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■平和を我らに(8)

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戦後間もない頃から、“大酒を飲み干してフェーマの町を救った女性”が居たという噂が広がったのだが、現場を見ていた元市長(戦争協力の責任を取って引退の上、全財産を復興のために寄付)の証言を元に、新しく設立された新聞社が調査して、それが私であることを見い出してしまった。私は一躍、時の人になる。
 
「いや、妻がさらわれたのを取り戻しに行っただけで、町の開放はそのついでのようなものです」
と私は遠慮がちに言ったのだが、騒ぎは広がり、とうとうフェーマ駅前に“大皿の酒を飲むアクア”の銅像まで建ってしまった!
 
除幕式にも出席したけど、恥ずかしぃ!
 
「ちなみに普段はどのくらいお酒飲むんですか?」
「ほとんど飲みませんよ。あの時は愛する人を助けるためと思って必死だったから」
と私は答えた。
 
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ルキアは戦争が終わったので、ようやく“脱走兵”生活を終えて、女装をやめ男に戻る・・・・と言っていたのだが、一向に男の格好に戻らない。
 
「もしかして女の子ライフにハマった?」
「そうかも。女の子の身体になる手術とかはする気無いけどね」
「ああ、ルキアが女の子になっちゃったら、モナちゃんが困るよね」
「それがモナは女同士になっても結婚してあげるよと言ってる」
「じゃ思い切って手術しちゃえば?ちんちんは要らないんでしょ?精液を保存しておけば赤ちゃんも作れるし」
 
「いやちんちんは無いと困る」
 
彼は市民登録証とかは男だけど(戦死扱いになって除籍されていたのを復活させてもらった)、完璧に女の子としてパスしているのでトイレなどもちゃっかり女子トイレを使っているようだ。むしろ男子トイレに入ろうとしたら「こちら違うよ」と言って追い出されるらしい。恋人(既に事実上の夫婦なので実質は妻)のモナは
 
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「一緒にトイレに入れるのは便利」
などとうちのハヅキみたいなことを言っている。
 
「今度一緒に温泉に入ろう」
とモナから言われて
「それはさすがに無理」
とルキアは言っていた。
 
我が国の温泉は更衣室は男女別だけど、中は男女ミックスで全員水着を着けて入る。プールとほぼ同じステムなので、更衣室さえパスできたら女として入浴することもできる筈である。きっと彼はモナに唆されて、女として温泉に入りそうな気がする。
 
でもルキア、胸がある気がするんだけど、それ本当に偽装??
 

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この年の4月、ハヅキは私たちの第2子となるビーナを出産した。私は女なのに2児の父となってしまった。ハヅキはマネの時も安産だったけど、今回も軽いお産だった。
 
「私、体型が安産型だって言われた」
「小さい頃から女性化してたからだろうね」
 
どうもハヅキは小学生になる前から女性ホルモンを摂取していたようだ。ハヅキは勃起の経験が無いとも言っていた(事実なのか脚色なのかは分からないけど)。
 
私の父はすっかり「おじいさん」になり、姉のマネ(5歳)と一緒にビーナを愛でていた、
 

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XX32年。今年はマヒコでオリンピックが開催された。私はダイカルの女子代表としてこれに参戦。スリーポイントを炸裂させて美事優勝した。決勝戦の相手は強豪・メリタンだったが、激しい接戦の上、これを倒した。
 
しかし・・・メリタンの女子代表選手って、おまいら本当に女かよ?と思いたくなるほど、たくましい選手ばかりだった。
 
私は身長157cmで、元々外国人に比べると小柄な選手の多いダイカルチームの中でもとりわけ背が低い(登録上はポイントガード)ので、メリタンの選手たちにとっては、小さいのがチョコマカ走り回ってる感じで、よけいやりにくかったようである。
 
「アクアは小さな巨人だ」
などとメリタンのエース(女子だけど210cm!)のシノブーが言っていた。
 
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この大会で、得点女王とリバウンド女王はそのシノブーが取ったものの、スリーポイント女王、アシスト女王、それにMVPは私が獲得した。ベスト5には、私もシノブーも選出され、私たちは表彰式で握手してハグしあった。
 
(サブシューターのライムもスリーポイント成功数が5位で成長ぶりを見せた)
 
しかし男子でスリーポイント王とMVPを取り、女子としてもスリーポイント女王とMVPを取ったのは、私が史上2人目らしい(前にもそういう人がいたのが凄いと思う)。
 

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男子の方もダイカルは決勝戦まで進出し、決勝戦ではスメリシと延長5回にまで及ぶ死闘をした末、惜しくスメリシに敗れ、準優勝となった。若きエースとして成長したリズムが本当に悔しそうだったが、彼はスメリシの若きエースとなったネオンとハグしていた。ネオンも戦争終了後は名誉除隊してバスケットに復帰したらしい。
 
そういう訳で、私たち女子チームは金メダルを取ったが、男子チームは惜しくも銀メダルであった。
 
今回のオリンピックでも私はウィニングボールをもらってしまった。8年前のオリンピックでもらったウィニングボールも大事にとってある。今回もらったのとはボールのサイズが違うけどね!
 
(前回は男子サイズ、今回は女子サイズ)
 
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男女の表彰式が終わった後、ネオンが私に声を掛けてきた。
 
「アクア!」
「何?優勝のお祝いにキスでもして欲しい?」
「おぉ!して欲しい。してして」
と彼が言うので、私は彼の“額”にキスをした上で
「あの時はありがとうね」
と小声で言った。
 
「アクア、君の試合見てたけど、女になっても全然パワーが衰えてないじゃないか」
とネオンは言う。
 
「スリーは腕力で撃つものじゃなくて、要領で撃つものだからね」
と私は言う。
 
「俺とスリーポイント対決しろ」
「それ決着つかない気がするけど」
 

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ともかくも私とネオンはコートに出た。まだ残っていた観客がざわめく。
 
私たちはラックにボールを置き、“スリーポイントコンテスト”の要領で対決を始めた。
 
まずは2人とも全球入れた。どちらも30点である。これには観席から物凄い歓声や拍手があり、いったん会場を出たのに戻って来た客もいた。
 
「ね、決着付かないでしょ。引き分けということでいいよね?」
 
「守備の選手を出そう」
とネオンは提案した。
 
それでスメリシの女子チームからガードのセシル、こちらの男子チームからリズムが出て、各々相手の邪魔をすることにした。その防御をかいくぐってスリーを入れられるかという対決である。
 

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セシルは女子チームのガードといっても背が高い。175cmくらいありそうだ。私はかなり撃ちづらさを感じたが、結局25本のシュートのうち20本入れた。
 
一方リズムがガードしていると、ネオンはかなりやりにくそうだ。特にリズムはネオンを封じるためにかなりの研究をしている。しかし試合中ではなく戦略無しで純粋にボールを入れればいいという状況下ではネオンは強かった。
 
彼も25本中、20本入れた。
 
「俺が負けた」
とネオンは言った。
 
実はカラーボールの問題があったのである。
 
スリーポイントコンテストではオレンジボール20個とカラーボール5個が使用される。オレンジボールは1点だが、カラーボールは2点になる。
 
私は20本の内、オレンジボール16個とカラーボール4個を入れた。しかしネオンは。オレンジボール18個とカラーボール2個を入れた。
 
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だから同じ20本入れたのでも、私は16×1+4×2 = 24点。一方でネオンは18×1+2×2 = 22点となる。
 

「そうなの?引き分けだと思ったけど、ネオンが負けたというなら、私の勝ちということにしておくね。じゃまた2年後に(ワールドカップで)会おうね」
と言って、私はネオンに投げキスをしてからコートを去った。
 
ネオンが私の後ろ姿に声を掛けた。
 
「アクア、男子チームに入らないか?それで俺と試合で対決しろよ」
「ごめんねー。私女子になっちゃったから」
と私は振り向きもせずに答えた。
 
リズムが私を追いかけて来た。
「おいアクア、お前マジで男子チームでも行けるぞ」
「ごめんね。私、女の子だから。それともリズムも女の子になる?」
「俺、子供の頃、酔った親父にチンコ切られそうになったことある」
「その時切られてたら私と一緒に女子チームで活躍できたのにね」
と言うと、私は素早くリズムの“頬”にキスし
「キスは内緒ね」
と言って、後ろ向きに手を振り、女子更衣室に向かう。そして向いながら歌を歌っていた。
 
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Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, miserere nobis.
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, miserere nobis.
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, dona nobis pacem.
 
世の罪を取り除く神の子羊よ、我々を憐れみ給え
世の罪を取り除く神の子羊よ、我々を憐れみ給え
世の罪を取り除く神の子羊よ、我々に平和を与え給え
 
(ヨハネ福音書1-29でイエスを指す“世の罪を取り除く神の子羊”
という言葉が引用されている。Dona nobis pacemの歌はこの歌の最後
のフレーズを繰り返したものと言われる。つまりこちらが元歌らしい)
 

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そこでアクアは目が覚めた。
 
Agnus Dei(神の子羊)の歌がまだ耳に残っている。
 
「なんか変な夢だったぁ!」
「かなりうなされてたよ。悪夢?」
と隣で裸で寝ていたアクアFが尋ねる。
 
「お前、なんで裸なんだよ!?」
「セックスしたくてしたくて。M、私とセックスしない?」
「セックスしたかったら、理史君としろよ。ボクとしたら浮気になるぞ」
「避妊具つけてたら大丈夫だよ」
「その考え絶対おかしい」
 
「でもどんな夢だったの?」
とFが訊くので、MはFに服を着るように言って、取り敢えずロングTシャツを渡した上で、今見た長い夢のことをかいつまんで説明した。Fは下着無しでそのロングTシャツだけ着て、大笑いしながら聞いていた。
 
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「葉月に赤ちゃん産ませちゃうんだ?」
「変な夢だよね」
「あの子、ボクがセックスしてと言ったら応じるよ、きっと」
「そんなことしちゃいけないよ。それは性暴力だよ」
 
もっともアクアFは葉月(F)にかなりセックスの指導をしている。むろん彼女の処女は傷つけていない。彼女は多分ワルツにバージンを進呈したのだろう(もし葉月が女の子だとしたら!?)。
 
「でも強制性転換されちゃったんだ?」
「身長も縮む薬打たれて」
「へー」
と言ってからFは思いついたように言った。
 
「ね、身長測ってみない?」
「うん?」
 

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それでFとMはデジタル身長計を出してきて身長を測り合った。
 
(機械式の身長計の頭に乗せる部分だけのもの。フローリングの部屋の壁に立って頭の上にそれを乗せる→身長計を動かさないようにしながら本人は離れる→計測ボタンを押すと音波が発射されて床面での反射により身長が計測表示される:床面がしっかりした平面であれば機械式と同程度の測定誤差)
 
アクアの“公称”身長は156cmなのだが、実はFとMでは微妙に身長が異なる。それで実は2人はお互いの雰囲気を近づけるために、しばしばFが男役をしてMが女役をしている。この事情を知っているのは、ふたりの入れ替えを担当しているわっちゃん(和城理紗)だけである。またふたりを正確に見分けるのは千里さんだけで、冬子さんや青葉さんは結構勘違いしている(勘違いに話を合わせるので間違ってることに彼女たちは気付かない)。コスモス社長はどっちがどっちでもいいみたいだ!(でも冬子さんより当たる確率が高い)
 
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それでこの朝測ると、アクアFの身長は157.9cmであった。それに対して、アクアMの身長は157.1cmだったのである。
 
「うっそー!?縮んでる!」
とMは声をあげた。半年くらい前(の朝)に測った時はアクアFが157.7cmに対してMは158.7cmだった。つまりその時から1.6cm(1%?)も縮んでいる、
 
一般に身長は朝と夕では2-3cm変わる。朝が一番高くて夕方は縮む。だからFが朝157.9cmだった場合、夕方には155.7cmくらいになっている。つまり“公称”身長は実は夕方に測定した場合の身長に近い。そしてFとMの身長差は1日の変動誤差内に収まっているので、ふたりが入れ替わっても誰も気付かないのである。
 
「でもこれなら、これからしばらくはボクが女役して、Mが男役した方がいいかもね。良かったじゃん、Mはちゃんと男の服が着られて。スカートはいいとしてブラジャーは恥ずかしいとかよく言ってるし。本当は好きなくせに」
とFは言う。
 
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Mは中学生の頃は結構興味本位でブラジャーを自主的に着けていたが、高校生になって以降は、女役をする時以外、日常では着けなくなっていた。やはり自分は男の子だという意識が育ってきているんだろうなとFは思っていた。またFが好むような可愛いブラ、花柄のブラなどを恥ずかしがる。Mが女役をする時に着けるブラは、だいたいシンプルなタイプである。
 
(ブラジャーを日常的には着けていなくても、Fがブラジャーを着けるので、Mもブラ跡が消えない。2人は怪我なども連動する)
 

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「なんでこんなに縮んだんだろう?」
「身長を縮む薬を打たれたからじゃないの?」
「あれは夢の中の話なのに」
「ま、ちょっとトイレに行ってきたら?長い夢見たら、きっとたくさん溜まってるよ」
「そんなに性欲は溜まってないよ」
「性欲じゃなくて、おしっこだよ」
と言いつつ、性欲なんて無い癖にとFは思う。
 
「あ、おしっこか。行ってくる」
と言ってMはトイレに行った。
 
そしてFはトイレの中でMが
「うっそー!?」
と大きな声で叫ぶのを聞き、吹き出した。
 

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“平和を我らに”年表
 
※基本的には就学年齢の区切りは1-12月である。その年の内に6歳になる子が9月に小学校に入学する。そのため、8-12月に生まれた子は17歳で高校を卒業する。(現代日本で3月下旬や4月1日に生まれた子が17歳で高校を卒業するのと同じ)
 
XX03.09 長男アリサ誕生
XX06.05 次男ヒロカ誕生
XX07.08(0) 三男アクア誕生
XX13,08(6) 6歳の誕生日
XX13.09(6) 小学校入学(4年間)
XX17.07(09) ハヅキが性転換手術を受ける(夏休みを利用して療養)
XX17.09(10) 中学校入学(4年間)
XX20.12(--) アリサが徴兵検査で甲種合格。即入隊。XX23.08まで兵役。
XX21,09(14) 高校入学(4年間)
XX23.08(--) アリサが名誉除隊、XX27.08までは兵役待機期間。
XX23.12(--) ヒロカが駐兵検査で乙種合格。XX24.09-XX27.08まで兵役予定だった。
XX24.11(17) アンドで五輪。男子バスケで優勝。
XX24.12(17) アクアが徴兵検査:拒否して強制性転換。
XX25.01(17) アクアがハヅキと結婚。
XX25.06(--) アルカカップの年だが、女子になったので参加できず
XX25.07(17) アクアが女子高生として高校卒業。女子代表のコーチ就任。
XX25.09(18) ハヅキがマネを出産。
XX26.07(--) ダイカルの潜水艦がスメリシの民間客船を誤って撃沈。死者2000名。
XX26.08(--) ワールドカップの年だが国際的圧力でダイカルは参加拒否される。
XX26.10(19) スメリシがテカトラ側で参戦。
XX27.04(--) ヒロカ戦死(21)。
XX27.09(--) アリサ再入隊。
XX28.02(--) アリサ戦死(25)。
XX28.07(20) 本土決戦が始まる。
XX28,11(21) スイリア五輪だが、ダイカルは不参加。
XX28.12(21) フェーマの町が空襲を受ける。
XX29.01(21) ハヅキが拉致され、奪回する。
XX29.06(--) アルカカップの年だがとても参加できず
XX29.07(21) 終戦。
XX29.10(22) バスケットボール活動再開。女子のナショナルチームに招集される。
XX30.02(22) 新憲法発布。新議会総選挙。新内閣発足。
XX30.08(--) ワールドカップの年だが昨年の地区予選に参加できなかったので出られず
XX31.01(23) 大酒を飲むアクア像が除幕
XX31.04(23) ハヅキが第2子・ビーナを出産。
XX32,11(25) マヒコで五輪。アクア・ネオン優勝。リズム準優勝。
 
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平和を我らに(8)

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