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■男の娘と魔法のランプ(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2021-07-30

 
中国(*1)の帝都トンペイに40歳前後の男がやってきました。彼は懐に入れた水晶玉を時々取り出しては眺め、それを道案内に歩いているようです。彼はやがて町外れの狭い路地に来ます。向こうの方で12-15歳くらいの男女が十人くらい遊んでいます。男は再度水晶玉を見、その子供たちの中で、水色の襖(あお)と青い裙(くん *3)を着た12-13歳の女の子に目を留めました。
 
(*1)この物語は中国が舞台と原作には記されている。それなのに登場人物は皆アラブ風の名前だし、宗教も(原作では)ムスリムっぽい。恐らくこの小説の作者(*2)を含めて当時のヨーロッパ人にはアラブも中国も似たようなものと思っている人が居たのかも知れない。現代日本でインドとアフリカがごっちゃの人がいるようなものか?
 
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(*2)この物語はフランスのアントワーヌ・ガラン (Antoine Galland) がまとめたフランス語訳『千一夜物語』("Les Mille et une Nuits" - translatiom from "Alf layla wa-layla") によって紹介された。
 
しかし、本作品に相当するアラビア語の原作が存在しないことが昔から問題になっていた(1度とうとう原作が見つかった!と騒がれた作品は、ガランのフランス語版からアラビア語に翻訳したものであることが明らかになった)。恐らくこの作品はガラン自身あるいはそれに親しい人物がアラビアン・ナイト風に創作した小説と想像される。その時、これを書いた人物の地理的知識が怪しく、中国もアラブの一部のように誤解していたのかも知れない。
 
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アラブ人がこのような誤りをおかす訳がないので、この小説の書き手がヨーロッパ人であることは確実である。
 
今回の翻案にあたっては、登場人物の名前は“アラブっぽい”ものを使用しているが、宗教を含めて風習・風俗・政治制度については中国のものに準拠している。
 
(*3)襖裙(おうくん)は、明代の一般的な女性の服装。大雑把に言うと、ブラウスとスカートの組合せのような服である。襖(あお/おう)は綿の入った上着で、日本でも平安時代はよく着られた。現代の和服の上半身だけのような感じの服で、和服同様右前あわせに着る。平安時代は寝る時にこの服を身体の上に掛けていたが、やがて寝る時に掛ける専用の襖が用意されるようになり、後に掛布団に進化した。
 
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裙(くん)は正確にはアンダースカートであり、その上に裳(も:スカート)を重ねて穿く場合もあるが、普段は裙のみで済ませる。この時代の中国の女性の服が、韓国のチマチョゴリや、沖縄の古風な服装(琉装が成立する以前の服)などに影響を与えたとされる。沖縄ではプリーツスカートが好まれたらしい。
 

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「やっと見つけた」
と彼は小さな声で呟きました。
 
やがて遊んでいた子たちの1人が帰るのか集団から離れてこちらに走ってきます。男はその子供を呼び止めて、1枚の銀錠(銀貨)を握らせました。
 
「坊や、教えてよ。あそこに居る青い服を着た女の子、名前は?」
「アニトラ(*4)だよ」
「へー。お父さんはどんな人?」
「ムスタファって言って、仕立屋さんしてたけど2年くらい前に死んじゃったよ」
「そうかぁ。そのお父さんは、おじさんより若かった?」
「おじさんより年上だったよ。少し白髪とかもあったもん」
「なるほどね。お母さんは?」
「ドウハさんだよ。糸巻きして暮らしてるよ」
「そうか。だったら苦労してるんだろうな」
「うん。貧乏みたい。アニトラは遊んでばかりでおうちの手伝いもしないし」
「なるほどねー」
「でもアニトラは喧嘩強いよ。ヤンスーの番長とハウジェンの番長をひとりでのしちゃったから、今うちのグループはトンペイの町一番の勢力になってる」
 
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「女の子なのに、そんなに強いんだ!」
と男が驚いていうと
「アニトラは男の子だよ」
と少年は言う。
「嘘!?」
 
「男名前はアラディンと言うんだけど、その名前言ったら怒るから、ちゃんとアニトラちゃんと言ってあげてね」
「へー。全然男の子には見えないのに」
「まあ女の子にしか見えないよね」
 
(*4)アニトラという名前はイプセンの「ペールギュント」(むしろグリークの劇付随音楽が有名)の登場人物でアラビア風に創作された名前である。アラブにはこのような名前は存在しない。むしろペールギュントの影響から北欧で女の子の名前に使用されている。
 

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少年には自分とそういう会話をしたことは誰にも言わないように言いました。男は子供たちの集団に近づきます。
 
そしてアニトラの前に行き、声を掛けました。
 
「お嬢ちゃん、君はもしかして仕立屋のムスタファの娘さんじゃないかね?」
「そうだけど。おじさん誰?お父ちゃんは死んじゃったけど」
と返事する声はとても可愛くて、とてもこの子が男の子だなんて、信じられません。
 
「ムスタファの面影がある。でもムスタファは死んだって?」
「2年くらい前だよ」
「なんてことだろう。兄貴に生きて会うことができなかったなんて」
「おじさん、お父ちゃんの兄弟?」
「そうなんだよ。長く外国に行ってたんだよ。せめて君のお父さんのお墓に参らせてくれないかね」
 
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「お父ちゃんの弟さんだったらいいよ」
 

それでアニトラは男を連れてとりあえず、家に戻りました。
 
「お母ちゃん、この人、お父ちゃんの弟さんなんだって。ずっと外国に行ってて戻って来たらしい」
 
母は驚きます。
「あの人に生きてる兄弟がいたなんて聞いたこともなかったのに。弟が1人いたのも、もう死んでますし」
と母は戸惑いを隠せません。
 
男は言いました。
「私はアシムと申します。私は若い頃に国を出てヒンドも越えシンドも越え(*5)ミスルのカイロで随分長く暮らしました。その後マグリブ(*5)まで行って、商売をしています。しかし長いこと中国に戻ってないので、1度里帰りしようと思って戻って来たんですよ。兄たちと会ったら帰るつもりだったのですが、2人とももう亡くなっていたとは」
 
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それで泣いているので、アニトラの母もこの人は本当に夫の弟さんなのかも知れないと思いました。
 
(*5)ヒンド(Hind)・シンド(Sind)ともに“インド”(Indo)がなまったものとされる。基本的には東のガンジス川流域をヒンド、西のインダス川流域をシンドという。
 
ミスル(Misr)はエジプトの古名。マグリブ(Maghreb)はアフリカの地中海沿岸とそれに近い地域。リビア・アルジェリア・モロッコ・チュニジアの付近を指す。現代ではフランスの影響が強くフランス語が広く通じる地域である。
 

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「取り敢えずこれで何か兄の供養になる品でも用意してあげてもらえませんでしょうか」
と言って、アシムと自称する男が金貨(*6)を1枚出すので、アニトラの母ドウハはびっくりしました。金貨なんて持っているというのは凄いお金持ちに違い無いと考え、母はすっかりこの男を信用してしまったのです。
 
(*6)この物語では金貨がたくさん出てくるが、明代に中国で金貨は使用されていない。銀貨・銅貨のほかは紙幣が主力だった。
 

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それで男を待たせておいて、ドウハは町でお花やお供え物を買いました。そしてアニトラとアシムを連れて夫の墓まで行きました。
 
お墓の前で男は跪いて一心に祈っていました。
 
そしてやがて立ち上がるとドウハに言いました。
 
「これで思い残すことはなくなりました。安心してアフリカに戻れます」
「道中お気を付けて」
 
「ありがとうございます。でもムスタファもこんな可愛いお嬢さんを残していったのなら、将来が楽しみですね。アニトラちゃんは、きっと可愛いお嫁さんになりますよ」
とアシムは笑顔で言う。
 
するとドウハは困ったような顔をして言いました。
「娘だったらよかったのですが、この子、実は男の子なんですよ」
「嘘でしょ!?」
 
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「お父ちゃんの後をついで仕立屋をしてくれよとか言って、仲間の仕立屋さんの弟子にしたりもしたのですが、3日で逃げ帰ってきて、こんなふうに女の服を着て、毎日遊び回っているだけで」
 
「君男の子なの?」
とアシムはアニトラに言います。
 
「そうだけど」
と彼女はふてくされたような顔で答えます。母親の手前、性別を指摘されても怒るわけにもいかないようです。
 

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「だったら、私が君を1人前の男にしてやる。仕立屋は訓練しないと難しいから、君を立派な呉服商に育ててあげよう。アフリカに帰るのはそれからだ」
 
「え〜〜〜!?」
アニトラはあからさまに嫌そうな顔をしました。
 
それでアシムは立派な男物の服を買ってきました。そして母親と協力して、アニトラの女の服を脱がせて、男物の服を着せます。可愛い美少女だったのが、男物の服を着せると、りりしい美形の青年になりました。“アラディン”のできあがりです。
 
「お前、ヒゲは生えないの?」
「そんなの生えたことない」
「だったらこれを付けろ」
と言って、アシムはアラディンに付けひげをつけさせました。
 
アシムは、まずはお店を出す場所を確保した上で、アラディンの亡き父の仕事仲間の所をアラディンを連れて回り、この子が呉服屋を開業するので、よかったら品物を納めて欲しいと言いました。また、当地の呉服商の組合に出かけて、この子が新しく呉服屋を始めますのでと言い、呉服商組合の加入金もしっかり納めました。
 
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そして、組合の中心になっている大店の御主人に頼み込み、商売の様子を見学させました。アラディンは逃げ出したい所ですが、ずっとアシムが付いているので逃げ出すこともできません。それで渋々、商売について勉強しました。
 

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結局アラディンは最初の2〜3ヶ月、他の商家で勉強させてもらって、商売の方法を見よう見まねで覚えます。そして呉服屋を始めました。“番頭”と称していつもアラディンに付いているアシムの采配もあり、お店はわりと繁盛しました。おかげで、アラディンの母も貧乏暮らしから抜け出すことができ、何とか毎日の御飯には困らない程度になりました。
 
そして半年ほど経った日のこと、アシムはアラディンにある場所に付いてきてくれと言いました。それで母に店番を頼んで、2人て出かけていきます。アシムは山を3つも越えて深い山奥にやってきました。
 
「こんな所で何をするんですか?」
「アラディン、君にしかできないことをしてほしい。それをすると、私も君もこの世で最高のお金持ちになるから」
「一体何ですか?」
とアラディンはいぶかしげに聞きます。
 
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アシムはアラディンに命じてその付近にある、落ち葉や枯れ木の枝などを集めさせました。
 
「焚き火でもするの?」
「まあ盛大な焚き火だな」
と言い、アシムはそこに持参のお香を投じると火を点けました。すると突然大きく地面が揺れ、大地にひび割れが起きます。アラディンは突然の出来事に驚き逃げようとしましたが、アシムは彼を殴って止めました。
 
「馬鹿。ビビるんじゃない。そこを見ろ」
と言って、アシムが指さした先には、地面が割れた先に何か古風な石の扉があります。
 
「アラディン、お前にしかできないことだ。あの扉を開けて中に入り、その中にある、ある物を持って来て欲しい」
 
「どういうこと?」
「いいか。その扉を開けるとだな、階段があるからそれをいちばん下まで降りろ。そこには4つの部屋があって、黄金の入った壺などもあるが、触ってはいけない。それには目もくれずに先に進め。突き当たりに扉があるから開けて先に行け。するとそこには果樹園がある。きれいな石の果実がなっているけど、それにも触らず20-30m(*7)進むと30段ほどの階段があり、その先に家がある、その玄関の天井に古いランプが掛かっている。それを手に取って、中に入っている油は捨てて、ランプだけを持って帰ってこい。帰りは果樹園の果実は好きなだけ取っていいぞ。なぜなら、お前がランプを持っている限りは、その果実は全てお前のものだからだ」
 
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「なんか難しいよ。アシムおじさんも付いてきてよ」
「この洞窟に入れるのはお前だけだ。なぜなら、お前はこの財宝を隠した一族の末裔だからだ。だから俺は手伝ってやることができない」
 
「分かった」
「これをお守りにやろう」
 
と言ってアシムはアラディンに自分が小指に填めていた指輪を、アラディンの人差し指に填めてあげました。
 
(*7)50ディラーア (50 dhira)と東洋文庫版には書かれている。ディラーアは元々は肘から中指の先までの長さを意味し、時代によって40-60cm程度。だいたい50cm程度と考えればよい。
 

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それでアラディンは、おそるおそる地面の割れ目に入っていくと、石の扉の所まで来ました。それで扉を開けようとするのですが、開きません。
 
「おじさん、扉が開かないよぉ」
「お前の名前、それからお前の父親の名前と母親の名前を唱えろ。それで扉はお前を通してくれるはずだ」
「うん」
 
それで彼は「ボクはアラディン、父の名はムスタファ、母の名はドウハ」と言いました。すると扉は簡単に開いたのです。
 
その先に確かに階段があります。そこを降りていきました。
 
洞窟は地下ではありますが、ほんのり明るく、足下はしっかり見えました。階段の先には金色に輝く部屋があり、金(きん)がたくさん入った壺、銀や宝石などもあります。しかしそれには目もくれずに先に進みました。突き当たりに扉があります。
 
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開きません。
 
アラディンはどうすればいいんだろう?と思いましたが、入口の扉と同じ仕組みかも知れないと思います。それで、アラディンが再び「ボクはアラディン、父の名はムスタファ、母の名はドウハ」と言いますと扉は簡単に開きました。
 

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