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■夏の日の想い出・浴衣の君は(4)
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「でもこういう方式にすると、君たちの収入は減るけど、いいの?」
と畠山さんは最終確認をする。
「私はそれでいいです。リーダーの役得でラジオや雑誌への露出が多くてその分の出演料も頂いているし」
と和泉が言ったので
「私はローズ+リリーの分も入るし、鈴蘭杏梨の分も少しだけど入ってくるはずだから、そのくらい減っても大丈夫」
と私も言う。
すると、私の言葉に和泉がピクッとした。
「・・・鈴蘭杏梨って、冬なの?」
「マリ&ケイだよ。知らなかった?」
「知らなかった! 雰囲気似てるなとは思った!」
24日朝。私は一応父のお弁当を作り送り出した上で、姉を起こして3日分(25-27)のお弁当のおかずを冷凍したものを見せて「チンして入れればいいから」と言い、羽田に向かった。姉はホントに不安そうな顔だった。
「御飯はホカ弁で買って来て詰めようかな」
などと言っていた。
姉が御飯を炊くとだいたい水加減が適当で硬かったり、おかゆになっていたりしがちである。
9:00のANA 55便(747-400)で新千歳に向かう。空港でパンを買って少し早めのお昼御飯にし、電車で札幌に移動。12時頃、リハーサル用のスタジオに入る。ドリームボーイズのメンバー、ダンスチームの仲間たちと挨拶しあう。今日は明日の公演を前にしたリハーサルである。
お茶を飲みながら一通り打ち合わせた上で、13時頃から色々確認しつつ3時間掛けて練習をした。
「まあ、みんな機転が利くから、何かハプニング起きた時は適当に対処を」
「オーケー」
「次のライブはいつやるんですか?」
「2月13日、博多ドームを確保してる」
「ああ、冬の九州もいいですね」
「九州といえども2月は寒いから、風邪引かないように」
「沖縄なら暖かいのでは」
「沖縄はキャパの問題があるから」
「まあ、メンバーが高齢だから、何日も掛けたツアーができないんだよね」
などと葛西さん。
「高齢というほどでもないぞ」
と蔵田さん。
「みんなスケジュール空けといて」
と言われたが
「済みません。2月はパスで」
と私は申告する。
「何か予定入ってるの?」
「性転換手術でも受けるとか?」
「違います! 2月17日が大学の入学試験なので、その直前はさすがに勘弁して下さい」
「ああ、それは仕方無いな」
その日は札幌市内のホテルに泊まった。政子に電話しようかなと思ったら向こうから掛かってきた。
「冬〜、冬の作ったバナナマフィンが食べたい」
「ああ、じゃ今度作ってあげるよ」
「明日は来られない〜?」
「ごめーん。今北海道に来てるから」
「なんでそんな遠くに? 豊胸手術でも受けに行ったの?」
「なぜわざわざ北海道で豊胸手術を?」
「いつ帰るの?」
「27日の予定だけど」
「そんなに〜? 明後日はダメ?」
「うーん。夕方なら何とかなるかも」
「じゃ夕方来てよ」
「あ、待って。こないだ言ってた、声を変形するやつ、明後日の夕方やってみない?」
「ああ、こっそりCDを作る件ね。じゃ、それをやってからバナナマフィン作り」
「はいはい。じゃ材料メールするから用意しといてよ」
「おっけー」
実は先日の軽音フェスティバルで4000人の観客を前に歌ったことから、政子はかなりやる気を出した。それでCDを作りたいなどと言い出すので、お父さんを説得して、受験勉強に響かない範囲でローズ+リリーの新作CDを作ろうかと言ったら「まだローズ+リリーとしては歌う自信が無い」と言う。
それで、私とマリが歌っていることが分からないように、エフェクターで声を変形して何か吹き込んでみようかという話になり、その実験をしてみる約束をしていたのである。
翌日25日は北海ドームでドリームボーイズの公演本番である。今回参加しているバックダンサーは8人だが、みな3年以上やっている人ばかりである。私は小学6年生の時からだから、もう6年やっていることになる。ドリームボーイズのデビュー以来8年やっている葛西さんに次ぐ古株だ。
でもこの6年間ほんとに色々なことがあったよな、とちょっと懐かしい気分になった。
今回のダンスチームの衣装は「とうもろこし」である。見せられた時、全員から「ひっどーい」というクレームが出たが、決して格好良いことをしないのがドリームボーイズのコンセプトだ。
顔も黄色くペイントされ、人相も分からん!
この日のゲストは同じ事務所のAYAであった。
AYAはA級のアーティストなので、蔵田さんに次ぐ待遇で特別な楽屋を使用している。おかげで、私はほとんど顔を合わせることは無かった。更にトウモロコシメイクだから、顔を合わせてもこちらを識別できないだろう。
ゲストコーナーの間に下着を交換し、お茶を飲みながら大部屋の楽屋でモニターでAYAが歌っているのを見ていたら、葛西さんから言われる。
「洋子の視線が怖い」
「ライバルだから」
と言って私は表情を崩す。
「あんたたち、休養しているはずなのにCD無茶苦茶売れてるもんね。1月のシングルが80万枚で、先月出したアルバムは20万枚くらい?」
「そんなものですね。だから去年デビューした組の中で向こうもこちらにいちばん強いライバル心持っていると思う」
「AYAちゃんはテレビにもよく出て、歌番組、バラエティ番組とか大活躍で、テレビスポットも良く打ってるし、それでもCDセールスでRPLに負けていたら、悔しいだろうね」
「だからこちらも彼女を見たら気合いが入ります」
「ライバルってそういうもんなんだろうね」
と葛西さんは頷きながら言った。
「前橋社長からは、AYAも私も自分の娘みたいなものだから、その2人で競ってくれると将来が楽しみだと言われました」
「あぁ、それは本音だと思うな。次のCDはいつ出すの?」
「11月くらいまでには出すつもり。月曜日くらいにちょっと相談に行ってきます。作ったら樹梨菜さんにはまた献納しますから」
「お、さんきゅー」
ドリームボーイズの公演は15:20くらいに終了した。私はダンスチームのみんなとハグし、ドリームボーイズのメンバー、マネージャーの大島さん、社長の前橋さんに挨拶した上で会場を後にする。
予約して楽屋口に付けてもらっていたタクシーに乗り込み、きららホールに移動した。
KARIONはリハーサルの途中だった。遅くなったのを詫びてキーボードの所に座る。ちょうど前半のリハーサルが終わった所だったので後半のキーボードを弾いた。
リハーサルが終わって休憩していて、夢美から言われる。
「『優視線』と『遠くに居る君に』の演奏すごいね」
「いや、夢美なら楽々初見で弾くでしょ?」
「楽々は弾けないよ」
とは言うものの、和泉に乗せられて2〜3分譜面を読んでから弾いてみせる。
「すげー!」
「ちゃんと弾けるじゃん!」
などと居並ぶ人たちから言われる。
「いや。今のはとてもお客さんには聴かせられないレベル。これ私でもかなり練習しないとまともにはならない」
と夢美は言うが、それが分かったのは多分私と和泉くらいだ。
「蘭子はほんとに凄い人と知り合いだよね」
「ああ、そうかもね」
「ヴァイオリン世界一のアスカさんとか、オルガン世界一の夢美ちゃんとか」
と和泉は言う。
「そして日本一の歌手の和泉とかね」
と私は付け加える。
「おっ、凄い」
「まだ日本一とは名乗れないよ」
などと和泉は照れて言っているが、けっこう自信がある感じだ。
「冬だって凄いのに」
「まだまだ勝てないよ。声域で完璧に負けてるし、和泉の歌い方って、情緒性が高いんだ。正確に音符を歌うのに情緒性がある歌手というのは凄くレア」
「ああ、それは思った」
と夢美も言っている。
「そのあたりはよく分からんな」と小風。
「小風もどちらかというと表現力の高い歌い手だよね」
と私は言う。
「ああ、そうそう。正確性では美空ちゃん、表現力では小風ちゃんだと私も聴いてて思った」
と夢美。
「こーちゃん、頑張って和泉と蘭子を追い越そう」
と美空。
「そうだな。歌唱力で逆転してリーダーの座を奪い取ろう」
と小風。
「リーダーくらい譲るけど」
と和泉は言うが、
「いや、歌で勝てない限りもらえん」
と小風はキリリとした表情で言った。
「あ、そうそう。小風、遅ればせながらハッピーバースデイ」
と言って、私は小風に小さな箱を渡す。小風の誕生日は7月17日であった。
「あ、誕生日だったんだっけ?」と美空。
「私はライブが終わった後渡そうかと思ったけど、蘭子が渡すなら私も」
と言って和泉は大きな箱を渡す。
「うむむ。大きなつづらと小さなつづらみたいだ」
と小風は言いながら嬉しそうにしている。
19:00。満員の札幌きららホールの幕が開く。いきなり虹色のライトが舞台を照らす。その虹が内側から外側へと動いていく。その中、TAKAOさんの強烈なエレキギターのイントロが入って、来月発売予定のアルバム『大宇宙』から冒頭の曲『スターボウ』を演奏する。
この時点で観客席から見えているのは、前面で歌っている3人と、コーラスの3人、ヴァイオリンを弾いているルース・スカイウォーラーに扮した夢美、フルートを吹いているサポートの女性、の8人である。
和泉・美空・小風は宇宙軍の将校っぽい衣装で、星ならぬ鐘が4個並んだ階級章を付けている。実は「4つの鐘のKARION」ということで小風が提案して採用したものだが、普通これは大将の階級章である。
コーラスの女子中学生3人は騎士っぽい衣装で光剣を模した蛍光色に光るマイクで歌っている。フルートを吹いている女性は巫女風の白いドレスで、最初は夢美の衣装がコスプレであることには気付かない観客も多かったであろう。
この時点で実は舞台の真ん中付近の位置に紗幕(しゃまく)を降ろしていたのである。紗幕はその後ろ側のライトを落としていると、観客席から向こう側が見えない。しかし歌の終わり頃にその照明を少しずつ明るくしていくと、まるでフェイドインするかのように、後ろに居る伴奏陣の姿が浮かび上がった。
思わず客席からどよめきが聞こえる。
ギターを弾いているR3-D3(TAKAO), ベースを弾いている大きな耳のヨーラ(HARU)、キーボードを弾いているダークベーダー(私)。トランペットを持っているアソーラ(MINO)は民族的なペイントを顔にしている。ドラムスを叩いているのは遠目には女性に見えるがレイナ姫に扮したDAIである。そしてサックスを吹いているC-4PO(SHIN)に、フルートの人とお揃いの巫女衣装を着たグロッケン奏者。
そこまで見るとヴァイオリン奏者がルース・スカイウォーラーのコスプレだということに多くの人が気付いた。
歌が終わると、大きな歓声と拍手がある。
「こんばんは! KARIONです」
と前面に立っている和泉・美空・小風がマイクに向かって叫ぶが、この時、私もダークベイダーのかぶり物の中に仕込んでいる小型マイクに向かって一緒に「こんばんは! KARIONです」という言葉を言った。
今回のツアーでは後半に主として「泉月」の曲をまとめており、前半は他の作家の作品を中心に演奏した。
樟南さんの曲でこれも『大宇宙』の中の曲『銀河ブラブラ』(かなり際どい歌詞だが、観客の半分くらいを占める中高生男子には受けていた感じだ)、福留さんの作品『恋の大三角形』、と2曲アルバムの中の曲を演奏した上で、出たばかりのシングルの曲『三段畑でつかまえて』『渚の恋人たち』を演奏。
それから、これまでのシングルの曲で、『夏の砂浜』『積乱雲』『嘘くらべ』
『広すぎる教室』『鏡の国』と演奏して前半を終える。前半最後の『鏡の国』
は本格的四声の曲なので、私はキーボードを弾きながら歌唱にも参加。和泉とペアになるS2パートを歌った。ダークベイダーのコスプレだと、歌っていても全然それが分からないのが良い所だ!
今回のツアーに同行してくれているゲスト歌手は青島リンナである。リンナは最初私を見た時に、じーっと顔を近づけて来て
「ケイのように見える」
と言ったが、私は平然として
「良く言われますが他人の空似です」
と言っておいた。リンナも笑っていた。
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