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(C)Eriko Kawaguchi 2014-07-14
実家に持っていくつもりだったケーキと、貴司から頼まれて旭川市内で買っていたCDを恵香に預ける。
「じゃケーキは千里んちに、CDは貴司君ちに持って行ってあげるよ」
「ごめーん。ありがとう」
「お土産は京都プリンで」
「そんなんあったっけ!?」
それから実家に帰るつもりで男装していたので、トイレで女装に変更する。
「おお、やはり千里は女の子の格好の方が見ていても安心する」
などと恵香に言われる。男物の服もビニール袋に入れて恵香に預かってもらった。京都までも行くなら荷物はできるだけ軽くしておきたい。そもそも男物の服は女物に比べて重い。
それから恵香と別れて、駅構内のATMでお金を取り敢えず10万円降ろし空港連絡バスに飛び乗った。取り敢えずは実家の母と、留萌でデートする予定だった貴司に急用ができて行けなくなったことをメールする。
移動中に雨宮先生からメールが到着する。
「15:10の中部空港行きに乗って」
と書かれている。
中部空港! 京都に行くのにそういう行き方もあったのかと千里は驚いた。あまり飛行機を使った経験が無いので、京都に行くならてっきり関空か伊丹と思ったのだが、後で確認すると、この時刻、ちょうど関空への直行便が出たばかりだったようである。伊丹に行くには羽田乗り継ぎになるので乗換時間のロスで結果的に中部経由と同じくらいの到着になるようである。
旭川空港に着いたのは13時半くらいである。すぐに中部空港行ANA326便の切符を買う。雨宮先生から追加で来たメールでは、セントレア(中部空港)に着いたら名鉄特急で名古屋に出て、新幹線で京都へ、ということであった。順調に行けば19:11に京都駅に到着するはずとのことだったが、正直、セントレアから先は出たとこ勝負になるであろう。
先生のメールでは、京都駅に人を迎えに行かせるから「赤いバラを口に咥え、リカちゃん人形を抱えていて」と書かれていたが、千里は「赤い口紅を塗って理科の問題集を持っておきます」と返信しておいた。
ネタで書いたものの、書いたことは守らないと後が怖いので、千里は空港のショップで赤い口紅を買っておいた。新幹線の中で塗ることにするが、口紅なんてあまり塗り慣れていないので、空港の化粧室で試し塗りしてみたが、うーん・・・・と思ってしまった。多分口紅を塗った自分に慣れてないんだろうな。
なお、理科の問題集は実家でやろうと思って本当に持っていた。
最近練習で疲れているので、機内ではひたすら寝ていた。降下に入る少し前に起きてトイレに行っておく。着替えなどの入っているスポーツバッグは機内に持ち込んでしまったので、手荷物受け取りも経ずに、すぐ到着ロビーに出て、ミュースカイに乗る。名古屋に着いたのが17:48であるが《りくちゃん》の指示で出口に近い車両に移っておいたので、そこから走って17:57の《のぞみ》に間に合ってしまった。京都着は18:33なので、その旨雨宮先生に連絡する。
「その時刻に来るとは偉い!そのまま京都タワーの展望台に登って」
と書かれている。
待ち合わせ場所が変更になったのかな?と思い、千里は京都駅を降りると夕日の中、京都タワーに登る。この日の日没は18:39であった。千里が展望台まで登った時は、太陽が沈んだ直後で西の空が赤い。千里はその美しい景色にしばし見とれていた。
10分近く景色に見とれていた時、携帯に着信する。
「夕日、どうだった?」
「きれいでした」
「感動した?」
「はい」
「じゃ、その感動を曲にしてみよう」
「えーーーー!?」
「曲のタイトルは『古都の夕暮れ』」
「演歌ですか?」
「ううん。アイドル歌謡」
「誰が歌うんです?」
「大西典香」
「済みません。知りません」
「今度デビューするのよ。でもこの子を選んだのはあんただよ」
「へ?」
「去年11月にあんたオーディションの手伝いをしたじゃん」
「えーっと」
それはオーディションに応募してきた大量の女の子の履歴書をテーブルの上に並べられた中から「有望な子を見つけ出して」と言われて、千里は勘で1枚、拾い上げたのである。
「そのオーディションの合格者が大西典香なのよ」
「私が選んだ履歴書の子なんですか?」
「そうそう。だから、この子についてはあんたが責任持ってね」
「そんな〜!?」
もっとも後でこっそり谷津さんから聞いたのでは、実際にはあの時、テーブルの上から拾い上げた履歴書は10枚で、その子たちに音源を提出させて5人に絞り、最終的に生歌を聞き面接をした結果、大西典香が選ばれたらしい。だから彼女の履歴書を誰が拾い上げたかは本当は誰にも分からないということだった。
ただ、大西典香の履歴書は、後で見直してみると、他の子たちの履歴書に比べてアピールポイントが少なく、谷津さんは自分ならこういう履歴書は拾い上げないと言っていた。彼女は2次審査で提出させた音源の出来が素晴らしく、突如有望候補として浮上したのである。それを考えると、彼女の履歴書は千里が拾い上げた可能性が充分あると谷津さんは言っていた。
ともかくも曲を書けと言われるので仕方無く千里はその場で五線紙を取り出す。目を瞑って、さきほど見た夕日を思い浮かべる。すると、どこからともなくひとつのメロディーが浮かんできた。すかさずそれを五線紙に書き留める。
千里はいったんタワー3階まで降りて、スカイラウンジに入り夕闇迫る京都の景色を眺めながら、ケーキセットを頼んで、のんびりと摘まみながら頭をアルファ状態にする。
でも何も浮かばない!
やがてケーキを食べ終わる。コーヒーも終わってしまう。
うーん。更に何か頼むか、あるいは他の店に行くか、などと考えていた時、千里に声を掛ける人が居た。
「ね、ね、君、高校生? 誰かと待ち合わせ?」
うるさいなあ、ナンパ男か。
と思った瞬間!千里の頭の中にメロディが浮かぶ。
すぐに譜面に書き留める。
男が
「何書いてんの? バンドか何かのスコア?」
などと声を掛けるので千里は
「ちょっと静かにしてよ」
と言う。
「おっ、凄い。君、格好いいなあ。ね、ね、僕もギター弾くんだよ」
「もう静かにしないと、チンチン切っちゃうよ」
「ひぇー、可愛い顔して、えげつないこと言うね〜、なんかますます気に入った」
千里はこの男を黙殺することにした。そして譜面に集中して、今思いついたメロディーを8小節まで展開する。これをサビに使う。更に先程上の展望室で思いついたメロディと組合せる。そちらは16小節に展開して、一通りの楽曲の形が整う。この間、20分くらい、男は結局千里の隣に座って、ずっとしゃべっていた。
「じゃ、おじさん、これ払っといてね」
と千里は伝票をその男に押しつけると、店を出た。
雨宮先生に電話する。
「ちょっとメロディー書いたので聞いてもらえますか?」
「うん」
それで千里がラララで歌うと
「結構いいと思う。使える。それに歌詞を付けられる?」
と言われるので、千里は
「ちょっと歌詞担当に訊いてみます」
と言って、いったん電話を切った。
すぐに蓮菜に電話する。
「へー。それで今京都にいるんだ」
「うん。なかなかハードな行程だった」
「じゃ、お土産は、おたべさんで」
「いいよ。で、こんな曲なんだけど」
と言って千里は歌ってみせる。
「録音するからもう1回歌って」
「うん」
それで千里が再度歌うと「30分待って」と言われるので、その間、京都駅に移動して、千里は自販機で烏龍茶を買って飲みながら待った(こういう時に決してお店に入ったりはしないのが千里である)。
蓮菜からメールが来る。歌詞が書かれているのでそれを五線紙に書き写す。歌詞に合せて多少の音符を直す。それで再度雨宮先生に電話して歌ってみせる。
「うんうん。いい感じ。じゃ、それMIDIにして送って」
「パソコン持って来てません!」
「困ったわね。まあいいや。じゃ、今日はそのままホテルに入って」
「今日は先生の所にはお伺いしなくてもいいんですか?」
「上手い具合に日没に間に合ったから予定変更。明日もう1件仕事してもらってから会うことにするわ」
「でもホテルとか予約してないですけど」
「じゃ適当な所を予約してあげるから」
と言われ、10分後にホテルを指定されたので、そちらに移動して、その日はそこに泊まった。
夜中の3時前に電話で起こされる。
「そろそろ天文薄明が始まるのよ。天文薄明って分かる?」
「はい。空が明るくなり始めることですね」
「それで、今からすぐタクシーで伏見稲荷に行って」
「伏見ですか!?」
それで少し冷え込みそうなので、一枚余分に着てホテルをチェックアウト。タクシーで伏見稲荷まで行く。今回の費用、ちゃんと払ってもらえるよな?と少し不安になってくる。
昨日の先生の指示から想像すると、おそらくここでも何かを体験して、それにもとづいて曲を書くことになるのだろうというのを考える。今日は夜明けを体験するのかな、と思っていたら、ほんとに空が明るくなり始めた。
(この日の京都の天文薄明は3:36)
ただ伏見稲荷は東側に伏見の山があるので、日出は山に隠れてしまう。
電話が掛かってくる。
「あんた宗教はキリスト教とかじゃないよね?」
「えっと、ほとんど無宗教に近いですが、一応神社の巫女なので、神道メインです」
「あ、そうか。巫女してたんだ。じゃ、問題無いな。そのまま境内に居て4:35になったら、拝殿でお参りして」
「4:35?」
「夜明けの時刻」
「分かりました」
千里は携帯で少し写真を撮っておこうかとも思ったが、写真に残すより自分の心に刻んだ方がいいと考え、ただその場の空気を感じ続けた。太陽の高度が上がるにつれ、空はどんどん明るくなっていき、境内の空気も刻一刻と変化していく。千里は《こうちゃん》に、どんなものが居ても、こちらが襲われない限りは絶対に手を出すなと命じた。うかつなものに手を出すと、そのバックにいる大物が出てくる危険がある。
さすがに寒いので、トイレに行った後、自販機で暖かいコーヒーを買う。そして千里は自分をできるだけ透明にして、周囲の空気と一体化させていた。
『千里、ちょっと左にずれて』
と《りくちゃん》が注意したので3歩ほどずれると、今千里が居た付近を何か巨大なものが通過して行った。
『色々いるね』
『まあ、そういう所だよ、ここは』
『物凄くエネルギー密度が高い』
『ここではうかつなものを写真に撮ろうとするとカメラ壊れるよ』
『やはりねー』
ぼちぼちと早朝からの参拝客が来始める。やがて4:33になった所で拝殿に行く。ちょうど4:35に拍手を打てるようなタイミングでお参りした。その後、参道から外れて、また待機する。
電話が掛かってくる。
「お参りした?」
「ちょうど4:35に拍手(はくしゅ)しました」
「拍手?柏手(かしわで)じゃないの?」
「柏手は俗称です。正しくは拍手と言います」
「そうだったのか。そしたら、お山を一周してきて」
「は?」
「神社の裏手に千本鳥居があるから、それを登っていって、その先、四ツ辻という所があるのよね。そこから右でも左でもいいから好きな方向にぐるりと一周してきて。迷うような道は無いはず。1時間程度で四ツ辻に戻って来れるから」
「山登りですか・・・」
それで千里は境内の案内なども見ながら、奥社方面へと進む。スポーツバッグどこかに預けておきたかったなと思ったが、早朝でどこにも預けられるような所は無かった。旭川を出る時、男物の服などを外して少しでも軽くしたのが正解だったなと千里は思った。
千本鳥居はすぐ分かったが、少し歩くと左右に分かれている。どっち行けばいいの〜?と思ったが、取り敢えず右側を進んでいく。結局両方とも並んで立っているだけのようだと気付き安心する。
やがて鳥居の列を抜けて奥社がある。やっと千本鳥居が終わったのかと思ったら、更にその先も鳥居が続いている。ひゃーと思いながら登っていく。熊鷹社を経て三ツ辻に居たる。
「えっと、ここからぐるっと回るんだっけ?」
と独り言を言ったら
『違う、違う、ここは三ツ辻。もっと上がった所に四ツ辻がある』
と《りくちゃん》が教えてくれる。
「さんきゅー! でもまだ、登るのか!」
と言って千里はまた鳥居の列を登っていく。やがて三徳社を経て、やっと四ツ辻に居たる。ちょうどこの四ツ辻に到達する少し前に日出となった。
「見晴らしがいい!」
と千里は思わず声をあげた。
周囲に人が居ないのをいいことに
『誰か私の写真を撮ってよ』
と言ったら、《きーちゃん》が千里の携帯で四ツ辻に立つ千里を撮ってくれた。
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女の子たちのベビー製造(5)