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目次]
その日、アニトラは皇子殿下の妹君夫妻として結婚式に出席しなければならないのですが、その妹のアニトラも出席しなければなりません。そこでいつも影武者をしてくれているアンタルに言いました。
「アラディンかアニトラかどちらかの代理をして」
「アラディンでお願いします」
それでバドルルバドール姫には「疲れていて長時間立っていられないのでアンタルに代理を頼むから」と言いました。姫は「うん。問題無い」と明るく答えました。姫には贅を尽くした礼服を着せ、ダイヤモンドの髪飾りも付けさせます。アラディンの振りをするアンタルには儀礼用の服を着せます。
そして自らはバドルルバドール姫より1ランク下の礼服(それでも充分豪華)を着て翡翠の髪飾りを付けました。
それで出かけようとしていた時に、大臣ワラカが青い顔をして飛び込んで来たのです。
「花嫁のお父上がこんな所で何をなさっているんです」
「マハが駆け落ちした」
「は!?」
取り敢えず大臣を家に上げて、“アラディン”、バドルルバドール姫、アニトラの3人で大臣の話を聞きました。
「そういえばアラディン殿とアニトラ殿を一緒に見るのは珍しいな」
と大臣が言います。
「ああ、確かにアラディンとアニトラ様は、お店にはどちらか片方しか居ないので、実はアニトラ様はアラディンの女装では?という噂もあるみたいですね。皇子との結婚を断ったのも実は本当は男だからではとか」
などとバドルルバドール姫が悪戯っぽく言います。
ちょっとーぉ。
「でもアニトラ様には月の者がありますから間違いなく女ですし、アラディンが殿方であることは妻の私が証言しますから、別人であることは確かです」
とバドルルバドール姫はアニトラを見ながら言います。
「ではアニトラ殿はまことの女であるな?」
と大臣が確認するように訊きます。
「女ですよ」
とアニトラも答えますし、バドルルバドール姫は
「アニトラ様がお風呂に入っている所に私うっかり入っちゃったことあって、その時アニトラ様の裸を見てしまいましたけど、間違いなく女でしたよ」
と言いました。
「だったら、お願いしたいことがある。そのためには私の大臣の地位をアラディン殿に譲ってもいい」
と大臣は言います。
「私は以前から言っているように政治的な野心は全くありません。そのようなことは無用にお願いします」
と“アラディン”は言いました。アニトラも頷いています。
「それよりマハ姫に何があったのです?」
とアニトラが訊きます。
「今朝、マハが居なくて、こういう書き置きがあった」
と言って、大臣はアニトラたちにマハの手紙を見せてくれました。
マハの手紙にはこのようなことが書かれていました。
自分は以前より好きだった人がおり、その人と結婚したいので皇子様との結婚は辞退したい。皇子はアニトラ殿と結婚するかと思い安心していたのに、アニトラ殿がどうしても固辞しているというので、またこちらに話が戻って来て、とても困惑した。自分は思い人と一緒に国を出るので、自分のことは死んだものとして処理して欲しい。自分が死んだということになれば、誰も傷つけることがないと思う。
「じゃ、マハ様が亡くなったことにするんですか?」
とバドルルバドール姫が尋ねる。
「それで困ったのだよ」
と大臣は言います。
「皇帝の皇子と、私の娘が結婚するということで、親王たちも招いている。その中で結婚式を中止するわけにもいかない。皇子の結婚は皇帝の直系が続いていくことを意味し、親王たちによけいな野心を起こさせないためにも大事なことだ」
「でもどうするんです?」
「だからどうしても、今日、皇子と“私の娘”が結婚することが必要だ」
「しかし大臣殿にはご子息は2人おられますが、お嬢様はマハ様だけですし。ご子息を娘に変えるわけにもいきませんしね」
「息子2人にも、形だけでもいいからどちらか花嫁衣装を着て皇子と結婚してくれないかと言ってみたが、女の服なんか着たくないし、男と結婚するなんて絶対嫌だと言った」
“アラディン”がマジで嫌そうな顔をしています。
「まあ女になって皇子妃になってくれなんて、無茶ですよね」
と言いながらアニトラは冷や汗を掻いています。
「それで本当にこの通りだ。アニトラ殿、今日皇子と結婚してくれないか?」
「え〜〜〜〜!?」
「だって大臣殿の娘さんでなければならないのでは」
とバドルルバドール姫が素朴な疑問を出します。
「アニトラ殿を私の養女にする。それで結婚してもらえたら、私の娘が皇子と結婚したことになる」
「うっそー!?」
そんなこと言われても、私は皇子妃とかしたくないよーとアニトラは思います。窮屈な宮廷生活は御免です。
「形だけでもいい。だから夜のお務めもしなくていい。皇子には側室を持たせて世継ぎは側室に産ませる」
アニトラは考えました。そして言いました。
「皇子と話し合わせてください」
「密談の場所を用意する」
それで、結婚式のほんの2時間前、大臣の別荘で、ジャマール皇子と大臣にアニトラの3者が密議をしたのです。ここに来るのに、皇子は女装してきました。
「殿下、可愛いです」
とアニトラは言いました。
「そうか?しかしこの衣装は歩きにくいな」
などと皇子は照れながら言っています。
「いっそ、皇子が今日の結婚式の花嫁になられません?」
「私が花嫁なら誰が花婿になるのだ?」
「大臣のご子息のマジド様とかは?」
「今一瞬悩んでしまった」
「まあそういう訳で、私は花嫁に逃げられた哀れな花婿なんだけど、私ひとりが恥を掻けばよいのなら敢えて恥を掻く。しかし今日の結婚式が消滅した場合、親王たちが皇帝の座を狙って動き出しかねない。だから、帝国の安定のために無理を承知で、私と今日結婚してほしい」
と皇子は頭を下げました。
「そなたが殿方と交わりたくないという話は兄上殿からも聞いている。だから決してアニトラ殿には何もしないことを誓う。世継ぎについては側室を娶ってその者に産ませるから、形だけでも私の妻になってくれないか」
と皇子はアニトラに言います。
「私、皇宮に居なくてもいい?私は呉服屋だから、ずっとお店に出ていたい」
「ああ、あの呉服屋はアラディンがやってることになっているけど、実は全ての采配を振るってるのは君だよね。女主人では馬鹿にされるから、仮にお兄さんを主人ということにしているだけで」
と皇子。
「世間でもそういう見方をしている者はわりといるね」
と大臣も言います。
「儀式とか、外交使節を迎える時とか、そういう時だけあなたの妻の振りをしてあげる。普段はお店の方にいる」
「うん。それでいい」
「呉服屋の女店主と皇子妃は双子の姉妹とか言っておけば何とかなる」
と大臣は言っています。
それって、もしかしてボク、アラディンとアニトラと皇子妃の1人3役することになったりして?
しかし、自分が皇子と結婚する以外、この場の解決法は無いようなのでアニトラは皇子との“形だけの結婚”に同意したのです。
それで、アニトラはリームに今日の結婚式では自分の代理をしてくれるよう言いました。
「うっそー!?」
「女はこういう場ではベールで顔を隠してるからバレないって」
「アニトラ様、身体が3つ必要ですね」
「全くだよ」
と言って、アニトラは大臣宅に行き、マハに着せるはずだった真っ赤な花嫁衣装を身につけました。
そして宮廷から派遣された大人数のお迎えに守られ、花嫁専用のカゴに乗って新宮殿に向かったのでした。
花嫁は顔をベールで覆っていますので、この花嫁行列を見学している人たちにもその顔は見えません。アニトラは宮殿のそばを流れる川に浮かべた船に乗って新宮殿に入りました。
結婚式が行われる大広間に入ります。
赤い花婿衣装を着たジャマール皇子、結婚式を執り行う大道士が待っています。アニトラは多数の侍女とともにそこに進み出ました。
ここで花婿が初めて花嫁のベールをめくります。
人々の間にざわめきが起きます。それがアニトラに見えたからです。
人々は大臣の娘マハの顔は知りませんが、アニトラの顔は知っています。
しかし結婚式の列席者の方に目を遣ると、アラディンとバドルルバドール姫の夫妻と並んで、確かにアニトラがいるので、どうなってるんだ?と人々は訝りました。その人々の疑問は結婚式を執り行う大道士のことばで解決?します。
「これより皇太子ジャマールと、名誉大尉アラディンの妹君で、大臣ワラカの養女アマトラの結婚式を執り行う」
と大道士は言いました。
「アニトラ様ではなかったのか!」
「アラディン殿の妹ということはアニトラ様の姉妹か」
「道理で似ているはずだ」
「しかしアニトラ様に姉妹がおられたとは知らなかった」
と人々は言いました。
それで結婚式は滞りなく進んでいきます。結婚の誓いの所ではジャマールと誓いの口づけをする必要があります。ジャマールが小さな声で「ごめん」と言いますが、アニトラは微笑んで、ジャマールと口づけをしました。
きゃー!男の人との口づけって初めてした!
バドルルバドールとはたくさん口づけしたけとね。
結婚式が終わった後は、親王たちも列席して大宴会が行われました。たくさんの招待客が挨拶に来るので、その挨拶を交わすだけても疲れましたが、何とか5時間ほどの宴会を乗り切りました。
そして初夜の床に就くことになります。
皇子と一緒に寝室に向かいますが、ボク、皇子とセックスしなくていいんだよね?と思いながらも少し不安でした。
「部屋の中に入ったらすばやく“寝台の下に潜り込んで”」
と皇子が囁くので、言われた通り、寝台の下にスライディングしました。その時、寝台には既に侍女のウマイマが自分と同じ衣装をつけて寝ているのを見ました。彼女が新妻の代理をさせられるのか。ごめんねーと思いながらも、自分は皇子とはしたくないので寝台の下でじっとしています。
皇子は妻の代理をするウマイマにも「ごめんね」と言ってから、“初夜”をしてその記録が立会人に記録されたようでした。
「疲れた、疲れた」
と言って、アニトラは深夜離宮に戻って来ました。
「あら、“アマトラ様”は兄上と今夜初夜なのでは?」
とバドルルバドールが嫉妬するような目で言います。
「アマトラは知らない。ボクのおうちはここだもん」
するとバドルルバドールはアニトラの首に抱きつくようにして口づけまでして言いました。
「アラディン様ぁ、今夜も私をちゃんと抱いてね」
この時、アニトラはくたくたに疲れていたので、頭がしっかり回っていませんでした。それでバドルルバドールの甘い言葉に、うっかり“アラディン”として反応してしまったのです。
「いいけどその前に1時間くらい休ませて」
「うふふ。やはりあなたは“アラディン”様なのね」
「あ・・・」
「大丈夫。アラディンが実はアニトラの男装だなんて、誰にも言わないから。女だと軽く見られるから男の振りして“兄”がいるふりしてるんでしょ?」
「えーっと」
「こないだはどうやって私と交わったの?怒らないから教えて」
「うーん・・・」
それで仕方ないので、アニトラは“それ”を見せてあげました。
するとバドルルバドールは「きゃー!いやらしい!」と言って面白がり、
「ね、ね、私も付けてみたい」
などと言うので、結局この夜はバドルルバドールが装着することになりました。
「だってアニトラちゃんは疲れてるでしょ。今夜は横になってればいいよ。私が全部“して”あげるから」
「いいけど」
「兄上とは“した”の?」
と詰問するような目。
「兄上様は決してボクには手を出さないと誓ったよ」
「だったらアニトラちゃんは処女?」
「処女だけど」
「じゃ私がアニトラちゃんの処女をもらっていい?」
「ボクの身体はバドルルバドールのものだよ。自由にして」
「自由にしちゃおう」
それでその夜、アニトラは処女をジャマール皇子ではなくバドルルバドール姫に捧げたのです。
「でもどうして分かったの?」
「おっぱいあったもん」
翌朝、のんびりと母・バドルルバドールと一緒に朝食をとりながらアニトラは考えていました。
皇子様の妃になるとか普通の女の子は憧れるのかも知れないけど、バドルルバドールの話を聞いていても、王宮の生活なんて、堅苦しいだけで、全然楽しくないと思う。バドルルバドールも王宮を出て、うちで気楽な生活をして伸び伸びとしてるし。
この日はまた婚礼の続きの行事があったので、アニトラはお昼から宮廷に出て行き“アマトラ”の代理?をしました。
休憩時間、皇子妃の私室で休んでいると、ウマイマが
「お疲れ様です」
と言って、お茶を持って来てくれるので
「ウマイマこそ、昨夜はごめんね」
と言いました。
「もしかして、あなた様はアニトラ様ですか?」
「アマトラなんて姉妹が存在しないのは知ってる癖に」
「ではなぜこのようなことに。私たちも花嫁がマハ様でなかったので仰天しました。でも皇子様との“行為”は全然問題ありません。私は皇子様に抱かれて物凄く幸せな気分でした」
とウマイマは言います。
ああ、普通の女の子だとそう思うのかもね、とアニトラも思いました。
それで
「他の子たちに言っちゃダメだよ」
て言って、ウマイマだけに真相を明かしたのです。
「そういうことだったのですか。でもこの後、どうするんです?」
「ボクは普通に呉服屋の女主人を続ける。重要な儀式にだけはアマトラ妃として顔を出すよ」
「大変ですね!」
とウマイマは言いました。
「では日常的には私がアマトラ様のふりをしていればいいのかな」
「多分そういうことになるのかも」
「でも私もアニトラ様の下僕(しもべ)さんの力で女に変えてもらったし、その恩に報いるためには皇子妃の代理もやらせて頂きますよ。男に生まれて女になって、皇子様にまで愛してもらえるなんて夢みたいです」
「君もしかして男の子だった5人のひとり?」
「はい」
「君はとても勇敢だもんね。さすが女になった子だけのことはある」
「アニトラ様は“さすが男だっただけのことはある”とかおっしゃらないんですね」
「だって、世の中、女のほうが度胸あると思わない?結婚式前夜に夜逃げするとかマハちゃんもやってくれるし」
「マハ様、捕まらずに逃げられるといいですね」
「捕まると大臣の立場が無くなるから、きっと大臣は協力してるよ」
「それしかないですね」
結局ウマイマは皇子の側室の1人となり、子供を4人も産みます(側室の中では最も多くの子供を産んだ)が、全員女の子であり、世継ぎ誕生には至りませんでした。しかしウマイマは庶民出身で、政治的な権力闘争と無縁(一応彼女の生活費などは全てアニトラが出している)なので、皇子にとっては彼女と居る時がもっとも安らぐ時間となりました。
アニトラとバドルルバドールですが、この後、2人はその日の気分次第で?どちらが入れる側になるか決めて夜の生活をするようになります。しかしアニトラは仕事で疲れていることが多いので、バドルルバドールが入れる側になることが多くなります。
1年後アニトラは妊娠しました。アニトラはこの子の父親はどちらだろうと不安だったのですが、やがて生まれた女の子はバドルルバドールそっくりだったので、これを付けている側が父親になるのかと安心しました。この子はアニトラが建前上独身なので、バドルルバドールが産んだことにしました。
「私も本当に産みたーい」
と言っていたバドルルバドールも翌年、アニトラによく似た可愛い男の子を産みました。あまりにも可愛いので
「男にするのもったいないよ。女の子に変えてあげようよ」
と母のバドルルバドールは言ったものの「本人は男になりたいかも知れないし」とアニトラが言い、この子の性転換は保留?されました。でも男女どちらでも通る名前を付け、女の子の服を着せてほぼ女の子として育てました!
その後、アニトラが女の子、更にバドルルバドールが男女の双子を産みましたが、この男の子は密かに皇宮に運び“アマトラ”が産んだ子ということにしました。この子が後に帝位を継ぐことになります(3人の側室は全員女の子しか産まなかった)。
アニトラの手元に残った子供は4人ですが、この4人はよく似ていましたし、唯一の男の子も常時女の子の服を着ているので四姉妹に見えました。実際周囲はみんな全員女だと思っていました。
数十年後、アニトラは長女に店を譲って引退し、バドルルバドールと2人で女同士気楽な余生を過ごしました。二女?・三女・四女は材木業・運送業・金融業を始め、4人は協力して営業しました。
ずっと後、帝国は滅亡しましたが、アニトラが築いた“企業”は現在でも台湾と日本で継続しています。結局、アニトラは帝国の支配者になるよりもっと大きなものを得たようです。ランプの精はアニトラの子孫にも代々仕え、度々、その子孫が窮地を脱すのに助力してくれました。