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■夏の日の想い出・ベサメムーチョ(2)
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目次 8
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などと言っていたら、その正望がやってきた。
近所のホテルで泊まり込みの特別講習を受けていたとかで、それが終わった所でこちらに顔を出したらしい。キャミ1枚だけという姿だった政子が慌てて部屋に飛んで行って服を着てきた。
「ごぶさたー。ごめんねー。全然会いに行けなくて」
と私は正望に謝る。
「いや、フーコ無茶苦茶忙しそうだもん。あ、美味しそうな匂い」
「今できた所なのよ。一緒に食べる?」
「うん」
それで3人で焼きそばを食べながら話す。焼きそばが目の前にある以上、政子はこの場を遠慮しておこうなどという気は全く無い。
「そうそう。司法試験の短答式合格、あらためておめでとう」
と私は言う。
「ありがとう。まあ短答式に通っても論文式に通らないとどうにもならないけどね」
と正望。
「その論述式っていのは、いつ試験あるんですか?」
と政子が訊く。
「もう終わってるよ」
「あれ?そうなんだっけ?」
「5月の中旬に4日掛けて、論文式を3日やった後で、短答式を1日やるんだよ。それで4日間の試験の最終日にやった短答式を先に採点して、ここで落ちた人は論文式の方は採点してもらえない」
「何か不思議な試験の仕方だね」
「偉い人の考えることは理解できない感じだね。まあそれで論文式の結果は9月8日に発表される」
「かなり先だね」
「やはり採点が大変なんだと思うよ」
「でも5月に試験して結果発表が9月って待ち遠しいね。その間何してんの?」
「勉強してるよ。自分としてはかなり感触が良かったから合格しているものと期待している。それで合格ということになったら11月下旬から修習が始まるけど、最初の1ヶ月で教えられることって、通常の頭脳ではとてもじゃないけどそんな短期間には覚えられないような内容なんだよ。だから今の内にちゃんと勉強しておく」
「そういうことを知らなかったら、そこでいきなり挫折か」
「そんなことも知らない人は法曹にはなれないってこと」
「情報戦なんだね」
「そうそう」
「でも修習始まったら全然時間無くなるんでしょ?」
と政子は訊く。
「うん。全く無い。お金だけどんどん掛かる」
と正望はチラっと私を見ながら言う。
「気にしないで。必要なお金は、生活費、参考書代、何でも出すから」
と私。
「ごめんねー」
「これってお金の無い人はとても弁護士になれないね」
と政子が言う。
「そうそう。それが結構問題なんだよ」
「苦しい人はバイトとすかるの?」
「バイトしながらの修習は無理。それでなくても無茶苦茶忙しいからね。そもそも司法修習生は国家公務員だから副業は禁止」
「副業禁止で給料は払わないというのは酷いなあ」
「だけど正望さん、合格していた場合、11月になったら全く時間が無くなるんだったら、今のうちに冬と一緒に旅行にでも行ってきたら?」
と政子は言い出す。
「うーん。でも私、時間無いよ」
と私は言うが
「冬はいつでも時間無いから一緒。私が予約してあげるよ。ハワイでも行ってくる?」
「こないだ半月海外に行ってきたばかりだし」
「うーん。じゃ国内かぁ。北陸新幹線開通したし、石川県の和倉温泉でも行ってくる?」
「私、新幹線開業の翌日に金沢でコンサートしたんだよね〜」
「そういえば私はまだ乗ってないな」
「マーサ、付いてくるの〜?」
「まさか。じゃ鹿児島の指宿温泉にでも行ってくる?」
「ああ。鹿児島も悪くないな」
「新幹線で行ってくればいいよ。東京から鹿児島まで行けるよね」
「まあ新大阪か博多で乗り換えれば」
「東京から鹿児島中央までの直通は無いの?」
「無い」
「作ればいいのに」
「そんなに長時間乗るのはしんどいよ」
「じゃ新大阪か博多で一泊する手かな」
「うん。あるいはその途中のどこかでね」
「あ、広島あたりで一泊して宮島でも行ってきたら?」
「それもいいかな」
「よし。私が手配してあげるよ。あ、正望さん学割利くんだっけ?」
「僕は学生じゃないから利かないよ」
「あ、法科大学院は学割無いんだっけ?」
「いや。法科大学院は昨年11月に退学したから」
「退学したの〜?」
と私と政子は言ったが
「ちょっと待て。なぜフーコまで驚く?」
と正望が言う。
「ごめん。私、聞いたっけ?」
「言ったはずだけど」
「ごめーん。その頃、たぶんアルバム制作とXANFUSの件とかでバタバタしてたんだ」
「冬、さっきも訊きかけたけど、正望さんと最後にデートしたのいつ?」
と政子が訊く。
「うーんと・・・いつだっけ?」
と私が悩んでいると
「去年の4月5日に夕食を一緒にとってホテルで一晩過ごしたのが最後かな」
と正望が言う。
「ひっどーい。じゃ、もう1年以上デートしてなかったの?」
「うーん。そんなにしてなかったっけ?」
「冬、そのうち正望さんに捨てられちゃうよ。もう今すぐデートしてきなさい」
「今すぐって!?」
「正望さんは大学院辞めたら、今何してるんだっけ?」
と政子が訊く。
「ずっと予備校に通ってるよ」
「法科大学院は出なくてもよかったの?」
「昨年のうちに予備試験に合格したからもう行く必要は無くなった」
「そんなものなんだっけ?」
「予備試験に合格したら法科大学院を卒業したのと同程度と認定されるから、わざわざ実用性の低い法科大学院の講義なんて受ける意味が無い」
「へー」
「だから予備試験に合格したら辞める人は多い。その段階で辞めなくても司法試験に合格したら辞める」
「なんで?ふつうは法科大学院の既修者2年生・未修者3年生で司法試験を受けるんじゃないの?」
「在学生には司法試験の受験資格は無い。法科大学院を卒業した翌年しか司法試験は受けられない。そもそも法科大学院2年生で在学中に司法試験を受けて合格した場合、司法修習は11月から始まるから、どっちみち卒業前に辞めざるを得ない」
「変な制度だ」
「同感。最終学年なら在学中に受けられるようにして、司法修習は卒業直後の4月から始めるべきだって気がするんだけど。それもあって法科大学院は人気が無い。そもそも講義内容が法律の実務から懸け離れたものが多い。結局大学には、裁判官や弁護士になれるような実用的な知識を教え、訓練ができるスタッフが居ないんだな。司法試験に合格するには予備校の方が大事。そして、みんな大学の学部生3年の時から毎年予備試験を受ける。僕も3年の時・4年の時と受けたけど通らなかった。昨年やっと予備試験に通ったんだよ。これが優秀な人は学部の3年生で予備試験に合格して4年生で司法試験に合格して、大学は中退して司法修習生になる。法曹の世界で最高に優秀な人の証しは《東大法学部中退》という学歴」
「面白〜い」
政子はそんな話を聞きながら、パソコンに向かってメールを打っていたようなのだが
「OK。チケット取れたって」
と言う。
「何のチケット?」
「冬と正望さんの指宿までの乗車券、今日の東京発広島行新幹線、明日の広島発鹿児島中央行新幹線、どちらもグリーン席、指宿の温泉旅館のスイートルームの宿泊クーポン、25日の鹿児島発羽田着の航空券。これはごめんプレミアム席が取れなかった。現地で可能ならグレードアップして」
「待って。今日なの!?」
「今すぐデートしておいでよと言ったじゃん。14:50発広島行き《のぞみ115号》。15分後くらいにチケット持って来てくれるらしいから、冬、着替えとか準備するといいよ」
「ちょっとぉ!」
「思い立ったら吉日だよ。行ってらっしゃい。JRだから、そこの恵比寿駅からそのまま乗れるよ」
「僕、着替え持ってないけど」
「うちに多少の着替えは置いてあるでしょ?後はコンビニとかで買えばいいよ」
そういう訳で私と正望はバタバタと送り出されて(政子が恵比寿駅までエルグランドで送ってくれた)、鹿児島まで3泊4日の旅に出ることになってしまったのであった。
私たちを送った政子は、そのまま銀座にでも出て、何か美味しいものでも食べようと思ったものの、まずは銀座まで行くのに渋滞につぐ渋滞で苦労する。
「なんでこんなにたくさん車がいるのよ〜!?」
などと言っている。
悪戦苦闘してやっと銀座まで来たものの、今度は駐車場の空きが無い。
「なぜどこも満車なの〜? みんなが少しずつ譲ればもう少し入らない?」
などと無茶なことを言っている。
結局空いている駐車場を探している内に、政子はいつの間にか水天宮の近くまで流れて来ていた。なぜそんな所まで流れて来たかは、政子にも分からない。
取り敢えず空いている駐車場があったのでそこに駐める。そしてせっかくここまで来たし、ということで水天宮の境内に入ってお参りをした。そして銀座まではどうやって行こうなどと考えながら参道を表の方に歩いていたら。向こうから見たことのある30代くらいの男性が来る。
政子は誰なのか思い出せなかったが、向こうがこちらを認めて声を掛けてきた。
「ローズ+リリーのマリちゃん?」
「あ。はい。あなたどなたでしたっけ?見たことあるなとは思ったんですけど」
すると、そんなことを言われたのが彼はショックだったようである。
「僕を知らないなんて、君はモグリかい? 僕は日本を代表する俳優の渋紙銀児に決まってるでしょ?」
「しぶし・・・・、えっと有名な方でしたっけ?」
これで向こうは更にショックを受けたようである。
「僕はこれでも昨年、一昨年と、日本アドリング賞にノミネートされてるんだよ」
「何か大きな賞ですか?」
「日本で最も権威のある賞だよ」
「ごめんなさーい。私、全然テレビドラマとか見ないので」
見ているのはアクアが出ている『ときめき病院物語』くらいである。政子は普段バラエティ番組と音楽番組くらいしか見ない。
「僕は低俗な番組だらけのテレビなんかには出ないよ。僕が出るのは映画だけ。基本的にギャラ2000万円未満の仕事はしないから。去年も『湘南海岸の傘』に主演したんだけど」
「ああ、その映画は見ました。じゃ、そのヒロインの女子大生を演じたのが、しぶしさんだったんですか?」
「ちょーっ。なんで僕が女の子役をしなきゃいけない。その相手役の宮様の役だよ」
「あぁ、そちらでした! 御免なさい。凄く上手に女装したんだなと思った」
「女装はしてみたい気もするが、さすがに女子大生に化けるのは無理」
「あ、女装したいんならお手伝いしましょうか?」
「いい!」
結局立ち話をしててもということで、渋紙さんがお参りしてくるのを待ってから一緒に近くの和食の店に入り、軽食(というよりもう17時なので実質夕食)を食べながら話をする。
「こちらにお参りに来たのは、おうちが近くなんですか?」
「僕の家は田園調布だよ」
「へー。なんか高級そう」
「2年前に20億円で建てた」
「わあ、お金持ち〜」
「まあその内18億円はローンだけどね」
「すごーい。2億円は現金で払ったんだ?」
こういう会話は渋紙さんも心地良いようである。
「18億円を何年ローンなんですか?」
「12年だよ」
「だったらボーナス併用無しの元利均等1%として月1327万198円かな」
渋紙さんは目をぱちくりさせる。
「君、今どうやって計算したの?
「あ、これ計算するんじゃないんです。このあたりにパッと浮かび上がるんです」
と言って政子は自分の右頭から数cmの付近に手をやる。
「君、面白いね!」
と渋紙さんはこの政子の特技を気に入ったようである。
「細かい金額は覚えてないけど、実際そのくらい払ってるよ。そうそう。ここのお参りにきたのは、今度漁村の娘と漁師の映画を作るから、水の神様に一度お参りしておいた方がいいかなと思ったんだよね」
「へー。漁村の娘の役をなさるんですか?」
「漁師の役だよ! ね、なんか、君って僕に女役をさせたがっている?」
「しぶしさん、女装がけっこう似合いそうな気がするし」
「君、趣味が変だね」
「よく言われます」
渋紙さんは、政子が自分のことを全然知らないようだというのに、最初は結構戸惑っていたものの、ふだんチヤホヤされるのに慣れているので、こういう相手と話すのは新鮮だったようである。それで、話は盛り上がり、彼は映画作りの話をあれこれ政子に話してくれた。それを政子が興味深そうに聞いて、しばしばとんちんかんな質問をするので、彼は呆れながらも丁寧に教えてあげていた。
ふたりの会話は結局2時間ほどに及び、
「何か楽しかったね」
「また機会があったら会いましょう」
などと言って、携帯の番号とアドレスを交換して別れた。
一方、私は東京駅から広島行きの《のぞみ115号》に乗り、19時頃に広島駅に到着した。(後で考えると、政子が渋紙さんと別れたのと同じくらいの時刻であった)
今回久しぶりの正望とのデートだったのだが、私は不覚にも新幹線の中で眠ってしまっていた。覚えているのは新横浜を出たあたりまでで、広島に着く直前に正望に「フーコそろそろだよ」と言われて身体を揺すられて目を覚ましたという状態だった。
「ごめーん」
「いや、疲れてるんだもん。仕方ないよ」
そんなことを言いつつも、私たちは改札を出て出口の方に向かう。正望が
「ちょっとトイレ」
と言って、駅構内の男子トイレに行ったので私もその隣の女子トイレに入ろうとした。するとそのトイレの中から思わぬ2人組が出てくる。ふたりとも凄く可愛い格好をしている。
「ローザ+リリンさん?」
「もしかして本物のケイさん?」
それは2009年以来、ローズ+リリーのそっくりさんで売っているローザ+リリンの2人であった。彼らは私とマリより2つ上で、このユニットを作った時はまだ大学1年生であったものの、現在既に25-26歳になるはずだ。
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夏の日の想い出・ベサメムーチョ(2)