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地区大会は2日目に入る。
午前中の準決勝は昨年春の地区大会で三位決定戦を戦ったチームであった。向こうは当然リベンジに燃えている。しかし、宇田先生はスターティングメンバーから暢子と千里を外し、代わりに暢子のポジションに寿絵、千里のポジションに1年生の雪子を入れたスターティングメンバーで行く。午後の決勝戦はどちらが勝ち上がってきてもシビアな戦いになるのは見えているのでこの2人を温存するとともに、寿絵・雪子に強い相手を体験させておく作戦である。
向こうは最初から全開で来るが、留実子・穂礼が簡単には相手のゴールを許さない。更にはテクニシャンの雪子がしばしば相手選手からスティールを決めて久井奈にパスしたり、状況次第では自分で攻め上がり、終始N高ペースで試合は進行した。雪子はシューティングガードのポジションに入っているが彼女はスリーはあまり得意ではないので、ボールをもらうとむしろ敵陣にドリブルで侵入(ペネトレイト)して、そこから自ら撃ったり、あるいは裏側からカットインしてきた穂礼などにパスするプレイをしていた。雪子は背が低いので相手の長身のディフェンダーが、かえって守りにくそうにしていた。制限区域内でチョコマカされる雰囲気なのである。
第3ピリオドまでに20点差が付いたので、途中で雪子を下げて透子を入れたり、穂礼を下げてリリカを入れたりもしたが最終的には25点差で勝利した。
千里たちの試合と同時刻に行われていたL女子高とM高校の準決勝は前半はかなり激しい戦いだったようだが、M高校が前半で消耗しきってしまったので、後半はほとんどワンサイドゲームとなり、最終的にはL女子高が圧勝して決勝戦に上がってきた。
偵察していた敦子と美々によれば、L女子高は最初は主力を温存していたようであったが、第3ピリオドでたまらず主力を投入して突き放したということであった。
「L女子高は新人戦でうちに負けてるから、準決勝では主力を使いたくなかったろうね」
女子の準決勝の後、男子の準決勝が行われ、それから2時間の休憩をはさんで、女子の3位決定戦が行われた。
両者とも準決勝で激しく消耗していたものの気力で頑張っている感じであった(橘花は準決勝の後3位決定戦の直前まで3時間ひたすら寝ていたと後で言っていた)。これにM高校が勝ち、道大会にはL女子高と千里たちのN高校、橘花たちのM高校の3高が出場することが決まった。
なお、男子の方ではN高校は鞠古君たちのB高校に準決勝で敗れたものの3位決定戦に勝って道大会への出場を決めた。
その男子準決勝が行われていた時、寿絵が留実子に訊いた。
「あのB高校の11番の選手、るみちゃんの彼氏でしょ? るみちゃんとしてはこの試合、どちら応援してるの?」
「ボクはもちろんN高校を応援してるよ。もしボクが男の子になっちゃって、男子の試合に出ていて、彼と対戦しても、ボクは全力で叩きのめすだろうしね」
と留実子。
「ああ、去年それを千里はS高校の選手とやったよね。ふたりとも全力全開だったもん」
と横から暢子が言う。
「で、るみちゃんも試合終了後に相手選手とキスしちゃったりして」
「キスしようとしたらぶん殴る」と留実子。
「うーん。るみちゃんならそうかも」と寿絵。
結果的には両者とも道大会に行くことになって留実子もホッとしたようであった。
そのN高男子の3位決定戦の次に、千里たちの出る女子決勝戦が行われる。(男子の決勝は女子の決勝の後に行われる)
どちらも気合いの入った顔で整列して挨拶し、試合が始まる。
ティップオフはN高校が取り、久井奈がドリブルで攻め上がるが、L女子高は千里にマーカー1人を付けるボックス1のゾーンディフェンスを敷いてきた。これは地区大会決勝なのだが、向こうとしては全国大会のつもりで戦うということだろう。
千里に付いたマーカーは2年生ながら事実上の中心選手になっている溝口麻依子さんである。元々能力が高い上に、恐らくビデオなどで千里の動きをかなり研究してきたと思われた。容易にはマークを外せない。むろんフェイントにもほとんど引っかからない。それでも久井奈は強引に千里にパスする。そして千里も強引に撃つ。それを溝口さんがブロックするが、千里の撃つタイミングがひじょうに読みにくいので、結局第1ピリオドで8回撃った内の2回は、きれいにシュートが決まった。
「千里、しばしばシュート動作を途中で一瞬停めてたね」
「それで溝口さんが早く飛びすぎてブロックできなかった」
「千里が筋力付けてきたから、そういう変化もできるようになったんだと思うよ。停めるってことは、その先のバネだけで撃たないといけない」
と暢子が言った。
試合はシーソーゲームで進む。向こうの主力組がどんどん得点するが、暢子も千里がなかなか撃てない分ひとりで点を稼ぐ。ただ、L女子高もいちばん強い選手を千里のマークに使っているので、どうしてもその分パワーが落ちている感じであった。
第3ピリオドまで行って52対50と完璧に拮抗したロースコアであった。お互い抜きつ抜かれつのゲーム展開である。
「久井奈ちゃん、4ファウルか。メグミちゃんか雪子ちゃんを出します?」
と南野コーチが宇田先生に訊くが、
「いや、そのまま行こう。岬、万一5ファウルになっても元気なのが控えてるから、萎縮せずに戦え」
と先生は言う。
「はい、そのつもりです」
と久井奈も答えて、最終ピリオドに出て行く。
どちらも主力組はずっと出ている。お互いに疲れが出てくる。疲れるとファウルも増える。しかしどちらも4ファウルになったからと言ってプレイスタイルは変えない。とうとう向こうの主力フォワードのひとり本間さんが5ファウルで退場になるが、こちらも久井奈が第4ピリオド8分たった所で退場になってしまった。こちらは代わりに雪子を入れる。相手も1年生のフォワード大波さんを入れてきている。
ここまで58対54とL女子高4点のリードである。
相手シュート失敗の後のボールを留実子が確保する。雪子がドリブルで攻め上がり、チラっと右側に居る暢子を見る。ゾーンを作っている相手ディフェンダーが全員そちらに注目する。雪子が暢子の方に向けて振りかぶる。
そして次の瞬間雪子から千里へ矢のようなパスが来る。
千里をマークしていた溝口さんが「あっ」と言った次の瞬間には既に千里はシュートを放っていた。
入って3点。58対57。
その後4点ずつ取り合って62対61。
向こうが攻めてくる。N高校はマンツーマンでディフェンスしている。L女子高がパスを回して突破口を探している。先程入ったばかりの1年生大波さんからSGの2年生登山さんにボールが渡ろうとした時、一瞬飛び出した雪子がパスカット。そのボールを穂礼が押さえて既に走り出している千里の背中に向けて全力で投げる。
ボールが到達する瞬間千里は足を停め振り向いてボールを受け取るが、そのままドリブルで攻め込む。スリーポイントラインの手前で停まって即シュート。後ろから追いついた登山さんが千里を停めようとしたものの、千里は体勢を崩しながらも正確にゴールを狙っている。入って62対64。逆転!
更に今のプレイがプッシングを取られる。千里はフリースローも決めて62対65と3点差になる。
相手がディフェンス態勢を整える前の速攻であった。これもある意味、ゾーンディフェンスへの対抗策のひとつである。なお、プッシングした登山さんは5ファウルで退場となった。
このタイミングで宇田先生は穂礼・留実子を下げて、夏恋と揚羽を入れた。2人ともこの試合ではまだ出番が無かったので、体力がありあまっている。強豪相手に選手がみんな疲れていたのでマンツーマンディフェンスをする時のマークの動きが鈍くなっていたのだが、雪子もコートインして間もないし、これでこちらのディフェンスはほとんど隙が無くなった。
相手が攻めあぐねて、遠くからスリーを撃つが入らない。向こうとしてもシューターの登山さんの退場は辛いようだ。このリバウンドを揚羽が押さえて雪子にパス。雪子が攻め上がる。まだ向こうは全員戻って来ていなくてゾーンが完成していない。千里には登山さんと交代で入った浜川さんがマークに付いたが、本来のマーカーではない。パスの通り道は塞がれているが、雪子はフェイントで反対側に居る夏恋を見ながら、千里へバウンドパス。千里は1回フェイントを入れて、相手のジャンプタイミングを外してシュート。62対68。
時間は残り40秒。浜川さんが速攻のドリブルで攻めてきて、そのままゴール下まで飛び込みシュートを撃つが、揚羽がきれいにブロックする。そのボールを暢子が取る。相手が速攻だったので、千里はまだ戻りきっていなかった。その千里へ暢子がロングパス。撃てる距離まで自分でドリブルして行くが、今度は相手のキャプテン池谷さんが追いついてマークする。
ドリブルしながら立ち止まり、一瞬ドライブインの姿勢を見せる。相手は上半身だけ身体を動かしたが足は動いていない。ちゃんとこちらのフェイントを見破っている。千里はドリブルをやめボールを両手で持つ。お互いに緊張感が走る。そこに千里を本来マークしていた溝口さんが戻ってくる。挟まれる形である。池谷さんが彼女を見た一瞬の隙を突いて千里は高い軌道のシュートを撃つ。
ほんの僅かジャンプが遅れたことでブロックはならず、ボールはゴールに吸い込まれる。これで62対71。
これで勝負あったかに思われたが、諦めるL女子高ではない。残り時間は26秒。池谷さんが自らドリブル、速攻で攻めてきて、スリーを撃つも外れる。しかしリバウンドをずっと千里をマークしていた溝口さんが取ってそのままゴールに叩き込み、64対71。
残りは16秒ほどなので時間稼ぎでも勝てるが、N高校は普通に攻める。相手はゾーンディフェンスをしている。雪子がドリブルしながら立ち止まった後、いったん暢子にパス。暢子はそれを夏恋にパスするが、夏恋はそのままシュート。スリーポイントラインの外側である。この場面で夏恋がこの位置からシュートするというのは、相手も想定外だったようだが、N高側も実は想定外だった。
しかしこれがきれいに決まって、64対74となる。
夏恋はそんな遠くから入ったのに自分で驚いていたが、暢子に「よくやった」と頭を叩かれていた。残り4秒。相手は浜川さんからのロングパスの後、溝口さんがスリーポイントを撃ったが、これは入らず、そこまでで試合終了となった。
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女の子たちのベビー製造(3)