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高校のクラスメイトで招集されて戦死した者も出た。
ルキアはほぼ全員戦死した部隊で唯一生還した。実は野営地で“女装”させられて、夕食時に幹部に給仕をしたりしていた所を敵の降下部隊(当然精鋭)に急襲された。兵士は全員戦死したものの、ルキアは女装だったし、武器も携帯していなかったので、民間人の女だと思われて、一時拘束されたものの捕虜にもならずに解放されたらしい。
軍事用の通信装備なども持っていなかったので電話で私に連絡があり、“その筋”から支援してもらって、第三国の偽造パスポートを使い、民間の船を使って密かに帰国して私と内密に会った。現地の協力者に女の格好をしていると伝えておいたら親切?に女の偽造パスポートを渡されたので結局女装のままの帰国だったが、会った時私は思わず言った。
「可愛いじゃん」
「男とバレないかひやひやした」
「いや、このレベルならバレない」
「女子トイレや女子のシャワールーム使うのにはだいぶ慣れた。でもほんとに助かった」
「無事に帰国できて良かった」
と言いながら女子用のシャワールーム使ってたのか?と内心思う。
「でも女装って役に立つもんなんだなあ」
とルキアは言っていた。
「いっそ手術して本当に女になる?女の身体もなかなかいいよ。女の市民登録証は用意してあげるからさ」
「手術は、やだ」
彼は部隊に戻ると「おめおめとひとり生き残ったのか?」とか言われて自決を強要されるかもと言って、結局戦争が終わるまで女装して女のふりをして過ごすと言っていた。要するに脱走兵だが、徴兵検査の時の不自然な女装からは随分進化していて普通に女に見えるので、バレることはないだろう。
本当に女になっても、やっていけそうな気がする!
それで結局、彼にはマジで女の市民登録証を渡してあげた。市民登録証が無いと、配給制になってしまった小麦や塩も買えない。
でも最終的に彼の恋人のモナが密かに彼を支援することになった。ルキアはモナの実家の地下シェルター内で、モナの従妹を装って暮らした。
翌年4月、次兄のヒロカが戦死した。ヒロカは8月には兵役を終える予定だった。もっとも今の状況では、除隊にはならず、そのまま継続して兵役を続けることになった可能性が高い。
9月、“待機期間”が終わった長兄のアリサが志願して再入隊した。アリサは「ヒロカのかたきを取ってやる」と言っていた。しかしそのアリサも翌年2月戦死してしまった。
さすがに父が落ち込んでいた。
「お父ちゃん、元気出して。私がお父ちゃんお母ちゃんの世話はするから」
「ふざけるな!まだ子供の世話になる年じゃないわい!」
それは私が性別を変えられた後、初めて父が私に返したことばだった。
戦場が完全にこちらの国内に移ってきた。ムリラ大統領は全国民死ぬまで戦え、なんて無茶なこと言ってる。
今年はオリンピックの年だったのだが、ダイカルは不参加を表明した。実際問題として、とても選手選考会などができる状態ではなかったし、各競技ともオリンピック予選に参加できなかったので、団体競技はそもそも出場資格を得られなかった。
私がコーチをしているバスケットの女子ナショナルチームも、とうとうしばらく活動休止ということになり、選手は各々の地元に戻った。
「みんな無事で再会しようね」
と言ってみんな涙を流してハグしあった。
(私も4年近く女をしているので、今更女子と抱き合っても欲情したりはしない。そもそも欲情しても反応する器官が存在しないし!)
私も首都カレマンから地元のフェーマに戻った。
うちの街・フェーマの南方100kmの都市ハピマが空爆を受けて市民5万人が死亡したという情報が入ってきた。防衛隊が必死で防衛戦をしたことが、かえって市民の犠牲者まで増やしたようである。むろん新聞やテレピ・ネットではこういう情報は一切流れてない。しかしある筋から私は情報を得ていた。
ある日、私がハヅキと一緒にマネをベビーカーに乗せて歩いて(電気は軍用優先になっているので、車の充電は許可されず、民間の車は現在バス以外全く動いていない)買物に行っていたら、敵機が襲来した。
「大変だ!どこかシェルターに飛び込まなきゃ」
と私は言ったのだが、ハヅキは私たちの近くにあるものを指さした。
「アクア、あれ撃たない?」
それは高射砲だった。生憎今は誰も居ないようである。
「私は戦闘しないよ」
「撃たなきゃたくさん人が死ぬのに?」
「ごめん。私は意気地無しなんだよ」
ハヅキはじっと私を見た。そして言った。
「だったら私が撃つ。アクアはマネを見てて」
「ハヅキが撃つのなら、私もそばに付いてる」
それでハヅキは階段を昇って高射砲の所まで行く。私はベビーカーを放置し、マネ(3歳)を抱いて一緒に階段を昇った。
入口の所に鍵が掛かっている。
「貸して」
と言うと、私は“護身用”にハヅキが携行している拳銃をホルスターから直接取り、鍵に向かって撃った。
鍵が壊れる。
「よし、中に入ろう」
「アクア、物に対しては撃つのね」
「無人攻撃機なら撃ってもいいよ。でも今日来てるのは有人戦闘機ばかりだ。テカトラは無人戦闘機を持ってないんだよ」
「ふーん」
それでハヅキは高射砲で敵機に狙いを定めて・・・
発射する。
敵機が1機撃墜された。
「右のを行け」
「うん」
それで撃つとまた1機撃墜される。
ハヅキはそれでダイカル兵が駆け付けて来て
「代わろう」
と言って交替するまで、高射砲を10回発射し、7機も撃墜したのである。
この子、射撃の才能があるのでは?
(ハヅキは市民登録は男でも学校では女子扱いだったので、軍事教練とかは受けていない)
この日の空襲では被害は出たものの、襲来した敵機20機の内半数以上の11機も高射砲と迎撃した防衛隊の戦闘機により撃墜されたため、死者は40-50人に留まったようであった。(撃墜した11機の内7機はハヅキが撃墜したもの!)
私たちが帰宅すると、ハヅキの家は空爆で破壊されていた。しかしハヅキの両親や妹たちは防空壕に避難していて無事だった。私の両親も無事だった。そちらは家自体無事だったので、私たち3人も含めハヅキ一家は私の実家に取り敢えず居候することにした。
しかし初期段階で威力を発揮した高射砲と、防衛隊の飛行場がスメリシの巡行ミサイルで破壊されてしまった後は、完全に制空権を取られ、空爆は一週間続いた。結局フェーマ市街は7割が焼失する。死者も恐らく数百人出ていると思われた。
破壊されかたの割に死者が少ないのは当地の防衛隊が迎撃より市民保護優先で、避難誘導に主力を置いていたからである。それでも私たちは空襲の度に家の地下にあるシェルターに避難していた。
母の実家が空襲でやられたという報せがあったので、私は母と2人でそららの様子を見に行ってみた。幸いにも母の両親は無事だったが家が無くなったので、私たちは2人を連れて家に戻った。
ハヅキの妹・ルビーが狼狽している。
「どうした?」
「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが、」
「ハヅキに何かあったのか?」
「進駐してきたスメリシ兵に連れて行かれちゃった」
「何だって?」
「私とロマンが襲われそうになったのをお姉ちゃんがかばってくれて、代わりに連行されたのよ」
とルビー。
マネを抱いたロマンも青ざめた表情をしている。
「済まない。俺は何も出来なかった」
と言う父は、顔にあざを作っている。
ハヅキの父が言う。
「アクアのお父さん、スメリシ兵に取りすがってハヅキを守ろうとしたんだけど、殴り倒されてしまって。済まない。俺も何もできなかった」
「私がハヅキを連れ戻してくるから、みんなここで待ってて」
「どこに連れられて行ったか分かるの?」
「ハヅキのいる所は分かるよ」
それで私はマネの世話をルビーたちに頼み、単身、ハヅキがいるのでは?と思う方向に歩いて行った。私は霊感とかは無いと思うけど、ハヅキの居場所だけは昔から勘で分かっていた。
いつの間にか市庁舎前の広場に野営地が出来ている。スメリシ海兵隊の旗が翻っている。ここに野営したということはスメリシはこの町の多くを支配下に置いてしまったのだろう。
門らしきものの所に警備兵が居る。
「何だ、お前は?」
「あら、司令官さんに“お呼ばれ”になったのよ」
と私は意味ありげに、警備兵にウィンクした。
「そうか。だったら通れ」
と言って、警備兵は嫌らしい笑みで私を通してくれた。
女って便利ね!
私はキャンプ内に入り、時々詮索するような目でこちらを見る兵に流し目でウィンクしながら奥へ入っていった。
やがて広間のような所に出る。司令官らしき男がいる。フェーマ市長と何か話している。占領方針について意見交換しているのだろうか。
しかし、私はその司令官を見て目を疑った。
「ネオン?」
「ん?君は何だね」
と司令官がスメリシ語で言う。私もスメリシ語で答えた。
「久しぶり。私はアクアよ」
「アクア?・・・そういえばアクアに似ている。君はアクアの・・・妹?」
「アクア本人よ。私、女になったの」
「嘘だろ?あのアクアが。君って女の子になりたかったの?」
「徴兵検査で兵役拒否したら、兵隊にも行かないなんて男の資格が無いから、男性機能は没収と言われて、性転換されちゃった」
「無茶苦茶な国だな、ダイカルは。しかしその女になったアクアが何の用だ?」
「私の妻がスメリシ兵に拉致されて、ここに連れ込まれたみたいだから取り戻しに来た」
「君は女になったのに奥さんが居るの?」
「女に変えられる前から婚約していた。彼女は私が女に変えられても結婚してくれた」
「君は意識は男なんだ?」
「もちろん。身体は女の子になっちゃったけどね」
ネオン司令官(大尉の階級章を付けている)は、じっと私を見ていたが、やがて部下に言った。
「誰か民間人の女を拉致して連れ込んだ奴はいるか?」
「すぐ調べさせます」
それで10分もしない内に、憲兵が若い兵士2人とハヅキを連れてきた。
「アクア!」
「ハヅキ無事?」
「今の所はまだ無事」
と答えるハヅキはさすがに青ざめている。
「ネオン大尉。私と君の友情に免じてハヅキを返してくれない?」
「そういえば、君には借りがあったな」
「ああ、オリンピックの時のね」
ネオン大尉はしばらく考えていたが、やがて若い兵士2人に、自分の傍まで来るように言った。
「どうして女を拉致した?」
「すみません。ずっと女を抱いてなかったのでつい」
と2人は上官の前でかしこまっている。
「そうか」
と言うと、ネオンはいきなり自分の銃を抜き、早撃ちで2人の兵士の頭を撃ち抜いた。
「キャー!」
とハヅキが悲鳴を挙げた。
2人の兵士が倒れる。頭から凄い血が吹き出している。
フェーマ市長や、他の兵士たちは声までは出さないものの緊張した顔である。
「軍規違反だ。現地の非戦闘員に危害を加えていたら占領政策がうまく行かない。これは我が国の政策に重大な障害を与える行為である。軍法会議に掛けるところを忙しいから手間を省いたぞ」
とネオンは言っている。
「ネオン大尉、そちらの軍規についてはゆっくり処理してもらうことにして、その女を返して欲しいんだけど。そしてできたら、この町から撤退して欲しい」
と私はスメリシ語で言った。
「アクア、君とのオリンピック決勝戦は俺としては不満の残る試合だった。ここで君と勝負がしたい。1on1でもいいし、シュート対決でもいいぞ、それで君が勝ったら、女は返してやる」
とネオンはわざわざメリタン語で言った。他の兵にあまり聞かれたくないのかも知れない。
「ごめん。私は女に変えられてしまったから、筋力も激しく落ちたんだよ。とても君の相手にはならないと思う」
と私はスメリシ語で答える。
ネオンは不満そうな顔をしていたが、やがて部屋の中央のテーブルに食べ物が色々盛られているのを見ると、そのテーブルに行った。そして食べ物が載った大皿をひっくり返して食べ物は床にぶちまけてしまう。
そして言った。
「酒を持ってこい」
数人の兵士が大きな酒の瓶を持ってきた。
ネオンは黙ってその酒の瓶を、食べ物を捨てて空になった大皿に注ぐ。
「もう1本」
兵士が酒の瓶を渡すと、ネオンはその酒瓶も大皿に注いだ。結局ネオンはその大皿になみなみと酒瓶3本分の酒を注いだ。
私はじっと見ていたが、ネオンは言った。
「アクア、この大皿の酒を飲み干してみろ。全部飲めたら女を返してやる」
フェーマ市長が
「そんな無茶な」
と言う。ハヅキも
「アクア、お酒が飲めないのに」
と言う。
私はじっとネオンを見たが言った。
「分かった、飲む」
「やめてアクア!そんなに飲んだら死んじゃう」
とハヅキが叫ぶ。
「大丈夫だよ。君を守るためには私は頑張る。でもネオン、私がこの酒を飲んだら、ハヅキを返して、この町から撤退してくれないか?」
「女は返す。進軍については約束できない」
私はとにかくハヅキを返してもらうためにはと、その大皿を抱えた。
かなり重い!酒瓶3本分だから酒だけでも5kgくらいあるだろう。
しかし私はひるまず、大皿に口をつけると、ぐいぐいお酒を飲んだ。