[*
前頁][0
目次][#
次頁]
(C)Eriko Kawaguchi 2014-10-18
2009年10月11日(日)。
都内某市の体育館を、昨日千葉県クラブ選手権を制したばかりのローキューツのメンバーである、千里・浩子・麻依子の3人と西原監督が訪れた。行くと既に花園さんが来ていた。
「久しぶり〜」
と言って千里は花園さんとハグし、同行していた森下誠美(元東京T高校)とも握手する。もうひとり居る女性は紹介してもらった所、小杉さんという人で、大阪E女学院から兵庫のM女子大を経て、花園さんと同じチームに入ったということであった。E女学院はインターハイの上位常連校だし、M女子大は関西女子学生リーグの1部チームだ。
千里は7月に大阪に行った時、偶然花園さんと遭遇し、少し「お手合わせ」したのだが、その時、9月くらいにまたやりましょうと言っていたものの、お互いのスケジュールがうまく合わず、結局この日まで延期になっていたのである。
少しウォーミングアップしてから、軽く3on3やりましょうと言って、30分一緒に体育館の周囲を走ったり、体操をしたりして、身体をほぐした。その後、西原さんが審判を務めて、花園・森下・小杉−浩子・千里・麻依子 で対決した。10分ほどやって、結果は21対27で、ローキューツ側の勝ちであった。花園さんはこの10分間にスリーを1本しか撃つことができなかった。千里は4本入れたので、その差が得点差になった感じもあった。
「あんたたち強〜い」
と小杉さんが言う。
「こないだ関東クラブ選抜で優勝したんでしょ?」
と花園さんが言う。
「さすが、さすが」
「昨日は千葉のクラブ選手権で優勝しました」
と千里。
「これだけ強いメンバーが居れば当然でしょ」
と森下さん。
「いや、亜津子がこんなに封じられるの初めて見た」
と小杉さんは言う。
「インターハイでも、あっちゃん、千里ちゃんにほぼ封じられていたもんね」
と森下さん。
「そう。それであの年はスリーポイント女王を取れなかったのよ。3年連続を狙っていたのに」
その後、千里と花園さんのスリーポイント対決をした。麻依子がボール拾いを買って出てくれて、2人で1投ずつ交替で撃つ。撃つ場所は小杉さんが指示して少しずつスリーポイントラインの線に沿って動きながらやった。
結果30本ずつ撃って、ふたりとも全部入れる。
「勝負付かないじゃん」
と小杉さんが言ったが、千里は
「今回も私の負けです」
と言う。
「ストレートで入った数の勝負でしょ?」
は麻依子が言う。
「うん、そういうこと」
と千里は微笑んで言う。
「花園さんのは30投の内27投が直接入った。バッグボードに当たったのが2投で、リングに当たってから入ったのが1投。それに対して、千里は直接入ったのは24投で、バックボードに当たって入ったのが4投、リングに当たってから入ったのが2投」
と麻依子は言う。
「よく数えてるね!」
「いや、多分そういう勝負になるだろうと思ったから」
「じゃスリー対決はまた私の勝ちということにさせてもらおう」
と花園さん。
「でもマッチアップ、全然勝てなかった!」
それで1on1を3組やってみることにする。
最初に森下さんと麻依子でやると、5回ずつ攻守交替してやった所、森下さんの4勝、麻依子の6勝であった。
次に小杉さんと浩子でやると、小杉さんの8勝、浩子の2勝。
最後に花園さんと千里でやると、千里の10勝であった。
「村山さんは、あっちゃんの天敵みたい」
と小杉さんが言う。
「どうしても勝てないんだよ!」
「花園さんがかなり停めちゃう、中折さん(秋田N高校→茨城県TS大学)は千里を半分近く停めるんだけどね」
と麻依子は言う。
「うん、こないだカップ戦でTS大学のチームと当たったのよね」
と千里。
「ということは、花園さん・中折さん・千里で3すくみ?」
と浩子が言うと
「それは新しい見解かも知れない」
と言って花園さんも森下さんも頷いていた。
「それで実は今日は、ご相談があって来たんですよ」
と花園さんが言う。
「なんでしょ?」
「そちらチームは今何人でしたっけ?」
「登録しているメンバーは16人なんですけど、半分近くが幽霊部員で」
と浩子は頭を掻きながら言う。
「実際に試合に顔を出すのは、今最大で9人かな」
と浩子は言ったが
「春の大会は6人、7月の大会が8人、8月のシェルカップは7人、関東選抜も7人、昨日の千葉クラブ選手権も7人」
と麻依子。
「むむ。今年は最大人数揃ったことなかったか」
「7人の中身が毎回違う気もするけどね」
「もうひとり現在入院中の子が、退院したら+1なんですけどね」
「入院中って病気ですか?」
「いや、この春に自動車事故にあって」
「あらぁ」
「全治半年」
「ひゃー。それは大変でしたね」
「でもそれだったら、まだ人数に余裕がありますね?」
と花園さんが言う。
「何か?」
「ちょっとこの森下と小杉をそちらで引き受けてもらえないかと思って」
と花園さん。
「は?」
「済みません。唐突に申し訳ないのですが、お願いできないでしょうか」
と小杉さんが言った。
花園さんたちが所属するエレクトロ・ウィッカが9月に外国人選手を入れたあおりで、森下さんと小杉さんの2人がメンバー枠から弾き出されてしまい、9月末で解雇されてしまったらしい。
「なんと・・・」
「当日唐突に通告されて呆然としました」
「プロは厳しいですね」
「私はこの高身長で取ってもらった面があったから、私より更に高い外人選手が入ったので、私は無用になったんだと思う」
と森下さん。
「私は1月に試合中に怪我して6月までまともにプレイできてなかったんですよね。それで今季の成績が悪いので切られたんだと思う。7月に復帰してからは頑張っているつもりだったんだけど」
と小杉さん。
「今Wリーグの他のチームには枠の空きが無いんですよね。愛知県や関西の実業団いくつかに打診してみたんですが、色よい返事がもらえなくて」
「それに実業団への移籍って、移籍した年は出場できないんですよ」
「あぁ・・・」
「それでバスケ協会で相談したらクラブチームへの移籍ならいいよと言われて、その時、こちらのチームの話を聞いたので、村山さんの居るチームだったら一緒にできないかなと思って」
と森下さん。
「済みません。それでもし可能だったら、私もついでに入れてください」
と小杉さん。
「うちクラブチームだから、給料とかも出ないけど」
と西原監督。
「むしろ部費を毎月千円徴収している」
「大会の交通費とかは自己負担」
「他にスポーツ保険とかユニフォーム代がかかる」
「ええ、構いません。今までの所でも給料は月8万だったし。バイトしながら頑張るつもりなので」
「なんかどこも悲惨だなあ」
「札幌P高校出身の佐藤さんは月5万らしいんです」
「ああ、女子選手ってそんなもの」
「それって3月まで?」
と麻依子が尋ねる。
「私の方は、取り敢えずそういうことにさせてもらうと嬉しいです。4月からどこかまた実業団に返り咲けたらとは思うのですが」
と小杉さんは言うが
「私は再度鍛え直そうかなと思って。やはり私背丈だけに頼ってバスケ自体の技術がまだまだだったんじゃないかなと思って。大学に入ることも考えたけど、村山さんの居るチームが、関東選抜を制するほどのチームなら、そこで2−3年鍛えさせてもらってから、再度実業団に挑戦しようかなとも思うんです」
と森下さん。
「でも住まいは?」
「私、元々市原市なんです。東京T高校には越県通学してたんですよ」
と森下さん。
「私は従妹が千葉市内の大学に通っているので、その子のアパートに同居させてくれないかと言ったら、彼氏を連れ込む時はどこかで適当に泊まってくれるのならOKと言われまして」
と小杉さん。
「実は2人とも千葉県なら、住まいが確保できるというのもあって、頼んでみようかという話になったんですよ」
と花園さんが言う。
「こちらは構いませんよね?」
と浩子は西原監督に訊く。
「うん。じゃ、そちらの球団との関係はもう切れてるのね?」
「はい。既に解雇されて、バスケ協会の選手登録からも削除されました。この件に付いてはバスケ協会の浜中さんに尋ねて下さい」
「だったらこちらに登録するのは全然問題無いな。じゃ僕がその浜中さんに照会してみるよ。それで問題ないようだったらということでいいですか?」
と西原監督が言うと
森下さんと小杉さんは
「はい、お願いします」
と頭を下げた。
「チームメイトということなら、苗字じゃなくて名前呼びの方がいいよね」
「じゃ、私は誠美で」と森下さん。
「私は来夢で」と小杉さん。
「ついでに私も名前呼びにして」
「じゃ、あっちゃんで」で千里。
「うんうん。それでいい」と花園さんは笑顔であった。
「また春くらいにスリー対決しましょうよ」
と千里が言うと
「うん。やろう。前回大阪でやった時、できすぎで全部ストレートに入ったんで、実はその後焦って練習してたんだけど今回は3本も外しちゃったからさ。また鍛え直して、次はまた全投ストレート目指すよ」
と花園さんは言う。
「私もまた頑張る」
と言ってふたりは握手した。
さて、千里は大学1年の後期になっても相変わらず男装で大学に出て行っていた。女装にしてもいいのだが「解析的延長かな」などとも思う。しかし男装していても女にしか見えない千里は、学内でしばしば混乱をもたらしていた。
この時期男子の中で千里と多少とも話していたのは、紙屋君や渡辺君たちである。ある日は統計論の授業の後、紙屋君・佐藤君・朱音とボース統計・フェルミ統計の話になる。佐藤君が先生の言っていた話にどうしても納得できないと言ってけっこう議論が白熱する。白熱したまま「ちょっとトイレ」と紙屋君が言うので、何となくそのまま4人でトイレの所まで行く。
「だからボース統計に従う粒子というのは、僕たちが普通に考えている粒子とはそのものの存在のあり方自体が違うんだよ。ふつうの粒子は1つ目、2つ目と数えることができるけど、それはフェルミ粒子固有の性質なんだ。ボース粒子には個性が無いから1個ある、2個あるとしか数えられない」
と紙屋君。
「しばしば私たちはA,B2個の粒子がという言い方するけど、A,Bと名前を付けられるのはフェルミだけだよね。ボース粒子が1個・2個というのは、温度が1度・2度というのと同じで純粋に数でしかないのよね」
と千里も言う。
「いや、そこが納得できない。A,Bと並ぶ状態とB,Aと並ぶ状態はたとえ判別できなくても区別して考えるべきだ」
と佐藤君。
「だからそれがフェルミの性質なんだよ。ボースだと本質的にその差は無い。フェルミだと2個あるのは1個が2つ並んでいるんだけど、ボースでは1個が2つあるんじゅなくて単に2個。だからA,Bと並んでいる訳じゃないんだよ」
と紙屋君は言うが、そこが佐藤君の納得のいかないところである。
熱い議論をしながら、トイレの前まで来てしまったので、
「ちょっとブレイク」
と紙屋君が言い男子トイレの戸を開けて入る。
「うん。俺もトイレ」
と佐藤君も言ってそれに続く。
「私も行って来よう」
と言って朱音は女子トイレの戸を開ける。
それで千里が
「じゃボクも」
と言って、佐藤君に続こうとしたら、その前に居た紙屋君がギョッとした顔でこちらを向き
「千里、何やってんの? ここは男トイレ。女はそっち」
と言って千里の身体を押して、男子トイレから追い出す。紙屋君の手が千里の軟らかい胸に触れてしまい、千里はちよっとドキっとした。そして紙屋君は自分で女子トイレのドアを開く!と、千里の背中を押して中に押し込んでしまう。紙屋君の手は背中で千里のブラストラップの付近に触った。
「いい加減、女としての自覚を持てよ」
と言って紙屋君は男子トイレに戻る。
清紀君って女子トイレのドア開けるの抵抗ないの!?と千里は紙屋君の実態にある種の疑惑を感じた。
女子トイレの中では、行列の最後尾に並んでいた朱音が
「女子トイレへようこそ」
と千里を見て言った。