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■代親の死神(9)

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(C) Eriko Kawaguchi 2022-02-11
 
死神はグレンツの手を引き、どこかに連れて行きました。そこは広い洞窟でした。何千何万もの蝋燭が燃えています。そしてしばしば蝋燭の火が飛んでいます。よく見ると、どこかで小さくなっている蝋燭が燃え尽きると、その火が新しい蝋燭が立っている所に飛んで行き、その蝋燭が燃え始めるのです。
 
「気をつけてね。この蝋燭の1本1本が人間の生命(いのち)だから。もし間違って息を吹きかけて消してしまうと、その蝋燭の人は突然死する」
 
「気をつける」
と言ってから尋ねます。
 
「赤い蝋燭と青い蝋燭があるけど。どうして?」
「赤いのは女、青いのは男だよ」
「なるほどー」
「時々、赤の途中から青になったり、青の途中から赤になるものがある。フリーダのは途中から赤になってた。ローランドのは途中から青になってた」
 
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「性別が変わる運命だったんだ?」
「まあそんなものかもね」
と言って、死神は説明を続けます。
 
「通常は誰かが死ねばその火がどこか別の新しい蝋燭に飛んで、その蝋燭が燃え始める。誰かが死ねば誰かが生まれるんだよ」
 

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「だったら生きている人の数は変わらないの?」
 
「何かの事故で途中で蝋燭が消えてしまうことはある。また唐突に新しい蝋燭が火移りして燃え始めることもある。だから総数は変動する。今年はペストの流行で、途中で消える蝋燭が続出した。300年くらい前の大流行では私たち死神も不安になるほど蝋燭が消えたけど、その後は、少しずつ総数は増えてきていた。今年は数が減ったけど、また少しずつ増えて行くと思う」
 
「へー」
 
「姫君の蝋燭は襲撃事件がなくても、燃え尽きる予定だったんたよ。でもあんたが助けてしまったから、姫君の蝋燭とあんたの娘、まあ私の孫娘の蝋燭と入れ替わってしまった。でもあんたがヤスミンをまた無理矢理助けたから、今度はヤスミンの蝋燭とあんたの蝋燭が入れ替わった」
 
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「だったらヤスミンはぼくの余命程度しか生きられないの?」
「あんたの余命は40年あった。あんたは84歳まで生きられる予定だった」
「へー!凄い」
「だからヤスミンは44歳までは生きられるよ」
「おまけしてよ」
「分かった。それは何とかしてあげるよ」
「ありがとう」
 

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「でも娘のと入れ替わったから、ほらあんたの蝋燭はこれだよ」
と言って、死神が見せる蝋燭は今にも燃え尽きそうです。
 
「これは赤だね」
「元々バイエルン公の姫君の蝋燭だったから」
「ヤスミンの蝋燭はまさか青?」
「赤だよ。あんた事実上もう女になってたじゃん。あんたもう男の服なんて持ってないでしょ?」
「そう言われたらそんな気もする」
「だからヤスミンはちゃんと女として生きられるから心配しなくていいよ」
 
「やはりぼくは死ぬんだね。今まで本当にありがとう。お母さんのお陰で、ぼくだけじゃなくて、ぼくの兄さん・姉さんたちも充実した人生を送ることができている。願わくば、ぼくが死んだ後、イルマやヤスミンのことを見守ってあげられない?」
 
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「それは守ってあげるけど、あんたにしては諦めがいいね。普段は最後まで諦めないで何か方法を考えるのに」
 
「まだ生き延びる方法があるの?」
「この蝋燭はあと1時間で燃え尽きる。その後、あんたはこの蝋燭に飛び火する予定」
と言って、赤い大きな蝋燭を見せます。
 

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「ぼく、次は女の子になるの?」
「今産まれようとしている所だよ。あんたが死ぬのと同時に産声をあげる。今度の人生では、赤ちゃんも産めるよ」
「・・・・・」
「あんた。自分で赤ちゃん産んでみたくなかった?」
「べ、べつに」
 
「うふふ。でもね」
と言って代母はそのグレンツの次の人生用の蝋燭を手に取りました。
 
「この蝋燭の上にね。あんたの残り少ない蝋燭を重ねたら、あんたの蝋燭が燃え尽きると同時にこの蝋燭が燃え始める。そうすればあんたはまだ生きることができる」
 
「でもそうしたら、産まれるはずだった赤ちゃんは」
「死産になるだろうね」
「それは可哀想だよ。他人の人生を奪ってまで生きたくない」
「あんた、ほんとに私の息子だね」
「そう?ぼくはもう実の父も母も亡くなってしまった。親と呼べるのはお母さんだけだし」
 
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「ふふふ」
と死神が笑った時、グレンツの今にも燃え尽きそうだった蝋燭が僅かながら伸びました!
 
「ぼくの蝋燭が伸びた!」
 
「あんたが何故80歳もの寿命を持っていたと思う?」
と代母は訊きましたが、グレンツは首を傾げます。
 
「それはあんたがたくさんの人の命を助けてきたからだよ。医者として」
「・・・・・」
 
「あんたが蝋燭の継ぎ木を拒否したことで、この子の寿命60歳の1%、0.6年つまり219日分のお裾分けをもらったのよ。だからあんたの余命は219日と1時間になった」
 
「その分、その子の寿命が219日縮んでない?」
「それは大丈夫」
「よかった」
と言ってから、グレンツは更に疑問を感じます。
 
「その子の蝋燭はぼくの蝋燭が燃え尽きたら燃え始まる予定だったんでしょ?ぼくの寿命がのびちゃったらどうなるの?」
 
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「ああ、大丈夫」
と言って、死神は、その産まれる予定の女の赤ちゃんの蝋燭を手に持つと、しばらくタイミングを見計らっていたようでしたが
「来た」
と言って、グレンツの蝋燭の火を移しました!
 
「この子は今産声をあげた」
 
「そうやれば命が増えるんだ!」
「まあ、たまにはそういうこともある」
 

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「でもあんたは少なくともあと219日は生きられる」
「ありがとう」
「でも、あの薬草はもう取り上げるよ」
「分かった。ぼくもこれ以上お母さんを欺すのは耐えられない気分だし」
「そして医者も引退しなさい」
「そうする。病院はロベルトに譲るよ」
 
「医療からだけ身を引けばいいと思うよ。あんたは病院の経営者。あの病院の資産は大きすぎて、ロベルトには買えないよ。あんたが死んだらヤスミンがオーナーになればいい」(*21)
 
「それもいいかな」
 
ふと疑問を感じてグレンツは尋ねました。
「ぼくが市長を助けた時も誰かと蝋燭が入れ替わったの?」
「ああ、あの偉そうな将軍のと入れ替わった」
「あの将軍さん、すぐ死んだね!」
 
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ティリー将軍は、ローテンブルク占領の半年後に戦闘で負傷し、破傷風で死亡している。
 
「でもそういうの誰が決めてるの?」
「知らない。正直、姫様の蝋燭とヤスミンの蝋燭が入れ替わった時、私は心臓か止まる思いだったよ。でもお役目だから足元に立ったけどね」
 
そのあたりの厳しさというのは、死神も医者も同じかも知れない、とグレンツは思った。ユリオン兄が逝くのを自分は止めようもなかった。
 
しかし唐突に疑問を感じた。
 
「死神って心臓あるんだっけ?骨だけなのに」
「ただの言葉の言い回しよ」
 

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(*21) ローマ法では息子だけが相続権を持ったが、ゲルマン法では娘にも相続権がある。
 
グレンツたちの親の資産は、農地はオリビアの子供であるルイーザ、鍛冶屋の仕事場や道具は鍛冶屋を継いだノア、金物屋の店舗は金物屋の店主となっていたユリウス、が相続した。
 
充分な財産を持つグレンツとローランドは相続を辞退し、神の許で生活しているフリーダも財産分与は要らないと言ったので、他の6人に動産を分与した。
 
ルイーザが農地を相続したのは、オリビアの子供で、他の3人(フリーダ、アレックス、ユリウス)の内、フリーダは神の許での生活をしており、ユリウスは金物屋を相続したし、アレックスはローテンブルクに住んでいて地元に居なかったからである。
 
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なお、グレンツが死んだ後は、ヤスミンが病院の資産を相続して“理事長”になり、エリカが院長になった。エリカとヤスミンは仲がよいので、とてもよいコンビになった。
 

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グレンツが意識を回復した時、イルマが真っ赤な目をして見ていました。
 
「グレンツ、グレンツ」
と言って泣いてグレンツを抱きしめます。
 
「息もしてないし脈拍も無いから、死んじゃったかと思ったよぉ」
「心配掛けてごめんね。本当にくたくたに疲れていたから。ヤスミンは?」
「だいぶ安定している」
「良かった」
 

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イルマが求めるので、グレンツは
「こんなに疲れてたら立たせる自信無〜い」
と思いながらも、彼女と抱き合います。
 
「今日は疲れてるでしょ。私が立たせてあげるね」
と言って、イルマはグレンツのお股に手を伸ばしました。
「あれ?どこ?」
とイルマが言います。
「え?」
「ちんちんが見つからない」
「嘘!?」
と言って、グレンツは起き上がって、自分のお股を見てみました。
 
「嘘!?なんで無いの?」
 
そこには見慣れた陰茎と陰嚢は無く、代わりに女のような陰裂がありました、
 
「グレンツェ、女になりたい気持ちがつのって、とうとう女になる手術を受けちゃったの?女になるのはいいけど、手術する前に私に言って欲しかったなあ」
 
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「いや、そんな手術受けた覚えは無いんだけど」
「じゃ眠っている間に勝手に手術されちゃったとか?」
 
グレンツはハッとしました。自分の蝋燭は赤い蝋燭になっていた。だからもう自分は女として生きないといけないのだろう。
 
「まあいいわ。私、ちゃんと女同士でも気持ち良くなれる方法知ってるから」
「え〜〜〜!?」
 
その日より後のグレンツェとイルマの“夜の生活”はグレンツェが男だった時より濃厚なものとなりましたし、2人の営みは毎晩数時間にわたって続くので
 
「ぼく200日ももたないかも。100日で死ぬかも」
と不安になるほどでした。でも男だった頃より気持ちいい気がしました。
 

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グレンツェが219日だけ寿命を延長してもらい、これからの数ヶ月で自分が持つ知識をできるだけ書き残そう、などと考えていた時、トーマスがグレンツェを呼びにきました。
 
「姫君がお前と話したいと言っているんだよ」
「姫君の容体は?」
 
「ドクトル・スロバキーが見てくれて、輸血とかもしたけど(*22)、出血は止まっているし、恐らく1ヶ月くらい静養すれば帰国できるだろうと言っていた」
 
「彼が診てるなら大丈夫だね。外科では彼がこの町で第一人者だと思うし」
「でもお前と話したいらしいんだよ」
「分かった」
 
(*22) この時代の“輸血”では、血を飲ませていた!(鉄分補給にはなると思う)
 

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それでさすがに身体がまだきついものの、グレンツェはトーマスと一緒に馬車で市庁舎に出掛けていきました。
 
「殿下、お呼びとのことでしたので参りました」
 
姫は人払いをしました。
 
「ちょっとご相談があるのです」
「はい。この老いぼれ医師(der arme alte Doktor)に何の用でしょうか」
「ドクトル(der Doktor)ではなくて、ドクトリン(die Doktrin)ですよね?」
「まあ人からはそう呼ばれています」
 
「私は本当は今回の旅の途中で死ぬつもりでした」
 
ああ。だから代母は、姫は襲われなくても死んでいたと言っていたんだなとグレンツェは思いました。
 
「まだ発表されていないのですが、私は来年、コサラゴ公国の第3公子ジャック殿下と結婚することになっています」
 
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「それはおめでとうございます」
「でも実は私は公子様と結婚なんかできない身体なんです。それで死のうと思ってて。でも私を助けて下さったお医者様がドクトリン・グレンツェだということを聞いて、ある噂を思い出したんです」
 
グレンツェは、堕胎の依頼をされるのかな?と思いました。他の国の公子と結婚するはずの姫君が実は妊娠しているなんて一大事です。破談になりかねませんが、破談になると、国際関係がかなり難しいことになります。
 
しかし堕胎手術は基本的に違法であり、手術を行えば、殺人罪で摘発される危険もあります。しかし多くの病院で密かに行われているのも事実でした。恐らく、国内で手術すると、どうしても情報が漏れるので外国でしたいのかも知れないとグレンツェは思います。しかも刺されて大怪我した後なら、しばらく静養していても全然怪しまれません!
 
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「私に何かできることがあるのでしょうか」
とグレンツェは言いました。
 
「実はドグトリンに、秘密の手術をして頂けないかと思って」
 
やはり堕胎か・・・と思ったのですが、姫が言ったのはとんでもないことでした、
 

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代親の死神(9)

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