「実はこれまで身分を隠して5人ほどの占い師さんに相談してみたのよ。実は全員、やめとけと言った」
「普通そう言うでしょうね。こんな浮気性の人」
「でもあなたは結婚していいと言うのね」
「好きなんでしょ?」
「うん」
「だったら結婚していいと思います。ダメになった時はなった時ですよ」
「そうだね〜。私も2〜3回結婚するかも知れないし」
その後は春風アルトの半分グチ、半分ノロケのような話が続いた。千里はそれを静かに聞いては、時々短いコメントをしたり、タロットを開いて状況の確認をしたりしていた。彼女の話は2時間以上、深夜1時頃までに及んだ。
「ところで私の相手、誰か分かる?」
「私もお名前を知っている人のようではありますけど、具体的には分かりません。特にそれを聞かれなかったし」
「でも何だかすっきりした」
「こういうこと話せる人ってあまりないですよね。占い師はクライアントのことについて守秘義務がありますから」
「それって何か法律とかで定められてるんだっけ?」
「ええ。刑法にちゃんと書かれています」
「へー」
「だから裁判所とかに命令されたような場合を除いては決して相談された内容は話しませんから」
春風アルトは頷いている。
「また相談するかも」
「いつでもどうぞ」
と言って千里はにこやかに返事をした。
春風アルトは遅くまでお邪魔して済みませんと言って帰って行った。見料と言って10万円も入った封筒を置いていった。
彼女は翌年春までに出演していた全ての番組から降板し、その後4月に上島雷太との交際を公表した。実際にふたりが婚約したのは彼女が千里の所に来た翌月の10月であったらしい。
10月4日。振分試験が行われる。この日留実子については、副担任が札幌まで行き、病室で学校と同じ時間割で試験を実施してくれた。留実子が左手で答案を書いているので
「あれ?花和さん、左利きだっけ?」
と尋ねると
「僕、左手の握力が右手より弱いから左手を鍛えているんです。それに左手を使うのは右足の神経を活性化するのにもいいから」
と留実子は答えた。
「それにしてはしっかりした字を書くね!」
と副担任は感心していた。
「だけど花和さん、一見すると男の子に見える」
「僕、男ですから。病院のトイレも男子トイレ使ってますし」
「・・・花和さん、退院したら男子制服着て通学する?」
「それやると、女子選手として認めてもらえなくなるかも知れないから、男子制服はこっそり着ます」
「男子制服もしかして持ってるの?」
「持ってますよ」
「すごーい!」
翌日10月5日は1学期の終業式である。そしてその後の3連休に、バスケットの秋季大会が設定されていた。
これは旭川地区と留萌地区の合同の大会で今回女子では20校が参加していた。初日1回戦と2回戦の12試合、2日目に準々決勝と準決勝の6試合、3日目に3位決定戦と決勝の2試合が行われる。20校の内8校が1回戦から、12校が2回戦からとなる。
今回はL女子高・N高校・M高校とA商業の4校がシードされて準決勝までは当たらないようにされており、留萌地区から参加した6校も4つの山に分散されている。
会場は男子は1日目がR高校・A高校、2日目がN高校、3日目がJ高校、女子は1日目がE女子高・L女子高、2日目がM高校、3日目は男子と同じJ高校、と旭川市内の複数の高校に負荷分散して行われる。コートは1日目と2日目午前中までは各校2コートずつに切って使うが準決勝・決勝は1コートで使用する。
千里たちN高校はこの大会、事前の話し合いの通り、留実子を6番で登録したまま欠席扱いにして臨んだ。先発は、雪子・千里・寿絵・暢子・揚羽というラインナップである。揚羽はこれまで留実子という安定したプレイをする先輩が居る中で伸び伸びとプレイしていたのだが、その留実子が欠場する結果、今回は実質正センターである。ちょっと重圧感で試合前緊張していたので、それを見た暢子が脇の下をくすぐって緊張をほぐしていたが、南野コーチから「あんたたち何やってんの?」と言われていた。
初日2回戦はあまり強い所ではないので、最初だけその5人で出たものの第2ピリオド以降は、控え組、特に初めてベンチ枠に入ったメンバー中心に運用して、それでもダブルスコアで快勝した。
2日目午前中の準々決勝は数子や久子たちの留萌S高校であった。キャプテン同士、暢子と久子で握手した後、千里も久子や数子たちと握手してから試合を始める。昨年春に「バスケット同好会」としてスタートした時は部員が7名しか居なかったのだが、今年1年生5人を入れて12名になっている。但し久子たち3年生3人が12月いっぱいで引退するので、新人戦は9人で戦わなければならない。
人数は少なくても現在留萌地区最強校なので、こちらも充分気合いを入れて掛かる。メグミ・千里・夏恋・暢子・リリカといったメンツで始めて、ある程度点差を付けてから、千里・暢子は結里・蘭と交代して下がる。その後セミ・レギュラー組中心で運用した。但し雪子と揚羽は温存し、司令塔となるポイントガードはメグミが下がる時はドリブルの巧くゲームセンスの良い敦子(登録はSF)に代行させた。
第4ピリオド後半から雪子も入れたベストメンバーに戻して、最終的に86対58で勝利した。この試合が事実上の高校ラストゲームになった久子や豊香とは千里も雪子もゲーム後ハグしてお互いの健闘を称え「またどこかで闘ろう」と約束した。
そして2日目午後の準決勝。相手はM高校である。橘花たちM高校は先日のウィンターカップ地区予選で2位以内に入れず道予選への進出を逃してしまったが、気持ちを切り替えて来年のインターハイに向けてまた鍛え直すと言っていた。この秋季大会の直前まで練習試合をやっていたが、テンションは高かった。
シューターの友子とセンターの葛美が抜けて、どうしてもインハイの時に比べると攻撃力・防御力ともに落ちているが、新部長・橘花と1年生の宮子を中心としたチームは、あなどれない。
むろんこちらは全力で行く。
雪子と揚羽を午前中の試合であまり使わずに済んだので、この2人が元気あり余っている。千里・暢子も午前中の試合は3割くらいしか出ていないし、元々スタミナがたっぷりあるので充分元気である。
試合は終始N高校のリードで進行した。第1ピリオド18-22、第2ピリオド20-24と進行するので、第3ピリオドは千里・暢子は休ませてもらう。第3ピリオドは暢子の代わりにリリカ、千里の代わりに夏恋が入り20-20と同点で持ちこたえた。そしてふたりが復帰した第4ピリオド24-28として、このゲームを制した。最終的な得点は 82-94である。点数としては結果的に12点差になったものの、結構接戦感覚のしたゲームであった。
「なんかあまり負けてる気がしなかったのに結果的に負けてる」
と橘花が悔しがっていた。
「微妙な得点確率の差だったね」
と千里。
「やはりその得点確率を5%上げないといけない」
「うん、また頑張ろう」
続いて行われたもうひとつの準決勝はL女子高がR高校を76-54で破った。R高校は準々決勝でA商業に勝って上がってきていたものである。
一方別会場で行われていた男子の準決勝はN高校がR高校に勝ち、留萌S高校が旭川T高校に勝った。明日の決勝戦はN高校対S高校の組合せになった。昨年インターハイ道予選では決勝リーグ最後のカードになりそれを制したS高校がインハイ切符を手にした。また昨年のウィンターカップ道予選では1回戦で当たりN高校が勝っている。両者はしばらく当たっていなかったが、約1年ぶりの対戦となった。
「千里が万一まだ男子チームに居たら、またトラブルが起きてる所だったな」
「性転換してくれて助かった」
「いや、まだ千里が性転換していなかったら、病院に拉致していって強制手術してしまわないといけないレベル」
「今度またトラブっていたら、チームが対外活動禁止処分になっていたかも」
などと暢子と寿絵は男子の結果連絡を聞いて勝手なことを言っていた。
が、あとで北岡君からも似たようなことを言われた!
R高校は男女とも3位決定戦に回ることになった。