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実は千里の体重は5月20日夕方に自宅でお風呂に入る前に測った時は54kgあった。しかし21日の朝に再度体重計に乗った時は51kgに落ちていた。その後頑張ってまた筋肉を付けてきたのである。正直、体重が突然落ちた時より、筋肉の比率が高くなっている気がしていた。
「最近、千里ほんとに体力付いてるし、走る速度が上がってるけど、何か特訓でもしてるの?」
と暢子から訊かれる。
「毎日100km歩いてるんだよ」
「100km!?」
「それ何時間かかるのよ?」
「夢の中だから0時間」
「夢〜!?」
「睡眠学習みたいなもん?」
「そうそう」
「いや、でも毎日100km本当に歩いていると言われた方が信じたくなるくらい千里は体力付いてるよ」
「だって、私は今年がインターハイ挑戦最後の年になるから。頑張らなくちゃ」
「そうか。特進組は2年生で部活終了だから」
「でも女子バスケ部には特例があるの知ってるよね?」
「うん。成績20位以内なら来年の夏も挑戦できる」
「男子バスケ部には無い特例だけどね」
「女子バスケ部と女子ソフトテニス部、男子野球部だけ」
「千里、勉強頑張って、残れるようにしろよ」
「でも実際に適用された人はこの10年で3人だけと聞いた」
「じゃ4人目になろう」
「そうそう。せっかく男子バスケ部から女子バスケ部に移動したんだし」
「私は卒業で抜けるけど、今のバスケ部から千里まで居なくなるのは大打撃」
「うん。頑張ってはみるけど、厳しい戦いだなと思う」
食事の後は少し置いてからお風呂である。
「ご飯を食べた後にお風呂という順序は、若干乙女としては問題があるぞ」
「お互いのお腹は見ないという淑女協定で」
「でもあの激しい試合の後、ご飯も食べずにお風呂に入ったら、ぶっ倒れるよ」
「それは言えてる」
千里はごく普通に他の女子の中に埋没して、脱衣場に居るし、ふつうに浴室に居る。
「あ」
「どうしたの?」
「千里の性別のこと忘れてた」
などと浴槽でおしゃべりしていた時に言われる。
「千里の性別はこの通り、本人の身体を見れば一目瞭然」
「千里、ちょっとお股を広げてごらんよ」
「いいけど」
「ほんとに付いてないね」
「ちょっと!触るのまでは勘弁!」
「ほんとに割れ目ちゃんがある」
「ほんとに性転換したんだ!」
「女の子でなかったら、女子の試合に出られないよ」
「胸、それBカップはあるよね?」
「今Cカップのブラ着けてる」
「おお」
「でも実際、千里は秋田に行った時より女らしさが増してる気がする」
「うん。筋肉はあの時よりずっと付いてるけど、体形は女らしくなってる」
「私の筋肉は、女の子的に付くみたーい」
「だよねー。なんか私より曲線が美しい」
「ウェスト、なんでそんなにくびれてる?」
「やっぱりたくさん運動してるもん。カロリー消費激しいから、贅肉のつく暇がないみたいです」
「ああ、やはり、部活以外にも練習してるんだ」
「みんなの倍練習しなきゃ、レギュラーは維持できません」
「う・・・耳が痛い」
と言っている子がいる。
「いや、千里はたぶんみんなの10倍練習してる」
と暢子が闘志あふれる目で言った。
なお、1日目の結果、女子は橘花たちのM高校、数子たちのS高校ともに明日のブロック決勝に進出している。男子では、田代君の札幌B高校、鞠古君の旭川B高校、ともに2回戦で敗退したが、貴司たちのS高校は勝って明日まで残っている。
「貴司たち、今年は去年以上に強くない?」
その夜、千里は貴司に電話して言った。宿舎は近くではあるが、自粛して直接会ったりはしない。
「うん。佐々木も清水もかなり練習頑張って力を付けたし、1年の大林・小林の大小コンビがお互いに競い合って伸びて来てる。1年生が頑張ってるから2年生(千里と同学年)の戸川も刺激されて最近よく練習してるし。今年もインターハイ行けるかも知れないと思ってる」
「インターハイBEST8くらいまで頑張ろう」
「うーん。それは運と組合せ次第だな」
「インターハイ1回勝つごとに1回やらせてあげるからさ。だから優勝したら6回」
「さすがに6回連続は無理!」
「軟弱だなあ。少し鍛えなよ」
「チンコ鍛えるより、僕はバスケを鍛えたい」
「そういうストイックな所が、貴司好きだ」
「何でも強気に考える千里が好きだよ」
2日目の午前中にブロック決勝が行われる。
橘花たちM高校の相手は旭川では最強のL女子高であった。地区大会の準決勝でも当たった組合せだが、再び激しい戦いとなった。地区大会の時は前半は良い勝負だったものの後半はワンサイドになってしまったのだが、今回橘花たちはかなり頑張った。
ここ1ヶ月ほど毎日やっていたN高校との練習試合で幾つかの偶然の結果もあって自信を付けてきた1年生の宮子が大活躍する。友子もここ1ヶ月で暢子とさんざんやって、相手のマークを振り切るのが、かなりうまくなっており、そして今日はスリーが高確率で決まる。
戦いは最後まで息をつけない展開となったが、最後の最後で友子のスリーがまた決まって、71対70の1点差で辛勝し、決勝リーグに駒を進めた。
M高校が決勝リーグに進出するのは10年ぶりらしい。
同時刻に行われた試合。S高校の相手は新鋭のC学園であった。1年生ながら、ひじょうに卓越したシューターで武村さんという人が居て、彼女の力でここまで勝ち上がってきた。S高校は数子と豊香がダブルチームで付く、最大の警戒態勢で臨んだのだが、それでも武村さんはその2人のマークを振り切って、どんどん撃つ。
結局90対63という大差でC学園が勝ち上がったが、その試合を見ていた千里と暢子は、あのシューターをどうやって封じるかというのを厳しい顔つきで考えていた。
千里たちN高校の相手はK高校であった。これまで当たったことのない学校だが、いつも道大会では上位になっているチームのひとつである。偵察隊からの情報でSFの諸淵さんが要警戒であることを確認する。そこで雪子を先発させて諸淵さんのマーカーをやらせた。
これが上手く当たった。諸淵さんもかなり巧いフォワードなのだが、雪子は器用だし、相手の視線に騙されないし、こちらの次のアクションは読ませないので、マッチアップした時になかなか突破することができない。やむを得ず他の子にパスを回したりしていたが、結果的にこれで彼女の得点を相当封じることができた。
一方で千里も暢子も全開で前半だけで52対37と点差を付ける。
そこで雪子はそのまま諸淵さんに付けたまま、後半は暢子と千里を休ませ、夏恋と揚羽を入れた。揚羽にはSGのポジションに入らせたが、彼女はスリーを撃つのではなく、敵陣に侵入していって活路を開くタイプなので、千里を想定して守備をしていたK高校は当初守備の混乱が見られた。その隙を突いて突き放し、結局93対70で勝利した。
千里たちと同じ時刻に行われていたもうひとつのブロック決勝が札幌P高校と釧路Z高校の試合だったが、激戦となった。
釧路Z高校は新人戦でN高校に大敗したことから、春休みもゴールデンウィークも返上して、かなり凄い合宿をしてきたようで、2月の状態から相当レベルアップしていたようであった。《女王》P高校も、その相手に全力で戦う。どちらも気合いが入っていたので、積極的なのが行きすぎて、ややエクサイティングしてしまう場面もあり、掴み合いの喧嘩をして両者退場をくらったりしたのもあったようである。試合はそれがきっかけとなり荒れてファウル続出、退場者も何人も出て、あとで両チームとも始末書を書くことになる。
試合は結局3点差というP高校の試合とは思えない少ない点差で、一応P高校が勝った。
それで決勝リーグは、千里たちのN高校、橘花たちのM高校、C学園、P高校の4者で争われることになった。
「え?佐藤さんが怪我したの?」
千里は女子トイレで、その話をL女子高の溝口さんから聞き驚いた。
佐藤さんというのはP高校のセンターで、千里たちと同学年だが、P高校の守りの要である。但し、N高校との試合では、ずっと千里のマーカーになって千里のシュートの大半をブロックしていた。
「激しい戦いだったからね。ちょっと足をひねったらしい。大した怪我ではないらしいけど、多分今日・明日は休ませるんじゃないかな」
「軽く済むといいね」
「これから戦うチームの選手の心配をする所が村山さんの性格の良い所だ」
「え?だって」
「まあP高校は選手層が厚いから、佐藤さんが怪我したと言っても、戦力的にはほとんど落ちないだろうけどね」
「うん、だと思う」
「今回、うちは負けちゃったけど、そちら頑張ってね」
「ありがとう。頑張る」
と言って、千里は溝口さんと握手をした。
男子の方では、貴司たちのS高校は快勝して決勝リーグに進出したが、千里たちのN高校は室蘭V高校に(新人戦に続き)再び負けBEST8止まりとなった。真駒さんたちのバスケはここで終わった。N高男子チームは宿をキャンセルし、一足先に引き上げることになったが、北岡君と氷山君は「ゼロからやり直す」と言い、夏休みに合宿をしたいというのを宇田先生に訴えていた。先生は教頭と交渉してみるとだけ答えた。
実際にはインターハイに行くからと言って午後8時までの練習を認めてもらっていたので、インターハイに行けなかった以上、約束通り夏休みは部活自粛になる可能性が高い。
少し休憩時間を置いて、15時から決勝リーグの1戦目が行われる。
最初に行われたのはP高校とC学園の試合である。P高校は佐藤さんが出てないし、他にもPGの竹内さんも出ていない。とっくみあいの喧嘩をしてしまった宮野さんの姿も見ない。宮野さんの場合はこの試合、謹慎をくらったのかも知れない。
しかしそういう主力を欠いてもP高校は無茶苦茶強かった。SFの片山さんがC学園の武村さんにピタリと付いてマークし、彼女に一切仕事をさせなかった。千里も暢子も思わず「凄い」と言って、片山さんの仕事を見ていた。
「要するに圧倒的に、片山さんの動きの方が勝っているんだよ」
「うん。運動量が武村さんの3-4倍ある。だから全部封じられてしまう」
「だてに日本のトップチームのスターティング・ファイブやってない」
武村さんが封じられてしまうとC学園はどうにもならない。73対26の大差でP高校が勝った。
そして2戦目は橘花たちM高校と千里たちN高校の戦いである。試合前にロビーで橘花と会ったが「事実上の代表決定戦だよね」という話をした。今のM高校とN高校の実力からして、C学園には(武村さんにある程度やられても)充分勝てるという読みができる。一方でどちらもP高校に勝つのは難しい。
そうなると、P高校が3勝、C学園が3敗で、M高校とN高校はどちらかが2勝1敗・どちらかが1勝2敗。つまりこの試合に勝った方が2勝で道大会2位となり、インターハイ進出という皮算用ができるのである。
「お互い手の内は知り尽くしているけど、全力で行くから」
「こちらも全力。午前中の試合の後、カツ丼3杯食べてからひたすら寝てたから、もう元気」
「おお、凄い! 私なんておにぎり1個食べただけなのに」
「相変わらず少食だなあ」
健闘を祈って握手をした。
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女の子たちの辻褄合わせ(4)