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■夏の日の想い出・浴衣の君は(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-11-16
 
2009年5月31日。高校3年の初夏。
 
朝爽快に目が覚める。汗を掻いているので下着を洗濯済みのベージュのショーツとブラジャーに交換する。タンスの中には男物の下着も入っているけど・・・・最後に男物の下着を着けたのいつだっけ?と考えたが分からなかった。中学生の頃は、あたかも使っているように装うのに、使ってもいない男物の下着を洗濯機に放り込んだりしていたが、ムダだからやめなさいと母から言われて今はそういう偽装工作もしていない。でも母は一応私の身体のサイズに合いそうな男物の下着を時々買ってくる。それは使われないまま、私のタンスの中に収納され、タンスの大半は男物の下着で占領されている。
 
Tシャツとショートパンツを穿き、台所に出て行って朝御飯を作っていると父が起きてきた。日曜日ではあるが父は出勤するので御飯を出す。父が御飯を食べている間に私はお弁当の用意をする。
 
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「お前さ・・・」
と父が言う。
「どうしたの、お父ちゃん?」
と私が首を傾げて訊くと、父は何だかドキっとした雰囲気。
 
「お前何だか色気あるな」
「そう?」
と言って、私は吹き出した。
 
「いや、そんな話じゃなくて、お前、それ胸があるみたいに見えるけど」
「パッドだよぉ。いつもしてるじゃん」
「そうだっけ」
 
父が食べ終わると、お弁当を渡して送り出す。父とは結局あまり会話が無い。二言三言言葉を交わす程度である。その後、母が起きてくるので一緒にあれこれしゃべりながら御飯を食べる。姉はたぶん10時くらいまで寝ている。日曜日の普段の我が家の光景だ。
 
「私、大学に入ったら独り暮らしするから、お母ちゃん大変だと思うけど、お父ちゃんのお弁当お願い」
「うん。何とか頑張ってみる。萌依がやってくれるといいんだけどねー」
「お姉ちゃん、カレー作るのも自信無いというしなあ」
 
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私が御飯の後、高校の女子制服夏服に着替えて出かけようとしていたら母が
「あら、もう衣替えだっけ?」
と訊いた。
 
「本当は明日からだけど、もういいかなと思って」
「あんた結局冬服の女子制服は作ってないんだっけ?」
「そうだねー」
「この秋以降、半年くらいだけになるけど、秋になる前に作る?」
「ううん。別にいいよ」
 
「ところで今日はどこに行くの?」
「青山の★★スタジオ。今日は(蔵田さんの)創作のお手伝い。いつものように電話は電源落としておくから連絡付かないけど御免ね」
 
「あら、昨日行った所とは違うんだ?」
「昨日は渋谷のKスタジオで別のユニット(KARION)の楽曲制作。これはボクが作曲者だから」
 
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「あんた歌手はやってないというけど、何だか忙しくしてる」
「小学6年生頃から、こんな感じだったじゃん」
「まあ、確かにそうだ。でも成績は下がってないみたいだし」
「一応安全圏だけど、気は抜いてないよ」
 
「でもあんた、スカートでは外出しないという、お父ちゃんとの約束は?」
「あ、えーっと、じゃお母ちゃん、許可お願い」
「まあ、いいよ。あんた許可しなかったら、女の子の服を持って出て外で着替えるだけだし」
「えへへ」
 

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KARIONのメンバーは全員大学進学を希望していたので、9月以降は受験勉強のため休養期間に入ることになっていた。
 
「結局、みんな、どこ受けるの?」
と5月下旬に私は尋ねた。
 
「冬とマリちゃんが△△△を狙っているというからさ、私たちは対抗して□□を目指そうと言ったんだけどね」
と和泉。
 
「そんな雲の上の大学、私には無理〜」
と小風。
 
「で、結局3人でM大学を目指そうかと」
「ほほお。でもM大学だって、充分一般には上位の大学とみなされている」
 
「小風の成績、4月の模試ではM大学D判定」
「ああ。それは頑張ればいいよ。マリだって、去年の春に唐突に△△△を目指しますなんて言い出した時点では、E判定どころか、だいたい赤点ギリギリ、学年最下位の成績だったんだから」
 
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「4月の模試の成績は?」
「C判定だけど、あと5点あればB判定って所」
「頑張ったね!」
「マリが特に成績上げたのは、ローズ+リリー始めてからなんだよ」
「すごっ」
 
「ということ言ったら、小風も気合い入るよね?」
「マリちゃんには負けられん」
「うん、頑張れ」
 
「和泉は安全圏でしょ?」
「まあね」
「美空は?」
「4月の模試ではB判定」
「気を抜かずにちゃんと勉強すれば行けるね」
「うん」
 

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月が変わって2009年6月。
 
この時期、ローズ+リリーの「獲得」を目指して7つのプロダクションが競争していたが、その中でも本命はやはり△△社と∴∴ミュージックであった。△△社はローズ+リリーと昨年「暫定契約」をして、私と政子のローズ+リリーとしての活動のベースとなっていたプロダクションであり、∴∴ミュージックは私が元々関わっていてKARIONの活動をしていたプロダクションである。
 
ところで私がローズ+リリー以前からKARIONに関わっていたことを、これまで△△社の津田社長に言いそびれていたので、6月12日(金)、私は学校が終わった後、女子制服に着替えて△△社を訪問した。
 
「冬ちゃんの女子制服姿って初めて見た!」
などと甲斐さんから言われた。
 
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津田社長とふたりだけにしてもらい、私は大事な話があると言った。
 
「うちに獲得競争から降りてくれという話なら聞かないからね」
と津田さんは笑いながら言う。
 
「実はこちらと例の契約をする以前から、ちょっと関わりのあった事務所があったんです」
 
と言うと津田さんは驚き、そういう話はやはり最初の時点でちゃんとしておいて欲しかったと言った。私はそれを謝罪し、そちらの事務所でもここ1年半ほど、あるユニットに深く関わり、伴奏やコーラス、そして楽曲の作曲などをしていたことを明かす。
 
この時点では津田さんも「へー、作曲もしてたのか」という感じで聞いていた。
 
「でも、なんか有名なユニット?」
などと津田さんはケーキを食べながら尋ねる。
 
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それで私は
「社長は KARION というユニットはご存じでしょうか?」
と訊いた。
 
その瞬間、津田さんは仰天したような顔をし、むせかえった。
 
私はびっくりしてテーブルの向こう側に回り、津田さんの背中をさすった。
 
その後、電話が掛かってきて話がいったん中断したものの、津田さんは電話から戻ってくると
 
「KARIONなんだ!」
と再度驚いたように言った。
 
「そしてKARIONの曲を書いている水沢歌月というのが私です」
「そうだったのか!!」
 

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それで、私は津田社長に、一度∴∴ミュージックの畠山さんと会ってもらえないかとお願いし、津田さんは了承して、週明けの6月15日(月)、ふたりを都内の料亭で引き合わせた。
 
ここで両者の間に密約が結ばれることになる。
 
前提として、私(とその両親は)は政子(とその両親)が契約に同意した事務所と一緒に契約するものと考える。実際、うちの両親は許容的だった(というか諦めていた)し、政子のお母さんも柔軟になっていたのだが、政子のお父さんがなかなか手強い感じであった。
 
それで、もし△△社が契約に成功した場合もKARIONに私が関わることは容認する代わりに、∴∴ミュージックが契約に成功した場合も私と政子が△△社と友好関係を持ち続けることにしようというものである。
 
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私はこの密約に基づき、津田社長の同意の下、KARIONの活動に正式に復帰することになったし、また△△社のアーティストkazu-manaに、私と政子の作品を「鈴蘭杏梨」の名義で楽曲提供することになった。
 
また密約では、恐らく実際にローズ+リリーと契約に成功する確率がいちばん高いのは、現在謹慎中の須藤さんが、マネージング活動復帰後に設立するであろう会社だろうから、その場合、両者はその会社に資金提供する代わりに制作にも関わっていく体制を作ろうという話もした。
 
「実は私、先日タイまで行って、政子さんのお父さんと会ってきたんですけど、やはり例の騒動で須藤さんにかなり迷惑掛けたし、あの人が全部自分の責任ですと言って泥をかぶってくれたから、自分はもし娘が再契約するなら須藤さんがいいと思っている、とおっしゃるんですよね」
と畠山さんは津田さんに言った。
 
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「それはうちも同様だな。本当は僕こそが責任を取って社長を辞任すべきだったかも知れないけど、須藤が自分の独断でやったことで、上司も知らなかったとテレビで言ったから。まあ、本当に直前まで知らなかったんだけど」
と津田さん。
 
津田さんが契約書に保護者の署名捺印が無いことを知ったのは、週刊誌の報道があった2日前だったらしい。そろそろ年末だし、挨拶が後先になってしまったが、マリとケイの御両親にお歳暮でも持参して挨拶して来ようなどと言って須藤さんから「実は・・・」と言われ、驚愕したらしい。
 

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この△△・∴∴2社の密約には、★★レコードの町添部長も引き込むことになる。一方で、私と政子の個人事務所(著作権や原盤権などの管理会社)の設立については、別途、★★レコードの松前社長や○○プロの丸花社長たちのグループで進めていた。それで私は町添さんと松前さんの双方に打診して、この2つのプロジェクトを統合し「ファレノプシス・プロジェクト」として本格稼働に至るのである。
 

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ところで津田社長であるが、私がKARIONに関わっていたことを聞いた数日後、お姉さんの津田アキさん(私が通っている民謡教室の先生で、○○プロの大株主)と会ったので、
 
「いやびっくりした。ケイちゃんってKARIONをずっとやってたんだって」
などと言ったら
 
「なぜ、お前がそんなことを知らない?」
と言われたらしい。
 
「ちょっと待って。だったら誰がそのこと知ってるの? 浦中さんも承知?」 
「さあ。浦中さんとそのことを話した記憶は無いなあ。丸花さんは知ってるし、町添さんも知ってる」
 
「なんで僕に誰も教えてくれなかったんだぁ!?」
 
「当然知ってるものと思ってたからじゃない? ケイがKARIONの準メンバーの柊洋子と同一人物では?というのはKARIONのファンサイトにもよく書かれてるし、私は暗黙の了解なのかと思ってた」
 
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「えーー!?」
 

「あと、元々冬ちゃんについては幾つものプロダクションが何年も取り合っていたからさ、もしどこかが契約に成功したら、契約した所は他のプロダクションに合計3億円の移籍金を払うという密約もあったんだけどね」
と津田アキさん。
 
「3億〜!?」
と津田邦弘社長は絶句する。
 
「いや、あの子を専属に出来たら3億なんて1年で取り戻せる」
とアキさん。
 
「・・・かも知れん」
 
「まあ、連盟の会議でマリとケイはどこの事務所にも属したことのないアーティストと認定されちゃったから、それの請求も出来なくなっちゃったけど」
 
「怖〜。でもちょっと申し訳無い気もするな」
 
「申し訳無い気がするなら、お前もちょっと『悪い相談』に一口乗らない?」
 
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「ん?」
 

という訳でともかくも、私は6月の下旬以降、津田社長も承知の上でKARIONの活動ができるようになったのであった。もっとも、ローズ+リリーの事務所帰属問題が決着するまでは、あまり表だった所では演奏しないでくれと言われた。
 
さて、ゴールデンウィークのツアーの最中に、和泉が次のアルバムはSF映画スターウォールをネタに作ろうという提案をし、レコード会社を通して権利者に打診してみたところ、意外に安価な権利使用料で、使用の許可が降りてしまった。その背景にはちょうどこの時期、このシリーズのアニメが日本国内で放映されていたため、そのプロモーションになると判断してもらえたのがあったようである。
 
ただ、色々制限は付けられた。
 
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特に物語世界の「夢を壊す」可能性のある行為は厳しく禁じられていた。禁止項目のリストは英語でたっぷり1000行を越える文章が書かれていて、読み通すのが大変だった。もっとも、多くは常識的なものである。
 

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