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■夏の日の想い出・浴衣の君は(6)
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目次 8
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「楽器結構濡れた?」
「後で状況を確認する。場合によっては金沢では別の楽器を手配する」
一応演奏している場所には屋根があるのだが、雨風がかなり吹き込んで来ていた。
「フルート大丈夫ですか?」
「平気です。この子はこれまでも何度も雨に当ててますが問題起きてませんから。安物の強さです」
「高価な楽器は使えませんよね」
「もし調子がおかしくなったりしてメンテが必要になったら連絡してください。費用は出しますので」
「分かりました」
全員服はかなり濡れているのですぐ着替える。
この後の予定を確認する。TAKAOさんたち5人はこのまま次の演奏地金沢に移動するということだった。21:30越後湯沢発の《はくたか》に乗るとのことで、それまでフェスを見学しているということだった。ホテルには0時過ぎに到着することを連絡しておく。
和泉たち3人とコーラスの子たち、サポートのグロッケンとフルートの人はいったん東京に戻るということで望月さんが和泉たちに、三島さんがコーラスの子たちに付きそうことにする。夢美と響美は明後日までに金沢に着くように適当に移動するという話だった。畠山さんと男性スタッフは楽器の配送を手配した後いったん東京に戻る。
私はみんなと別れて1時間ほどフェスの会場を見学した後、17:10頃シャトルバスの所に行った。5分ほどで政子も来た。
「楽しめた?」
「うん。結構面白かった」
「その内ステージの方に立とうよ」
「それもいいなあ」
「フェスのステージに立ったら超絶快感だから」
「まるで経験があるみたい」
「実は今歌ってきたんだよ」
「冬は嘘つきだからなあ」
「うふふ」
バスで越後湯沢駅まで行き、上越新幹線の下りに乗って長岡まで行く。そしてそこのスタジオで私と政子は「声を変形するエフェクター」を使い、私たちが歌っているとは分からないようにして歌った音源を作成した。
その日最終の新幹線で東京に戻る。そして翌日、朝から政子の家を訪問してバナナマフィン作りをした。
その夜私は町添さんの自宅を訪問し、昨夜政子と2人で作った音源を聴いてもらった。最初町添さんは私たちが歌っているとは気付かず
「お友だちのユニットか何か?」
などと訊いた。
実は私と政子の声であることを明かすと本当に驚き、★★レコードの技術陣に誰が歌っているのか当てさせてみると言った。結果は技術陣は当てることができず、それでローズ+リリーの「変声ユニット」ロリータ・スプラウトのプロジェクトが始動することになる。
さて、町添さんの自宅を訪問した翌朝、私は羽田空港に行き、和泉たちと合流して、小松まで普通のエアバスA320に乗り移動した。昨年11月にはF15でこの空港に降り立ったことを思い出すとちょっと懐かしい思いさえする。
あれはもう勘弁して欲しいものだ!
お昼前に会場に入るが、TAKAOさんたちは既に来ていた。夢美たちやサポートミュージシャンの人、コーラス隊はまだだったが簡単に打ち合わせ、それからお昼にした。
お昼は美空の希望で富山の鱒寿司にする。私と和泉・小風の3人で1つを分けあって食べ、美空はひとりで2つ食べて満足そうにしていた。
苗場で雨に濡れた楽器だが、どれもトラブルは起きていなかった。ギターなども大丈夫だったし、ドラムスの皮なども演奏後すぐに丁寧に拭いたのもあるのだろうが、問題無かった。
金沢のライブは基本的に札幌と同じ方式で進行する。前半ではダークベイダーのコスプレをしてキーボードを弾き、後半は響美さんをダミーの演奏者にして私はロケットのセットの中で演奏した。もちろん歌にも参加した。
その日は金沢で泊まり、翌日はサンダーバードで移動して神戸で公演する。新幹線で東京に戻り、30日はオフである。オフの日は私や和泉は自動車学校に通い、小風は塾に出て行っていた。
31日は飛行機で福岡に移動してライブ。終了後福岡空港から那覇に飛んで那覇市内で泊。8月1日は那覇公演である。その日はそのまま那覇で連泊。翌日朝の便で大阪に移動し、大阪ライブをして8月3日からはシングルの音源制作に入る。
この音源制作にも夢美は参加してくれた。今回も私がキーボード、夢美がヴァイオリンである。
11月に出す予定のシングル『愛の夢想』(c/w『奈良橋川』『スノーファンタジー』)、2月に出す予定のシングル『愛の経験』(c/w『涙のランチボックス』『桜咲く日』)を一気に制作する。
『スノーファンタジー』には超絶キーボードプレイに加えて、超絶ヴァイオリン・プレイがあり、譜面を見た時夢美が「何これ〜!?」と叫んだ。
「冬さぁ、自分で自分の首を絞めてるでしょ。こんな譜面を書けば結果的に冬は演奏スタッフから離れることができない」
と夢美は言うが
「ふふふ。それが目的さ」
と私を乗せてこういうスコアを作らせた和泉が言う。
「だけどこれは夢美ちゃんが居ないと実演できないな」
「冬、キーボード弾きながらヴァイオリン弾けないだろうしね」
「それはさすがに無茶」
実際、音源制作は3日間でほぼ終わり、6日木曜日の午前中に少し追加で録音をしただけでその日の午後と7日はお休みとなった。
「1日おいてはまたライブか」
「でも8日は30分だけだから」
「14:00からのステージだから、13:00集合で」
「僕は11:00に新宿のオフィスを出てワゴン車で会場に向かうから、5人くらいはそれに同乗できる」
と畠山さんが言うと
「あ、乗せて下さい」
とSHINが言っている。
「蘭子はどうやって行く?」
と小風から訊かれるが
「それがさ・・・、実はマリが横須賀ロックフェスティバルのチケットをもらってきて、成り行き上、一緒に行くことになってしまって」
「なーんだ。同じ場所に行くんなら問題無い」
と小風は言ったが
「ちょっと待って。横須賀ロックフェスティバルなの?」
と畠山さん。
「ん?私たちが出るのは?」
「横須賀歌謡フェスティバル」
「違うイベントなの〜〜?」
「横須賀音楽振興会が主催するのが横須賀歌謡フェスティバルで、横須賀ミュージック振興会が主催するのが横須賀ロックフェスティバル」
「紛らわしい!」
「3年くらい前から始まったんだけど、始める時にそもそも主催者内で対立があって分裂したんだよ。それで毎年両者で同じ日にイベントをやっている」
「意地っ張りだなあ」
「お客さんもしばしば間違って反対側に行っちゃう」
「お客さんもだろうけど、出演者も間違えません?」
「まあ、そういう事故もあったことがある」
「でもなぜそんなチケットをもらう?誰からもらったの?」
「えっと、△△社さんなんですけど・・・」
「ちょっとさすがに津田さんに文句言っておこう」
などと畠山さんは言う。
(この件、後で聞いたのでは実は私たちに歌謡フェスティバルのチケットを渡すはずが、どこかで間違ってロックフェスティバルの方を渡してしまったらしい。津田さんが平謝りしていたらしい。なお翌年から両フェスは統合され「サマー・ロック・フェスティバル」の名前になる)
「でも横須賀市内なら移動できるでしょ」
「そちらの会場から、私たちが演奏する時だけ抜け出して来てよ」
「あはは」
「いや実際両方の伴奏を掛け持ちする人もあるんで、短時間で移動できる優先ルートが確保されている。それを利用できるようにしてあげるよ」
「お手数お掛けします」
2009年8月8日。朝から政子・礼美・仁恵と落ち合って電車で横須賀に向かう。琴絵も誘ったのだが「私は音楽を聴いたら眠る」と言うのでこの4人での行動になった。
横須賀ロックフェスティバルの会場に入る。午前中は一緒に出演者の演奏を聴く。お昼休みにお弁当を買ってきて斜面に座って食べていたら、甲斐さんと会い、チケットの御礼を言っておいた。
午後の演奏が始まってすぐに私は政子に
「ちょっと気分が優れないから隅の方で休んでる」
と言った。
「どうしたの?生理痛?」
「うん。それもあるけどね」
と私が答えると礼美がポカーンとしていた。
取り敢えず手を振って政子たちのそばを離れる。甲斐さんが良い席を用意してくれていて、前の方のブロックで見ていたので、運営本部に近いブロックである。私は伴奏出演者を表す黄色のバックステージパスを見せると、スタッフ専用の入口まで行った。
ここに「歌謡フェスティバル」と「ロックフェスティバル」の会場間を結ぶシャトルバスが停まっている。13:15発で、歌謡フェスの会場には5分で着いた。両会場間を結ぶことができる林道を、この日イベントスタッフ専用にしてくれているのである。普通の車で普通の道で移動しようとすると倍以上掛かる。
私はシャトルバスを降りるとすぐにステージ裏に駆け付ける。
「遅いぞ」
「ごめーん」
「遅刻した罰で今日は逆立ちしてキーボード弾いてもらおう」
「無理だよぉ。逆立ちするのに手を使うもん」
「だから足で弾く」
「無茶な!」
最初からパフォーマンスに徹している「エアーバンド」は別としても、バンドの一部の演奏者がダミーであるというのはよくあることである。特にアイドル系のバンドや一部のガールズバンドには、しばしば陰の演奏者がいることもある。また年齢が高くなって技術力の衰えた往年の名演奏者に実は吹き替え演奏者がいることもある。
このフェスでは2012年以降、その手の陰の演奏、音源使用、マウスシンクなどの類が原則禁止されたのだが、この時期はまだその手の行為は行われていた。それで、陰の演奏者のための隠しステージまで用意されていたのである。
それでこの年のKARIONの演奏では、舞台上に響美さんが上がり、私は隠しステージに設置したグランドピアノと電子キーボードを使って演奏することにしていた。
私たちの前の演奏者はひどかった。女の子6人のユニットで、ギター3人とショルダーキーボード1人にボーカル2人という構成だったのだが、実際には誰も演奏せず誰も歌っていない。隠しステージにギター・ベース・キーボード・ドラムスというふつうのバンド(全員男性)と2人の女の子のボーカルが居て、そこで演奏し歌っていたようである。
まあよくあることなので、誰もそれを噂に立てたりはしない。もっともデリケートな部分もあるのでお互いに顔を合わせないようにコントロールはしてくれている。私は帽子をかぶって雰囲気を変えた上で、前の隠し演奏者(というより実際問題として演奏の本体)が引き上げた後スタッフの指示で中に入り、スタンバイする。モニターに注視する。
和泉たちがステージに上がる。「こんにちは! KARIONです」という挨拶は私も一緒にヘッドセットマイクでする。
最初いきなり『優視線』を演奏する。ピアノの難しいソロを私はグランドピアノできれいに弾きこなす。歓声があがる。気持ちいい!
その後『遠くに居る君に』でもまたピアノの難しいパートがある。また歓声をもらう。その後、『水色のラブレター』『愛の悪魔』『渚の恋人たち』と演奏。初披露となった『スノーファンタジー』では、私の超絶プレイと、夢美が弾いてくれたヴァイオリンの超絶プレイにも拍手が来る。そして最後は響美さんも実際に弾き私とツインキーボードで『コスモデート』を演奏してステージを終えた。
隠しステージから降りて帽子をかぶり、本ステージの方から降りてきた和泉たちを迎える。和泉・小風・美空、そして夢美ともハグした上で私は会場を後にした。
またスタッフ用のシャトルバスでロックフェスの会場に戻る。そして政子たちの所に戻ったのが、15:00であった。2時間近く政子たちから離れていたことになる。
「冬、随分長時間休んでいたね。大丈夫?」
「うん。寝てたら体力回復した」
「受験勉強のしすぎ?」
と礼美から訊かれる。
「そうだね。ここのところ毎晩夜遅くまでやってたから」
「生理の方は3日目くらい?」
と政子。
「まだ2日目」
と私が答えると、礼美はマジで悩んでいた。仁恵は呆れたような顔をしていた。
しかしこの時期は実際 KARION, ローズ+リリーだけでなく、いろんな音源制作が同時進行していたので、たくさんスコアを書いたり音源をまとめたりして、ほんとに忙しかったのである。それまで使っていたCubaseだけでは間に合わないので、最新のパソコンと大型LCDを買い、とうとうProtoolsも入れて作業していた。
母が
「あんたの部屋、何か落として壊しそうでうかつに入れん」
とよく言っていた。
「そう簡単に壊れないから大丈夫だよ。停止しているハードディスクは落としても平気」
「でもあんた受験勉強してるの?」
とマジで訊かれた。
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