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■夏の日の想い出・新入生の春(8)
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この番組放送後の反響は非常に良かったようであった。
−リクエストで調整された分もあるだろうが流れた曲のラインナップが良かった−最近ではめったに聴けない○○○○を流してもらったのが嬉しい
−若い司会者で当時まだ生まれていなかったはずなのに、リクエストされて流した 作品の一節などをその場できれいに歌ってみせたりしていたのが凄い。 ケイちゃん歌が上手い。
−ふたりの発音がきちんとしていて、専門のアナウンサー並みに聞きやすかった。−当時のエピソードなどの紹介が面白かった。よく勉強している。
−若い歌手の司会と聞いて正直、鍋島作品分かって司会するのかよ?などと思って 聞き始めたが、鍋島作品のテイストをちゃんと理解している感じで感動した。 すっかりこのふたりが好きになった。
などといった声が30代以上の聴取者から寄せられた一方で、ローズ+リリーのファンからは
−ふたりの元気そうな声を聴けたのが何と言っても嬉しい。
−ふたりとも歌が上手くなってる。特にマリちゃんの上達度凄い。
−『あの街角で』の全コーラスがとうとう聴けたのが涙が出る思い
−新曲を4つも聴けて嬉しい。CDで出すかDLサイトに登録しないのでしょうか?−『ふたりの愛ランド』やっぱり最高!
−ふたりの掛け合いはホントに楽しい。無理に受け狙いせず、自然に
ふつうに18歳の女の子ふたりがおしゃべりしている感じなのが気持ちいい。
などといった声が来ていた。ファンの年齢層が高い鍋島作品を敢えて若い私たちに紹介させることで、私たちを高い年齢層に認識させるとともに、鍋島作品を若い世代にも興味を持ってもらえるようにする、という町添部長のもくろみは美事に成功した感じであった。そしてまた、ローズ+リリーという長期休養中のユニットのファンもこれでテンションを維持することができた。
この放送の後、鍋島作品の「ダウンロード」が上昇するとともに、ローズ+リリーの「CD売り上げ」や「有線リクエスト」が増加した。
放送中に、ローズ+リリーの姿を見ようと放送局に押し寄せてきたファンも結構いて、放送局の警備員さんたちはけっこう大変だったらしい。私たちは放送終了後すぐに外に出ることができず、1時間後に配送トラックに無理言って同乗させてもらい脱出した。「アイドル歌手みたい」などと政子とふたりで笑った。
ローズ+リリーが人前に姿を見せるのは、この放送の3ヶ月後、スイート・ヴァニラズのライブを待たなければならない。
なお、放送の反響の中で、仕事や試験などで聞き逃したのでぜひ再放送を、また途中で気付いたのでぜひ最初からもう一度聴きたいなどという声もひじょうに多数寄せられた。しかしその時点では、私たちを勧誘している各社の社長との「1度だけ」という約束で、再放送するのは不可能であった。
最終的に、この放送は私たちが翌月、須藤さんと契約した後、再度当時勧誘していた各社社長に承諾を取って、7月の日曜日に再放送された。町添さんは再放送に当たって、△△社以外の2社に若干のマージンを払ってもいいと言ったらしいが、2社ともそれは辞退したということであった。
FMの放送が行われた翌週の5月23日、私はエレクトーンの7級の試験を受けに行った。
8級を受けたのは昨年の7月で私はわりと中性的な格好で出かけていったのだが、今年はカットソーにプリーツスカートなどという完璧に女性的な出で立ちで出かけていった。昨年も名前を呼ばれて試験を受ける部屋の中に入って行った時「唐本冬彦さん?」などと念を押されたのだが、今年は入って行くと「あなた違いますよ」と言われた。
そこで私は運転免許証を見せて、確かに自分は唐本冬彦ですと主張し、試験官の人も免許証の写真を見て、更にその免許証は本物か?写真を貼り替えたりしてないか?という感じで裏表何度も見てから、やっと試験を受けさせてくれた。
(そういう訳でその年の秋に6級を受けた時は、唐本冬子の名前で受検することにしたのであったが。私の場合唐本冬子名も学生証で本人確認できるのである)
即興演奏や聴奏などは問題無くクリアする。用意していた自由曲の中からその場で1曲指定されたのは、よりによって一番仕上がりが悪かった曲であったが、幸いにもノーミスで弾けた。自編曲はポルノグラフィティの『アゲハ蝶』を弾いたのだが、演奏が終わったところで試験官の人に
「あ・・・えっと、これ7級なんだけどね」と言われる。
「すみません。編曲が易しすぎましたか?」と訊くと
「君、今の演奏は5級レベルだよ」と苦笑された。
「7級の編曲で両足弾きなんて無いよ!」などと付け加えられる。
その場で少し評価などを受けてから、「ありがとうございました」と言って試験の部屋を出る。受験生が多数待機している廊下を静かに通って会場を出たところで以前同じクラスでレッスンを受けていた子と遭遇した。
「あら」「ごぶさた〜」
「試験終わったとこ?」
「うん。そちらも?」
「何級受けたの?」
「私は7級」
「あ、私も7級」
ということで、取り敢えず一緒に近くのカフェに入った。
「でも冬ちゃん、すっかり女らしくなったね」
「うん。高校在学中は抑制的だったんだけど、卒業してからはこんな感じで、思いっきりフェミニンしてる」
「そっか、以前はスカートも穿いてなかったもんね」
「うん。高校時代はお父ちゃんからスカートでの外出禁止されてたのよ」
「へー。。。ね、もしかして胸は本物?」
「うん。豊胸手術しちゃった。ついでに玉も来月抜いちゃう」
「おお。じゃ、もうほとんど女の子になるのね」
「うん。あとは性転換手術だけね」
「わあ、凄い」
「美優ちゃんは大学生だっけ?」
「うん。A大学の文学部2年」
「あら。私は△△△大学の文学部1年」
「芸能活動の方は復帰したの?」
「まだ。でも復帰はそう遠くないかも」
「おお、期待しておこう」
「ただ、私ひとりだけの復帰になるかも知れないけどね。マリが復帰に消極的だから」
「わあ、それは残念ね。。。。そうだ。私ね、友だち4人で集まってガールズ・バンド作ったのよ」
「わあ、それは楽しみね。構成は?」
「ギターとベースとドラムスとキーボード。私はキーボード担当」
「おお、標準構成だ」
「今、MARIAとかプリプリとかコピーしてる。オリジナル曲もやりたいんだけど、メンバーの誰も作曲の才能が無いという困った問題が」
「あらら」
「こないだ私1曲書いてみたんだけど、みんなから、つまらんとか見せ場が無いとか、散々に酷評された」
「かわいそー」
「夏にあるガールズバンドのコンテストに出たいんだけど、コンテストでは、オリジナル曲をやらないといけないのよね〜」
「私、何か書こうか?」
「え?ホントに?」
「今週中の平日の午後3時以降なら時間が取れるから、もしメンバーの演奏に立ち会わせてもらったら、そのイメージで何か書くよ」
「わあ、助かる」
そういうことで私は彼女たちにその後しばしば楽曲を提供することになった。彼女たちのバンド『スーパー・ピンク・シロップ(略称SPS)』は私の書いた曲『恋愛進行形』(作詞はマリ)を携えて、その夏の大会に出場。全国大会で3位に入賞して年末にメジャーデビューすることになった。その曲は8万枚を売るヒットとなり、翌年の新人賞にノミネートされた。その後、美優もかなり作曲の勉強をして、オリジナル曲を書けるようになるが、彼女たちがCDを出す時は、だいたい私の曲と美優の曲をカップリングして出すことが多かった。
「ところでさー、ガールズバンドの条件って何なのかな?」
「メンバーが全員女性ってことでしょ?」
「私みたいなのが入ってるのはいいんだろうか?」
「問題無いと思うよ。性別なんて自己申告でいいんじゃない?」
「そっかー」
「オリンピックみたいに染色体検査する必要無いと思うしね。自分が男と思っているか女と思っているかというのが大事だもん」
「なるほど」
「もっとも、朝青龍みたいな子がドラムス打ってたら協議の対象になるかも」
「むむむ。やはり見た目も大事なのか?」
「冬ちゃんなら、見た目がどう見ても女の子だから、男装してボーイズバンドのコンテストに出ようとしたら、いくら戸籍が男の子でも拒否されるかもね」
などと美優は笑っていた。
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