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■夏の日の想い出・ベサメムーチョ(6)

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そして加藤さんが渋紙さんの事務所と連絡を取ったのだが、ここで困ったことになる。
 
向こうは交際を完全否定する記者会見には同意できないというのである。途中から町添さんが電話を代わったものの、向こうの意向は覆られなかった。
 
「渋紙君がこないだのデートでマリちゃんのことが好きになってしまった。だから交際したいと思っていると言うのだよ」
と町添さんは戸惑うように言う。
 
「え〜?そんなの困ります」
 
それで政子は直接渋紙さんの電話に掛けようとしたものの、町添さんに停められる。
 
「今直接交渉して、マリちゃんが渋紙君に口説かれてしまったら困る。取り敢えず今日の段階ではこちらとしては交際の事実は無いし、その意志も無いということを明言しよう」
 
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と町添さんは言った。
 
事はもはや個人の恋愛問題ではないのである。15億円のビジネスに関わる問題であり、多くの人の運命を巻き込む問題になってしまっている。
 

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そこで10時から、同時に★★レコードと、向こうの事務所とで始まった記者会見は奇妙なことになった。
 
こちらサイドでは、当日は偶然出会って立ち話をして、それでずっと立ち話をするのも何だからと言って、近くの和食の店に入り、(マリ的に)軽食を食べながら話の続きをしただけであり、交際の事実も無ければ、その意志もない。マリは当面誰とも恋愛や結婚をするつもりは無いと明言した。
 
しかし向こうサイドの記者会見では、渋紙銀児本人が「僕は先日のデートでマリちゃんが好きになってしまった。結婚したいと思っている」と発言する。「これまで何度会ったんですか?」の質問に対して「会ったのは1度だけだけど、まるで中学生のような気持ちで恋してる」と言った。彼はその後もマリへの思いを熱く語った。
 
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テレビ局はどこも、渋紙という大俳優の機嫌も、ローズ+リリーという今一番売れている歌手の機嫌も損ねたくないので扱いにかなり苦慮したようである。両者の会見の様子を単純に流し、コメンテーターも、慎重に発言をしてくれる人だけ指名して、できるだけ中立的なコメントを流していた。
 

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そして、これまでずっと毎日増え続けていたローズ+リリーの新譜の予約がこの日ピタリと停まってしまった。
 
ネットでは
「あれだけ熱烈にプロポーズされたら、マリちゃん、渋紙の愛を受け入れるのでは?」
「ちょっと話しただけなんて言ってるけど、間違い無くセックスしてるよな?」
「高校生じゃあるまいし、デートして食事だけってことないでしょ」
「食事した後はドライブしてホテルというコースじゃないの?」
 
「年末くらいにマリちゃんが結婚してローズ+リリーは解散するのでは?」
「サヨナラ公演はやはり関東ドーム3日間くらいかなあ」
 
などといった発言が並んでいた。
 
「ショック・・・・。マリちゃん好きだったのに」
「ああ、さよなら、僕のマリちゃん。とうとう他人の物になってしまうのか」
 
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などと嘆くような書き込みも大量に見られた。
 
そしてローズ+リリーの新譜を予約していたけどキャンセルしたいという問合せも全国のCDショップに寄せられ、ネット販売大手のアルテミスなどでは実際に大量の注文キャンセルが行われた。
 

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その後の一週間、私たちはアルバムの音源制作も中止して(実際、私自身もとても制作ができる精神状態では無かった)氷川さんや町添さんと電話で連絡を取りながら今後の対策について検討したのだが、妙案は出なかった。渋紙さんと話し合える人に密かに依頼して、発言を撤回してもらえないかと打診してみたものの、答えは否であった。
 
新譜のキャンセルは続いている。新曲のCMは流し始めたのだが、極めて反応が悪い。このままでは10万枚も売れないかも知れないという悲観的な見方も営業部では浮上しているという話であった。
 

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そんな騒動のさなかの13日の夕方のことであった。
 
私の携帯に電話があるが、見ると桃香である。
 
桃香からの電話は珍しいなと思いつつもオフフックする。
 
「こんばんは〜。どうしたの?」
「忙しい所申し訳無いんだけど、ちょっと相談があるんだけど」
「うん?何かな?」
「お金貸してくれないかな」
「へ?いくらくらい?」
「40万くらい貸してくれると助かるんだけど。ボーナスが出たら返すから」
「それはいいけど、どうしたの?」
「実は恋人が妊娠してしまって。中絶手術するのに手術代が無くって」
 
は?
 
私は少し考えた。
 
これってひょっとしてオレオレ詐欺じゃないよね? 私確か携帯に「桃香」という名前が表示されたのを見てから取ったはずと思い起こす。
 
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「あっと、ごめん。そちら誰だっけ?」
と私は尋ねる。詐欺であれば名前を言えないはずだ。
 
「え?私だよ」
「私って」
「桃香だけど」
「やはり、そうだよね。これオレオレ詐欺じゃ無いよなって考えちゃった」
「え〜?私が詐欺なんかする訳が無い」
「うん。桃香本人ならそうだろうけど。それで詐欺なら名前を名乗れないはずと思って、念のため名前を訊いた」
 
「あれ〜?そう言われたらこれってオレオレ詐欺のパターンかも」
「でしょ?」
「ごめーん。ちょっと焦ってたもんだから」
 
「でも恋人が妊娠って、桃香、おちんちんあるんだっけ?」
「残念ながら本物のおちんちんは持ってない。作り物のおちんちんなら時々付けてることもあるけど」
「それでどうして恋人が妊娠するのさ?」
「いや。別の男にレイプに近い形でやられて妊娠したんだよ」
「そういうことか」
 
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「こないだから様子がおかしいんで聞き出したら、3月中旬に会社の同僚の男性に残業中にほぼ無理矢理やられてしまって。それで妊娠していると言うんだよ」
 
「ほぼ無理矢理?」
「うん。最初は抵抗したらしいんだけど、途中で『してもいいけど痛くしないで』と言ったらしい」
「うーん・・・微妙だな」
 
レイプ事件の裁判でしばしば争いになるようなケースだ。男は同意の上だと主張するであろう。
 
「そのあと生理が来ないんでおそるおそる妊娠検査薬を試してみたら陽性。オレンジジュース2L飲んで再度試してみたけど、やはり陽性だったと。でもお金が無くて中絶できないと言うんだ」
 
「でも産んだらもっとお金掛かるよ」
「そうなんだけどね」
 
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「彼には妊娠のこと言ったの?」
「言いたくないというんだ。言ったら結婚を迫られるからって。元々が暴力的な男で一回だけデートした時もホテルには行きたくないと言ったら殴られたらしいんだよ。その時は周囲に人が居たから彼女は逃げることができたらしいんだけど。そういう男だから付き合いたくないと言うんだ」
 
「それでこっそり中絶したいのか。そもそも無理矢理するにしても付けずにするなんて言語道断。でも待って。3月中旬にしたセックスが元で妊娠したんなら、もうかなり妊娠は進んでいるよね?」
「うん。今もう5ヶ月目なんだよ」
「それって中絶できるの?」
 
「正確に計算してみたんだけど現在19週目なんだよ。法的には21週6日までは中絶できる」
「かなりギリギリだね」
「そうなんだよ。それで給料日まで待ってられなくて。最初に本人に電話させた所では断られた。でも2ヶ所目で私が途中から電話を代わって、レイプされたから中絶したいんだと強く言ったら、取り敢えず来なさいと言われた」
 
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「それって、会社辞めたほうがいいね」
「うん。私もそう言っている」
「住んでいるのはアパートとか?」
「うん」
「彼は実家の住所は知ってるの?」
「高知県というのは話しているけど、細かい住所は教えてないそうだ」
「だったら会社やめた後、引越もした方がいい」
「うん。そう思う」
 
「じゃ、取り敢えず中絶手術代貸すし、そのあとの引越代も貸してあげるよ」
「すまない。引越代は年末のボーナスで」
「そちらはその彼女に出世払いということにして貸しておくから」
「ありがとう。お金の受け渡しはどうしようか?」
 
「桃香今どこに居るの?」
「新宿まで出てきているんだけど」
「じゃ恵比寿までおいでよ。うちのマンションで渡すよ。場所わかるよね?40万くらいなら現金で持っているから」
「恩に着る。あ、それとさ」
「うん?」
「これ良かったら千里には内緒にしててくれない?この手術代は確実に今月中に返すから」
 
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私は苦笑したが
「うん、いいよ」
と答えた。まあ千里に内緒にしたいから私に頼ってきたのだろう。
 
「でも千里、まだ帰国していないんだっけ?」
 
千里は今月初めから、ユニバーシアードに出場するのに韓国に行っていたはずである。試合は昨日の決勝で日本が勝って終了したのだが。
 
「何か色々あって帰国は明日になるらしい。明日も帰ってきたらあちこちに報告に行って、帰宅するのはたぶん夜遅く」
「大変だね!」
 

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それで30分後に桃香は線の細そうな女性を伴ってマンションに来た。妊娠5ヶ月といってもお腹は目立たない感じである。それで40万円渡すと、桃香はその場で借用証書を書いた。
 
「冬は忙しいみたいだから、私がその病院まで送って行ってあげるよ」
と政子が言い、ふたりをリーフに乗せて送って行った。
 
病院では検査を受け先生は事情を聴いた上で、そういうことであれば中絶しましょうということになり、明日手術をすることになったそうである。政子は帰ってきてからかなり考えていたようであったが、やがて詩を書いた。
 
『狼からの逃亡』というシリアスな詩だ。羊が3匹草を食んでいる所に狼が忍び寄る。それで逃げ出すのだが、1匹は逃げ遅れて食べられてしまう。残りの2匹は友だちを失った悲しみに泣きながらも、もうあそこには怖くて草を食べに行けないねと話し合う。
 
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「何か救いの無い詩だなあ」
と私は感想を言う。
 
「今日はそういう気分なのよ」
「まあ、ちょっと今回は参ったね。ところで松山君との関係はどうなってんのさ?」
「今は言いたくない」
「分かった」
 
その晩、私たちは深夜過ぎまでベッドの中で睦み合った。政子は泣いていた。それは渋紙さんとの事で困って泣いていたのか、それとも松山君とうまく行ってなくて泣いていたのか、あるいは桃香の友人の不運に泣いていたのか、はたまた明日には消えてしまう小さな命に涙していたのか。
 

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その週、私たちは何度か★★レコードに出て行き、レコード店での情報やネットの書き込みなどの情報分析をしつつ氷川さんたちと色々議論した。
 
「今回、ちょっと難しい曲であったのもマイナス要素だったかも知れないなあ」
と加藤課長が漏らす。
 
「この曲でいいと言った私の責任です。申し訳ありません」
と氷川さんが言う。
 
確かに『内なる敵』はあまりヒット性のある曲では無かったかも知れないと私も反省した。あの時はやはりインパクトが凄かったので書いてしまったのだが、自分はあの時、セールスのことまで考えたろうか?と自問する。
 
町添さんも
「もうこうなったら、当面成り行きを見守るしかないでしょう。少しほとぼりが醒めたところで反転攻撃に転じましょう」
と言っていた。
 
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それで20日も★★レコードに行ってから、私と政子はぐったりして帰ってきて、晩御飯を作る気力もないまま、ソファーで伸びていた。するとそこにインターホンが鳴る。取材とかなら面倒だなと思って出ると、なんと千里である。
 
上にあげると凄い荷物を抱えている。
 
「旅行?」
「明日から合宿なんだよ。だからここを出た後、合宿所に行くから。今夜深夜に合宿所に入ることは、許可をもらっている」
「大変だね!こないだ帰国したばかりなのに」
「また海外だよ。24日からオーストラリア、1日からニュージーランド」
「大変だね!」
 
それで取り敢えずリビングのソファーを勧めると、千里は
 
「桃香がお世話になったみたいで」
と言う。
 
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「えっと何のことだろう?」
と私はとぼける。
 
「これ例の彼女から冬にって。退職金をもらったから、中絶手術代・引越代を返したいって」
 
と言って分厚い封筒を差し出す。私が受け取らずにいると千里は説明する。
 
「桃香が留守中に彼女のお母さんが来たんだよ。それで話を聞いてしまって」
「ああ、そういうことか」
 
「上司に事情を話して挨拶も無しに退職させてもらうことにした。それで会社では夏の賞与も払った上でその翌日付けの退職にして退職金も払ってくれたんだよ。だから給与日割り分と合わせて60万円ほどもらえたんだ」
「良かったね!」
 
もっとも中絶の費用はお寺さんの費用なども含めて最終的に70万円近く掛かっている。
 
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「結局彼女自身は新しいアパートへの引越を中止して田舎に帰ってしばらく実家で静養させることにしたらしい」
「それがいいかもね」
 
「例の彼の方にはこれ以上彼女に手出しができないように、私が処置しておいたから」
などと千里は更に言う。
 
「何したの?」
「別に。まあ彼も少し自分の生き方を考え直した方がいいだろうね」
 
うーん。千里って、というか青葉もだけど、時々怖いと思うことがあるぞ、と私は思った。特に千里は、青葉にはさせていない闇の部分を代わって実行している雰囲気がある。
 

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「桃香はちょうど会社の方の研修でこの連休は小豆島に泊まり込んでいるんだよ」
「ああ、それで」
「彼女は桃香には手紙を書くと言っていた」
「じゃ桃香も失恋しちゃう訳か」
「まあ桃香は毎年3人くらいに失恋しているから大丈夫だよ」
「うーん・・・・」
 
千里と話している内に私も少し気力が戻って来たので、取り敢えず冷凍ストックしている料理を少し解凍したり、インスタントラーメンを作ったりする。結局、3人でマルちゃんの麺づくりを食べながら、解凍したローストビーフや枝豆などを摘まみつつ話をする。政子も少し元気が出てきたようで、ファンの方からの頂き物のお菓子を出してきて開封する。
 
「この返してもらったお金だけど、私も少なからず関わっちゃったからさ、この内10万はその子に御見舞いとして渡してもらえない?私と政子から5万ずつということにして」
と私は言う。
 
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「私も実はそのお母さんに『こういう時は女同士の助け合いですよ』と言って、私と桃香の2人分と言って10万渡したんだけどね」
 
「そうそう。助け合い」
「じゃ実家の住所書くから冬が直接送ってあげてくれない?」
「うん。じゃ桃香からもらった借用証書は桃香のアパートに郵送しておくね」
 

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■夏の日の想い出・ベサメムーチョ(6)

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