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■夏の日の想い出・長い道(7)
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目次 8
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翌日は朝から飛行機で福岡空港に移動し、11時頃、福岡ムーンパレスに入った。11月と2月の福岡ライブは、1800人収容のアクオスホールを使ったが今回は2300人収容のムーンパレス。少しだけ大きな会場になっている。今回福岡ライブのチケットは3日で売り切れている。
今日のサポートミュージシャンの人(キーボード・グロッケン・フルート)は、明日名古屋と1日置いて横浜、そして来週の大阪・東京に付き合ってくれる。札幌はまた別の人たちを手配している。5日連続ライブで沖縄から北海道までというのに体力的不安を訴えられたので、那覇と札幌は別手配にしたのである。
「私たちも体力的不安を訴えたい」
などと小風が言ったが
「君たちは代替が効かないからね」
と畠山さんに言われる。
「やはり蘭子が代わりに」
「私の顔のマスクとかして歌ったらどうだろ?」
「無茶な」
「そうだ。次のツアーでは全員コスプレするなんてのはどうですか?」
「何のコスプレするの?」
「全員プリキュアになるとか」
と美空。
「だったら、いづみがキュアピーチ、みそらがキュアベリーで、私がキュアパイン」
と小風が言う。この手のパズル的話も小風は大好きだ。
「らんこは?」
「プリキュアも4人目が出てくるみたいだから、その子。今朝の放送でその話が流れていたらしい」
「情報早いな」
「4人目って、多分せつなだよね?」
「だと思う」
「ラビリンスを裏切って、プリキュアの仲間になるんだ?」
「きっとそういう展開」
「じゃ、らんこは、まああちらを裏切らなくてもいいから、こちらと兼任で」
と美空。
「既に兼任してるよ」
と私。
「でもアニメのコスプレは権利関係が難しいからなあ」
と畠山さんが言う。
「難しいってお値段が高いってことですよね?」
「それもあるし他にも色々ある」
「じゃサリー・ポッターとかは?」
と
「そっちが多分もっと高額!」
「コスプレとかなさるんでしたら、本社の権利関係扱っている部署に交渉させるといいですよ。KARIONはかなり予算が取れそうだから、何とかなるかもですよ」
と★★レコードの福岡支店の人が言う。
「じゃスターウォールで」
と和泉。
「なぜ、そうなる!?」
「それに合わせてスターウォールのネタで今度のアルバム作りましょう」
「あ、それは面白いかも」
そんな感じの雑談も交えてしばらく打ち合わせをし、軽食を取ってからリハーサルを始める。少し確認したりしながらやったので14時半頃に終了。遅めの昼食を取りながら休憩する。
例によってリハーサルでは私はヴァイオリンもピアノも弾かずに和泉と美空の間に並んで歌い、その様子をまたスタッフが撮影していた。
「この衣装、昨日着た奴を洗濯したものですか?」
「昨日のやつは明日名古屋で使う」
「じゃ、本番用・リハーサル用それぞれ2組あるんですか?」
「そうそう。引き抜きなんかもあるから、1日では復元できないんだよ。1日交替で使う」
「ほんとに今回のツアー、お金掛けてますね!」
『熱視線』と『遠くに居る君に』だけ私がピアノを弾くということで、その部分は私のピアノを入れたバージョンのリハーサルもする。例によってキーボードの人がヴァイオリン・パートを弾く。
が、その人が間違っちゃった。
「済みません。ピアノの音に聞き惚れてしまいました。凄いですね」
と謝りつつ、私を褒めてくれる。
でも和泉は
「蘭子、だいぶ安定して弾けるようになったね」
と言った。
「うん。1月からずっと練習していて、やっと私もこのレベルで安定させられるようになった。以前はやはりどうしても不安定だった。弾く度に出来が違っていた」
「じゃ。もう1度やりましょう」
再度やると、今度はしっかり弾いてくれる。昨日の人は KORGの高価なシンセ1台だけで演奏していたが、今日の人は普及価格帯から廉価帯までのシンセ6台並べている。どういう構成にするかは好みの問題もあるのだろう。
福岡のライブも基本的には那覇と同じパターンで進行した。
最初は4人で並んで『恋愛貴族』を歌い、私が柱の中に隠れてから幕を開ける。また、前半と後半の間も、
前半→幕→ゲストの演奏→幕→後半
のようにいちいち幕を降ろす。こうしないと、私が出入りできないからである!
今日のゲストは福岡のライブハウスで活動しているインディーズバンドということであったが、平均年齢67歳! ロカビリーブームの時代に少年時代を送り、グループサウンズ時代にバンドを結成して、その後、かなりメンバーチェンジした末、1980年代にいったん解散したのが、5年前にオリジナルメンバーで再結成したらしい。年齢は行っていてもしっかりしたノリの良い演奏に観客が沸いている。
「KARIONも、もし10年後くらいに解散しちゃってもさ。40歳か50歳くらいになったところで再結成しようよ」
と楽屋でモニターを見ながら小風が言う。
「そういうのもいいかもね」
「あるいは毎年12月頭に復活して1月末に解散とか」
「年末年始の歌番組だけに出場するとか?」
「クリスマスライブと、年越し・お正月ライブだけやる」
「すると、KARIONって、お正月以外は何して暮らしてるんだろ?という話に」
楽屋から出て舞台袖でスタンバイしていたら、キーボーディストの人がこちらに寄ってきて言った。
「蘭子ちゃんのキーボード、凄いですね。あれを前半の2曲だけというのは、もったいないですよ。後半ラストの『秋風のサイクリング』と、アンコールの『Crystal Tunes』でも弾きませんか? 『秋風のサイクリング』は私が代りにヴァイオリン・パート弾きますし、『Crystal Tunes』は電源切って弾く振りだけしますから」
すると和泉が
「あ、それいいですね。そうしましょう」
と言っちゃう。
「いいですよね?」
と和泉は近くにいた畠山さんに確認する。
「うん。それでいいよ」
と畠山さん。
「でも、私、『Crystal Tunes』は歌も歌わなきゃ」
「それは弾き語りで」
と小風が和泉と声を揃えて言った。
そういう訳で、この日は結局、4曲、柱の中でピアノを弾いたのであった。
その日は福岡に泊まり(ここもホテルがグレードアップしていた)、翌日は飛行機で名古屋に移動した。名古屋も福岡と同じ銀色の舞台セットだった。
そしてこの日はセントレアを20:10の新千歳行きで北海道に移動し、千歳市内のホテルで泊まった。北海道も沖縄も今年2度目である。札幌のライブでは沖縄と同じ金色の舞台セットを使用した。
「この後は舞台セットはどちらを使うんですか?」
「明日の横浜は福岡・名古屋で使った銀色。そして来週の大阪は今日使った金色で、最後の東京は銀色」
「じゃ、横浜と東京と2回見る人はどちらも銀色か」
「いや、今回のチケット、横浜と東京は瞬殺に近かったから、両方のチケットを取れた人はほとんど居なかったと思う」
「おお、瞬殺」
「なんて素敵な言葉」
「私たち、トップアイドルだったりして」
「いや、間違いなく君たちはトップアイドル」
この日は昨夜泊まったのと同じ千歳市内のホテルに連泊する。そして翌朝8:30の便で羽田に戻り、11:00すぎに横浜の会場に入った。前回のツアーでは横浜は2000人収容のフューチャーホールだったが、今回は4000人収容のナショナルホールを使用する。
「広いね、ここ」
とステージに立ってまだ人の入っていない観客席を眺めて和泉が言った。
「今回のツアーの会場の中では最大規模だよね」と私。
「武者震いがする」と和泉。
「小風はここのステージに立ったことあるんじゃない?」と美空。
「バックダンサーでね。冬も立ってるでしょ?」と小風。
「伴奏者でね」と私。
「でも横浜といえば横浜エリーナだよなあ」と美空。
「美空は横浜エリーナやったことあったね?」と私。
「コーラスでね」と美空。
「私たちも、いつかやろうよ」と私。
「そうだね」
と和泉は引き締まった顔で言った。そして私の方に向き直って言う。
「横浜エリーナやる時はさ、冬は堂々と私たちと並んで歌ってよ」
「いいよ」
と私は答えた。
KARIONのゴールデンウィークツアーは翌週9日大阪ローズホールと10日の東京スターホールでのライブで終了した。
その翌日11日、私は進行中のローズ+リリーのアルバム『長い道』の件で打ち合わせるのに、学校が終わった後、政子を連れ★★レコードに行った。政子が★★レコードに行くのは、5ヶ月ぶりだったが、この時最初政子はあまり★★レコードに行きたくないような顔をしていた。
ところが、制作部門のフロアまで上がっていった時、バッタリとXANFUSの2人に遭遇する。
XANFUSの2人とは、昨年10月18日に福岡で遭遇して仲良くなり、会う度にハグしあう「友情の儀式」をする約束をした。その時は彼女たちは私の性別を知らなかった。それで久しぶりに会ったのだが、私は最初性別問題でちょっとためらった。しかし彼女たちは向こうからハグを求めてきた。
「やっぱりケイちゃん、ハグした感触が女の子だよ〜」
「男の子だってのが嘘ってことないの?」
「ごめんね〜。戸籍上は男の子なんだよね。でも自分では女の子のつもりなんだけど」と私。
「だったら全然問題無いね」と音羽。
「うんうん。これからも友情の確認しようね」と光帆。
「うん、しようしよう」
と政子も笑顔で言った。
このXANFUSとの久しぶりの友情の儀式で、政子のテンションがまた上がった感じであった。
「そうだ。XANFUSのアルバム聴いたよ」と私は言う。
「わあ、ありがとう」と音羽。
「あの中の曲でさ、1曲異彩を放っている曲があった」
「やはり、そう思う?」
「Down Storm 凄い」
「結構それ言われる。今なんか個別ダウンロードが凄いんだよ」
「**FMのナビゲーターさんが凄く気に入ってくれて、こないだから何度も掛けてくれてるんだよね。それもあって、ますますダウンロードが増えてる」
「そんなに凄い曲?」
とまだ聴いていない政子が訊く。
「格好良い。踊り出したくなる曲だよね」
「踊り教えようか?」と光帆。
「時間あるかな?」
「私たちの打ち合わせは何時からだっけ?」
「18時から。今17:30」
「じゃ、30分時間あるね」
ということで、帰ろうとしていたXANFUSが私たちと一緒に制作部に舞い戻る。私たちは、たまたま目が合った加藤課長に「どこか踊れる部屋貸して下さい」
と言い、空き部屋に入れてもらう。
そこでふたりから直伝で Down Storm の振り付けを教えてもらった。
「ふたりともダンス覚えるの速い!」
と音羽が感心したように言う。
「ケイは学校の体育のダンスの授業でも1発で先生の踊りをコピーできるみたい」
と政子。
「ケイちゃん、もしかして体育は女子として参加?」と光帆。
「そうだよ」と政子が答える。
「へー!」とふたりは納得したような声を上げる。
「マリは以前、原野妃登美とか湘南トリコロールのバックダンサーしてたから、ダンス覚えるの速い」
と私が言うと
「ケイ、なぜそれを知っている?」
と訊かれる。
「そりゃ、私はマリちゃんのファンだから」
「おぉ!」
と光帆と音羽が嬉しそうな声で言った。
半ば成り行きで私たちの踊りを見ていた加藤課長も楽しそうだった。
ちなみにこの時、XANFUSに付いてきていた白浜マネージャーは、ふたりより先に下の階に降りていて、1階の喫茶室で、ふたりが降りてくるのをひたすら30分待っていたらしい。
その日、私たちはローズ+リリーのアルバム『ローズ+リリーの長い道』の件で打ち合わせたのだが、私が打ち込みで作った伴奏と私たちの元々の歌とをミックスした中核曲を聴かせると、
「アレンジでここまで変わるものなのか!」
と町添さんは驚いたように言った。
「この話があったのが先月30日で、連休中にこれ作ったんですか?」
と秋月さん。
「ええ、大半は連休中に打ち込んだものです。先週最終的な調整を掛けてました」
「これ、歌は元のままなんですよね?」
と加藤さん。
「そうです。歌は秋月さんから頂いたデータのままで、一切加工していません」
政子は
「なんか、こうやって聴いてると、ケイも私も凄く上手いみたい」
などと言い出す。
「マリちゃんは充分歌が上手いと思うよ」
と町添さんは笑顔で言った。
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