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■代親の死神(7)

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でも本当に「女になりたい」と言ってきた患者がいました。
 
グレンツは最初その患者を普通の少女だと思いました。ところが患部を見ると立派な男性器が付いています。
 
「今のままでは2-3年の内に声変わりが来て男みたいな身体になってしまいます。それを止めたいから、ドクトリン、私の玉と棒を除去してくれませんか?」
と少女は泣いて訴えました。
 
“ドクトリン・グレンツェ”が去勢が上手いという噂を聞いて、はるばるケルンからやってきたということでした。どうも“グレンツェ”の名前が、男と女の境界 (Die Grenze zwischen Mann und Frau) という意味でも解釈されているようだぞとグレンツは思いました。
 
付き添いで来ている母親も
「この子は物心ついた頃から女の子でした。最初は男の子の服を着せていたんですが、嫌がって女の子の服を着たがるので仕方なくそれを着せていました。この子、女子修道院に入りたいと言っているんです。でもこんなものが付いていたら修道女になれないから、取ってあげて欲しいんです」
 
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グレンツはチラっと代母を見ました。代母は笑顔で頷いています。
 
「分かりました。睾丸とペニスを除去した上で、お股の形をできるだけ女性に近い形に整形しましょうか?」
「そこまでしてくださるのなら嬉しいです!」
 

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グレンツは彼女を個室に入院させ、取り敢えず絶食させます。そして手術はイルマだけを助手にして深夜に行いました。
 
代母が薬をグレンツに渡しました。
 
「これは眠くなる薬です。これを飲んで下さい」
「分かりました」
 
それで患者が意識を失った所で手術を始めます。イルマは患者を少女と思い込んでいたので、股間に思わぬものがあるのを見て仰天しています。むろん彼女は患者の秘密を他人に言うことはないのでこういう時は安心です。
 
グレンツは患者の陰嚢を縦に大きく切開して睾丸を除去。続いて陰茎を皮・亀頭と中身に分離した上で中身は根部から切断します。膣のあるべき場所に消毒した金属の棒で穴を開けます。これは男性の陰茎(より少しだけ大きい)サイズに作っている(鍛冶屋を継いだノアに作ってもらった)ので、陰茎が入れられるサイズの穴ができます。そして陰茎の皮を反転して押し込み内張りします。
 
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この部分は文献で読んだ方式では陰茎を切断してから皮を剥いでいたのですが、切断する前に皮を剥ぎ、中身だけを切断して、陰茎皮膚は身体に付いたままの状態で“裏返して”膣の内張りに使う方がきれいになることを“たくさんの練習”の間に認識し、手術方法を変更していたのです。
 
なお亀頭は皮膚に繋がっていて、押し込まれた時に膣の最奥部に据えられ、ポルチオの役割を果たします。これも試行錯誤の中で思いついたやり方です。多数の女性を診てきて女性の身体の構造を知り尽くしているグレンツだから思いついたテクニックでした。そして最後は股間の皮膚をうまく利用して小陰唇・大陰唇を造りました。きれいに縫合して出血しないようにします。
 
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「まるで魔法みたい。凄い」
と助手を務めたイルマが感嘆していました。
 
「まあこれを見たら女にしか見えないよね」
「これ形だけじゃなくて“使える”のね?」
「もちろん。イルマも手術して女の子にしてあげようか?」
「ちんちんが生えて来たらお願いするかも」
 
手術が終わったら個室に戻します。感染症を起こしにくいように、新しい尿道に葦の茎を入れて導尿します(*15)。また、人工的に造った膣が萎縮しないように、硬くなったパンを牛の腸に入れたもの(*16)を新しい膣に入れておきました。
 

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(*15)現代でいえばカテーテルである。カテーテル自体は紀元前から使用されていた。中国では玉ねぎの茎、メソポタミアでは葦が使用された。金属製のものも使用されたようだが、曲がらないので男性の尿道には挿入困難だったと思われる。この子は手術の結果、女子の尿道になったので金属製でも行けるかも知れないが、身体をできるだけ傷つけないようにするため、曲がりやすい葦を使用した。
 
(*16)むろんダイレーターである。このダイレーターは退院の時も渡し、当面の間は入れておくように言っておいた。
 

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一週間後に包帯が取れたのですが
 
「凄い。本当に女みたいな形になってる。嬉しい」
 
と彼女は物凄く喜んでいました。母親も
 
「本当に娘になったんだね」
と喜んでいました。
 
手術の傷は(膣の内張り部分以外)もう治っていたので、導尿をやめて、普通に女子の排尿用の壺に直接おしっこをするようにさせましたが、そのおしっこの出方にまた感動していました。
 
(この時代、西洋にはトイレという部屋は存在せず、女性は壺にして、後で捨てていた。した後はぼろ布などで拭いていた)
 
「まっすぐ落ちていくから、失敗することがない」
と喜んでいました。
 
「先生は元々女だから分からないでしょうけど、余計なものが付いてると、時々あれが前を向いてしまって、おしっこが外に漏れることもあったんですよ」
 
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「ちんちんが無くなったからそういう事故はもう起きないね」
 
更に彼女は、おしっこをした後、布で拭く時の感覚にも感動していました(普通はぼろ布で拭くが雑菌による感染症防止のため新しい布を渡している)。
 
「拭く時に邪魔なものが無くて、凄く楽」
「良かったね」
 
患者は1ヶ月ほど入院してから退院していきましたが、退院する頃にはかなり痛みも減っていて、顔色もよくなっていました。彼女はその後、半年くらい静養してから、女子修道院に入りますと言っていました。
 
しかし患者さんにもお母さんにもずっと、ぼく女医さんだと思われていたみたいだなあ、とグレンツは思いました。
 

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半年後、彼女からお手紙が来たので
「立派なシュヴェスター(Schwester Eng=Sister 修道女)になったかな」
と思って手紙を開封してみたら
「立派なブラウト(Braut Eng=Bride 花嫁)になれました」
と書かれていたので、びっくりしました。
 
「彼が本当に女の子になったんだね、と言って喜んでくれています。毎日セックスが楽しいです。彼とのセックスはとても気持ちいいです。女先生のおかげです」
 
などと、かなり赤裸々な性生活が書かれているので、読んでいてこちらが恥ずかしくなりました。
 
どうも彼氏と男同士では結婚できないからというので修道院に入ってしまおうと思っていたものの、女になってしまったので結婚可能になり、それで結婚したということのようでした。
 
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まあ、元は男だったことを知っている人と結婚したのなら、いいよね?とグレンツも思うのでした。
 
(この手紙をイルマが盗み読みして「きゃー!」と悲鳴?歓声?をあげていましたが、その夜はふたりでかなり濃厚なプレイをすることになりました)
 

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ところでローテンブルクやグレンツたちが学んだ大学のあるテュービンゲンはプロテスタントの町なのですが、グレンツが42歳の年、ローテンブルクはカトリック派の軍の攻撃を受けました。
 
(正確には最初カトリック軍がローテンブルクに来て駐留してしまったのがプロテスタント側の攻撃で撤退し(カトリック軍の兵士が多数プロテスタント側に寝返った)、今度はプロテスタント軍が一時的にローテンブルクに駐留した。ところがここにカトリック軍が攻めてきて、元々プロテスタント寄りの市民もプロテスタント軍と一緒に戦ったが、カトリック軍に撃破された)
 
カトリック軍は町を破壊しようとしました。
 
しかしローテンブルク側はカトリック軍のティリー将軍 (Johann t'Serclaes Graf von Tilly 1559-1632) に慈悲を乞い、粘り強く交渉しました。これ以上は抵抗しないし、必要なものは提供する。そして市長が代表して処刑されるから、町の破壊や略奪はしないで欲しいと頼み込みました。
 
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この時、市内の酒蔵が、将軍に上等のワインを献上しました。
「美味いな」
と将軍が喜んでいるようなので、何とか交渉がうまくいかないかと市関係者はやきもきします。
 
ティリー将軍はワインと一緒に献納された直径半エル(40cm)ほどもある大杯に目をやりました。元々はバイエルンの大公からこの町に下賜された杯です。
 
将軍は、大杯にこの美酒を注ぎました。1本、2本、3本、4本と注ぎ、5本目の途中で杯は満杯になります。
 
「この酒を誰か一気飲みしてみせたら、町を焼くのは勘弁してやる」
と将軍は言いました。
 
この時、市民の身代わりに自分を処刑してもよいと言っていた、市長のゲオルク・ヌッシュ(Georg Nusch 1588-1668)が言いました。
 
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「私が飲みます」
 

それでヌッシュはこの巨大な杯になみなみと注がれたワインを一気に飲んでしまったのです。
 
これには敵味方の双方から物凄い歓声があがりました。
 
「お前は凄い男だ。俺は惚れた。この町を焼くのは中止する。お前の処刑も勘弁してやる。こんな立派な男を処刑したら俺は男じゃないからな」
とティリー将軍は言いました。
 
「男じゃないなら女になりますか?」
と副官がチャチャを入れます。
 
「俺が女になったら女房が男になるかもしれん」
 
それでローテンブルクの町は救われたのです。この当時の町並みは21世紀に至るまで、ほぼそのまま残されています。(でもカトリック軍は1年ほどここに駐留し、市民を苦しませることになる)
 
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カトリック軍との交渉を成功させ、市長室に戻ったヌッシュですが、最初は調子良く幹部や友人などと歓談していたものの1時間ほど経った時、急に顔色が青ざめ、倒れてしまいます。(*17)
 
(*17)この大杯には3.25Lの酒が入っていたと言われる。度数14%として、その中に含まれるアルコールは 455ml になり、彼がスポーツマンで身長180cmくらいの男性だった場合でも、アルコールの血中濃度は飲酒の1時間後に6mg/mLに到達する。
 
筋肉質の人は筋肉の75%が水分なので同じ量のお酒を飲んでも脂肪質の人よりアルコールの血中濃度は低くなる。分母が大きいからである。脂肪には10-30%しか水分が無い。また肝臓の大きさは身長の3乗に比例する。長身なほどお酒に強い。だからラグビー選手みたいな人が最もお酒に強い。また男性では30代が最も肝臓の機能が強い。当時ヌッシュは43歳で比較的強い年代であった。
 
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1時間後に最高値に達するのは、アルコールが胃腸から身体に吸収されるのに1時間程度かかるからである(だから実はすぐ吐かせれば何とかなっていた可能性がある)。アルコールの“致死量”は血中濃度4mg/mLとされる。つまり致死量の1.5倍程度飲んだことになる。
 

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