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アラディンはお城から戻ると、普段のアニトラの姿に戻ります。そしてランプをこすって、ランプの精を呼び出しました。
3m近い大男が出現します。
「ご主人様、何なりと命令をお申し付け下さい」
「皇帝がさ、金塊40万ディナールくらい調達できないかと言っているんだけど、そんなの調達できないよね?」
「たやすいことでございます」
「ほんとに?」
と言ってからアニトラは更に言います。
「それを運ぶのに40人の美女と40人の宦官を揃えてとも言われたんだけど」
「それもたやすいことでございます」
「ほんと?」
それでランプの精は3日後までに、40個の壺にいっぱいの金塊を用意しました。それを運ぶのに40人の美女と40人の宦官も連れてきました。
アニトラ自身が騎乗して先頭に立ちました、金の壺を運ぶ行列には見物人も大勢出ました。警備はナセルが兵を出してくれましたが、確かにこれはスパイが絶対いるなとアニトラも思います。
金入りの壺を乗せた台車(*9)を引く宦官たち、その各々に付いている美女たちも美しい者ばかりで、これを見て国民はアラディンの力にまた感嘆したようです。
行列の最後には騎乗した“アラディン”がいますが、実はこれは従弟のアンタルです。先日は女装してアニトラの振りをしてもらいましたが、今回は“アラディン”の代理で男装なのでホッとしていました。
(*9)現代の価値で計算した場合、1L(1000cc)の金塊は比重を20g/cm
3 として2万g になり、1g=1万円とすれば2億円である。直径18cm 高さ20cmの小ぶりの壺で5L (9x9xπ×20=5089) 入るので、これに金塊を詰めると10億円になる。これを40個で400億円である。壺の重さは金塊だけで10万g=100kgあるので、逞しい力士なら行けるが、優男の宦官では持てない。台車が必要。
皇帝は以前アラディンから献上された宝石を民間にバラ売りして20万ディナールの資金を用意しました。それに今回アラディンが献上した40万ディナールの資金を加えて、資材や工作用具を買い、人夫を雇いました。それでヒュー川南岸に土塁の建設を進めました。砲台も並べ、これで防衛力は多いに高まったのです。
皇帝はアラディンに御礼に、皇帝御用達の看板を与え、皇族や廷臣・女官・宦官たちの服を提供する仕事を請け負うことになります。それでアラディンの商売はますます大きくなりました。呉服商の組合でもみんなに推されて、副組合長に就任しました。
皇帝はアラディンに、宮廷に適当な役職を与えると言ったのですが、彼は
「私はただの呉服屋ですから」
と言って辞退し、あくまで商人をしていました。
しかし国民的英雄になったこともあり、アラディンの店には、人がたくさん買物に来ました。そして店頭で采配を振るう美女アニトラのことも話題になりました。
アニトラの美貌と、その采配の素晴らしさが評判になると、皇帝の皇子ジャマールまで、その様子をお忍びで見に来ました。ジャマール皇子は、一般人を装って来店し、普通に服を1着買ったのですが、アニトラの美しさに一目惚れしてしまいました。
それで彼は父・皇帝を通して、アラディンに尋ねたのです。
「アラディンや、そなたのお店の店頭で采配を振るっている妹殿だが、笄をつけているようだが、既に結婚しているのか?」
「いえ、結婚はしておりません」
「誰か許嫁でもいるのか?」
「いえ、おりません」
「それなのにどうして笄(かんざし)をつけているのじゃ?」
アラディンは参ったなと思いながらも答えます
「あの子は結婚するつもりはないので、人から縁談を持ち込まれるのが面倒なので、笄礼をしてしまったのですよ」
「どうして結婚しないのじゃ?」
「あの子は商売をするのが大好きなので、人の妻になるつもりはないと申しております」
「確かにかなり商才があるようだが、それにしてもあれだけの美女を結婚させないのはもったいない。もしよかったら、うちのジャマール皇子の妃にくれないか?」
そう来たか。困ったなとアラディンは思います。
「仕事を生き甲斐とする女など、皇子殿下の妃としては全く不適格でございます。どうか皇子様には、どこか良い所のお姫様なりお嬢様を妃にしてあげてください」
取り敢えずこの日はアラディンは何とか話を断って戻って来たものの、皇帝はその後、手を変え品を変え、なんとか皇子の妃にと言ってきます。
母など
「せっかく妃になってと言ってるんだから、妃になっちゃったら」
などと言っていますが
「無理だよー」
とアニトラが答えると、母も
「まあ男じゃしょうがないね」
と納得していました。
ところでアニトラをジャマール皇子妃にという話が浮上して、極めて不愉快だったのが大臣ワラカです。彼は自分の娘・マハをぜひジャマール皇子の妃にと思っていました。皇帝もそれに結構乗り気だった筈でした。
しかし異国との戦いでアラディンが国民に人気となると、自分の地位が脅かされるようで不安になります。その後、防塁を築くのに資金を民間人に提供させてはと提案したのも大臣でした、しかしアラディンが大金の提供ができるようなので、40人の美女と40人の美形宦官という課題までつけたのですが、アラディンはその要求もきれいにクリアしました。
そして、ここにきて彼の妹アニトラが美貌かつ頭も良いらしいというので、突然ジャマール皇子の妃候補に浮上し許せんと思います。大臣は何とかこの話を潰そうとしました。
大臣はアラディンの店に来訪すると、店に居たアニトラに店の帳簿を見せるよう要求します。そして大臣は
「これだけ利益か上がっているのであれば、1万ディナール(10億円)の税金を払う必要がある」
と言いました。
アニトラはどう計算したらそんな税額になるんだ?とは思ったものの、その程度は充分払えるので、即座に納税しました。
アニトラは、このままにしておくと、大臣は何かとこちらに難題を押しつけてくるだろうし、下手すると謀反の疑いなどを持たせて自分を抹殺しようとするかも知れないと思いました。
それでこれは何とかしなければと考え、ランプの精と相談した上で、その日、シャーヒルの妹で割と腕の立つリームだけを連れて、大臣の家を訪問したのです。
大臣ワラカは兄のアラディンならまだしも、女の身である妹のアニトラが自分の館に来るとは思いもよらなかったので驚きました。こいつを今ここで殺せないか?とも思いますが、女従者は腕が立ちそうですし、きっと男の従者も近くに控えている気がします。何よりも自分の家でアニトラが死んでいたら皇帝に言い訳ができないので、思いとどまりました。
「大臣閣下と私はもっと早く腹を割って話し合わなければと思っていました」
とアニトラは言います。
「どういうことかな?」
「私は兄アラディンを通して何度も皇帝陛下に申し上げておりますが、皇子殿下のみならず、どんな男の方とも結婚するつもりはありません」
「そうなのか?」
と大臣は驚きます。皇子との結婚を嫌がる女がこの世に存在するなど、全く想像もつかなかったのです。ですからアニトラが消極的なそぶりを見せているのは、何か皇帝から要求を引き出すための条件闘争と思い込んでいました。
「大臣閣下はお嬢様のマハ姫をジャマール皇子殿下に嫁がせたいですよね?」
「うん。殿下に差し上げるつもりであの子は今まで育ててきた。本人にも、お前は皇子殿下の妻になるのだぞ、と小さい頃から言いきかせてきた」
「でしたら、私と大臣閣下で協力して、マハ姫を皇子様と結婚させましょう」
大臣は目をバチクリさせます。
「それは願ったりだが」
と言いながらも、この話には何か裏が無いか?と訝ります。
「例えば、ジャマール皇子様とマハ姫のための新しい宮殿を建てて、そこに皇子様をお迎えしたいと皇帝陛下に申し上げてはどうでしょう?御殿まで建てたら、きっと陛下も心を動かされますよ」
「それはあるかも知れないなあ・・・」
と大臣は思いました。しかし自分にそんな立派な宮殿が建てられるだろうかと考えます。
「そしてその宮殿を私に建てさせてもらえませんか?」
「そなたが、どうしてそれを建てる?」
「私としては、マハ姫とジャマール皇子様が結婚してくだされば、もう皇子様と結婚してと皇帝陛下から要求されないようになり助かります」
「おぬし、本当に皇子と結婚したくないのか?」
と大臣はあらためて訊きます。
「はい、私はどんな男の方とも結婚したくありません」
「おぬしの考えはさっぱり分からん。しかしその話には乗っても良い」
「分かりました。では早速手配いたします」
大臣は皇帝に、皇宮の東側の雑木林を1万ディナールで下賜して欲しいと頼み、皇帝は許可しました。すると雑木林が一晩で姿を消したのでみんな驚きます。更にそれから1ヶ月ほど、その林の跡で、多数の人々が働いているのが見られました。そしてみるみる内に、立派な宮殿が建ってしまったので、皇帝も他の人々もまた驚きました。
大臣も内心驚いたのですが、恭しく皇帝陛下の前に出仕して申し上げます。
「陛下、ジャマール皇子殿下と私の娘マハとのために新しい住まいを建てました。どうか以前からのお約束通り、皇子殿下とマハとの婚姻のご許可を」
「確かに約束はしていたからなあ」
それで皇帝もジャマール皇子と話し合い、アニトラがどうしても誰とも結婚したくないと言っているというのもあって、皇子はマハとの結婚を承諾したのです。それで“皇子と大臣の娘”の婚約が発表され、結婚式は諸国の親王たち(*10)も招いて、約半年後、来年の正月に行われることも発表されたのです。
皇帝はこの新しい宮殿に取り敢えず、皇子の住まいを移し、先日金塊献上に付き添った40人の美女と40人の美形宦官もそこに配しました。そして半年後の婚礼で大臣の娘がそこに入り、結婚するという手はずが整ったのです。
(*10)明では皇帝の親族を地方官として派遣しており、これを親王と称した。これは同族支配で帝国全体を統括するとともに、皇帝の血統の断絶に備えるものであった。ただし後には皇帝にとって親王は自分の地位を脅かすものとなって両者の関係は微妙になり、その間の争いが国の衰退を招くことになる。
アニトラは、皇子殿下の婚約のお祝いに、ランプの精に命じて用意させた大粒の宝石をを載せた純金の大皿を献上しました。この宝石を皇子は新宮殿のあちこちに飾りました。
アニトラはランプの精に言いました。
「いつもいつもありがとね」
「いえ、私はただのしもべです。私の女主人様が遙か昔、アニトラ様のご先祖に助けて頂いたので、そのご恩返しをしているだけなのですよ」
「そうだったのか。君の女主人って?」
「あまり言うと叱られるので」
「そう?でも、金塊とか宝石とかは、あの洞窟から持ってくるんだろうけど、こないだの美女と宦官とかはどうしたの?」
「賃金を払って雇いました」
「そうだったんだ!」
「取り敢えず支度料と1年分の給料は渡していますが、来年以降の給料は払ってあげてください。むろんお呼び頂けましたら、その分のお金などもご用意します」
「へー。でも美女40人もよく揃えたけど、あんな若くて美形の宦官がよく40人もいたね」
「宦官は、美男子で宦官になってもよい者を募集して、40人を宦官にしました」
「・・・つまりちょん切ったの?」
「そうですけど?」
まあいいかとアニトラは思った。ちゃんと報酬を払ってちょん切ったのなら問題は無いだろう(?)
「でも宦官にする手術って、傷が治るまでけっこう掛かるんじゃないの?よく3日で準備できたね」
とアニトラは何気なく尋ねました。
「魔法で切れば一瞬ですし、痛みも無いですよ」
「へー」
だったらボクも切ってもらおうかなあ、などとも思います。自分も年齢が進めば、次第に男っぽくなって、女を装うことが難しくなっていくでしょう。取っちゃえばその心配はありません。ちんちんなんて要らないし邪魔なだけだし。
「募集してきた内の5人は、まだ若くて女の子でも通りそうなので、お前たちいっそ女の身体に変えてやうかと言ったら、変えて欲しいと言うから、その5人は女に変えて美女の列に加えましたよ」
「男を女に変えることもできるの?」
「魔法でしたら」
「ね、ね、ボクを女の子の身体に変えることとかできる?」
「たやすいことでございます」
「マジ?」
「ではこの薬草をお飲み下さい」
と言って金の入れ物に入った薬草の汁をアニトラに渡します。
「この薬草を一気に飲みますと気を失いますが、目が覚めた時にはもう女の身体になっております」
とランプの精は説明したのですが、見ると既にアニトラは気を失っています。
「あ、もう気を失ってしまったか」
と言って、アニトラのお腹に布を掛けてあげてから、姿を消しました。