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■夏の日の想い出・そして誰も居なくなった(6)
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その日まとめられた内容は、法務部の手で再度まとめ直され、この日の会議の出席者に回覧された上で、10月末の取締役会で承認の上、即日発効した。これに伴い、性別移行の届けを提出した社員は41名にも及んだ。9月に要望書に署名した人数の3倍である。
「こんなに居るとはって社長がびっくりしてた」
と私は加藤課長から聞いたのだが、同席していた政子は
「まだ届けを提出する勇気が出ないでいる社員さんが100人くらい居ますよ」
と言った。
「巷で言われたように今回のローズクォーツのアルバムの発売で性転換を決断した人が全国で数万人いたかも知れないね」
と加藤さんは言う。
「そして性転換する社員に対応しなければならなくなる会社もたくさん出てきますよ」
と氷川さんは言った。
私は以前から疑問を感じていた点を訊いてみた。
「こういうの訊くのはセクハラになることを承知ですけど、氷川さんってバイですよね?」
「うん、そうだけど。もっとも交際まで至った人は男女とも無いよ」
と氷川さんはあっさり答えた。そして悪戯っぽく付け加える。
「キスだけなら1度したけどね」
「氷川さん、そのキスした相手って女の子ですか?男の子ですか?」
と政子が訊いたが、氷川さんは
「ひ・み・つ」
とだけ答えた。
2014年10月10日(金)、ローズ+リリーの年末年始のツアー日程が発表された。
元々夏にツアーをやる予定が、アルバムの制作でキャンセルしたので、そのツアー中止を発表した時点でアルバムの制作が終わったら年末か年始に20ヶ所程度のツアーをやりますと約束していた。
この時点でローズ+リリーの『雪月花』は14曲中、9曲目の制作をしているところであった。それで、だいたい11月中には終わるのは確実と思われたので日程を確定させたのであった。
今回は21箇所である。
12月
12(金)那覇 13(土)熊本 14(日)宗像 19(金)松山 20(土)倉敷 21(日)富山 23(祝)長岡 24(水)河口湖 26(金)浜松 27(土)大宮 28(日)神戸 30(火)東京 31(水)福島
1月
1(木)札幌 3(土)名古屋 4(日)大阪 5(月)福岡 9(金)広島 10(土)仙台 11(日)幕張 12(祝)横浜
12月の12日から27日まで全国10箇所で2000-3000人規模のホールを回り、年末の28日から31日まで4日間に5000人規模の体育館、そして年明けてから1日から12日に掛けて巨大アリーナ8箇所である。(料金もホールは8640円、体育館とアリーナは6480円になっている)
14日は小倉での公演を考えていたのだが、他のレコード会社が外タレの公演のために既に押えていたので、福岡と小倉の中間くらいの地点にある宗像市の宗像リリックスという施設を使うことにした。福岡市・北九州市・久留米市・佐賀市などからのバスを運行する。
24日は平日であるが、河口湖近くにある2300人収容のテアトルエトワールで公演をして、東京・名古屋・松本・新潟など各地からの往復バスと、富士急ハイランドの入場券あるいは富士五湖の遊覧船のチケットとセットにしたチケット、あるいは富士五湖周辺の上品なホテルのランチ付き宿泊券とのセットも同時に発売する。クリスマスのデートにという趣旨である。
年内最終の福島公演は住所または勤務先が、東北6県または茨城・栃木にある人限定にして、料金も5400円と少し割り引いている。
最終日の1月12日は成人の日で、実はこの日使う会場も昼間は成人の日の式典が行われるのだが、そのあと急いでステージのセットを作り座席を整備して、夕方からライブをやるのである(入場に時間が掛かるので先に固定座席であるアリーナ席とスタンド席に客を入れながら、自由設置座席であるセンター席の椅子の位置を揃えるとともにPA/照明の設置をし、完了した所でセンター席にも客を入れる)。更にこの日成人式を迎える人を1000人無料でステージの後ろ側の席に招待することが、成人式側の主催者との話合いで決まっていた(成人式の日に当日抽選)。
その1000人分も含めたチケットの総発行枚数は合計で121,300枚に及ぶ。町添さんは『ローズ+リリー最初で最後の12万人ツアー』と銘打った。
「来年はもうこの規模のツアーはしないということですか?」
という質問が私の所に来る(そんな話聞いてなかったのに!)。
「今回は夏のツアーがキャンセルになったお詫びというのも兼ねていますので特別ということでご理解下さい」
と私はコメントしておいた。
発売もファンクラブ先行(抽選)で3万枚、一般先行(抽選)で3万枚売っておき、残りも11月8日に1月の巨大アリーナツアーのチケット(約4万枚)を売り、翌日11月9日に12月のホール・体育館のツアーのチケット(約2万枚)を売る計画である。8日,9日は先着順の普通の販売方法だ。
実はそのようなチケット販売のスケジュールから逆算するとどうしても公演日程は10月10日くらいまでには発表せざるを得なかったのである。
「全部売れたら8億2436万4000円か。凄いね。私たちいくらもらえるんだっけ?」
と会場と発売枚数のリストを眺めて政子が言った。
むろん政子は一瞬の暗算でこの数字を出しているのである。
「さすがに今回は売れ残りが出ると思うよ。もっとも私たちは売り切れるかどうかとは無関係に1公演300万円もらう。それをふたりで山分け」
ただしコンサートの経費はサマーガールズ出版と★★レコードの折半なので、赤字が大きければ、私と政子を含むサマーガールズ出版の出資者は間接的にそれを負担することになるし、黒字が出れば利益を受けられる。実際問題として巨大アリーナは掛かる経費も桁違いであり、ライブは半ばバクチだ。
「じゃ21公演で私のギャラは3150万円か」
「うーん。その程度だと思うよ」
「じゃそれでマイバッハ買えるかな」
「買えないと思うけど」
「マジで?」
「あれは最低価格が4000万円くらいだったはず」
「そんなに高いんだ!?」
10月11-13の連休、久々にクロスロードの集まりが伊香保温泉で行われ、青葉も富山県から出てきたが、高校の同級生・ヒロミちゃんを連れていた。彼女もMTFということであった。今回の参加メンツはこんな感じであった。
私・政子・奈緒、あきら・小夜子(2人の娘同伴)、和実・淳、桃香・千里・青葉・ヒロミ。
「この集まりって何か参加条件はあるの?」
と奈緒が訊くので
「女湯に入れること」
と私が言うと、奈緒は湯船につかっている一同を見渡して言った。
「確かに全員女湯に堂々と入っているけど、おちんちんがまだ付いてる人が3人ほどいる気がする」
「3人? そんなに残ってたっけ?」
と桃香が言うが
「私の見解でも3人だと思う」
と千里が言うので、誰と誰におちんちんが付いているかについては、その場ではあまり深く追及しないことにした。
「(スリファーズの)春奈はコンサートやってるんですよ。それと連れてこようと思っていた新顔の薫ちゃんって子は国体の練習で忙しいらしくて来られなかった」
と私は説明した。
「かおるちゃん?」
と桃香が訊くが、千里は知らん顔をしている。
「KARIONの和泉の先輩の友人でバスケットボールの選手なんですよね。ちょっと制作に協力してもらったんです。高校時代に去勢して女性ホルモン投与2年経過で女子選手として認められたんです」
と私は説明する。
「女子選手に転換したとしても、それで国体に出られるって、男子時代も結構強かったんでしょうね」
と和実が言うが
「彼女は男子時代は地区大会までしか出てないらしい。女子選手になった後、高校3年の夏にやっと道大会まで出られる許可が出て、全国大会に行ったのは大学に入ってから」
と私は説明する。
「じゃ、女子になってからむしろ伸びたんだ?」
「だと思う」
「余計なものがお股に無くなって、動きが軽やかになったんだったりして」
などと政子が言う。
「確かに付いてた頃は邪魔だったね」
などと千里は他人事のように言う。
「まだ付けてる誰かさん、さっさと取っちゃわない?」
と和実が煽る。
「待って。今仕事をとても休めない」
と淳は言っている。
「でもバスケットの国体選手か。凄いなあ」
と桃香。
「私も高校時代に・・・」
と桃香が言いかけたので
「バスケットしてたの?」
と和実が訊くが
「いや、バスケットの試合の応援でチアリーダーやったことある。皇后杯とかいうので東京まで来たよ」
と桃香は言う。
「皇后杯に出られるって、桃香の高校、バスケ強かったんだ?」
とあきら。
「1回戦で負けたけどね」
「いや、皇后杯はプロが参加する大会だから高校生で1回戦を勝てるチームは全国でもトップクラスの所だけ。それも組合せの運次第」
と和実は言う。
「桃香、運動神経良さそうだから、チアもできるかも知れないけど、バスケもできそうなのに」
とあきらは言うものの
「私の身長ではバスケットとかバレーは無理」
と本人は言う。
「バスケットでもポイントガードはそんなに背が高くない人の方が多いよね」
と和実。
「ごめーん。私、そのバスケットのポジションの名前、全然分からなくて。フォワードとかディフェンダーとか」
「フォワードはパワーフォワード・スモールフォワードとあるけど、ディフェンダーというポジションは無いな」
「あ、そうだっけ?」
「試合とかあまり見ない?」
「そのチアをした時だけ見たんだよ。何か遠くからボールを網に放り込んだら5点入るというのもそれまで全然知らなかった」
「5点じゃなくて3点」
「あれ〜〜?そうだったっけ?」
千里はただ微笑んでいるだけである。なるほど桃香はそういうのに全然興味が無いから、千里がバスケをしていても気付かなかったのかと私は納得する思いであった。
お風呂に30分ほど浸かっておしゃべりを楽しんだところで、青葉が言った。
「奈緒さんにお願いがあるのですが」
「ん?なあに?」
「実はヒロミの身体を診察してもらいたいんです」
「私、まだ医師免許持ってないよ」
「知り合いの女性に身体を見せるのは別に問題無いですよね」
「うーん。見るだけならいいけど、なんで?」
「最初に奈緒さん、おちんちんが付いてる人が3人いる気がするとおっしゃいましたよね。それってヒロミがカウントされているんじゃないかと思うのですが、実はヒロミ自身、自分におちんちんがあるかどうか確信が持てないらしいんです」
「どういうこと?」
「自分の身体に不安があって、一度婦人科に行って診てもらったらしいんですよ」
「ほほぉ」
「それで内診までされた上で異常ないよと言われたということで」
「それって、完全手術済みってことじゃないの?」
「ところがヒロミ自身はごく最近でも夜中寝ぼけていて、おちんちんで男の子みたいに自慰をした記憶があるというんですよね」
「それってタックしているというだけなのでは?」
「それで内診はできないでしょ?」
和実が考えるようにして言う。
「私、手術前にあるはずのない子宮や卵巣がMRIの画像に写ったことがあるんだけど、それに似た状態なのでは?」
「うん。実はそれを考えたんだよ。それでどうも土地の影響もありそうだからさ、富山県から離れた場所で、しかも私が近くに居ない状態で彼女の身体を診てあげて欲しいんですよ」
「じゃこの旅館ではダメだな」
「それなら車を運転して、高崎付近まで行って、そこで診るのがいいのではないかと思う」
とあきらが言う。
「私が運転していけばいいのね?」
と奈緒。
「ええ、お願いできれば」
「車は私のフィールダーを使ってよ」
と私は奈緒に言った。
「時間がかかりそうだから、御飯食べてから行けば?」
と政子が言うので、そうすることにした。
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