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(C)Eriko Kawaguchi 2012-09-28
3月。私は県立高校の入試を受けた。私は中学の「制服」で出かけて行った。
第1志望をN高校の理数科、第2志望を同校の普通科にした。こうしておけば理数科の合格ラインに達してなくても、普通科の合格ラインを(大きく)越えていればN高校に行くことができるので、少ないリスクでハイレベルの理数科を受けることができるのである。
受験願書は父が書いてくれたので、しっかり性別・男に丸を付けられてしまった。個人的には性別・女に丸をした願書を出したかったのだが、仕方無い。
一応ハイレベルの高校を受けるということで、念のため市内の私立K高校の特進科も併願しておいた。むろん合格したが、公立高校の合格発表まで入学金等は収めなくてもいいので、そちらは当面放置だ。
朝、N高に出て行くと、同じ教室で受験する令子と目が合う。私たちは言葉は交わさず、笑顔で手を振ってから自分の席についた。ここは精神集中する場面。おしゃべりなどして心を乱してはいけない。
試験官からいくつか注意があり、まずは最初の時間、国語の試験が始まる。
問題は公立高校の共通問題だから、県内随一のレベルのここの理数科に合格するには全科目ほぼ満点に近い点数を取る必要がある。イージーミスが許されない厳しい戦いだ。国語という科目は、問題の文章の内容を読み取る試験ではなく「出題者の意図を読み取る」試験なので、設問の仕方などから、何を答えて欲しいかというのを考えて回答していく。このあたりは、夏休み以降、友人たちと一緒にやってきた勉強会でかなり鍛えてきたポイントである。
50分の試験時間の内、35分くらいで解答を終え、再度しっかり見直す。国語は勘違いがいちばん怖い。しかし満点の取りにくい科目であり、また理数科を受ける子の中には不得意な子が多い科目でもあるので、高得点を取ると大きく優位になる。
10分で見直しをした後、再度残りの5分で2度目の見直しをしてタイムアップとなる。私は休憩時間は目を瞑り、心を落ち着けて集中力を高めた。
2時間目は数学だ。得意科目なのでスイスイ解いていく。25分ほどで解き終えた。見直しを始める。解き方が何通りかある問題では別の解き方をして答えが一致することを確認する。数学は理数科の受験生の大半が満点を取ると考えておいた方がいい。私も満点を取るつもりでしっかり見直した。
やがて3時間目社会となる。ここが天王山だ。国語とは別の意味で高得点を出しにくい科目なので、これで差が付くのは間違いない。受験対策でも社会に使った時間がいちばん多い。
これで休憩となる。
大きく伸びをしたら、その腕を令子につかまれた。微笑んで一緒に外に出て、トイレに行く。
「どう?感触は?」
「今の所いい感触かな」
「私も。大きなミスはしてないつもり」
女子トイレは例によって長い列ができているので、待っている内に結構会話が進む。私たちは敢えて問題自体の話はしない。今合ってた間違ってたということを話す必要は無い。不安を増幅させるようなことはしないのが賢い。
教室に戻り、令子の机の所で一緒にお弁当を食べるが、話はむしろ大学受験の話をしていた。
「難関10大学って分かる?」
「ああ、そのあたりの情報が私怪しい」
「まずは旧帝大7校。言える?」
「えっと・・・東大、京大、大阪大。。。名古屋大?」「うん」「東北大も?」
「そうそう」「あと2つ。。。えっと・・あ、そうか。九州大」「あと1つ」
「あ、分かった。北海道大だ」
「言えたね。これにあと3つ、一橋大、東工大、神戸大を加えて10校」
「へー。一橋大・東工大・神戸大って、そんなにレベルが高いんだ!」
「この難関10大に東京医科歯科大学・東京外国語大学と私立の早慶を加えたのが『雲の上』だよ。その下は旧六・新八に始まって、MARCH・関関同立といった比較的上位のグルーピングからやや知名度の落ちるグルーピングまで、色々なランク付けがあるけど、結局この『雲の上』との壁は大きい。単純な偏差値の数字差以上の距離感がある」
「ああ」
「上位14校は才能のある人が一所懸命勉強して、初めて通る大学」
と令子。
「私みたいに才能の無い人はどうすればいいの?」と私。
「まあ、運というものもあるから」
「うふふ。じゃ、その運に賭けてみよう」
「ね、ほんとの所はどこ狙ってるの?」と令子。
「◇◇◇◇大学」と私。
「ほほぉ」
「いや、実は東京にある国立大学で理学部のある所といったらそこしかなくて。だから本当はお茶の水女子の理学部に行きたかったんだよ」
「あはは。じゃ、よくハルがお茶の水女子って言ってたの冗談じゃなかったんだ?」
「うん。だから、一緒に雲の上まで行こうよ」
「うん」
4時間目の英語はやはり点数を稼ぐ科目なので、ほぼパーフェクトに書いた。微妙なのが最後5時間目の理科で、高得点を取らなければならないのに簡単には高得点が取れない科目である。どうしても各自苦手な分野があるので、その分野から出題されていると辛い。しかし運が良いことに全く分からない問題は無かったので、何とか全部解答することができた。90点は取れた感触だった。
私は50分の試験時間を使い切って最後まで迷う所をよくよく考えて選択した。
試験終了の合図で、シャープペンシルを置き、私は目を瞑って大きく息をした。頭が空っぽになる。なぜか不思議な笑みが浮かんだ。
令子と一緒に集合場所に行く。
今日この高校を受けたのは、女子の友人では、令子・カオリ・環・みちるの4人である。仲良しグループの中で、美奈代・好美・朱絵・由紗・由芽香は結局H高校を選択した。みな公立には行きたいので、模試の成績を見て、無謀な挑戦はしていない。
N高組では、私と令子・みちるの3人が理数科・普通科の併願、カオリ・環は最初から普通科を第1希望にしていた。
5人で取り敢えず近くのスーパーに入り、休憩コーナーで自販機の暖かい紅茶を飲みながら、今日の報告をする。
「試験は、みんな感触はどうだった?」
「私は天に祈る」と環。
「良き幸運を」
「私はほぼ全部満点にしたつもり」と令子。
「まあ誰も令子の点数は心配してない」
「私は480点くらいかなあ。たぶんボーダーライン」と私。
「私は多分460くらい。ハルより微妙かも」とみちる。
「まあ、ふたりとも理数科に落ちても普通科は大丈夫だろうね」
「私は通ったつもりでいるけど落ちたらショックだなあ」とカオリ。
「幸運を祈ろう」
「H高組はどうだったかな?」
「今情報交換中・・・・」
「ふーん。ミナ(美奈代)・あっちゃん(朱絵)・好美は感触良かったみたい。由紗と由芽香は微妙だと言ってる」
「みんな公立行けるといいね」
「K高校に行くとなると通学距離が長いもんね」
「そうそう。まだH高校の方が近い」
「やはりみんな通学の便の問題が大きいか」
「でもハルはちゃんとセーラー服で受験したんだね」
「こないだのK高校の方も、女子制服で受けに行ったよ」
「K高校は面接も受けたんだよね?」
「もちろん」
「何も言われなかった?」
「特に」
「今日の受験票、見せてよ」
「うん」
と言って、私はN高校の受験票をみんなに見せる。
「ああ、ちゃんとセーラー服で写った写真を貼ってるんだ」
「あれ?性別は男になってる」
「お父ちゃんに男って書かれちゃったんだよ。その時点では学生服の写真を貼っておいた。その後で写真は貼り替えて提出した」
「おお、偽装工作だ」
「そもそも3年間女子中学生やっておいて、そのことをお父さんにカムアウトしてないというのがおかしい」
「うーん。結局、今年なんて2学期以降は私ほとんどセーラー服で通学したからなあ。その内、気付かれるかとも思ったんだけど」
「まあ、父親なんて、そんなものかもね」
「K高校の受験票もこんな感じ?」
「そうそう。セーラー服の写真で、性別は男になってた」
「でも、その件は面接の時に何も訊かれなかったんだ?」
「性別までいちいち見てないのかもね」
「うーん。。。。目の前にセーラー服の子がいれば、それで女の子としか思わないのかもね」
「でも、高校はもう完全に女子制服で通学するんでしょ?」
「それ迷ってるんだけどねぇ・・・」
「なぜ迷う?」
「今更迷うなんてあり得ない」
「高校では女子制服で通うから、女子制服で受験したんじゃないの?」
「うーん。そこまでは考えてない。ただ自分にとっては女子制服着ている方が自然だから、それを着て受験しただけで」
「お父ちゃんとも、一度ちゃんと話し合ったら?」
「うーん。。。それがなかなか出来なくて」
「でもいつかは話さないといけないよ」
「そうなんだけどね・・・」
友人達としばらくおしゃべりしてから帰宅する。セーラー服のまま、しばし母と試験の様子などあれこれ話してから、17時になったので、普段着に着替えて晩御飯の支度をしよう・・・・としていたら、父が帰宅した。
「お帰り。随分早いね」
「停電になって、仕事にならんから今日はもう帰ろうという話になった」
「へー」
「晴音(はると)、試験どうだったか?」
「うん。感触良かったよ。ただレベルが高いから、もしかしたら理数は落ちて普通科になるかもね」
「まあ、その時はその時だな」と父。
「でも、受験勉強かなり頑張ってたよね」と母。
「ほんと、お疲れ様だな。そうだ! 今日は温泉にでもいかないか?」
「へ?」
「受験勉強の打ち上げで、のんびりお湯に浸かって、すき焼きか何かでも食べよう」
「ああ、それもいいかもね、たまには」と母。
「久しくそういうことしてなかったし。たまにはいいだろう」と父。
うーん。そういえば確かに家族と温泉に行くなんて、随分してない気がした。「そうだね。たまにはいいかもね」と私はのんびりと返事するが、内心かなり焦る。私、男湯には入れないよ〜。
父が車を運転して、玉造温泉まで行った。私たちが行った所は受付はひとつで中で男湯・女湯が別れている形式だ。母が3人分の料金を払い中に入る。そして私と父が男湯の脱衣場、母が女湯の脱衣場に入る。
しかしここで私は
「ごめーん。車の中に忘れ物」
と言う。
「何やってんだ? ほれ、取ってこい」
と言って、父は車のキーを貸してくれた。
私はキーを受け取ると、男湯の脱衣場を出て、いったんロビーをぐるりと回り、それから今度は女湯の脱衣場に入った。ふっと息をついて、服を脱ぐ。
セーターを脱ぎ、ポロシャツにブーツカットのジーンズ、防寒用に着ていたミニスリップを脱いで、ブラとショーツを脱ぐ。私はタオルとシャンプーセットを持ち、女湯の浴室に入った。
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桜色の日々・高校進学編(1)