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■夏の日の想い出・新入生の春(6)
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翌4月1日。この日は△△△大学の入学式であった。私と政子はレディススーツを着て、入学式に出席し、そのあと指定された教室に行き、これから取り敢えず1年間一緒に学ぶことになる級友たちと、挨拶などをした。(この大学では1年の内はまだ「科」は決まらず全員「文学部」で、2年になる時に希望と成績により各科に振り分けられる)
様々なオリエンテーションなども受け、何となく意気投合してしまった、長崎県から出て来たという小春という子と3人で、どの講義を受けようかなんて話をしていた。そしてお昼になったので、学食に行き、昼定食を食べながら、またあれこれ話をしていた時、私の携帯が鳴った。礼美からだった。
「冬〜、私、△△△に行けることになったよ!」と物凄く興奮した声。
「え?ほんとに?何があったの?」
「いやーもう、エイプリルフールじゃないよな?と私も半信半疑だった」と礼美。
なんでも礼美は確かに合格はしていなかったものの、補欠者リストに入っていたらしい。ただ本人はそちらの方は見ていなかったので、全然気付かなかったということだった。
「今年はなんか予定以上に入学辞退者が出ちゃったらしくて」
「わあ」
「それで期限までに手続きを取った補欠合格者を入れても、まだ定員に少しだけ満たなかったらしいの」
「うんうん」
「それで連絡の無い補欠者に、成績上位順に個別に学校側から連絡してくれたんだって。私、実は補欠者の中ではトップ、つまり1点差で落ちてたんだって」
「それは運がいいのか悪いのか」
「でもほんとに気付いてなかったから今朝連絡があってからびっくりして、それでもちろん入学します!と即答。でもそれからが大変だった」
「うん」
「入学するためには今日の午後2時までに入学金だけでも振り込んでくれと言われたんだけど、大金じゃん。しかも行くつもりになってたM大学の入学金と前期授業料を親に既に払い込んでもらってたんだよね。M大も明日が入学式で私もそちらに出るつもりだったんだけど」
「あぁ・・・」
「親からは、そんなの今更ありえない。おとなしくM大に行けって言われたけど私頑張ってお願いして。M大学も今日の午前中までに辞退の意志表示をすれば、入学金は戻らないけど、前期授業料は返してもらえたのよ」
「うん」
「それで、とにかく△△△のこの後の授業料はバイトして自分で払っていくし、取り敢えず払わなければいけない前期授業料の分も貸しにして欲しい。あとでバイトして必ず返すからと言って」
「うんうん」
「何とか払ってもらえることになった。M大にも12時前ぎりぎりに入学辞退の連絡して。親からは借金して払うから本気でバイトして返せよ、返せなかったら退学させて風俗で働かせるぞなんて言われたけどね」
「あはは、冗談がきついなあ」
「そういうわけでさっきこちらの入学金を振り込んでもらって、これで冬たちと一緒に通えることになった」
「良かったね!」
「でもとにかく何かバイト探さなきゃ!!」
「うん。頑張ってね」
「学生証とか講義の受講票とか受け取りに今から出て行く」
「うん、待ってるよ」
話を横で聞いていた政子と電話を代わり「良かったね」「一緒に頑張ろうね」
などと話をしていた。
そういう訳で、私と政子と礼美は5日から一緒に△△△大学文学部に通うことができるようになったのであった。礼美は私たちと同じクラスに編入された。
礼美は2時頃学校にやってきて、私たちはまた手を取り合って喜んだ。その日、とにかく入学祝いをしようよという流れになったのだが、小春は今日は長崎からお母さんが出て来ていた。そこで私の母、政子の母、礼美の母も呼んで、結局母娘8人で、和食屋さんに行って一緒に食事をすることにした。礼美のお母さんと会うのは初めてになった。
「娘から普通の女の子と変わらないんだから、とは聞いてましたけど、本当に普通の女の子なんですね!」
などと私を見て礼美のお母さんは言っていた。
私はFM番組への出演同意書をこの時、母に署名捺印してもらった。政子は昨夜書いてもらっていたので、ふたり分の同意書を一緒に封筒に入れてポストに投函した。
政子のお母さんは、政子も無事大学生になったので後は自己責任だからね、と言って、明日タイに戻ると言った。
「わあ、私、お母さんにもほんとにお世話になってたのに」
「あなたたちふたりの関係は結局よく分からないんだけど、冬ちゃんが政子を大事にしてくれていることだけは確信できたから、冬ちゃんに政子を任せて私は旦那の所に戻るから」
「はい。なんかひとり暮らしに戻ったら、毎日交替でお互いの家に行って一緒に夕飯食べようよ、と言われてるんですけど、それって毎日私に夕食を作ってという意味じゃないかって気がしてて」
「正解」と政子。
「取り敢えず、政子さんが健康を崩さないように栄養バランス考えた食事を作るように気をつけますね」
と言うと、お母さんは
「冬ちゃん、うちにお嫁さんにきてくれるみたい」と笑っていた。
この後、実際には7月頃まで一日交替で各々の家に行くのではなく、私が毎日政子の家に行って夕食を作り、夜も一緒に過ごすのがパターンになってしまった。4月は私は実家に行ってエレクトーンの練習をしていたので、大学の講義が終わってから私はまずは実家に行ってエレクトーンの練習をし、その間に政子が私のメモに沿って食料の買い出しをしておいてくれて、夕方私が実家から政子の家に移動してから夕飯を作り、イチャイチャしながらFM番組の構成について計画を練っていた。エレクトーン自体、政子が
「アパートで弾いてたらお隣とか階下の人に迷惑じゃん。うちに置きなよ」
などというので、結局移動先を政子の家に変更してしまった!
小春のお母さんは、やはり娘をこういう都会でひとり暮らしさせるのが不安だったようであったが、早速初日に友達ができて、ホッとしていると言っていた。
「田舎者で都会の習慣とか分からない所あると思いますが、色々教えてやってもらえますか?」
などと言っている。
「長崎県のどこでしたっけ?」と政子。
「大村ってとこなんですけど」と小春の母。
「あら」と政子の母。
「私の実家が諌早なんですよ。政子もそこで生まれたんです」
「あらら」
「よく分かんないけど、ご近所?」と私。
「うん。とっても近く」と政子。
「良かったじゃん。何か縁があったんだろうね」
翌日、私は今日タイに戻る政子の母を見送りに成田まで行った。
「1年間いろいろとお世話になりました」
「私は正直な話、タイでの生活に少し疲れてたからこちらで1年間過ごせて、助かったけどね」
「でも、お父さんきっと不便してますよ」
「いいのいいの。女房がいないほうが羽伸ばせると思ってるわよ」
「浮気、大丈夫ですか?」と私は小声で訊く。
「発覚したら即離婚。慰謝料1億って言っといたから」
「あはははは」
「ところで、例のお守り、とうとう開封したのね?」
「はい。開封しました。あくまで象徴的な意味で、実際にセックスした訳ではありませんけど。ですから政子さんはまだバージンです。でも私、自分の性別を理由にして政子さんの気持ちを受け止めないのはずるいと思ったから」
「ありがとう。でもよかったら政子の処女は冬ちゃんがもらってあげて。もしアレ取っちゃったら指ででもいいから」
「そうですね。考えておきます」と私は笑って言う。政子も笑っている。
「一応、これからもお守りは1枚置いておきます」
「あら、そうなんだ」
政子も微笑みながら頷いている。
「私が男の子だったら、政子さんと結婚できるし、あるいはふつうの恋人になってたかも知れないけど、私やはり女の子だし。いい友だちでいれたらなって思うんですけどね」
お母さんは頷いていた。
「私もその点はとりあえずあまり深く追求しないことにするわ。ふたりが仲良くしていたら、私はそれでいいかな、という気持ちになってきた」
「ありがとうございます」
私と政子はお母さんの飛行機を見送った後、その足で千葉市内の琴絵のアパートに寄った。
「仁恵のアパートもここのすぐ近くだよ」
「会えたらよかったんだけど、今日がバイト初日というんじゃ仕方ないね」
「でもみんな速攻でバイト決めてるなあ。私、完璧に出遅れ」と私。
「私もまだ何にも考えてない」と政子。
「おふたりは無理にバイトしなくたって歌手で稼げばいいじゃん」
「うん。とりあえず来月16日にラジオ番組の司会するから、今その構成を考えているところで、この件が片付くまではバイトできない」と私。
「おお、復帰が決まった?」
「いや、これはそういうのじゃなくて」と言って内容を説明する。
「ラジオの3時間番組の司会か。凄いなあ。この件、広めてもいいの?」
「うん。取り敢えず噂として広めていいと言われた。昨日出演同意書を送ってたぶん今日届いている筈だから、明日か明後日くらいにはネットで工作員が書き込み始めるはず」
「おお」
「ところでさ、他の子がいないから聞きやすいけど」と琴絵。
「うん?」と私
「コトにはバレちゃったみたいね」と政子。
「やったね?」と琴絵。
「うん」と私と政子。
「やっばりね。ふたりの雰囲気がこれまでと明らかに違うもん」
「たださ・・・」
「ん?」
「リアルではセックスしてないんだよね」
「へー」
「コトだから言っちゃうけど、私もう男の子機能消失しちゃったっぽい」
「まあ、消えても不思議じゃないね。でも入れなくてもそれ相応のことをしたのね」
「うん」
「もう恋人になっちゃうの?」
「ううん。まだ友だちってことにしようって冬とは合意」
「そんなこと言ってると、私が冬を横取りするぞ」
「だめー」
「ふーん。ダメなんだ?」
「冬が男の子の恋人作るのなら平気だけど、女の子の恋人作ったら嫉妬する」
「面白いね。冬はどうなの?」
「私もマーサが男の子の恋人作ったら応援しちゃうかな。女の子の恋人はNG」
「私、だいぶふたりの微妙な関係が分かってきた気がする」
「そう?」
4月上旬、私たちは大学の授業に出席して新しい学びの場に取り組んでいく一方で、5月に放送することになったFM番組の構成について、何度か★★レコードに足を運び、この件を担当することになった南さんという人と、FM局側から来てくれているディレクターさんと、4人で打ち合わせをした。
初回の打ち合わせで私は、鍋島先生のヒット曲について取り上げる候補と順序、そしてその間にはさんでいくローズ+リリーの曲についての、叩き台を作って持って行っていたので、話が最初からスムーズに進んだ。
「凄い。これだけの形ができてると検討しやすいです」とディレクターさん。
「初回は大まかな意見を出して、叩き台を僕が作らないといけないかなと思ってたんですが。。。。これ、ほんとに代表的なヒットをきれいに網羅してますね。流す順序もこの流れはとても自然です。最大ヒット曲を先頭に、それに並ぶヒット曲をちょうど真ん中に持ってきた構成は憎い」
「マリのお父さんが鍋島作品のファンらしいんです。今タイに長期出張中だったんですが電話して聞いて、リストアップしてもらいました」
「なるほど。確かにお父さんたちの世代にファンは多いでしょうね」
私が作った叩き台では鍋島作品は20曲取り上げていた。その合間に流す私たちの曲については、『明るい水』はラストの締めで流させてもらうことにして、それを含め鍋島作品と関連つけて流せそうな曲を、発売済の曲で3曲、未発表の曲を4曲配置した。この3:4の比率は町添さんからのリクエストである。
「この未発表曲って音源とかありますか?」とディレクターさん。
「このCD-ROMに焼いてきました」といってCDを渡す。
「伴奏は打ち込みです。歌は貸しスタジオで録音しました」
「事前に聴かせてもらいましたが、楽曲の水準は問題ありません。そのままCDのA面で発売したい作品ばかりですよ」と南さんが言う。
「分かりました」
2回目の打ち合わせで、選曲に関しては私たちが作っていった案でOKとなり一部の順序変更のリクエストがあったので、それに応じて構成を変更した。そのあと1度リハーサルをしてみることになり、楽曲を少しだけ流しながら1時間ほどで、通してやってみた。トークも5分ほど即興でしゃべらされた。これは町添さんも見てくれて「うん、いい感じだね」と言ってくれた。
「ところでどうなんでしょ。今のトークのセンスは良かったですが、おふたりは機転も利く方ですか?」
「あ、それはケイに任せておきます」と政子。
「ケイちゃんのハプニングに対する対処能力は高いですよ」と町添さん。
「部長のお墨付きがあれば大丈夫でしょうね。いや、うちの課長から、本当にふたりだけで大丈夫か?誰かアナウンサーを入れて3人でのトークにした方がいいか?と念を押されまして」
「ナビゲート役としてケイちゃんとマリちゃんを起用してるから、そこに更にアナウンサーもいるのは少し変だよね。屋上屋だよ」と町添さん。
「確かにそうですね。ではほんとにふたりにお任せすることにしますよ」
「はい。やらせて下さい」と私は笑顔で言った。
町添さんは後からこっそりと「あそこでケイちゃんが自信ありげに言い切ってくれたから、放送局側もふたりだけに任せていいかなと思ってくれたようだね」
などと言っていた。「君ってそういう所に一種のカリスマ性があるんだよね」
とも町添さんは言っていた。
スタジオ内でやる生演奏に関しては、私のピアノ伴奏でという案もあったのだが、生放送でもあるし、さすがに負荷が高すぎるのではということで、事前にマイナスワン音源を作っておき、それに私たちふたりの歌を生で入れることになった。ただ、最後の曲『明るい水』だけは、最後だし何か起きても何とかなるだろうということで、私のピアノ生演奏で歌うことになった。
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