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「でも今日はどうしたの?」
「いや、私の東京方面移住計画についてね」
「ふーん。愛子ちゃんも東京に行くんだ」
「姉ちゃんが頑張って出て行ってくれたから私も行きやすくなった」
愛子の姉の吉子は函館市内の高校を卒業後、東京の有名私立大学に進学した。親としては女の子をそんなに遠くにやるのは不安だったようだが、吉子はさばさばした性格で、勉強もよくできたので親としても折れたようであった。しかし吉子ほど頭の出来がよくない愛子は、東京の有力大学に合格できないので札幌市内の大学で妥協したのである。
「愛子ちゃんまで東京に出てくれると、私も東京に行きやすくなる」
「男の子は遠くに出ることあまり言われないんじゃないの?」
「うちのお父ちゃんは、留萌に戻ってきて漁師やるなんてのをまだ諦めてないし、お母ちゃんの方は私を都合によって男の子とみなしたり女の子とみなしたりするんだよ」
「ああ。何となく分かる」
「吉子ちゃんは勤め先は決まったの?」
現在吉子は大学4年生である。
「都市銀行の埼玉県内の支店に内々定」
「すごーい」
「で愛子ちゃんも関東方面の会社に勤めるつもりなんだ?」
「うん。姉貴が埼玉県内に勤めていれば、保証人にもなってもらえるし」
「吉子ちゃんと一緒に暮らすの?」
「まさか。それだと彼氏を連れ込めないじゃん」
「確かに。吉子ちゃん彼氏居たんだっけ?」
「彼氏というほどの相手はいないみたい。ボーイフレンドは何人かいるみたいだけどね」
「ふーん」
「まあそういう訳で千里占ってよ」
「どういう選択肢?」
「要するに東京に行く大義名分が欲しいのよね。姉貴は有名大学への進学、都市銀行への就職というのでそれをクリアした」
「うまいね」
「それで私が考えているのは、放送局、新聞記者、国際機関の職員、政治家の秘書、航空会社のグランドホステス。もう少し若かったらモデルとか歌手とか目指したいくらいだけどね。あと英語ができたらキャビンアテンダントやりたいけど」
千里は頭を抱えた。
「英語できなくて国際機関の職員もグランドホステスも政治家の秘書も無理だと思うけど」
「グランドホステスも英語必要?」
「できなければ門前払いだと思う」
「むむ、そうか」
「愛子ちゃん、地域的なこと考えなかったら何になりたいのさ」
「お嫁さん」
「そう来たか、今彼氏は?」
「私は姉貴と違って今まで恋人なんてものができたことない」
「学部は経済学部だったっけ?」
「うん。経営学科」
「会社の社長にでもなる?」
「ああ。君が経営者だったらこういう場合どういう決断を下すか?とゼミで練習してるよ。どこか、社長の求人とか無いかな?」
そして9月24日。連休の最終日。
午前中は留実子から言付かったお菓子を持ってL女子高まで行って来た。連休明けでもいいかとも思ったのだが、溝口さんに連絡してみたら練習しているということだったので、美輪子に車で送ってもらう。
学校の中まで車で乗り入れようとしたら門の所に居る守衛さんから用件を聞かれる。
「旭川N高校の村山と申します。バスケ部の人たちに会いに行きます」
と生徒手帳を見せて告げる。
守衛さんは手帳の中を開けて身分証明書欄を確認してから出入りノートに名前を書いてくれと言われ、千里・美輪子ともに記入した所で通してくれた。番号の付いた首掛け式の入構証をくれて、校内ではそれを掛けておいてくださいと言われた。
「さすが女子高は警備が厳しいね」
と美輪子が言うが
「ふつうは女性であればほとんどノーチェックで通してくれるんだけどね。いつもほとんど素通りしてるし。うちの男子部員連れてくる時は、名前を書かせられてるけど、入構証までは無かった。何かあったのかな」
美輪子が駐車場で待っているというので、千里はひとりでお見舞い返しを持ち練習場になっている第2体育館に行った。すると近くに青いビニールシートが掛けられた建物がある。何か工事中なのだろうかと思う。
体育館に入って行くと、ちょうど休憩している所だったようである。
「お疲れ様ですー」
と言って留実子から渡されたお菓子を出す。
休日というのに15人ほど部員が出て来ている。部員は25-26人だったはずと思いきんつばの12個入りを3箱持っていったのだが、その場に居る部員が寄って来てあっという間に無くなる。
「今日来てない人に取っておかなくて良かったんだっけ?」
「出て来てないのが悪い」
「箱は処分して証拠隠滅」
学校の人は瑞穂監督と下田コーチの他、シスター姿の年配の女性が居る。きんつばを1個だけ取って食べていたが、千里が会釈すると寄って来て
「ね、あなた修道院とかに興味無い?」
と言った。
「すみませーん。私、神社の巫女してるので」
「ああ、そちらかー。あなた凄く優秀な修道女になれそうなのに」
「キリスト教はあまり馴染みがなくて。ごめんなさい」
「シスター、この子凄いですか?」
と瑞穂監督が訊く。
「うん。物凄く優秀。神様の声を聞いたりするタイプ」
ははは。神様とならしばしば会話してるかな。でもさすがにそんなこと人前では言えない。
「村山さんが霊感凄いというのはP高校の佐藤さんも言ってたな」
と溝口さん。
「いや、私は佐藤さんも霊感凄いと思う。でも溝口さんだって結構霊感ある」
と千里。
「そうだっけ? 私テストの勘は働くけど幽霊とか見たこともないし」
「それは実用的な霊感だと思う」
「そういえば隣の建物は武道場でしたっけ?工事ですか? 青いビニールシートが掛かっていたけど」
「放火されたんですよ」
「えーー!?」
「火災警報が鳴って警備の人が駆け付けて消化器で消し止めたんですけどね。改修が必要なんで、取り敢えずビニールシートを掛けている」
「夜間はセキュリティとか入ってないんですか?」
「時限発火装置付きだったらしくて、おそらく昼間警戒の弱い間に入って仕掛けたのではないかと」
と下田コーチが言う。
「本格的ですね」
「春頃から深川市内で似たような手口の犯行が3件あったらしいです。その犯人がどうも旭川に移動してきたのではないかと警察は言ってました。そちらも注意してくださいね。教育委員会に連絡して、緊急に市内の学校に注意を促す文書をFAXしてもらいました」
とシスターさんが言う。
あるいはその関係の処理で学校に出て来ていたのだろうか。
溝口さんや大波さん(布留子)たちと10分くらいおしゃべりした所で引き上げる。駐車場に駐めてある美輪子のウィングロードに乗り込む。
「お待たせ〜」
「次はどこ行く?」
「深川まで送ってくれる?帰りは電車で帰るから」
「OKOK」
動き出した車内から体育館、そしてブルーシートの掛かった武道場が見える。その武道場の所に千里はどこかで見たような記憶のある女の子の人影を見た気がした。しかしその姿はすぐに消えてしまった。
誰だっけ?と考えていたが、旭川市街地を出た所で思い出した。あの人影は先日深川の体育館で会った東京から来たバスケ女子の薫さんだったということを。
もしかして薫さん、L女子高に入るのかな?
千里はこの時はそんなことを考えた。
深川の体育館で降ろしてもらってからバスケの練習をする。練習していたら暢子が来たので、一緒に3−4時間汗を流した。その後、夕方近くから夜10時まで神社でご奉仕する。
その後、帰宅したら信じられない人物が待っていた。
「春風アルトさん!?」
「インターハイの取材の時に頂いたCDが凄くいいなと思ってね。事務取扱が∞∞プロになってたから、そちらに照会したら、連絡先として琴尾さんを教えてもらって、それで確か村山さんと言ったんだけどと言ったら、こちらの住所を教えてもらったから押しかけて来た」
と春風アルトさんは言う。
「昨年お花見の時に会った時も不思議な少女だなと思ったのよね。それで先日の取材の時にももっとミステリアスな雰囲気を感じたんだけど」
「そうですね。不思議なのは私が少女じゃなくて少年だからかも」
「えーーー!?」
「冗談です」
「びっくりしたー」
「たまに私男ですけどと言ってみるんですけど誰も信じてくれないんです」
「そりゃ村山さんみたいな美少女が男ですなんて言っても信用度ゼロだよ。仕事柄ニューハーフのタレントさんともよく話すけど、みんな女らしいけどやはりどこかに男が残っているんだよね。普通の女性にはそういうものが無いから区別が付くよ」
と春風アルトが言うと、美輪子は苦しそうだ。
「それで∞∞プロの谷津さんから聞いたけど、神社の巫女さんをしていて、何日にどこどこに行けば有望なアーティストに会えると占ってくれて、それで見つけたのがラッキーブロッサムと聞いて」
「偶然ですけどね」
「いや。偶然だとしても凄い。まあそれでぜひ会いたいと思ったのよ」
「でも、こんな凄いタレントさんに出せるようなお菓子がなくて焦ってる」
と美輪子。
「じゃこれでも」
と言って千里は手提げバッグの中からケーキ屋さんの箱を取り出す。
「バスケの練習が終わってから神社に行く前に買ったんですよ。神社で冷蔵庫に入れておいて、帰り間際に冷却剤入れてきた」
と千里は言うが、箱の中からケーキが3個出てくるので、春風アルトが驚く。
「どなたかお客さんがある予定だったの?」
「いえ。でも誰か来るかもと思ったんです」
と千里が笑顔で言うと、
「うっそー!」
と春風アルトは声をあげたが、美輪子は
「千里の行動の予定調和にはもう私は最近驚かなくなったな」
などと言ってニヤニヤしている。
「お好きなもの、どうぞ」
と言うので春風アルトは
「じゃミルフィーユにしよう」
と言って1つ取る。
「おばちゃんは?」
「じゃ私はモンブランで」
「じゃ私が残り物に福があるでアップルパイ」