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多くの男子生徒の関心は“如何にして丁種になるか”ということである。
甲種になるか乙種であっても招集されれば兵役に就かなければならない。現在、義務兵役3年間の“死亡率”は10%もある。20年も続くテカトラとの戦争は終わる見込みは全く無く、毎年10万人程度の戦死者が出ている。戦死者は圧倒的に未熟な若い兵士に多い。それで様々な不利益を被っても、何とか兵役を避けようとする者が多い。
さすがに手足を切断してまで不合格になろうという者は(めったに)居ないが、聴覚障害や精神疾患を装う者、大量に塩分を取って高血圧などを装う者、などなどはありふれている。ありふれすぎていて、だいたいその程度は見破られる。
第1子は親からの申請があれば免除される(でもアリサ兄の徴兵検査では親父は「ぜひ兵隊にしてください」という上申書を出した!)。それで戸籍上の操作で第1子になろうとする者もあるが、不正操作とみなされると親ともども懲役刑をくらう。
「如何にしてバレないように聴覚障害を装うか」などとクラスメイトの男子たちが話しているのを聞いて、俺は半ば呆れていた。お前らそれバレたら、厳罰を食らうぞ〜、などと思っていた。その手の徴兵逃れがバレると乙種合格の上で高校卒業後即招集されていきなり前線に回される。市民軍事訓練の参加率が悪い人などもそうだが、基本的に戦争非協力者とみなされると“反動を回されて”招集されやすいし、危ない場所に送られやすい。
暗い顔をしている子がいる。
「ボクやはり丙種かなあ」
などと言っているのは、ミサキである。彼は身長149cm 体重35kg という貧弱な身体である。まあ兵役は無理だ。兵役に就くには最低165cmの身長が必要である。
「ミサキちゃんはそれでいいと思うよ。覚悟を決めなよ」
と俺は彼には言っておいた。
「俺絶対甲種合格するぞ」
と元気な奴もいる。アケミである。彼は全国大会とかには出たことがないが卓球部のエースである。まあ彼なら甲種かもね、と俺は思った。
12月29日、金曜日だが、この日は高校3年男子は学校が休みになるので、俺は自宅から徴兵検査会場の市民体育館に向かった。
「あれ?お前髪は切らなかったのか?」
と親父が言ったが、
「行く途中で切るよ」
と俺は答えておいた。
徴兵検査を受ける者は、基本的に丸刈りにしておくものである。
しかし俺は散髪屋にも寄らず、そのまま会場に向かった。
徴兵検査令状を見せる。
「貴様、なんだその髪は?」
と言われる。
「検査の後で切りますよ」
と俺が言うと、ヤマムラという名札を付けた受付の兵士(軍曹の階級章を付けていた)は
「まあいいか」
と言って、番号札を渡してくれた。それで俺は中に入った。
俺のちょっと後でクラスメイトのナルミが来た。彼(?)はセーラー服姿である。
俺はどうなるかなと思って見ていた。
ナルミが徴兵検査令状を見せる。
「貴様、何の用だ?」
と受付のヤマムラ軍曹が怒ったように言う。
「徴兵検査受けに来たんですけど」
「お前、女じゃないのか?」
「男ですよ。徴兵検査令状が来たし」
「貴様、キンタマ付いてるのか?」
「そんなの付いてませーん」
「キンタマ無い奴は対象外だ。帰れ」
「はい、失礼しまーす」
と言って、それでナルミは帰っていった。
まあ彼(彼女?)に兵役は無理だろうね。彼女は声変わりもしてないからたぶん睾丸は10歳くらいで除去手術を受けたのだろう。もしかしたら既にちんちんも無いのかも知れない。
あの子を無理矢理従軍させたら、部隊内で“彼女の取り合い”で争いごとが起きて部隊内が不和になるだろう。ナルミのようなケースでは、“そもそも男子ではない”ということになり、徴兵検査そのものが取り消しになる。何の罰則も無い。
一応我が国にも女性兵士の部隊(全員志願兵で志気は高いし実力も高い)はあるが、女性のみで編成しているし、決して男性兵士の部隊と一緒には軍事行動もしないし、野営なども一緒にはさせない。(男性部隊が女性部隊の護衛をして一緒に行動するのはたまにある)
ナルミが帰るのを見て、会場内に入ろうとしたが、そこに“変な格好”した奴が来るので、俺はもう少し待った。
“セーラー服を着た”ルキアが徴兵検査令状を見せる。
「貴様、何だその格好は?」
と受付のヤマムラ軍曹が怒ったように言う。
「徴兵検査受けに来たんですけどぉ」
「そのふざけた服をすぐ脱げ」
「アタシぃ、女の子だからぁいつもこの格好ですよぉ」
なんか言葉のイントネーションが気持ち悪いんですけどぉ。
「下手な嘘ついてもバレるぞ、おい、こいつの服を脱がせろ」
と軍曹が命じると、近くに居た数名の兵士がルキアのセーラー服を無理矢理脱がせる。彼は御丁寧に女物のパンティにブラジャーまで着けていた。
結局全部脱がされて裸にされる。
「貴様、ちゃんとキンタマあるではないか」
と言って、ヤマムラ軍曹は彼の睾丸を思いっきり握りしめた。ルキアが苦しそうな顔をしてうずくまる。
「大丈夫?」
と俺は声を掛けた。
「何でバレたのかなあ」
と彼はやっと声が出せるようになって言っている。
「違和感ありありだったよ。女装っていつもしてないと女の服を着こなせないからね」
「ナルミはうまく行ったのにぃ」
「あの子は普段から学校でもずっとセーラー服着てるし。あの子に徴兵検査令状を出すこと自体が間違ってるよ」
と俺は言った。
「そうかもな。でも裸にされちゃった」
「どうせ中では裸になるからいいのでは?」
「帰りはどうしよう?」
「裸で帰ればいいさ」
「え〜?」
「ま、何とかなると思うよ」
ともかくも俺はルキアと一緒に会場内に入った。
最初に身長と体重を計られる。俺は185cm 80kg、ルキアは175cm, 70kg でどちらも合格である。
「君は不合格だ」
と言われている子がいる。ミサキである。
「ですよね。覚悟してきました」
「よし。君には丙種を宣言するけど、いい?それとも何か基礎疾患か何かある?」
基礎疾患があれば丁種になる可能性がある。それで情けを掛けているのだろう。
「いえ。ボクは特に病気とかはありません。それに大学に行きたいから丁種は嫌です」
「だったら丙種を宣言するぞ。本当にいいか?」
「はい、お願いします」
「では君は丙種だ。連れて行け」
それでミサキは若い兵士に連れられて“別会場”に連行された。
「ああ、可哀想に」
とルキアは言ったが
「彼にはその方がいいと思うよ」
と俺は言った。
「確かにそうかもな」
とルキアも思い直すように言った。
身長・体重の後は、視力・聴力の測定がある。俺は両目2.0・聴力も異常無しで合格。ルキアも視力両目1.5・聴力異常無しの合格である。
ここで聴覚障害を装っていた奴がいたが、検査医が
「君は聴力不足かな。丁種になるけど」
と“小さな声で”言うと
「ありがとうございます!」
と元気に答えて、速効で嘘がバレていた。
「馬鹿な奴」
とルキアが思わず呟いたが、人のことは言えん気がする。
その後、血圧が測定される。ここでまた詐病を装おうとしてバレている奴がいた。
体力検査が行われる。
検査種目はまず40kgの砂袋を持ち上げられるかの検査。俺もルキアも軽く持ち上げたが、キャロルはこれを持ち上げきれなかった。少し休憩をさせてから何度かリトライさせていたが、どうしても無理だった。
「不合格だね。丙種がいい?何か丁種になるような案件持ってる?」
「扁桃腺肥大とかではダメですか?」
「んじゃ丁種にしてあげるよ」
「ありがとうございます!丙種は絶対嫌です」
それで彼は丁種の判定状を渡されて会場から帰って行った。
「あいつは丙種でもいいと思うけどなぁ」
「同感」
キャロルはスカート姿が似合いそうである。
その後は、模擬手榴弾の投擲(15m以上)、反復横跳び(30回以上)、そして最後に1500m走(10分以内)がある。どれも合格規準はそう厳しくないのだが、規準に満たず、丙種か丁種を選べといわれてほとんどの子が丁種にして欲しいと言って、適当な病名を申告していた。それを見ていて俺は、最近は軍も結構簡単に丁種にしてくれるんだなと思った。
もっとも“わざと”悪い成績を出しているとみなされた者は再度やらされていた。コウヘイなど「君は丁種は認めない。丙種にするぞ」と言われて「頑張ります」と言って、1500mを2度走る目になっていた(2度目は6分で楽々合格)。
しかしルキアは裸で1500mを走って
「ぶらぶらして邪魔で走りにくかった」
などと言っていた。
「邪魔なら取っちゃう?」
「それだけは嫌だ」
最後に性器検査がある。ここで全員裸になる。
最初から裸だったルキアは
「良かった。これでみんなと同じだ」
などと言っていた。
ひとりひとり軍医に性器をチェックされる。特に大事なのは性病におかされていないかの検査らしい。部隊内で性病が蔓延すると面倒なことになり、場合によってはその部隊の戦闘力にも影響が出る。
俺もルキアも問題なしということになった。射精検査も普通にできた。しかし人前で射精するというのは恥ずかしくてなかなかできずに苦労している奴もいた。
ところが、俺たちの少し後で
「嫌だぁ!」
と声を挙げた奴がいた。アケミである。
「君は包茎だから不合格だよ。丙種を宣言するよ」
と軍医から言われている。
「包茎くらい構わないんじゃないんですか?」
「仮性包茎は問題無い。君のは真性だから、部隊内の規律維持に影響する。丙種になるから覚悟を決めたまえ」
「そんなあ。そうだ。丁種とかにはならないんですか?」
「君何か基礎疾患とかある?」
「えっと・・・何だろう?」
「ダメだね。丙種です。連行して」
それでアケミは抵抗したものの、数人の兵士に取り押さえられて、泣き叫びながら“別会場”に連行されていった。
「可哀想」
「甲種合格するぞって、張り切ってたのにね」
「真性包茎はさすがにやばいなあ」
「予め手術とかして剥いておけばよかったのに」
「もう今更遅いな」
「結局剥く必要もなくなる訳か」
「まあ軍も親切すぎるかもな」
これで全ての検査は終了した。服を着て、最終面接官のところに行く。(ルキアは裸のままである)
ここまで来た者は、だいたい甲種か乙種である(ごく稀に特種)。丙種・丁種、また検査保留になったもの(戊種:2ヶ月後に再検査)は帰宅あるいは別会場に行っている。
俺は面接室に入った。
「君、バスケットでオリンピックに出たんだって?」
と初老の面接官(“ベニカワ”という名札を付けていて、中尉の階級章を肩に付けている)は書類を見て笑顔で言った。
「はい、出て来ました」
「さすがだね。今日の体力検査の数値も物凄く優秀だし」
「そうですか」
「君は特種合格になる。上等兵に任官して即入隊してもらうけど、どこの部隊に行きたい?陸軍、海軍、空軍、宇宙軍、海兵隊、どこでも好きな所に配属するよ」
とベニカワ中尉は言っている。