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さすがにフラッとなるが、耐える。自分が倒れたら、ハヅキはネオンに何をされるか分からない。
苦しい。
でも我慢する。ハヅキを守るためだ。
それにこの辛さは、ミニマイザーを注射された時ほどの辛さではないぞ。
あれを体験したら、どんなものでも耐えられる気がした。
私は皿をテーブルに置いた。
「凄い!」
という声があちこちから掛かる。
「よく飲んだね!大酒飲みの私でも自信が無い」
とフェーマ市長。この市長は駆け出しの議員だった頃、酒に酔って裸で通りを走り、警察に捕まって、議会で懲戒処分を食らったことがある。さすがにその後はそういう不祥事は無かったものの、結構飲んではいたのだろう。
「君は本当に偉い男だ」
とネオンが感心したように言った。
「女だけど」
「しかし、スメリシの軍人に二言は無い。女は君が連れて帰れ」
「撤退は?」
「約束できない」
「取り敢えず彼女は連れ帰る。でもありがとう。こりで借りは返してもらったね」
と私はネオンに笑顔で言うと、ハヅキに
「さ、帰ろう」
と声を掛けた。そして私はハヅキと一緒に野営地を出た。
「アクア、本当に大丈夫?」
とハヅキが心配して言う。
「実はとても辛い」
「吐いて!吐けるだけ吐いて!あのアルコールの量はどう考えても致死量を超えてる」
「うん」
それでハヅキは私の口の中に無理矢理手を突っ込み、吐かせた。
大量に道端に吐く。アルコールの物凄い臭いが立ちこめる。ハヅキは近くの民家に頼んで水をもらってきて、それを私に飲ませ、更に吐かせた。30分くらい掛けてかなりの酒を吐いた。
「かなり楽になった気がする」
「病院行こう」
「それがいいかも」
結局ハヅキに連れられて私は病院に行った。ハヅキが事情を説明すると、ケイという名札を付けた医者は私にチューブを飲み込ませ、それで強く吸引した。事前にかなり吐いたのに、更に大量のアルコールが出て来た。
吸引をやりながら、一方では食塩水の点滴をされる。体内のアルコール濃度を下げるためである。更にお茶も飲まされる。点滴を受けながら何度もトイレ(女なので当然女子トイレ:ハヅキも一緒にトイレに入れるので便利かも)に行き、大量のおしっこをした。
そんな感じで、一晩治療を受けたら、朝にはかなり楽になった。
「峠は越したと思いますが取り敢えずあと1日入院して」
とケイ医師は言った。
「はい」
翌日もひたすら食塩水の点滴を受け、経口でも水分を取って、体内のアルコール濃度を下げる。事情までは聞いてないカナという名札を付けた看護婦が
「一気飲みでもさせられたの?女の子は筋肉が少ないから男の子ほどは飲めないから気をつけてね」
と言っていた。
筋肉・・・私は普通の女よりはかなり筋肉があると思う。ひょっとしたらそれで持ちこたえてるのかもという気もした。しかしケイ医師は
「普通の人は男性でもこれだけのアルコールを摂取したら死ぬんですが、あなた女性なのに、よく生きてますね」
と言った。
「ははは、丈夫なもので」
ともかくも私は1日半の入院でかなり楽になり、無事生還して退院することができたのであった。
「アクア、結局戦闘せずに私を助けてくれたね」
と言ってハヅキは私にキスした。
「私は平和主義者だから」
スメリシ軍の部隊は一週間後、100人ほどの駐留兵だけ残して、フェーマの町を出た。そして更に北方のウッドランドに進駐した。そちらではダイカル軍で大量の脱走兵が出て総崩れになり(敗色濃厚になったことからダイカル軍は軍規がかなり弛んでいる。既に憲兵隊も壊滅状態である)、ほとんど戦闘が無いまま占領が行われた。
占領は行われたものの、ネオン指揮下の軍は規律が厳しく、レイプ事件のようなものは皆無だったらしい。
7月、国土の3割をスメリシ・テカトラ連合軍に押さえられた所で、閣議の場で、内務相がムリラ大統領を射殺するという事件が起きた。
臨時大統領に就任した副大統領のダメラは、スメリシに対して、無条件降伏をすると発表した。
実は臨時大統領は中立国キイナを通してできるだけ良い条件での降伏を模索したのだが、キイナのマツマエ・ケイコ大統領から「無条件降伏以外の道は無いしグズグズしているとメリタンも参戦してダイカルは分割統治され分断国家になってしまう」と説得され、無条件降伏に至った。
ダメラ臨時大統領の発表直前にはそれを阻止しようとする若手将校たちが臨時大統領を襲撃したものの、護衛兵たちがダメラ臨時大統領を守り切った。首謀者5人の内2人は護衛兵に射殺され、残り3人は自決した。
それで戦争は終結した。
25年近い長期の戦争で、戦死者は600万人、一般市民の犠牲者も150万人に及ぶと推定された。
進駐軍はダイカルの5軍(陸軍・海軍・空軍・宇宙軍・海兵隊)および湾岸警備隊と警察まで武装解除させ、警官の拳銃も含めて全ての武装を没収した。そして政府と議会も解体。更に政府に協力的であった新聞やテレビ・ネットも全て閉鎖させた。
その上で中立国の報道機関と、国連の治安維持部隊を入れて取り敢えずの広報手段と治安を確保した。国連の治安維持部隊は1年後に警察が再構築されるまでダイカルに駐留した。
そして全国の知事を招集し、大学教授や文学者も加えて憲法制定会議とした。彼らにまずは新しい憲法を制定させようという方針だった。
半年後に新しい憲法が制定され、新たに国会議員選挙が行われた。旧国会議員は立候補欠格とされたので、完全にメンバーの入れ替わった議会が生まれた。これまで国会議員は男でなければなれなかったのを逆に、議員定数の3割を女性専用とした。実際には新しい国会は議員定数の半数が女性となった。
そして新体制での最初の首相には女性のヒメジ・スピカ(小説家)が選出された。彼女は反戦活動家のひとりで、戦時中も一貫してダークウェブ(通常の検索では到達できず、また特殊な暗号化がなされていて専用のブラウザでしか見ることができないサイト)を通して反戦小説を書き、反戦活動や戦争非協力を貫く人たちに愛読されていた。実は私も彼女の熱心なファンであった。ヒメジ・スピカというのもその小説を発表するペンネームだったのだが、本名がヤマシタ・ハナというものであったことは、この時初めて明らかにされた。
最高裁判所長官には、元国連大使で、ムリラ大統領の方針に反対して罷免されていたハナサキ・ロンドが指名された。彼女は5年ほど前から、フライツで亡命生活をしていたのが、終戦後帰国した。実はスピカ新首相とも古くからの知り合いであったらしい。
新体制において、政治的な権力は無く象徴的な存在となる新しい大統領には、国民の直接投票により、歌手のマリ・ナカタが選出された。彼女も反戦主義者とみなされ当局に目を付けられていたので、ここ10年ほどメリタンで亡命生活を送り、メリタンで制作した歌をゲリラ電波でダイカル国内に流していた。終戦後帰国した直後のコンサートは10万人収容のナショナルスタジアムが3日間満員であった。
新しい体制では徴兵制度は廃止され、警察や軍隊は再構成されたものの、軍は全員志願兵のみとなった。旧軍の准将以上、旧警察の警視以上が全員退役・退職とされた。一部戦犯として裁かれた者もある。
徴兵検査で丁種となり、様々な社会的制約を受けていた人たちは全員資格回復された。大学入学資格も回復されたので、年齢は高くなったものの大学入試に挑戦する人たちも出た。丙種になって強制性転換されていた人たちも、希望すれば男に(無料で)再性転換することができるとされ、実際男に戻る手術を受ける人たちも相次いだ。
ミサキは結局自分はやはり男として生きるのは無理みたいと言って女のままで生きていくことにした。アケミは性転換されてから最初の2年くらいは「男に戻りたいよぉ」と言っていたものの、やがて「女もいいわね」と言うようになり、結局彼女も女のままでいることにした。そしてアケミはミサキと結婚した。
新憲法の下では、同性婚も可能なので、女同士の結婚を選択したのである。
「アクアは男に戻らないの?」
とハヅキは私に訊いた。
「今更だし。それに女になってみたら結構楽しいから、このままでいい」
「ふーん。まあいいけどね」
でもハヅキは市民登録を女に変更した。だから私とハヅキも同性夫婦になった。
セックスはほぼ毎晩している。とても気持ち良くて、私たちは相性の良さを再認識している。男女の夫婦と違って、射精して終わりというのが無いので、つい朝までやってしまって翌日が辛い日もある。
ちなみにどちらが男役をするかは、毎晩ジャンケンで決めている!入れるのも気持ちいいけど(疑似ペニスのインサートでこちらのクリトリスが刺激される)、入れられるのも気持ちいいなあと思う。
ハヅキは2人目の子供を妊娠した。私はとっくに睾丸など持っていないのだが、私のIPS細胞から睾丸を育て、その睾丸が生み出した精子を人工授精してハヅキは妊娠したのである。
「睾丸は別に本人の身体にくっついている必要はないよね」
などとハヅキは言っていた。
それつまり男は要らないということだったりして!?
実はアケミとミサキも同様の方法で赤ちゃんを作った。もちろん妊娠・出産したのはミサキの方である。
「ボク男だから妊娠しないもんね」
などとアケミは言っていた。アケミは身体こそ女であっても意識は一貫して男のようだ。でも彼女(彼?)も生理はあるので妊娠可能なはずである。
私の性別意識は・・・もう分からなくなった!
ハヅキからは「アクアって結構性格が女の子だよ」とよく言われる。
そして私の子供の頃のスカートを穿いている写真を私の母に見せてもらっては大喜びしていた。
「おい、アクア、本当は君は元々女の子になりたかったんだろ?」
などと言って私を責めている!?
ちなみにハヅキの子供の頃の写真もスカートを穿いた写真ばかりである。ハヅキはそもそもズボンを穿いた記憶がないと言っている(多分結婚式の時だけ)。この子の友人たちも、みんな最初からハヅキは女の子だったと思い込んでいるようだ。だから私とハヅキは、新体制になるまでは事実婚だったのだろうと多くの友人たちが思っている。
ちなみに私の“社会奉仕”なのだが、実はずっとダイカル代表の指導をしていたので、国家に対する貢献ということになり、指導をしていた期間はそのまま奉仕必要期間から減算されていた。だから結局私は1度も社会奉仕活動をしていない。
そして・・・私は戦争終結して再開されたバスケットボールで、何と女子のナショナルチームに招集されてしまったのである。
「若い子たちの中に入って、しかも元男の私が無理ですよー」
などと言ったのだが
「スリーであんたに勝てる選手がまだいないし」
とチサトさんから言われたのである。
サブのシューターとしては、私がここ数年指導していたライムという子(まだ高校生)が入った。たぶん数年後の正シューターになる。
なお私は元男性ということで、男性時代の筋肉が残っていたりしないか、世界バスケットボール連盟から(わざわざ海外の病院で)医学的な検査を受けさせられ、間違い無く女の筋肉であることを確認された!
更に性器が確かに女かとかまで検査されて、恥ずかしかった!
この頃までには私は移植された卵巣が分泌する女性ホルモンの作用で胸もCカップサイズまで膨らんでいたので、女にしか見えない身体付きであった。実際審査したベントロ人医師は、私のことを半陰陽のケースと思ったようである。
海兵隊で参戦して、激戦地を連戦したものの無事生還したリズムは復興したバスケットボールで、男子のナショナルチームに招集された。前回は私とリズムは同じ男子ナショナルチームでやったが、次のオリンピックは、私は女子、彼は男子で頂点を目指すことになった。