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それで第3ピリオドは玉緒がポイントガードのポジションに入って出ていく。彼女はドリブルもちょっと心許ない。パスの精度も悪いので、こちらからボールの飛んでくる場所に移動して受け取る必要がある。
ところが、これがけっこう良い効果をもたらす。
パスがどこに飛んでくるか分からないということは、相手チームの選手にとってもパス筋の予想がつかず、パスカットしにくい。何しろ腕を振った向きとボールの飛んで行く方向が違う! 中学高校での千里のチームメイト雪子はそれを意識して「技」としてやっていたのだが、玉緒の場合は天然である。
また玉緒の動きはバスケットの理論に反することが多く、彼女の動き自体が予測できない。ところが彼女は元陸上選手で足は速いので、意外性のある動きに向こうは全く付いていけない。
そしていちばん重要なのは、彼女はバスケの素人なので、千女会の強さが全然分かっておらず、雰囲気にも飲まれず、のびのびとプレイしている。
それでこのピリオドは、予測不能な玉緒のゲームメイクで相手は混乱し、おかげで千里はたくさんフリーになることができて、スリーを3本放り込むことができた。
結局このピリオドは18対23とこちらがリードを奪い、ここまでの合計は64対63と1点差まで詰め寄ることができた。
「バスケットって楽しいですね!」
と玉緒はインターバルでほんとにニコニコ顔で言う。
「ここまで強くない相手なら、かえって玉緒ちゃん封じられていたかも」
「言える言える。強い人とばかり対戦してきた選手たちだから調子がくるう」
「センターライン近くからいきなりシュート撃つなんて、普通考えない」
「だけどあれバックボードには当たったからね」
「びっくりした」
「意外性の玉ちゃんだな」
「私も休めて助かった」
と浩子。
「まあこういう手が使えるのは1度だけだけどね」
「よし。第4ピリオド頑張ろう」
第4ピリオドは激戦である。リードも点数が入る度にコロコロ変わるシーソーゲームとなる。千里・麻依子・誠美は体力が持っているし、浩子は前のピリオド休んで元気を取り戻しているものの、来夢はもう体力の限界を越えている。それでも精神力で何とかもたせて頑張っていた。
彼女を少しでも休ませるために4分経ったところで1度タイムを取る。マッサージの上手い夏美が来夢のふくらはぎや腰などを指圧する。
「ありがとう。少し楽になった」
「交替しなくていい?」
「もう根性で頑張る」
「こんなに長時間プレイするのは高3のウィンターカップ以来」
と誠美が言う。
「Wリーグでは40分間フル稼働なんて、あり得なかったもんね」
しかし体力の問題では、むしろ千女会の方が辛かったようである。こちらが予想外に強豪であったため、あまり交代要員を使えない。するとどうしても主力が体力的に消耗する。
すると、来夢以外は18-19歳というローキューツに対して平均年齢推定26-27歳の相手チームのコート上のメンバーは分が悪くなってくる。
一瞬向こうの選手の集中が途切れるような場面が出て来て、その隙に千里や麻依子が相手を突破してゴールを奪う。リバウンドでも誠美の勝率が高くなる。
それでとうとう向こうも7分経った所でタイムを取り、メンバーを少し休ませるとともに、2人入れ替えてきた。
しかし交替で入った2人はそれまで出ていた人よりどうしても技術的に落ちる感じがあった。心理的なフェイント合戦での勝率が高くなる。完全に相手の逆を付いて突破できるし、うまくシュートのタイミングを騙して向こうがブロックにジャンプした後でシュートしたりする。
結果的に第4ピリオドはじわりじわりとこちらが優勢に傾いて行った。
残り1分となった所で70対72でこちら2点のリード。
向こうが攻め上がってくるが、センターライン近くまで来た時に、千里がさっと死角から忍び寄って、相手ポイントガードからボールをスティールしてしまう。
「嘘!?」
と相手は驚いている。
この技はこの日これまで全く使っていなかったのだが、相手の集中力が切れかかっていると見て仕掛けたら、うまく行った。
そのまま高速ドリブルで走って行き、スリーポイントラインの手前からシュート。この時、思わず相手選手が無理に停めようとして千里の腕に手が当たる。むろんボールはゴールに飛び込み、ファウルによるフリースローも入れて一気に4点。70対76と突き放す。
相手が再度攻めあがって来る。残り時間は53秒。ここでローキューツはゾーンを作って守る。すると相手は中に進入することができず攻めあぐむ。パスを回すものの、突破口がつかめない。やむを得ずスリーを撃つが外れてリバウンドを誠美が押さえる。
そしてまたローキューツが攻めて行く。残り時間33秒。
敢えてゆっくり攻める。向こうは最後の気力を振り絞ってパスカット狙いに飛び出してくるもののこちらは冷静である。そして20秒近く掛けてから千里にボールが来た所で相手ディフェンダーをかいくぐってスリーポイントラインの内側から確実性を狙ったシュート。
きれいに入って70対78。残り13秒。
勝負あったかに思えた千里の得点だったが、向こうはまだ諦めない。ロングスローインからの速攻でキャプテンの人が、こちらの守備体制が整っていない間にゴール近くまで走り込んでシュート。
入って72対78。残り9秒。
こちらがスローインするが相手は何とかボールを奪おうと果敢に仕掛ける。しかし、こちらは麻依子がガードの強いドリブルでしっかりとボールをキープして相手に奪わせない。しかし8秒以内に相手コートにボールを運ぶ必要がある。そこで来夢がうまくスクリーンになる場所に立ち、おかげで麻依子は7秒経ったところで何とかセンターラインを越えることができた。
そしてそのまま試合終了の笛が鳴る。
相手選手たちが天を仰いでいた。
整列する。
「78対72でローキューツの勝ち」
「ありがとうございました」
メンバーは皆、向こうの主力から握手を求められ
「今度練習試合とかもやりましょう」
などと言って別れた。
こうしてローキューツは、この日から参加した誠美と来夢のおかげで何とか秋季選手権(関東総合選手権の県予選)を制したのであった。
「関東総合は11月28-29日だからよろしく」
「場所はどこ?」
「私たちがいつも練習しているスポーツセンター」
「何とまあ」
「慣れてる場所だな」
「慣れすぎてて問題かも」
ここで手帳を見ていた夏美が
「どうしよう。私、まさか行けると思ってなかったからバイト入れちゃってた」
と言い出す。
「頑張って変更してもらおう」
「あるいは誰か交代要員を連れて行くか」
「夏美ちゃん、何のバイト?」
と玉緒が訊く。
「マクドナルドなんだけど」
「私の友だちで以前マックでバイトしてた子いるんだけど、話してみようか?あの子、今はバイト何もしてなかったはず」
「助かる。経験者の交代要員がいれば何とかなるかも」
「しかし交替要員か。。。今日は何とか勝てたけどそれ課題だよね」
「うん。今歩くのも辛い」
と言って来夢は座り込んでいる。
「やはり夏美と夢香に月末までにレベルアップしてもらって」
「そんなの無理〜!」
「意外と玉緒が伸びるかも」
「私、実はルールが分からない。最後の8秒とか言ってたの何だっけ?」
「ああ。ルールは一度、たまに出てくるメンツも入れて勉強会でもしようか」
試合前は慌ただしくてお互いに自己紹介もできなかったということで近くのファミレスに入って軽食を食べつつ自己紹介をした。最初スタバでもと言っていたのだが、お腹が空いたという声が多数だった。
「キャプテンの石矢浩子です。長崎S学院高校出身で現在千葉市内のJ大学に在学中。高校時代は1度だけインターハイに行ったんですが、1回戦で負けて帰って来ました。ポジションはポイントガードです」
「どういう順で自己紹介すんの?」
「じゃ背番号順」
「ということは?」
「私か!」
と言って茜が自己紹介する。
「背番号7.パワーフォワード登録の長居茜です。千葉市内のQ高校出身で、市内の会社でお茶汲みOLしてます。一応高校時代はバスケ部だったんですけど、いつも地区大会の3回戦くらいで負けてました」
「背番号8.スモールフォワードの弓原玉緒です。茜ちゃんと同じ高校で同級生だったんですけど、私はバスケは体育の時間しかやったことないです。私も安月給のOLやってます」
「背番号9.スモールフォワードの愛野夏美です。静岡L学園出身で浩子ちゃんと同じJ大学に在学中」
「インターハイの常連校だ!」
「でも私、インターハイには行ったことないんです。県大会のベンチには3年生の時に座ったんですけど、県大会は15人だけどインターハイは12人だから落とされちゃったんですよね」
「ああ、それはうちでもある」
と千里は言う。
「どちらかというと、客席で応援したり他校の試合を偵察していたことが多かったです。県大会の2〜3回戦までとか、トップチームが忙しい時のカップ戦とかは出てましたけど」
「強豪校にはそういう部員もたくさんいるよね」
「背番号14.パワーフォワードの麻取夢香です。成田市のZ高校出身で市内のS大学に通っています。偶然練習場所で浩子ちゃんたちと遭遇して、このチームに合流にすることになりました。高校時代は県大会まではいくんですけど全国は遠くて、県BEST4が最高でした」
「県BEST4は立派な成績」
「夢香は多分私より鍛えられてるし修羅場くぐってる」
と夏美。
「背番号17.パワーフォワードの白城菜香子です。千葉市内のV高校出身で、J大学在学中です。高校時代はバレー部だったんですけど、バスケ部の人数合わせで、結構バスケの大会に出ていたんですよ。最高で地区大会の準決勝まで行きましたが、県大会には出たことないです。この春に大学に入って入学手続きして校内を歩いていたら、浩子ちゃんに、背が高いね、バスケットしてみない? とナンパされて」
「ナンパだったのか」
「背が高い子は貴重」
「結構コンプレックスだったんですけどねー。中学の頃はよく男扱いされてたし、女子トイレや女湯の脱衣場で悲鳴あげられたこともあるし」
「それは僕はいつも」
と誠美が言う。
「私、バイトしないといけないから部活はできないと言ったんですけど、大学の部活じゃないからということだったから。実際、マイペースで活動できるから結構楽しんでます」
と菜香子。
「背番号18.一応センターで登録されていますが、誠美ちゃんが来たから私はパワーフォワードでいいかも。溝口麻依子です。サボりが多い不良OL。北海道の旭川L女子高の出身」
「そこ、インターハイの常連校ですよね?」
と来夢は言ったが
「私が居た時期は、同じ旭川にとっても強い高校があったので、私、一度もインターハイには行けなかったんですよ。そこと地区大会2回戦で当たっちゃって道大会にも行けなかったことあるし」
と麻依子は言う。
「へー」
「ということで、そのとっても強い高校に居た、千里ちゃん、どぞー」
「背番号19.シューティングガードの村山千里です。旭川N高校出身です。現在C大学に在学しています。私も体育館で練習していたら浩子ちゃんたちに声を掛けられて、このチームに合流することになりました」
「まあインターハイのスリーポイント女王ですね」
「スリーポイント女王にリバウンド女王が入って、うちって実は凄いチームだったりして」
「以前、得点女王もいたんだけど、辞めちゃったんですよ」
と浩子が言う。
「監督は元日本代表だし」
「いや、代表に1度だけなったけど、ベンチに座ってただけでコートインしなかったんだよ」
などと西原さんは頭を掻いて言っている。
「それでも日本代表になったのは凄いです!」
と千里。
「ほんとに凄いチームなんだ!」
と来夢が感心したように言った。