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「でもそういう夫婦っているよ、多分」
「昔は男性不妊の夫婦って、そうやって子供を作っていたんだと思うな」
「うん。だから昔は不妊治療の必要性は少なかった」
「夫婦のどちらも不妊という場合以外は、子供がちゃんとできてたろうからね」
「女性不妊の場合、めかけさんの子供を籍の上では本妻の子として育てるというパターンも割とあったみたいだしね」
「子供はおじ・おばに似る、という話は不倫の言い訳っぽい」
「兄嫁とやっちゃうとか、息子の嫁とやっちゃうって、元々結構あるパターンだよね」
「お嫁さんというのは村の共有物という考え方もあったという説もある」
「要するに村全体で結婚しているようなものか」
「今でも昔のなごりで、○○家・○○家結婚式、なんて式場には書かれる」
「あれってそんな深い意味があったの!?」
「昔は恋愛結婚じゃなくて、勝手に親とか親戚が結婚相手を決めてしまっていたから、結婚した後、その村の中の誰かと思いを通じて、その人の子を産むというのも、結構ふつうだったかもよ」
「男としては自分の妻が自分の跡継ぎを産んでくれたら、本当の種についてはあまりうるさく言わない」
「自分も他んちの嫁さんとよろしくやっていれば、お互い様かもね」
「日本人って性については、かなりおおらかだもんね」
「現代は血液型とかDNAとかでほんとの親子関係が分かっちゃうから気になる」
「昔は父親と子供の関係なんて信仰のようなもんだったからね」
「あなたの子供よ、と言われたら男は信じる以外にない」
「まあ、うすうすは感じてたかも知れないけど」
「昭和40年代の出稼ぎブームの頃は、出稼ぎに東京に出ている間に田舎の妻が妊娠するって多かったらしい」
「あからさまだな」
「でも奥さんも寂しいだろうし同情するなあ」
「都会の妻だと、電気屋さんとか水道屋さんとかガス屋さんとかが相手」
「それって三流ポルノの見過ぎ」
「男の方も、生命保険の外交とか、近隣農家の卵売りのおばちゃんとか」
「枕営業だな」
「卵売りって意味深だな」
女子たちの暴走トークに、自分の子供ができることはないだろうなどといつか千里に言っていた紙屋君は頷いていたし、恋愛経験があるらしい渡辺君はまだ笑っていたが、ややうぶな感じの高橋君は顔をしかめていた。
そして千里がその暴走トークに普通に乗って他の女子同様に過激なことを言っていても誰も違和感を持っていなかった。
やがて模擬店がオープンするが、女子は美緒以外の4人が料理も得意だし、紙屋君や渡辺君が男子でも料理のセンスがいいので、そのあたりで調理をしつつ千里を含む5人の女子で配膳や注文取りに会計とこなしていた。
宮原君も顔を出す。
「お久〜」
「ちょっと近くを通りかかったんで、あ、学園祭やってると思って寄ってみた」
「受験勉強どう?」
「春の間にかなりさびついてた。やはり継続してやってないとダメだなあ」
「大変そう?」
「先月の模試ではここの医学部A判定、医科歯科大にB判定」
「頑張ってるじゃん!」
「でも本番では調子が悪かったり、不得手な問題が出ることもあるから」
「油断できないよね」
などと、入口付近に居た友紀・紙屋君と話していたのだが、そこにお客さんのオーダーを取ってきた千里が通りかかる。
「文彦君、久しぶり〜」
「おお、千里ちゃんは、もう女の子してるんだね?」
「え? 別にボクはふつう通りだけど」
「うん、普通に女の子だよね」
と宮原君は言ってる。
「やはり、この衣装女の子っぽいかなあ。お客さんがみんなお姉ちゃんとかウェイトレスさんって言うんだけど」
と千里。
「それウェイトレスの衣装だよね?」
と宮原君は友紀に訊く。
「ううん。男女共通のお客様係の衣装だよ」
と友紀。
「なるほど。でも男女共通といっても、お客様係は全員女子みたいだし」
と宮原君。
「まあ、千里も女子だからね」
模擬店のお客さんはC大学の学生が多いのだが、近隣の医科歯科大や経済大、敬愛大などの学生、また近くに住む一般の人なども結構来る。この日は何組かのアイドル歌手もステージに来訪していたので、それ目当てのファンなども来ていた。
そういった一般のお客さんの中に思わぬ顔がある。
「あら、こんにちは」
「やあ、奄美で会ったね!」
入って来て、ちょうど入口近くに居た千里とそんな会話をした男性2人組は奄美で日食の時に会った、秋月さん・大宅さんであった。
「この近くにお住まいなんですか?」
「神奈川なんだけどね。ちょっとお目当ての歌手がいたので」
「へー! AYAか誰かですか?」
この日のステージの超目玉はAYAである。
「いや、もっとマイナーなところでチェリーツイン」
「へー!」
取り敢えず席に案内する。
「じゃ、ミルクティーとカレーライスにしようかな」
「僕はオムライスとホットコーヒーで」
「かしこまりました」
オムライスを作れるのは千里と紙屋君の2人だけなので、2人は同時には店を離れないようにしていた。この時間帯は紙屋君が出かけていたので、千里が自分でオムライスを作る。
「上手に作るね〜。形がきれーい」
と真帆が隣でクレープを作りながら言う。
「メイド喫茶でバイトしたら、凄く評価されそう」
「え?でもメイド喫茶って女の子だけじゃないの?」
と千里が尋ねると、真帆は何だか悩んでいた。
作ったオムライス、同時進行でペーパーフィルターで煎れていたコーヒーに紅茶をトレイに乗せ、更に御飯を盛ってカレーを掛け、スプーンなどを乗せる。
「なんか千里って手際がいいよね」
と真帆が言う。
「ああ、物凄く効率がいいんだよね。動きに無駄が無いというか」
と少し離れたところにいた友紀も言う。
「そうかなあ。全部ができるだけ同時に仕上がるようにしてるだけだけど」
「いや、それが普通、頭の中でそこまで計画できない」
「ファミレスの作業で慣れてるからかも」
「だとしたら、10年のベテランって感じだ」
「ボク、まだ1ヶ月半だけど」
「お待たせしました」
と言って、料理を秋月さん・大宅さんの所に運ぶ。
「わぁ、美味しそう!」
「オムライスの形がきれい!」
「コーヒーの香りがいい」
「何だか模擬店だけで終わらせるのがもったいないくらいだね」
「いや、短期間だからできるんだと思います」
「ね、ね、あとで考えたんだけど、あの時居たの、君の両親じゃないですよね?」
「ちょっと色々指導してくださっている方々なんです」
「やはり」
「その件で、あとでちょっと話せません?」
「そうですね。今日は3時頃、休憩することになっているので、その時でもよければ」
「どのくらい休めるの?」
「1時間休むことにしています」
「じゃさ、2:50から3:20まで、ステージでチェリーツインの演奏があるんだけど、その時にステージの所まで来られません?」
「いいですけど」
それで3時すぎた所で
「じゃ休憩するね〜」
と言って、店を出る。3時を少しすぎてしまったので着替えてたら遅くなるかなと思って、ウェイトレスの衣装のまま出たが、この日はいろいろなコスチュームの人が校内を歩いているので、全然目立たない感じだ。
千里がステージの所まで行くと、チェリーツインの演奏の最中であったが、見ると、ステージ上で伴奏のギターを弾いているのが秋月さん、ベースを弾いているのが大宅さんで、もうひとりドラムスを叩いている女性がいる。
なるほど! ファンかと思ったら伴奏者だったのか!
千里と秋月さんの目が合う。千里が会釈すると向こうは伴奏の切れ目の所でピックを持っている手を軽く振ってくれた。
やがて演奏が終わる。3:15くらいに最後の曲の演奏を終えてチェリーツインの2人はステージから降りる。伴奏者3人とコーラスの2人、更にスタッフらしき人も入って協力して楽器・機材を撤収した。千里がバックステージに行くと
「済みませんね、お忙しいところ。良かったら、こちらへ」
と言われて、今楽器などを運び込んでいる最中のハイエースの2列目に千里が乗り、前の座席に大宅さんと秋月さんが乗る。
「まあコーヒーでも」
と言って缶コーヒーをもらうが
「すみませーん。私、ブラックしか飲まないので」
と言うと
「あ、ブラックもあったはず」
と言って、探し出して渡してくれた。
「それでですね。あの時会った人のこと考えていて、ひょっとしてあの2人、元ワンティスの上島雷太と雨宮三森じゃないかという気がして」
「不正解ですね。ふたりとも罰として40kmくらい走ってきてください」
「えーーーー!?」
「ワンティスは解散していないので『元ワンティス』じゃなくて『ワンティス』と言わないと、叱られますよ」
「そうだったんだ! ごめんなさい!」
「まあ私で良かったですね。雨宮先生だったら200km走らされてます」
「ひぇー」
「1晩付き合うという手もありますが」
「・・・・・」
「あの人、やはりバイなの?」
「女の子でも男の子でも行けますよ」
「その時は200km走ろう」
「あはは」
「おふたりは、チェリーツインのソングライト・ペアの紅ゆたか・紅さやかさんかな?」
と千里が尋ねる。
「そうです」
と言ってふたりは名刺を出す。
「でも私、紅さやかさんって女性かと思った」
「実は僕は女なんです」
と大宅さんが言うので、千里も
「あら、私は男なんですよ」
と返す。
「最近の世の中、どうも性別が良く分かりませんね」
などと秋月さんは言っている。
「城島ゆりあって、てっきり女性と思っていたのに、男性らしいですね」
と大月さんは言うが
「あれジョークだという説もありますよ」
と千里は言う。
「え!? やはり女ですか?」
「作品は女性的ですよね。声は中性的でどちらとも取れるし。私もよく分かりません」
「うーん・・・」
「では、私も名刺を」
と言って、千里は醍醐春海の名刺を出す。
「わあ、醍醐春海さんだったのか」
「いや、実は醍醐春海も男だろうか、女だろうかと議論してました」
「そうか。女性だったのか」
「醍醐春海さん、雨宮三森のお弟子さんですか?」
「そうです。よく分かりましたね」
「いや、上島雷太は弟子を取らない方針みたいだから」
「実際、弟子を指導する時間無いと思います。ひたすら曲を書いているみたいですよ」
「あれ、ほんとに上島さんが書いてるんですか?」
「そうですよ。実際に本人が書いているとこ見ないと信じられないでしょうけどね。先日の日食でも奄美に居た2日間に10曲書いてますから」
「すげー!」
「上島さんはメロディーライターだから。編曲は下川工房任せですけどね」
「そうか。だからあの数をこなせるのか!」