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■代親の死神(2)

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それで死神は、産まれたばかりの赤ん坊の洗礼式に出席してくれました。
 
洗礼式に出たのは、赤ちゃんと父親のハンス、まだ起きられない母親ドリスの代わりに赤ちゃんを抱く伯母のオリビア(ティアナはドリスおよび他の子供たちを見ている)、そして代母の死神です。死神はハンスの親戚の女と称し、ナハト(Nacht 夜)と名乗りました。
 
牧師さんの祈りとお言葉の後、この日洗礼を受ける赤ちゃんたちが順番に洗礼を受けます。まだ何も話せない赤ちゃんに代わって父親が信仰の告白をし、白い洗礼ドレスを着た赤ちゃんを水につけます。黒い服を着た代母(実は死神)が赤ちゃんにお祝いの贈りものをして洗礼式は終わりました。
 
代母はずっとヴェールを顔に掛けたままでしたが、女性は教会の中ではヴェールを掛けている習慣があるので、牧師さんは特に不審には思わなかったようです。
 
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洗礼式が終わった後、死神はハンスに言いました。
 
「この子は医者になる才能がある。だから学校に行かせなさい」
「お金が無いですよー」
「それは私が何とかするから」
「分かりました」
 
「でもこの子だけ学校に行かせたら、上の子たちが不満に思うよね」
「だと思います」
「だから全員学校に行かせなさい。その費用も出してあげるから」
「分かりました!」
 

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(*3) Gevatter(ゲファーター)というのは古い言い方で、現代ドイツ語ではPate(パーテ。女性形=Patin パーティン)という。英語では Godfather (女性形Godmother まとめてGodparent), フランス語では parrain (女性形 marraine) である。ペローの童話では 妖精の marraine が出てくるものがひじょうに多く、ひとつの類型になっている。サンドリヨン (Cendrillon 英語ではシンデレラ Cinderella) を助けたのも 妖精の marraine (fée marraine フェ・マレーヌ) である。
 
Gevatter の役割は洗礼に立ち会い、その子供が洗礼を受けた証人となることである。Gevatterは geistlicher Vater (宗教的父)の意味で、その子供を生涯にわたって支援する重要な役割である。子供が小さい内に親が死んでしまったような場合は、実親に代わってその子を養育する場合もある(デュプレックス!)。
 
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(Gemutterという単語は無いもようである)
 
そういう意味では“道父”とか“教父”のような訳が意味的に近いが、近年では“代父”と訳すことが多い。だからこの物語の原作「Der Gevatter Tod」は直訳すると『代親の死神』となる。
 
古い訳本ではGevatterに“名付け親”という訳語を当てているケースが多く、この物語も“死神の名付け親”というタイトルになっているものが多い。しかしGevatterは別に子供に名前を付ける訳ではないので(付けることがない訳ではないが、通常は親や祖父母が付ける。成人洗礼では本人が考える)“名付け親”という訳語はほぼ誤りである。恐らく、あまりキリスト教の風習に詳しくない人が誤訳したのが、その後踏襲されてしまったものと思われる。
 
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(*4)原文は「Ich bin der liebe Gott.」英語に直訳すると I am the dear God. ここで liebe というのは、Ich liebe dich (I love you) とかにも使われる“愛する”という意味の動詞 lieben の形容詞形 lieb (に名詞を修飾する時の語尾 -e が付いたもの)だが、ここでは英語の dear に相当する表現である。
 
手紙の先頭に英語なら dear Ms Trapp と書く所をドイツ語なら liebe Frau Trapp と書く。つまり liebe (英語のdear)は日本語の“様”に相当する言葉である。そういう意味で liebe Gott というのは“神様”という表現(Gottは“神”)で、ドイツ語ではひじょうによく使用される言い回しである。
 
キトンは古代ギリシャの一般的な衣服で一枚布を肩で留めて着る(ふたつ折りにして貫頭衣のように着る着方もある)ものだが、西洋の神様はしばしばそのような服装で描かれる。ちなみにキトンは男性も女性も着ていた。女性は一般的に足首までを覆い、男性は膝までを覆っていた。しかし男性でも身分の高い人は足首丈で着用したし、それほど身分が高くない人でもフォーマルな場では足首丈だった(つまり女性と同じフォルムになる)。
 
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今回の翻案では、悪魔を明確に男性、死神を明確に女性で描いたので、神様は性別を曖昧に描いた。
 
なお、最初に遭遇するのはグリム版では神様、アイラー版ではイエス・キリストになっているが、出典は不明だが、最初に遭遇したのが聖母マリアであるとするバージョンも存在するらしい(岩波文庫の日本語訳グリム童話に収録されている)。
 

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(*5) 元々のアイラー版では、悪魔は十字架を見たら逃げて行ったことになっている。それではそもそも洗礼式に立ち会えない。元々、カトリックやルター派が赤ちゃんにすぐ洗礼をするのは、赤ちゃんに神の加護が及び“悪魔に取られないようにするため”であり、悪魔を代母にするのは、泥棒の親分に留守番を頼むようなものである。
 

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(*6) “死”Todが男性名詞なので通常は死神もそれに合わせて Ich bin der Tod とするが、本人が女である場合は女性形に変えて Ich bin die Todin となる。Todは本来“死”そのものなので、ドイツ語で死神を表す一般的な名詞は、むしろ男死神が Sensenmann, 女死神は Sensenfrau である。
 
この物語での死神の性別については、男性とするバージョンと女性とするバージョンが存在する。今回の翻案では女性の死神とするバージョンを採用した。女であれば洗礼式の時に、教会の中でヴェールを取らなくてもいいので骸骨の顔を見せずに済むからである。女性の死神を出す版では最初に遭遇するのが神様ではなく聖母マリアなのだが、ここでは性別は分散させた。
 
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骸骨に黒いローブをまとった死神というイメージはこの物語が出発点であるという説がある。それ以前の死神は、馬に乗った騎士の姿で描かれることが多かったとも言う。
 

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(*7) 洗礼をいつ行うかは宗派や地域により結構異なる。例えばシェイクスピアの時代は、基本的には生まれた日にすぐ受けさせていた(遅くとも3日以内)。プロテスタントの一部の宗派では、本人が信仰の意思を表示できるような年齢に達してから受けさせる。しかしルター派では、カトリック同様、生まれたらすぐ受けさせる方式である。
 
ここではグリム版に従って、日曜日にまとめておこなう方式を採用した。
 
(*8) 鍛冶屋は馬の蹄鉄を作るので、その仕事の延長上、獣医のような仕事もしており、結果的に馬や牛の去勢もおこなっていた。
 
(*9) 夢の中の母親の言った通りにしていれば、代親は神様になっていたはずである。しかし神様の代親と死神の代親のどちらが良かったかは、何ともいえない。ただ悪魔はやめといて正解という気がする。
 
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死神が子供たちを学校に行かせるように言ったので、まずは既に学齢に達している、男の子のユリオン・ジークフリート・アレクサンダーの3人を町の歌唱学校(歌を歌わせるとともに読み書きも教える)に入れました。
 
歌唱学校は男の子だけですが、女の子で7歳以上に達している、カメリエ、ローザ、ルイーザ、ソフィアの4人には、教養のあるティアナがまずは文字の読み方を教えることにしました(中世の中流以上の女性は一般に文字の読み方は母親などから習っていることが多く、普通に本が読めた。署名くらいはできるが、文章を書く訓練まで受けている女性はそれほど多くは無かった。でも女性の文筆家は近世以前において女性がひとりで食っていける数少ない職業のひとつであったという。恐らくは、手紙の代筆などで収入を得ていたか?)。
 
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女の子4人は、ティアナが金物屋の店番をしながら合間合間に字を教えることにし、農作業はユリオンたち男の子が学校から帰ってからオリビアが指揮してすることにしました。しかし1年間女の子の格好をしてお店に出ていたフリーダ(フリッディ)は“男の子に戻れて”ホッとしたようでした。
 

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子供たちは男の子は年齢が7歳に達した子から順に歌唱学校に入り、それを卒業した後は更に中等学校:ギムナジウム(Gymnasium イギリスならGrammer School, フランスならリセに相当する)に進学させることにしました。女の子たちは本などを読めるようになった所で、兄たちに指導させて文章を書く訓練や算術なども覚えさせ、ひじょうに教養の高い女性に育っていきました。
 
子供たちの中でいちばん年長のユリオンはあまり勉強ができなかったので、ギムナジウムには進学したくないと言い、12歳の時から4年間歌唱学校で字の読み書きなどを学んだ後は、実父の友人だった大工さんに弟子入り。大工への道を進みました。
 
なお、グレンツが産まれた時、ユリオンは12歳、フリッディは11歳でした。通常歌唱学校に行くのは7-12歳の6年間なのですが、遅く入学したので、ユリオンは12-15歳の4年間歌唱学校に通ってから、大工の弟子になり、フリッディは11-13歳の3年間歌唱学校に通ってから、他の人より1年遅い14歳でギムナジウムに入りました。
 
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ということで最初にギムナジウムに入ったのはジークフリートになったのですが、彼のことは後述します。
 

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歌唱学校はハンスの住む町にもありますが、ギムナジウムは近隣の都市であるローテンブルク(Rothenburg ob der Tauber)まで行かないといけないので、そこまで行かせ、寄宿舎に入れました。また女の子たちの中でソフィアは
 
「私も男の子たちと同じくらい勉強したい」
と言うので、やはりローテンブルクの女子修道院(Nonnenkloster)に入れて様々な教育を受けさせました。
 
カメリエ、ルイーザ、リリエはそこまでの勉強を求めなかったので、ティアナの元同僚の教養のある女性を家庭教師に雇い、ラテン語、数学、音楽など及び礼儀作法を学ばせました。チェンバロやフルート(現代のリコーダーのこと)なども教えました。
 

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女の子たちの中でローザもたくさん勉強したいというので
「お前もソフィア同様、修道院に行くか?」
と訊いたのですが
「もっと勉強したい。ギムナジウムに行きたい」
と言います。
「ギムナジウムは男だけだよ」
「だったらボク、男装する」
と言って、長い髪を自分で切り落としてしまったので、実母のティアナが悲鳴をあげました。
 
しかし男の子みたいな髪にしてしまうと、むしろ女の子として通りません。それでティアナは猛反対したものの、ローザの行動に理解を示してくれたオリビアが取りなしてくれたので、ハンスも
 
「まあ性別がバレたらバレた時だ」
と言ってローザは名前も“ローランド”(Roland)と変えて、本当にギムナジウムに入ってしまいました!
 
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昔は男の子の声変わりはだいたい17歳くらいで起きていたので、ローランドがずっと女の子みたいな声で話していても特に不審がられず(一応できるだけ低い声で話していた)、彼(?)はしっかり男の子としてギムナジウムを卒業してしまいました!彼は演技力があり、しっかり男の子を演じていたので、在学中誰も彼の性別を疑う人は無かったと、同い年で一緒にギムナジウムに入ったトーマスは言っていました。
 
ローランドとトーマスがギムナジウムに入学した時、2学年上にジークフリートがいたので3人は同じ部屋にしてもらいました。それまではジークフリートは別の生徒と相部屋だったのですが、兄弟(?)3人だからというので3人だけの部屋を当ててもらったのです。
 
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ローランドとしては、兄(?←疑問符が付く件は後述)と弟が一緒なので、安心して着替えなども出来て助かったようです。もっともローランドが着替える時にトーマスは後を向いているのですが、けっこうドキドキしていました(ローザとトーマスは実親が違うので、通常双子と称しているが本当は結婚可能な従姉弟)。
 

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ローランド(ローザ)と対照的な道に行ってしまったのがフリッディ(ジークフリート)でした。彼は美形で優しい性格なので、ギムナジウムに入ると、男ばかりで女の子が居ない環境ではすっかり“人気”になってしまいます。多数の男の子から“愛の告白”をされ、デートに誘われたりする内に、本人もすっかりその気になってきます。
 
「フリッディ、女の子の服とかは着ないの?」
などと“ボーイフレンド”から言われ
 
「きっと君、女の子の服着たら可愛いよ」
などとも唆されて、デート!の時に女の子の服を着るようになります。
 
「ほんとに女の子みたい!」
などとクラスメイトたちからも言われて、すっかり“フリーダちゃん”と呼ばれるようになってしまいました。
 
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やがて3年生になるとローランドとトーマスが入ってきて3人で同じ部屋になります。
 
「ローザ、なんで男の格好してるの?」
「ぼくはローランドだよ。それよりフリッディ兄さんはなんで女の子の格好してるの?」
 
ということで、フリッディは、ローザ(ローランド)からたくさん女の子としての基礎的な知識などを再教育されるとともに、フリッディ(フリーダ)とトーマスがローランドの性別がバレないようにするのに協力したのでした。
 
2年後にはアレックス(アレクサンダー)が入ってきて、この部屋では4人が共同生活するようになりますが、アレックスはローランドが男らしく振る舞っているのに感心するとともに“フリーダ”が魅力的な少女!に成長しているのに唖然としました。
 
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結局、ローランドもトーマスもアレックスも、フリッディのことを“フリーダ”と呼んでいました。
 

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