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■夏の日の想い出・新入生の春(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2011-11-19  
3月31日。この日限りで秋月さんが★★レコードを退職して、結婚予定の相手が住む福岡に行ってしまうというので、私と政子は日中★★レコードを訪問して、挨拶をしてきた。秋月さんは私たちがわざわざこの日に来てくれたことに感激して、私たちをそれぞれハグして「これからも頑張ってね」と激励してくれた。なお、私たちの営業窓口については、取り敢えず上司の加藤課長が引き継いでくださるということだった。
 
帰ろうとしていたら、奥の幹部デスクにいた町添部長が「あ、ケイちゃん、マリちゃん、ちょっと待って」と大きな声で叫んだ。町添部長は私たちが来た時からずっと何やら難しい顔で電話をしていた。
 
私たちは退職前の残務整理をしている秋月さんと雑談をしながら待っていたが、結局1時間待たされた!
 
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やがて用事が済んだのか町添さんが「御免、御免」と言って、こちらに来た。「会議室の方にしますか?」と秋月さんが言うが「あ、ちょっと僕はこの子たちとデートしてくる」と言う。「送別会は19時からだっけ?」「はい」
「それまでにはそちらに行くから」と言って、町添部長は私たちを連れ出し、近所の天麩羅屋さんに入った。
 
「大将、奥の座敷いい?」と部長さんが言うと「はい、どうぞ」と店長が答える。
「天麩羅を適当に見繕って持ってきてくれない?それと、この2人の分、何かおやつ付けて。あと3人分コーヒーと」
「かしこまりました」
 
3人で奥の座敷に入り、町添部長が何やら機械を持ち部屋の中を一周してきてからそれをテーブルの下に置いた。
「何ですか?」
「盗聴器チェッカー」
「わっ」
「付けとけば安心」
「なるほど」
 
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まずはお茶を飲んで話を始める。
 
「済まないね。忙しかった?」
「いえ、今けっこう暇な時期です。学校が始まったら少し忙しくなるかも知れませんが。講義は5日からですから」
 
「ざっくばらんに言うと、君たちのファンもそろそろ我慢の限界になりつつあるという話で」
「はい、でも・・・」
 
「うん。君たちの契約問題が今少しややこしい状況にあることはだいたい想像しているだろうと思う通りなのだけど」
「ええ」
 
「それでも『甘い蜜/涙の影』が出たのが昨年の1月、ベストアルバムが出たのが6月、翌月、君たちの生の声でのコメントがFMで流れて『あの街角で』の一部をケイちゃんのピアノ伴奏で公開、それから11月に沖縄のFMで『涙の影』をまたケイちゃんのピアノ伴奏で1コーラス演奏。それから12月に『あの街角で』の少し長いバージョン。これらのFMで流された曲は即動画投稿サイトに転載されて、全国のファンが聴くことができた。他に10月にネット公開した『デモ音源』」
「はい」
 
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「ただ、動画投稿サイトを見ることができる人やネット公開された音源をダウンロードして聴けるのは、若い人たちを中心とする、ネットに強い人たちだけで、そういうのに弱いファンにとっては昨年6月のベストアルバムで流した、一昨年のライブ演奏録音をリミックスした音源が、君たちの歌を聴くことができた最後になってる。それから既に10ヶ月近く経ってる」
「そうですね」
 
「それで君たちがまた新たな歌をCDの形でファンに聴かせてくれるのが、僕の想像では早くても今年の秋くらい、遅くなるケースでは来年の夏くらいかな、と思うんだけど、どうだろう?ケイちゃん」
「たぶん、そんなものだろうという気がしています」
 
「で、そこまで、さすがにファンが待てないという話でね。これがベテランの人気の定着した歌手なら2〜3年新譜を出さなくても、ファンは離れないのだけど、君たちのような、出て間もない歌手にとってはあまり長い時間新しい音源を出さないのは致命傷になる」
「はい」
 
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「そこで、少しファンの不満のガス抜きをしたい。それも、ネットに強い人だけでなく、全国のファンが聴くことのできるものを」
「どういう形で?」
 
「それでさ、君たち、ちょっとラジオに出ない?」
「えー!?」
 
大将自身が揚げたての天麩羅を持ってきてくれた。一緒に女性の店員さんが、お味噌汁と天つゆ、小鉢を配る。夕方近くで少し小腹が減っていたので、少し摘ませてもらう。町添さんは大将たちが出て行ってから話を続ける。
 
「FMラジオの全国ネットで君たちの歌を流すことを考えている。それならパソコンとかに強くない人でも聴いてくれる。事前に準備して、ちゃんと番組表に載せておけば、それを狙って録音したりして、その時間帯に忙しい人でも聴いてくれる。FM放送はLISMO WAVEでも聴くことができるから、その時間帯にラジオが使えない人でも携帯で聴いてくれる可能性がある」
 
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「契約問題はクリアできるんですか?」
「そこでだ。今君たちの勧誘を継続的にしている3社のプロダクションの社長に電話して直談判で許可を取った。ほんとに今回1度だけ。3時間以内なら目を瞑ると言ってくれた」
「わあ・・・」
 
「具体的には日曜日の午後に3時間、JFN 52局で君たちの歌を交えた番組を流す」
「3時間も!?」
「趣旨は後で説明するけど、君たちにナビゲートしてもらって、他の歌手の歌も流すのと同時に君たちの歌も最低でも7〜8曲、生で演奏するというのを考えている」
「はい」
 
「それで、君たちにその出演をお願いしたいのと、君たちの親御さんにその出演許可を取ってもらえないだろうか? スタジオは外から見えない所を使うから、君たちの姿は一般の目から隠す」
「じゃケイが女の子の格好しているか、男の子の格好してるのかも分からないと」
「うんうん」
「ひょっとしたらビキニの水着着てるかも知れないし、チュチュ着てるかも知れないし、あるいは愛の前立の鎧兜を着てるかも」
「それはあり得ない」と私。
町添さんも笑っている。
 
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「なるほど、話は分かりました。でも契約とかそういうの無しでやる訳ですよね」
「うん。だから実は申し訳無いけどギャラも払えない」
「あ、それは全然構いません」と私も政子も言う。
 
「そういう訳で、この番組はプロ歌手でもない、素人の女の子2人に3時間しゃべりまくり、歌いまくってもらおうという番組」
「大胆ですね」
 
「だけど、プロとは名ばかりで素人以下の歌を延々と流したり聞くに堪えないようなセンスの悪いトークを流す番組ってあるじゃん、ここだけの話」
「ありますね。私、チャンネル変えますよ。さすがに。こんなの公共の電波で流さずに、スナックにでも行って歌えよ、友達としゃべってろよと思っちゃう」
 
「そうそう。そんなのと比べちゃいけないけど、君たちの歌はそんなのよりは遙かに素敵だろ?」
「はい。最低限プロ歌手と言える水準はあると自負しています」と私は断言する。
「うん、だったらいいじゃん」
 
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「でもどういう趣旨とか名目で番組をするんですか?」
「それで本題な訳だけど、君たちのデビュー曲『明るい水』の作曲家、鍋島康平さんが昨年5月16日に亡くなったのは知ってるよね」
「もちろんです・・・って一周忌ですか!」
 
「うん。その5月16日が今年は日曜日な訳。実は鍋島さんの一周忌で何か特集をやろうという話は元々あったんだよ。それで、『明るい水』は鍋島さんにとっては最後のヒット曲になったんだ」
「そうか!」
 
「昨年亡くなった直後にも追悼番組を、鍋島作品を多数歌っている****君の司会でやったけど、聴取率がさんざんでね。特に後の時間帯になるほど悪化していた。彼もやはりトークは苦手なので次回は申し訳無いけど、他の人にお願いしたいと言っていた」
「なるほど」
 
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「そこで1周忌では何か聴取率の取れる企画を考えようって話はしてたんだ」
「それで私たちを」
 
「元々『明るい水』は数年前に他の歌手が歌ってCDも出たんだけど2000枚も売れなかった。だけど君たちはあれをインディーズ分とうちで再販した分の合計で10万枚売った。鍋島さんの最後のゴールドディスクだよ。だから、その最後のヒット曲を生み出した君たちを番組のナビゲーターに起用するのは、全然不自然じゃない」
「わあ」
 
『明るい水』は元々鍋島先生と△△社の津田社長の個人的な交流から「どうせ売れなかった曲だし自由に使って良いよ」と言われていたものを、ローズ+リリーのCDを急遽作りたいという話になった時に利用させてもらったものである。インディーズで思いがけずかなり売れたので★★レコードでも扱ってもらえないかということで、○○プロの浦中部長と一緒に売り込みに行ったのだが、その時、浦中部長たちが上島先生と廊下で偶然遭遇した。浦中部長が「今度女子高生のデュオを売り出すんですが、いい曲ないですかね?」などと言うと上島先生は「じゃ1曲書いてあげるよ」と言い、ホントに書いてくれた。
 
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それが『その時』である。上島先生の曲ならということで『その時』は★★レコードから販売されたが、それがヒットしてしまい、その前のCDも無いかという問い合わせが殺到したので、★★レコードは『明るい水』を同社からも再販した。そしてそれも『その時』に引きずられるように売れたのであった。10万枚というのはインディーズ版と★★レコード版の合計(この時点で正確には10万8千枚)なので、正式には認定されていないが、実質的なゴールドディスクなのである。
 
「一応、鍋島さんのビッグヒットを並べて構成していくし、そのビッグヒットを歌った歌手さんたちの録音でのコメントなども流していく。でもその合間にナビゲーターの役得で、自分たちの歌を生で演奏してもらおうという訳」
 
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「話は分かりました。母に頼み込んでみます」と私。
「デビュー曲の作曲家さんの一周忌というのは、うちの母を説得する材料にもなります」と政子。
 
「ほんと金にならない話で申し訳ないのだけど」
「いえ、私たちも全国のファンに申し訳無いと思っているので、少しでもその気持ちに応えるようなことができたら嬉しいです」
 
だいたい話がまとまった所で、私たちの話は雑談モードに入っていった。天麩羅は大半が政子のお腹に収納されていた。町添さんは結局お味噌汁を飲んだだけで天麩羅は全然食べていない。私は5つ食べただけである。政子はけっこう食べるのに太らない体質を持っている。身長164cm,体重42kgのスリムボディである。政子はよく「きっと私についてる天使様が大食漢なのよ」などと言っていた。
 
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やがておやつのあんみつが来て、私たちは「頂きます」といってそれも食べながら話を続けた。町添さんはコーヒーを飲んでいる。話題は、音楽全般の話題や何人か新人有望株の話、また私たちの高3の時の学園生活の話などにも及んだ。私が学生服で通学しながら、体育は女子と一緒にして、トイレも女子トイレを使っていたなどという話は興味深く町添さんは聞いていた。
 
「しかし、ふつうの人が女子トイレに学生服の子がいるの見たら仰天するね」
などと笑って言う。
「ほんとですよ。周囲はみんな、女子制服で通学してくれば?って言ってたんだけど、学生服で卒業まで通学するってお父さんと約束したからって」
「でも卒業式の日は女子制服で通学して、それで卒業式にも出たんだよね。女名前での卒業証書までもらっちゃったし」
 
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「それは良かったね。でも卒業式に女子制服で出て、女名前の卒業証書もらったってことは、ケイちゃんは高校卒業と同時に男の子からも卒業して、これからは女の子ということなのかな」
「私もそう思ってます。本人も結構意識変わった感じだし。もっとも私にとってはケイは最初から女の子なんですけどね。ケイって女湯に入ったこともありますし」
「ケイちゃんなら行けちゃうかもね。でも捕まらない程度にね」
私は苦笑いする。
 
「もっともケイは近いうちにおっぱい大きくしちゃうから、もう男湯には入れない身体になっちゃうけど」
「おお。もうそのまま一気に性転換しちゃうとか?」
「やっちゃえ、やっちゃえと私は煽ってるんだけど」
「うんうん。もし性転換手術する時は事前にこちらにも教えてくれると嬉しい。手術後しばらくはケイちゃん動けないだろうしね」
「はい」
 
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「でもケイちゃんはこの1年間でエレクトーンのレッスンに通ったり、コーラス部で歌ったり、マリちゃんも毎朝ジョギングしたり、自宅にカラオケシステム入れてずっと歌っていたり、君たちにとってのこの1年間というのは、休養期間ではなくて再度基礎固めをする1年だったのかもね。君たちってあまりにも急激に売れたから、そういう歌手って、実力や精神力が人気に付いていけず息切れして自滅するパターンが凄く多いけど、君たちはここで再度体勢を整え直したんだ」
 
「そう言われるとそうなのかも知れないですね」
 
町添さんは19時から秋月さんの送別会に行くと言っていたのだが、結局19時半まで、私たちと話していた。「秋月さんに申し訳無い!」「大丈夫、大丈夫、上司が不在のほうが話が弾んでるって」と町添さんは笑いながら店を出ると、送別会会場のお店の方へ、小走りで去って行った。ここで走って行くところに町添さんの性格の良さを私は感じた。
 
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私はその日のうちに母に電話して、デビュー曲を書いた作曲家さんの一周忌の特別番組で司会をしてもらえないかという話をもらったことを告げ、その出演許可を欲しいと言った。
 
「そういう義理のある人の一周忌ならいいじゃない。テレビに出るの?」
「ううん。FMラジオだよ。一応全国放送だけど」
「わあ、それは聴かなくては」
などと母は言っていた。
 
政子の方もそういう趣旨であれば問題無いし、ちゃんと出てあげなさいと言われたということであった。私は政子との連絡を踏まえて、町添さんの携帯に許可が取れた旨のメールをした。
 
各々の親の署名捺印付き同意書は追って、★★レコードの町添さん宛に郵送することにした。1年前のトラブルがこの手の文書をきちんと交わさなかったことから来ていることは、私の母も政子のお母さんも認識していたので、すみやかに文書を提出してくれた。
 
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■夏の日の想い出・新入生の春(5)

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