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■夏の日の想い出・浴衣の君は(7)
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目次 8
時間索引 #
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この日ロックフェスを見に行った日は熱気あるステージを見て興奮した政子が、気持ちが鎮まらないというので、横浜でプールに行き泳いだ。それでもまだ収まらないなどと言っていた時、横浜駅でバッタリと丸花さんに出会う。
丸花さんが私たちを誘うので、私と政子は仁恵・礼美と別れて丸花さんのカムリに乗った。丸花さんは私たちを終了して誰もいなくなった、ロックフェスのステージの上まで連れて行ってくれた。
「見てごらん」
と丸花さんが言う。
私たちは今は誰もいない観客席を見渡す。そこに何万人もの観衆がいるのを想像する。
「君たち、ちょっとここで歌ってみない?」
と丸花さん。
「えへへ。やはり私歌ってみようかな」
と政子が言う。ちょっと言われただけでその気になったのは凄い進歩だなと思った。
「一緒に歌おう」
そして私たちはここで、丸花さん(と警備の人)だけが見ている中で、束の間のローズ+リリー・ライブをしたのであった。
遅くなってしまったので、東京に戻るのは大変だしということで、丸花さんは横須賀市内のホテルを取ってくれた。そこで政子はまた夜通し、たくさん素敵な詩を書いた。
そして政子はそれまで「250年経ったら復帰する」と言っていたのが「200年で復帰できるかも」と言い出した。
朝御飯を食べた後、私たちは丸花社長の車に乗せてもらって東京に向かう。
が、横浜まで来た時に丸花さんは
「あ、そうだ。ケイちゃん、ちょっと用事を頼まれてくれない」
と言って、私にメモ(実は白紙)を渡す。
「はい、いいですよ」
それで丸花さんは私をみなとみらいで降ろしてくれた。その後、政子を自宅まで送り届けてくれた。
それで私は朝10時に今日KARIONのライブをする、ナショナルホールに入ることができた。
「お、いつもギリギリに来る蘭子が一番乗りって珍しい」
と10時半頃に来た和泉に言われる。
「まあ、サブリーダーがいつもギリギリというのも悪いし」
などと言ったら、
「おお、自覚が出てきたのは良い」
昨夜政子は歌詞をフランス語で書いたが、私はそのフランス語の歌詞を見ながら曲を付けていた。その日のお昼前までに政子は自分が昨夜書いたフランス語の歌詞を日本語に訳した。するとその日本語訳は私が書いた曲にピタリと合った。
「すごーい。ぴったり収まったよ」
と政子は譜面を私の自宅にFAXしてから私の携帯に電話してきた。
「これって冬があの詩を自分で訳しながら音符を入れたの?」
「違うよ。マーサの詩を書いた心を感じながら曲を付けただけだよ」
「そっかあ。私たちって、心が響き合ってるもんね」
「そうだよ。だって、ボクたち愛し合ってるもん」
なんて会話をしたら、そばで聴いていた小風がニヤニヤしていた。
電話を切ってから
「どんな歌を書いたの?」
と和泉に尋ねられたので、自宅に居た母に頼んで、会場のFAXに転送してもらった。見せると、和泉は
「私負けないから」
と厳しい顔で言った。
そしてその場で『FUTAMATA大作戦』という詩を書く。
その詩を眺めた小風が「これ冬のことじゃん」と言って笑った。この曲はKARIONの春の活動再開後に発表され、KARIONの初ダブル・プラチナ曲となる。
翌日10日は休みだったので、自動車学校に出て行った。母から
「あんた、1日も休まずに毎日どこか出て行っているけど、勉強は大丈夫?」
などと言われる。
「成績は落ちてないよ」
と言っておく。
毎週1回自己採点方式の模試を解いていて、その成績が極端に落ちたら自動車学校への出席を保留する約束を母とはしているが、一応成績は良好な状態でキープしている。
「まあ自分の体力のことも考えてね」
と母は少し心配するように言った。
11日は朝から新幹線で仙台に移動して仙台ライブ。その日は東京に戻って帰宅する。(仙台から高松への直行便が無いのでどっちみち東京に戻る必要がある)12日は朝から羽田に集合し、9:45のANAで高松に入り、高松ライブである。その日は瀬戸大橋を渡って岡山に泊まり、翌日13日は新幹線で名古屋に入り、名古屋ライブをした。そしてその日は新幹線で三島まで移動した後、スタッフ一同バスに乗って西伊豆の結構良い雰囲気のホテルに泊まった。
SHINさんが
「いづみちゃんたちだけでなく、俺たちもこんな良いホテルに泊まっていいの?」
などと遠慮がちに言っていた。
まだ日が高い内に現地に入ったので、浴衣を着せてもらい散歩に出る。
「近くに恋人岬なんてあるけど行ってみる?」
などと言われて車で送ってもらう。
「今和泉も冬も運転の練習してるんでしょ? 車に乗ってたら運転してみたくならない?」
「いや、まだ恐る恐るだよ。今月中には仮免取れると思うけど」
と和泉。
「冬は?」
「私は誕生日10月だから仮免取るのは10月になってからだけど、その前までは夏休みまでに終わらせる」
と私。
「ふたりとも凄いな。私は大学に入ってから免許取ろう」と小風。
「それまでは余裕ないよね、さすがに」
「私は誰かに乗せてもらおう」と美空。
「ああ、確かにみーちゃんは運転には向かない性格っぽい」
「なんかボーっとしていること多いもん」
「うん。私、ボーっとしているの好き」
政子もサイン頼んだのに無視されたという話が多いが美空も多い。どちらも心ここにあらずという状態になっていることが多いので声を掛けられても気付かないのである。政子と美空は食欲だけでなく、そのあたりの雰囲気も似てるなと私は思った。
「昔、この付近に住んでいた漁師の男と、村娘が鐘を鳴らして合図していたらしいよ。船の上から鐘を3つ鳴らすと、娘も浜で鐘を3つ鳴らしていたんだって」
「鐘を使ったチャットだな」
「その内モールス信号で話し始めていたりして」
「モールス信号まではしなかったかも知れないけど、結構バリエーションの鳴らし方を考えたりしていたかもね」
「でもこの手の名前が付いている場所って悲恋伝説の所が多いけど、ここは幸せな恋なんだね」
「恋はやはりハッピーなのがいいなあ」
そういえば私が小学生の時に『黒潮』のイメージビデオを撮影した久米島にもあの後『ナノの鐘』などというものが設置されて、新婚旅行客などに人気らしい。そのことを思い出して、私はふと楽しくなった。
売店に鐘が売ってあったので鐘を1人1個ずつ買って、小風と美空が鳴らしあっていた。
「小風と美空で結婚する?」
「いや、私たちはストレートだ。和泉たちと一緒にしないでくれ」
しばらく散歩して少し疲れたので、ちょうど空いていたベンチに座る。
「喉が渇いたね」
「あ、あそこに自販機がある」
「私が買ってくるよ」
と言って、私は3人を置いて自販機の所に行った。それでマンゴージュース(美空用)を買い、次にコーラ(小風用)を買おうとした時、
「私はピーチティーの方がいいな」
という声を聞く。
振り返ったら政子だった。可愛い浴衣を着ている。
「マーサ! どうしたの!?」
「静岡のおばちゃんとこに行く途中。ちょっと寄った」
取り敢えず政子のリクエストに応えてピーチティーを買う。目の端で和泉が《行くね》という感じのサインをしているのを見た。
「静岡の伯母ちゃんって言ったら、お父さんのお姉さんだったっけ?」
「そうそう。いつも来ている伯母ちゃんはお母ちゃんのお姉さん。昨日うちに遊びに来てて、帰るのに『気晴らしにドライブする?』と誘われたんで乗って来たんだよね。帰りは新幹線。それでこの付近まで来て、私が恋人岬見たこと無いって言ったら、寄ってくれたんだよ」
「浴衣は自前?」
「ううん。観光案内所のサービスで借りてきた。冬の浴衣は?」
「同じく。でも可愛い柄だね」
「冬のもね」
それでしばらく話していたが、
「そういえば冬は何でここに来たんだっけ?」
と訊かれる。
「明日近くでポップ・フェスティバルがあるんだよ。それに出場する」
「伴奏か何か?」
「歌うよ」
「へー」
「マーサも歌うんだよ」
「うそ」
「だってローズ+リリーは出演することになってるよ」
「そんなの私聞いてない」
「こないだ言ったじゃん」
「あぁ。でも私出ないって言ったのに」
「焼肉でもおごってあげるから出ない?」
「焼肉じゃ不可だな。ステーキ食べ放題」
「いいよ」
「ほんとに?」
「うん。そのくらい、おごってあげる」
「・・・・・出ようかな」
「うふふ」
「でもやはり歌う自信が無いよぉ」
「マーサ充分上手いじゃん。先月軽音フェスティバルでも4000人の前で歌ったし、こないだは千葉のフェスでも数千人の前で歌ったし、ロックフェスの会場で歌った。あの時はお客さんは丸花さんと警備の人だけだったけどさ」
「まだローズ+リリーとして歌えない」
「じゃ、名も無き歌い手としてなら歌える?」
「・・・ステーキ食べ放題?」
「いいよ」
「じゃ1曲だけなら」
「いいよ」
それで私は紅川社長に電話する。紅川さんは驚いていたが、私たちのわがままを聞いてくれて、§§プロの秋風コスモスと川崎ゆりこのステージの間に、私たちのための時間を5分作ってくれるということだった。
「司会者には何もコールさせない。だから名も無き歌い手として歌っていい」
「ありがとうございます」
と言って電話を切る。
「じゃ。どこか泊まる所確保しなきゃ!」
伯母さんに電話していたが、結局西伊豆はどこも埋まっているだろうということで、三島市内に宿を確保。政子は今日はそちらで泊まってまた明日出てくることにし、30分くらい散歩してから別れることにした。
そのままゴールドベル(幸せの鐘)の所まで行く。
「鐘は3回鳴らすんだって」
と言って政子は私の手を取り、一緒に鳴らした。
「ね・・・ボクと鳴らして良かったんだっけ?」
「だって幸せになれるよ」
「そうだね」
それで次に並んでいるカップルに譲って振り返った時、私たちは思わぬ顔を見た。
「松山君!?」
「木原君!?」
ちなみに「松山君!?」と言ったのは私で「木原君!?」と言ったのは政子だ。
「なんか不思議な組合せね?恋人になったの?」
「まさか!」
「僕たちはそれぞれの彼女待ちだよ」
と松山君が説明する。
「びっくりした。でも松山君、ちょっと女の子っぽい雰囲気もあるし、女装したら、木原君とデートできるかも」
などと政子は楽しそうに言う。政子はそんなストーリーを想像しただけで、楽しくなる子だ。
「うーん。僕は確かに小さい頃よく女の子みたいと言われてたけど」
と松山君。
「だったら女装してみようよ」
「いや遠慮しとく」
「木原君は松山君が女装したらデートしてみたくない?」
と政子が訊くと
「そうだなあ、可愛くなるなら構わないけど」
などと木原君は言う。
「おお、だったら松山君ぜひやってみよう。女の子の服を貸そうか?」
「いや、パス」
「だけど、僕唐本さんの女の子姿、実物は初めて見た」
と木原君。
「ああ、あまり校内では女の子の格好しないもんね。校外だとむしろ男の子の格好をほとんどしてないのに」
「じゃ、唐本さんって、校内では男の子で、校外では女の子なんだ」
「だったら、唐本さんって実は男装女子?」
「ああ、そういう意見は多い」
しばし話している内に、同じ学年の女の子が2人、浴衣姿でやって来る。私たちはその子たちと手を振り挨拶する。
「わあ、私冬ちゃんの女の子姿の実物初めて見た」
などとその子たちからも言われた。
結局近くに居た大学生くらいの男の子に頼んで6人で並んだ記念写真を撮ってもらった。
それで4人と別れて私たちは道を戻った。
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