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しかし王様自身は前回同様、沈んだ様子で玉座に座ったままぼーっとしてあらぬ方向を見ていたりするので、パーティーでは王子のポール、大臣・侍従・侍女たち、大臣の奥方たち、スタッフを買って出た若い貴族たちも会場の中庭を歩き回り、美人がいたら、男女を問わず、王様の所に連れて行き、挨拶をさせたりしました。しかし王様はやはり興味が無いようでした。
ポールも大臣や奥方たちも侍従や侍女たちも若い貴族たちも、たくさん公園の中を歩き回ったので、その内疲れてしまいました。パーティーもそろそろお開きの時間かと思う頃、歩き疲れたポールは公園の隅の川のほとりに置かれたテーブルの所で座り込み、頬杖を突いていました。
すると突然声を掛けられます。若い貴族です。
「ねえ、君美人だね。でもズボン穿いてるけど、もしかして男の子?」
「えっと私は男ですが」
「だったら、きれいなドレスに着換えてごらんよ。ほら、これ可愛いよ」
「ちょっ、ちょっと待って」
とポールが抵抗するも、貴族はお付きの者に持たせていた衣裳ケースを開き、強引にポールに豪華なドレスを着せてしまいました。顔はきれいにお化粧もして、髪には銀のティアラなども付けます。それで王様の所に連れて行きました。
「王様、美人の子がいましたよ。見てみてください」
と貴族が言うので、王様はチラッと見たのですが、金色の髪に美しい容貌の子なので
「おぉ!なんと美しい」
と声をあげてしまいました。
「亡きジャンヌ様に似た感じですね。もしかして遠縁の娘とか?」
と王様の傍に居る侍従が言います。
「実は男の子らしいですけど、これだけ可愛かったら男でも構わないでしょ?」
と連れてきた貴族。
「そんなの些細なことだよ。男を女に変えることもできるらしいから、何なら娘になってもらってもいいし」
と侍従。
「王様、この子が女の子だったら、結婚してもいいでしょう?」
と別の侍従が言います。
「こんな美人なら、亡き妻との約束を違(たが)えないかも知れない」
と王様は言いました。
王様がどうも誰かに目を留めたようだというので大臣たちも集まってきます。そして口々に
「おお、なんと美しい!」
「亡きお妃様にも似ている」
「金色の髪が素晴らしい」
「こんな美しい娘がいたとは」
などと言います。
「ただ、男の子らしいです」
と侍従が言う。
「そんなの全然問題無い」
「必要なら女になってもらってもいいし」
「おっぱいが膨らむ薬とかもあるという話でしたね」
「ええ。その薬を飲んでいれば半年ほどで胸も大きくなります」
と侍医が答えます。
「王様、この子と結婚しますか?」
と大臣が訊いたのに対して
「うん。結婚してもいい」
と王様が答えます。
「よし、王様の結婚が決まったぞ!」
「楽隊、音楽を鳴らせ」
それで物凄い騒ぎになってしまい、ポールは自分は王子だというのを言う間もなかったのでした。
お妃様選びのパーティーがお妃様決定のお祝いパーティーになってしまい、夜遅くまで公園は賑やかな祝賀ムードになりました。
夜中の2時すぎにやっと閉会が宣言されますが、それでも騒ぎ足りない人たちが明け方まで騒いでいました。
ポールは万が一にも逃げられてはというので、まるで罪人ででもあるかのように拘束されて、王宮の一室に閉じ込められてしまいました。王子も朝になって落ち着いたらちゃんと説明しようと思い、取り敢えず部屋に用意されているベッドで寝ます。
朝目覚めると豪華な食事が運び込まれてきます。
「あの、王様か大臣に伝えて欲しいんだけど」
とポールが侍女に言うのですが
「大丈夫ですよ。何も心配せずに王様と結婚すればいいんですよ」
と、リリアと名乗った侍女が言いました。
「結婚式は今から半年後、ジャンヌ様が亡くなって2年と3ヶ月経った日に行いますし、それまでには女の子になってもらいますから」
とソフィと名乗った侍女も言います。
「それ困るよ〜。ボクは女の子になりたくないし」
「心配しなくてもいいですよ。女の子もよいものですよ」
「あなた凄い美人だもん。男の子にしておくの、もったいないもん」
「ボク、王子なんだけど」
「はいはい。あなたは王子様のように美しいですね。でも王子ではなく王妃になってもらいますから」
どうもジョークだと思われているようです。
「あ、そうそう。このお薬飲んでくださいということです」
と言って、リリアから、何かの薬と水を渡されたので、ポールは何の薬だろう?と思いながらも、取り敢えずその薬を飲み、水で流し込みました。
お昼前に侍女たちが多数来て、ポールを着換えさせます。ポールもどうも侍女たちに言ってもダメなようだが、その内、王や大臣に会える機会はあるだろうからその時に自分が王子であることを言おうと思いました。
「あら、あなた男の下着を着けているの?」
「ボク男ですから」
「でも王妃になっていただきますから、これからは女の下着を着けて下さいね」
といって、着せられる。
「このプレ(**)、前の開きが無いんだけど」
(**)ブレ(braie)は古代から中世頃まで使用されていたパンツで、腰と太股で留める。英語では braies ブライズ。男性用は前に開き(コックピース)がある。
「女は前の開きは使いようがないので」
「だったら、どうやっておしっこするの?」
「おしっこする時は腰紐を外して下着を下げて、便座に座ってして下さい」
「おしっこだけでも座らないとダメなの?」
「女はふつうにそうしてますよ」
「女の子って不便だね!」
ポールは女物のブレを穿かされた後、胸布(**)を巻かれます。
「なんでこんな所に布を巻くの?」
「女は胸が膨らんでいるので支える必要がありますので」
「ボクは胸は膨らんでないけど」
「女になればちゃんと胸は大きくなりますよ」
(**)胸布は古代ローマでは strophium と呼ばれ、女性が運動をする時などには着けていたことが当時の絵画から知られている。中世のお城からレースの装飾を施されたブラジャーも発見されており、西洋の女性は現代のブラジャーが発明される前から、何らかの形の胸支えを使用していたようである。
その後、物凄く丈の長いシュミーズ(chemise)を着せられました。当時のブレもシュミーズも男女ともに着ける下着ですが、男性用のシュミーズが腰の下程度までしかないのに対して、女性用は足首付近まであります。しかしこの日は床についてなお余っているような長いものを着せられました。
「これ歩くと引きずっちゃうけど」
「これは公式のものですから。普段は足首くらいまでのものですよ」
「公式のって、誰かと会うの?」
「はい。王様と会って頂きます」
良かった!父にちゃんと言えば分かってもらえるだろう、とポールは思いました。
ポールはこの後、豪華なドレスを着せられます。このドレスも裾が床につきます。そして髪も女性らしく結われ、髪飾りを付けられます。そして美しくお化粧されたのでした。鏡を見て王子自身が「この子と結婚したい!」と思うほど美しくなってしまいました。
着替えとお化粧は2時間ほども掛かりました。
そして侍女に連れられ、裾を持つ雑用係の娘も連れて、部屋を出ます。
王様の所に行くのかと思ったら、途中で大臣の部屋に寄りました。
「娘、そなた名前は?」
「娘というか、私、男なんですが。名前はポール(Paul)です」
「ポールか。ではこれからは女になってもらうからポリーヌ(Pauline)と名乗るがよい」
「あのぉ、大臣殿、私はポール王子なのですけど」
「おお、確かに王子と同じ名前だな。そなたは美しい王子と並んでも見劣りしない美しさだよ。ジャンヌ様が『自分より美しい人を次の王妃に』と言ったわけが分かる。そのくらいの美人でないと王子と並んだ時に、男の王子のほうが美しいではないか、いっそ王子様が王様と結婚すればよかったのに、などと国民に言われてしまう」
どうも大臣はポールが王子であることに気付かないようです。ポールは困ったなと思いました。
「そなたの父親は?どこかの貴族か?」
「えっとこの国の王、シャルルですが」
「まあ国民はみな王様の子供のようなものだ。あまり名高い血筋ではないのかな?この際、それでもよい」
「えっと」
「ちなみに王様には既に世継のポール様がおられるから、ポリーヌ、そなたは子供を産む必要もないから気楽に暮らせばよい。後は儀式をしたり外国からのお客様の接待をしたりだな」
「さすがに子供を産む自身はないです」
「王様の夜の営みにだけ応じればよい。よく分からなければ、されるに任せればよいから」
“夜の営み”って何するの〜〜?
(まだ11歳のポールはその付近のことがよく分かっていない)
大臣と2時間近く話し、ポール、あらためポリーヌは教養的なことを調べられました。大臣はポリーヌがちゃんと字の読め書きができて、ラテン語もできるし、お題を与えるとそれに沿った詩を書くこともでき、フルート(**)も吹ければクラヴサン(**)も弾けるのを知り「君は素晴らしく教養のある女性だ!ジャンヌ様にも決して劣らない」と驚いていました。
(**)フルート(flute)というのは現代でいうところのリコーダー(flute a bec)に近い縦笛である。後に普及した現代のフルートに近いものは flute traversiere (フルート・トラヴェルシエール−“横型フルート”という意味−、イタリア語ではフラウト・トラヴェルソ flauto traverso)と呼ばれた。
(**)クラヴサン(clavecin) はドイツ語ではチェンバロ(cembalo), 英語ではハープシコード(harpsichord). 日本ではドイツ語や英語で呼ばれることが多い。
そしてやっと、王様との会見になります。これは昼食を兼ねて行われました。
「王様、こちらが昨夜のパーティーで選ばれたポリーヌにございます」
と大臣が紹介します。
「おお、ポリーヌと申すか。本当に美しい姫だ。どうか私と一緒にこの国を盛り立てていってくれ」
と王様は上機嫌です。正直ポリーヌ(ポール)はこんな明るい父を見たのは久しぶりでした。
「この者はまだ11歳ですので、12歳の誕生日を迎えるのを待ち、更に少し置いて秋頃にでも結婚式を挙げたいと考えております」
「12歳か。本当は成人の年齢に1つ足りないがよいだろう。それに半年経てば、ジャンヌが亡くなってから2年以上経過するな」
「はい、そのくらいの期間を置くのがよいかと」
「ポリーヌ殿は、字も読み書きできますし、ラテン語もできて、フルートもクラヴサンも上手なのです。歌もうまいです」
「それはぜひ聴かせてほしい」
と王様が言うので、ポリーヌはやれやれと思い、グレゴリオ聖歌のひとつを歌唱します。伸びのあるボーイソプラノが美しく、王様は「ブラーヴァ!」と大きく叫んで拍手をし、ポリーヌの歌を褒め称えました。
「ところでそなたの父上は、どちらの公か?」
と王様が訊くので、ポリーヌは答えました。
「私はこんなドレスとか脱いで普通の男の服に戻りたいのですが。父上、私が分かりませんか?私はシャルル国王の王子、ポールなのですけど」
「ああ、そなたは本当は男だということだったな。そんなのは些細なことだ。ちゃんと女になれるということだから、女になって私の王妃になって欲しい。でもそなたはうちの王子のポールにも似ている。やはりジャンヌの遠縁ということはないか?」
「遠縁も何も、ジャンヌ様の息子ですが」
とポリーヌは言う。
「ああ、やはりジャンヌの姪か何かなのかな」
と王様。
大臣が
「ポリーヌの父君はどうも普通の庶民のようなのですが、ひょっとしたら、ジャンヌ様の血筋なのかも知れないという気はします」
という。
「うん。そうかも知れんな。だったら、表向きにはジャンヌの又従妹の娘ということにしておけばよい」
「はい、そういたしましょう」
ということで、ポールは父王に自分がポール王子本人であることを主張してみたものの、全く話が通じなかったのです。
王様との謁見が終わった後、ポリーヌは昨夜泊まった部屋とは比べようもないほど広い部屋に戻りました。今日からこの部屋がポリーヌの部屋だと言われ、多数の侍女たちがかしずいています。夕食も豪華なものが運ばれてきたので、ポリーヌは、さてどうしたものかと悩みながらそれを頂きました。そして夕食後には、また「この薬を飲んで下さい」と言われたものを飲んで水で流し込みました。
自分に付いた侍女の中に、最初の妃選びパーティーで自分を女の子と間違ったコレットがいるのに気付き、ポリーヌは彼女を呼び止め、自分はポール王子なのだけど、と言ってみました。
「一目で分かりましたけど、面白いからいいではないですか」
「まさかボクに、父君と結婚しろっていうの?」
「太古には王様が自分の息子と結婚した例もあるそうですよ」
「ほんとに!?」
「いよいよとなったら、私が手引きしますので、男の姿に戻って王様に会いにいきましょう。ちゃんと男の服も用意しておきますから。ポール様が女の姿で自分は王子だと言っても誰も信じませんよ。だってポール様って、お化粧しなくても女の子にしか見えないんだもの」
「分かった。その時は頼む」
「だからしばらく“女の子生活”を楽しまれるとよいですよ」
と言ってコレットは笑っていました。
ポリーヌは結局そのまま半年後の結婚式に向けて「お妃教育」を受けながら毎日昼食は王様と一緒に取るという生活を続けます。ポリーヌは何度か王様に自分は王子のポールだと訴えたのですが、コレットの言ったように、王様は冗談だと思っているようで、とりあってくれませんでした。
その間に、何度か外国の王様や王子様の訪問、また地方領主の結婚式などがあり、ポリーヌはまだ王様の妻にはなっていないものの、フィアンセ(fiancee **) として、王様と一緒にその応対をしたり、結婚式に出席したりしましたが、ポリーヌがそつなく優雅に振る舞うので、王様も廷臣たちも「ポリーヌ様は亡きジャンヌ様にも劣らぬ素晴らしい御方だ」とか「この御方こそ、新しい王妃にふさわしい」と評価が日々高まるのでした。
(**)婚約者は男性がfiance, 女性がfiancee だが、どちらも同音でフィアンセと発音する。「彼のフィアンセ」は普通は女性なので所有格女性形が使用されて"sa fiancee", 「彼女のフィアンセ」は普通は男性なので所有格男性形が使用されて "son fiance" となる。英語だと「彼のフィアンセ」が his fiance, 「彼女のフィアンセ」が her fiance となるので、英語とフランス語では男女が逆転する形になる。英語では本人の性別に合わせて his/her が使用されるが、フランス語では相手の性別に合わせて son/sa が使用される。
ポリーヌも最初は女の服を着て、女のように振る舞うのが恥ずかしかったものの、次第に慣れてきて、ふつうに女言葉が出るようになり、また日常生活も普通に女として送るようになってしまいました。コレットが丁寧に教えてくれたこともあり、お化粧もすっかり上手になり、2ヶ月もした頃には、自分できれいにお化粧できるようになりました。耳にピアスの穴も開けてもらったので(痛かった)、ダイヤやルビーに真珠のピアスもするようになり、王様が「可愛いよ」と言ってくれて少し照れたりしました。
トイレも最初はいちいちプレを脱ぐのが面倒に思えたものの、1ヶ月もしないうちにそれがふつうに思えるようになりました。
「こんなに女としての生活に慣れてしまったら、自分は男に戻れるだろうか」
と心配になるほどでした。
胸布を巻くのも最初の頃はすごく変な感じだったのですが、慣れてしまうと逆に胸布を巻かないのが不安に感じるようになりました。
そしてその胸布を巻いているせいでしょうか。3ヶ月もした頃にはなぜか胸が少し膨らんで来ました。
「なんで私、こんなに胸が膨らんできたんだろう?胸布をしているせい?」
とリリアに尋ねると
「だって女の人になるんですから、胸は平らでは困りますよね。赤ちゃんができた時に、赤ちゃんがお乳を吸えなくて困りますよ」
と言って笑っていました。
ボクが赤ちゃん産むの〜〜?だって大臣は赤ちゃんは産まなくてもいいと言ってたよ!?