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■夏の日の想い出・ベサメムーチョ(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-10-09
 
2015年6月下旬。
 
その日、私と政子は制作中のアルバム『The City』の中に収録予定の曲『コーンフレークの花』のPVの演出について《自称アドバイザー》の雨宮先生と打ち合わせていた。最初、和実が店長を務めているメイド喫茶《エヴォン》銀座店に行く。
 
その和実が出勤しているので私はちょっと驚いた。
 
「和実、新婚旅行とかは?」
「今朝戻って来たよ」
「忙しいね!もう少し休めば良いのに」
「うん。もしハネムーン・ベビーとかできたら身体に負担が掛かるからもう少し休んだら?とか淳は言ってたんだけど、そういう淳は今朝から会社に出て行ったから、私も頑張ろうと思って出てきた」
 
「へー。淳ちゃんはOLしてるんでしょ?」
「そそ。今日もレディススーツ着て出かけて行ったよ。客先に行って打ち合わせする予定があるからって。それで今朝戻って来たんだよ」
「ふたりとも忙しいね!」
 
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そんなことを言っていたら雨宮先生が言う。
「あんた結婚したの?」
「はい。17日に結婚しました」
「おめでとう!じゃ結婚祝いにこれでもあげるわ。ふたりで行っておいでよ」
と言って、ホテルオークラのレストラン食事券を渡す。
 
「ありがとうございます。お客様から物を頂いてはいけないことにはなっておりますが、今日は特別に」
「うんうん。そういう固いことは言わないで」
 

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それでコーヒーを飲みながら、オープンサンドを摘まみながら3人で打ち合わせていたのだが、その内雨宮先生が水割りを飲みたいと言い出す。ちょうど近くを通り掛かったメイドのジューンちゃんに
 
「ね。水割り3杯ちょうだい」
などと言い出す。
 
「申し訳ございません。当店は喫茶店ですのでアルコールはありません」
とジューンは言うのだが、
 
「じゃ、あんたそこのコンビニでウィスキー1本買って来てくれない?トリスかオールドでもいいからさ」
などと雨宮先生は万札を出して渡そうとする。
 
ジューンが困っているのを見て和実がやってくる。
 
「お客様、アルコール類の持ち込み、酔った状態での御帰宅(来店のこと)も禁止させて頂いております」
と和実から言われる。
 
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「さっき結婚祝いあげたのに」
「それはそれで、お店の規則は守って頂きます」
「ケチ」
 
「アルコールが飲みたい方は、その手の店においで下さい」
と和実が毅然とした態度で言うので
 
「しゃあないな。じゃその手の店に行くか」
 

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ということでエヴォンを出る。
 
「和実、ごめんねー」
と私は謝っておいたが、彼女は笑っている。時々こういう客もあるのだろう。
 
それで銀座7丁目の《その手の店》に移動した。私は初めて来た店であるが、先生は馴染みのようである。そして何だか高そうだ!
 
ボトルがキープしてあったようで『モーリー様』とマジックで書かれたサントリー《響》のボトルが出てくる。お店の女の子が3人分水割りを作ってくれるので、取り敢えず乾杯する。ここはお店の子は水割りを作ったりお酌をしたり、また料理を取り分けたりする時は客の隣に座るものの、常駐はしないシステムのようだ。ついでにタッチも禁止のようで、雨宮先生はいきなりイエローカードを渡されていた。
 
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「何ですか?それ」
と訊くと
「1回のご来店でこれが2枚になったお客様はご退場になります」
とカードを渡した女の子が説明する。
「サッカー方式ですか!」
「一応次のご来店までの累積はしない方式で。ふつう女性のお客様には適用しないのですが、モーリー様はちょっと前歴が酷いので、男性のお客様同様に扱わせて頂いております」
「ああ、それでいいと思いますよ」
と私は言った。
 
「まあ私は男だから、それに不服は無いけどね」
と雨宮先生。
「退場くらったことあるんですか?」
と私が訊くと
「昨年は3回、今年も既に1回」
と店の女の子が言う。
 
「悪質だなあ。罰金物ですね」
と私は言った。
 

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それでややけだるい感じのピアノ生演奏による昭和40年代の歌謡曲メドレーが流れる中、私たちは打ち合わせを続けた。
 
やがてその演奏が終わって30代くらいの女性ピアニストがステージを降りるが、その後、他の演奏者が出てくるのかと思ったら誰も出てこない。音楽は終わりなのかな?と思っていたら雨宮先生が
 
「音楽無いの〜?」
と声を掛けた。
 
「済みません。この時間帯に来る予定だった女子大生が先ほど6つ子を出産したのでお休みさせてくれと連絡がありまして」
と店長が言う。
 
「あら、おめでたいじゃん」
 
本当なのか冗談なのかよく分からない話だ。
 
「何でしたら先生弾かれますか?」
「あら。私が弾いたら高いわよ」
「ツケから10億円引いておきますよ」
 
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「それなら弾いてもいいか」
と雨宮先生。
「よろしく」
と店長さん。
 
景気の良い話だ。
 
しかし雨宮先生は
「聞いたよね。冬、弾いといで」
と言う。
 
「先生が弾かれるのでは?」
「だって私は打ち合わせ中だもん」
「私も打ち合わせ中ですが」
「私が政子ちゃんと打ち合わせしておくからあんたは弾いてていいよ」
 
ということで、雨宮先生と政子に任せておいたら、どんな話になるかとっても怖かったのだが、私は出て行くとピアノの前に座った。
 
「何かリクエストありますか?」
と私が言うと
 
「何か適当なラテンナンバーを」
という声が掛かる。
 
「それでは『イパネマの娘』を」
と言って私はボサノヴァの名曲を弾き出す。
 
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イパネマ(リオデジャネイロの地名)で見かけた美少女のことをひたすら愛でる曲である。
 
私がその曲を弾いていたら客席に座っていた35-36歳くらいかなという感じの和服の女性が立って来て、私の弾くピアノのそばで踊り出した。私は「へー」と思ってそれを眺めながら演奏を続ける。彼女は和服姿ではあっても、ラテン系ダンスの心得があるようで手や身体の動きがしなやかで、和服を着ているとは思えない高速回転なども入る。彼女のダンスに客席からも歓声があがる。
 
やがて演奏が終わると大きな拍手が贈られた。私も拍手をした。
 
彼女がピアノの傍によって言う。
「私もリクエストしていいかしら?」
澄んだソプラノボイスだ。この人、歌を歌っても映えそうと思う。
 
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「はい。何にしましょう?」
「ベサメ・ムーチョとか弾ける?」
「はい。弾けますよ」
 
私はテーブルに座っている雨宮先生と政子が何か悪戯っぽい笑みを浮かべて乾杯などしているので、いな〜や予感がしたのだが、ともかくも、リクエストされたので、このメキシカン・ボレロの名曲を演奏する。ベサメはKiss meという意味。ムーチョはたくさんで、とてもセクシーでムーディーな曲である。
 
私がこの曲をオリジナルのスペイン語歌詞で弾き語りしていると、リクエストした和服の女性は最初曲に合わせて踊っていたのだが、その内、いきなり帯を解いてしまう。へ?と思いながらも演奏していたら、和服自体を脱ぎ始める。え〜?と思いながらも演奏と歌を間違えないよう意識をキーボードに集中する。彼女は着物を脱いでしまうと、更にその下の長襦袢を脱ぐ、更には肌襦袢まで脱いでしまう。
 
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ひゃーっと思って見ていたのだが、彼女はその下にブラとパンティを着けていた。そしてその格好でしばらく踊る。男性客の歓声が何だか凄い。あはははと私は顔が引きつりながらも演奏を続ける。そして曲がクライマックスにさしかかった所、彼女はとうとうブラを外してしまった。
 
その瞬間、客席がシーンと静まりかえる。
 
彼女の胸が真っ平らだったからである。
 
私は数回目をぱちくりさせた。彼女の胸の部分には通常の女性にあるはずの膨らみが全く無い。なんで胸が無いの〜?と思いながら、私はミスしないように頑張って演奏を続ける。
 
そして私が最後の音を歌った瞬間、彼女はパンティも脱いでしまった。
 
え〜〜〜!?
 
と叫びたくなった。そこには、紛う事なき男性のシンボルがぶらさがっていた、いやしっかり自己主張していたのである。
 
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客席はみな呆気にとられていた。
 
「ごめんなさーい」
と彼女(?)は男の声で言うと、脱いだ服を手に持ってお店の男子トイレ!に飛び込んでしまった。
 

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「あ、えーっと。商品を買う時って見た目に欺されてはいけないですね」
 
と私が言うと、やっと店の中に笑い声が発生し、和やかなムードになった。
 
すると政子が
「リクエスト!オーチンチン」
などと言う。
 
どっと笑い声が店内に響く。私はやけくそで弾き始めると政子がステージに上がって、歌い出す。
 
「オーチンチン、あのチンポコよ、どこ行った?」
と堂々と歌う。店内に爆笑が起きる。
 
私はこの歌を3番までで演奏終了しようとしたのだが、政子は「続けて続けて」と言う。それで仕方なく演奏を続ける。
 
「チンチンつまんだあの子がね、私もほしいとつぶやいた」
と堂々と歌っちゃう。
 
それで歌い終わると客席から
 
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「お姉ちゃんのちんちんはどこ行ったの?」
 
などと声が掛かる。すると政子は
 
「18歳の時に病院の先生に切ってもらったから、もう無いんですよー」
などと言っちゃう。
 
「お、すごーい」
「さっきのお姉様には全然かなわない、ちっちゃいのがあったんですけどねー」
などと政子は悪のりして言っている。
 
「なんで取っちゃったの?」
「だって朝起きた時ベビードールにテントが張ってたらみっともないじゃないですか」
「おぉ!」
 
「じゃ次の歌、『金太の大冒険』」
「おお!!」
 
もうこれで後は混沌としてしまう。雨宮先生も途中でステージに上がってきて
「金太、マスカット切った」
と大きな声で政子とデュエットする。
 
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その後は、『とってもウマナミ(マキバオーより)』『日本全国酒飲み音頭』、『ゆけ!ゆけ!川口浩!!』『君にジュースを買ってあげる』『踊れポンポコリン』とコミックソングのオンパレードとなり、大いにお店は盛り上がり、私たちのPVの打ち合わせはもうどこかに行ってしまった。
 

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結局その日は、私たち3人ともお代は要りませんということになった上で、雨宮先生はツケを10万円減額してもらったようである。
 
「先生、PVはどうしますか?」
「お店の子に頼んで、全部今日のステージ、私のスマホで撮ってあるけど、これ使う?」
「こんなの使ったら町添部長に叱られます」
「町添さんはヤバいな」
 
「でも『コーンフレークの花』って、男の娘のフレークちゃんを歌った歌なんでしょ」
「まあ彼女たちを見て発想した曲ですけどね」
「あれ、私にアレンジ任せない? 300万円でやってあげるよ」
「先生にしては上品なお値段ですね」
「色っぽくまとめてあげるからさ」
「日本国内で発売できるものになるのでしたら」
「これけっこう気に入っているのよね〜。いっそ今度のシングルのタイトルに使えない?」
「うーん。さすがにシングルのタイトルには弱すぎると思うのですが」
「だから私がアレンジしてあげるからさ」
「そうですねぇ」
 
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「そうだ。男の娘を歌った歌なら、さっきのオカマちゃんオンステージの映像は使えないかしら?」
「あの辺から撮ってたんですか?」
「私、あの子知ってたから」
「さすが男の娘コレクター。でもあの人、きれいな女声で話してましたね」
「あれはかなり頑張ってあの声を獲得したんだよ。努力の子だよ」
「へー」
 
しかし例のドーチェス・フロコスにしても松居夜詩子さんにしても、強制的に性転換されちゃった人ってのも世の中には居るんだなあと思うと・・・・
 
羨ましい!
 
と私は思ってしまった。
 
「だけど、それにしてもストリップをPVに入れたら18禁になっちゃいますよ」
「そうだなあ。だったら、豚か羊のストリップでもさせるとか?」
「へ?」
 
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「でもベサメムーチョという曲に私は新たなイメージを追加することになった」
などと翌日のお昼頃、政子はソファーに下着姿のまま転がってnonnoを見ながら言った。私はお昼御飯に焼きそばを作っていた。
 
「あの曲を書いたのはどんな人だと思う?」
「なんか女性っぽいんだよね。男が女の振りして書いたとは思えない。だから27-28歳くらいの女性かなあ」
「女性というのは正解。でも年齢は外れ。Consuelo Velazquezという女性作曲家だけど、これを書いた当時、彼女は16歳の誕生日直前だったんだよ」
 
「嘘!?」
「15歳とは思えない歌詞だよね」
「すごーい。さすがメキシコの女子高生は進んでる」
「とんでもない。彼女は当時セックスどころかキスも未経験。敬虔なクリスチャンだったから、キスなんて罪深いものと思っていたらしい」
「うっそー!?」
「まさに空想の暴走がなせるワザという感じの曲だね」
 
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「よし、冬、たくさんキスしようよ」
「いいけど」
 
それで政子は私を押し倒して!キスをたくさんする。
「冬ってキスもセックスも受け身だよね」
と政子が言う。
「悪い意味で女の子的だって、よく若葉や有咲に言われてた」
 
「あれ?冬、そういえば正望さんと最近いつデートした?」
 

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夏の日の想い出・ベサメムーチョ(1)

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