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■夏の日の想い出・長い道(4)
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目次 8
時間索引 #
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ということで、結局この日私はそのまま女子のコースを走って学校に戻ったのであった。
ゴールしたのは10:34。男子のスタートからは24分、男子の先頭のゴール予測はこれより12分くらい後。一方、女子は半分くらいの子がゴールしている。何とも不思議な時間に私が戻って来たので、体育の先生から
「なんでお前、こんな時間に戻ってくるの?」
と訊かれた。
それで事情を話したら大笑いされた。
結局、私の記録については女子の部に入れて処理することになり、走行時間が24分ということで、女子の中で12位ということになった。
「私と話してた時間を引いたら、女子のトップレベルだったりして」
と政子から言われたが
「ボクがトップになったら、さすがに苦情が来そうだから、ちょうどいいんだよ」
と言っておいた。
多分政子と話してて遅れた時間が2分くらいと前田先生と話していた時間が1分くらいだろうから実質は恐らく21分くらい。今回の女子トップは20:10であった。
もっとも理桜からは
「最初から女子の部に出ていたらスッキリしてたのに。**ちゃん、最後の方はほとんど独走で20:10の記録だったみたいだけど、もし冬とデッドヒートしてたら19分半くらいの記録になったかも知れないし」
などと言われた。
その日の午後は、男子は校庭の草むしり・ゴミ拾いに駆り出され、女子は学年単位で、視聴覚教室、図書室、ランチルームに集められて性教育だった。私は草むしりに行こうとしていたのだが、理桜に
「冬はこっち」
と言われてランチルームに引っ張って行かれた。
今日は全員体操服のままなので、目立たなくて済む。女子制服の中にひとりだけ学生服でこんな授業に出ていたら、さすがの私でも恥ずかしかった。
「冬、不用意に妊娠しないように、しっかり避妊しなよ」
「ボク妊娠するんだっけ?」
「冬は生理があるみたいだから、妊娠する可能性もあるはず」
「うーん。。。」
「冬、よくお泊まりしてるみたいだけど、避妊具は持ってる?」
「いつも生理用品入れに2〜3個入れてるよ」
「ふむふむ」
「今まで何回使った?」
「うーん。。。使われたのは2回かな」
「ああ。冬が付けるんじゃないよね?」
「まさか」
「多分、冬には装着するような場所は無いはず」
「ああ、やはり」
結局15時頃解放されたので、私はスタジオに行って、溜まっていた編曲の作業をした。自宅のCubaseの環境でやってもいいのだが、スタジオのProtoolsの環境でやった方が、よけいな変換の手間が掛からない。CubaseとProtoolsの間のデータのやりとりは非常に大変なのである。
区切りのいい所までしていたら20時近くになってしまった。一応途中何度か母に電話は入れていたのだが、遅くなったなと思いスタジオを出て帰ろうとしていたら、乗り換え駅でばったりと政子に会った。
「おぉ、麗しの君、ご機嫌いかが?」
などと私が言うと
「その制服、誰から借りたのかも追求したいけど、最近、ちょっと冬って、言葉が軽すぎない?」
などと言われる。
「あ、この制服?奈緒から借りた。でもどうしたの?こんな時間に。塾でも行ってたんだっけ?」
「塾、どうしようかなあ。私、学校の授業で6時間集中して受けるだけで結構精神力使っているから、塾までは無理かも」
「ああ。それはあるかもね。授業をちゃんと聞いているだけ偉いと思っていたけど、そもそもそこで少し無理してるからね」
「今日も、本屋さんで参考書見ていたはずなんだけど、ふと気付くとマックでコーヒー飲みながら詩を書いていた」
「それはマーサなら普通のパターンじゃないかと」
「やはりさ。ちゃんと授業に集中できていたのは、放課後が完全にローズ+リリーで潰れていたからなんだよね。それが無くなってしまったので、何かが足りない感覚なんだよ」
「詩津紅から聞いたけど、2月3月もマーサは充分授業に集中していたんでしょ?」
「それはやはり私が落ち込んでいたからだと思う。私、自分でも結構元気になってきた感じだし。今のままだと、また授業中に唐突に詩を書き始めたり、とかの自分にまで戻ってしまいそうで」
「成績が落ちるとタイに強制連行」
「うーん。それは避けたいな」
「じゃ、ローズ+リリーやってみる? 須藤さんが作ったローズ+リリーじゃなくて、ボクたちが再度新たに作り直したローズ+リリー」
「何するの?」
「そうだね。時々でもいいから、一緒に歌わない?」
「そうだなあ。それもいいかなあ。今から歌う?カラオケ屋さんにでも行って」
「いいけど、お母さん心配してるよ」
「電話するからいいよ」
と言って政子は携帯を取り出すとお母さんの携帯に掛ける。
「あ、お母ちゃん。ごめーん、遅くなって。うん。冬と一緒にいるの。少し遅くなってもいい? うん。泊まりにまではならないと思うけどね。うん、その時はまた連絡するね」
と言って電話を切る。
「ね。今の話し方だとボクと会ってて遅くなったみたいにお母ちゃん思ったと思う」
「あれ?そうかな?」
「まあいいけどね」
と言って私も自分の母に連絡する。
「うん。仕事の方は終わったんだけど、偶然政子と会って。ちょっとカラオケに行って帰るから。え? あ、うん。その時はまた連絡するよ」
それで私も電話を切った。
「なんて言われたの?」と政子。
「いや、泊まるのかって」と私。
「あ、泊まる?」
と政子は言うが
「いや、帰ろうよ。高校卒業したら、たくさんそういうことしてもいいと思うけど、高校生の内は健全な付き合い方しない? 今日の性教育の授業でもそんな話、向井先生してたじゃん」
と私は答えた。
「ん?冬、女子の性教育の授業に出てたの?」
「出てたけど」
「だって、女の子だけの授業なのに」
「同じクラスの女子に引っ張って行かれた」
「へー。恥ずかしくなかった? 周りはみんな女の子ばかりで、女の子の身体の仕組みについて話していたのに」
「ボク女の子だもん」
「そっかー。そうだよね〜。冬は女の子だから、女の子向けの性教育を受けるべきだよね」
「うん。不用意に妊娠したりしたら大変だし。マーサも気をつけなよ。これから受験って時に妊娠したら、受験どころじゃなくなるよ」
「うんうん。気をつけるよ」
「だから健全な交際をしなくちゃ」
「そうだなあ。でも私たち、既に健全じゃないと思う」と政子。
「そうかな?」と私。
「まあ、いいや。じゃ終電までには帰る」
「どっちみちカラオケ屋さん、高校生は22時までだよ」
それでまた電車で移動して、シダックスに入った。さっきの駅の近くにも別の系列のカラオケ屋さんがあったのだが、シダックスの方が「御飯が充実してる」
という政子の意見でそちらまで行くことにした。
私が会員証を見せて受付をする。
「おふたりとも高校生ですか?」
と訊かれた。
「はい」
「念のため、学生証を拝見できますか?」
それで私と政子が学生証を見せる。
顔を写真と見比べている感じだ。顔も一致しているし、制服もふたりとも写真と同じ◆◆高校の女子制服を着ている。問題無いはずである。
「はい、結構です。高校生同士のご利用でしたら22時までになっておりますがよろしいでしょうか?」
「ええ。それでいいです」
ということで伝票をもらった。人数の所にはF2と書かれている。部屋に入ると、まず食事の注文をする。
「私、夕食食べ損なっちゃったからさあ。たくさん食べなきゃ」
と言って、例によって凄い量の食事を注文する。10人くらいでパーティやってるんじゃないかという感じの注文量だ。
「あ、冬は?」
と訊いたので、
「ボクにはマーサのを少し分けてよ」
と言った。
政子が注文を終えると、私は『遙かな夢』を呼び出した。
「おお、これか! 冬も歌うよね?」
「もちろん」
それで2人でマイクを持ち、熱唱する。
「やはり、これ良い歌だなあ」
「うん、そうだと思うよ」
「こんな詩を書いた人って天才だと思わない?」
「うん、凄い天才だね」
「よし」
その後、『涙の影』『せつなくて』まで歌ったが
「私の歌、他に無い〜」
と文句を言う。
「まあ、仕方無いね。それだけしか発表してないから」
「カラオケで2時間歌えるくらい歌が欲しいな」
「それには20曲くらい必要かな」
「私たち、100曲くらい書いてない?」
「CD出したのは3枚。私たちの作品は3つだけだからね」
「カラオケ屋さんに登録してもらうにはどうすればいいの?」
「メジャーレーベルやそれに準じるレーベルからCDを出すこと」
「作って町添さんとこに持ち込めばいいの?」
「いきなり持ち込んでも売ってくれないよ。もちろん町添さん大喜びするだろうけど、企画会議開いてあれこれ調整して」
「面倒くさいな」
「それに、マーサ、成績上げてお父さんの説得しなきゃ」
「そうか。それも面倒だな」
「でも歌手に復帰する気になってるな」
「そうだねー。36時間の内、2時間くらいは、その気になってるかも」
「ああ、そんな感じだね」
仕方無いので、最近のヒット曲を中心に歌っていく。今月下旬の模試の成績が悪かったらタイに行く約束なので、政子も問題集を開いて、問題を解きながら歌っている。
「ありおりはべり、いそまがり、って何だったっけ?」
「えっと。ありをりはべり、いまそがり、だね。ラ行変格活用だよ」
「あ、何か違う気がした。いまそがりってどういう意味?」
「居るの尊敬語だよ。『右大将・藤原の常行といふ人、いまそがりけり』みたいな感じ」
「ラ行変格活用って、どう変化するんだっけ?」
「あらず・ありけり・あり・あるとき・あれども・あれ」
「ラ行変格活用って、その4つだけ?」
「実はもうひとつ、《みまそがり》もある」
「う。なぜ5つ並べない?」
「さあ」
「ねね、私が歌手に復帰するのに500年掛かったら、その間、私たちの歌でカラオケで歌えるのはずっと3曲だけ?」
「まあ、そうなるね。500年後にカラオケがあるかどうかは分からないけど」
「じゃさ。私たちが曲を作って、誰か他の人に歌ってもらうってのはあり?」
「まあ、どこかから依頼されたら可能だろうね」
「誰か歌ってくれないかな。例えば保坂早穂さんとか。○○プロだから浦中さんから話持って行けない?」
「いきなり頂点の人ですか〜!? まあ、ボクたちも、一応プロミュージシャンのはしくれだから、話を持って行ったら一応聞いてはくれるだろうけどね。採用してもらえるかどうかは別にして。でも同世代の歌手の方がよくない? 例えばKARIONとか」
「いや、いづみちゃんには歌わせん」
「ふふふ」
KARIONの名前を出すだけで闘争本能が1%は上昇するな、と私は思った。
「そうだ!同じ○○プロで、篠田その歌さんとかは?まだ年齢近いよ」
「ほほぉ。でも篠田その歌さんクラスに歌ってもらえるレベルの曲が作れる?」
「作ろうじゃん」
「気合い入ってるね」
「ね、カラオケの後、ホテルに行こうよ。そこで新曲を作って、篠田その歌さんに歌ってもらう」
「結局泊まるのか!」
「お仕事だよ」
「うーん・・・」
それで母に連絡したら笑っていた。政子の方もお母さんに連絡したら
「避妊はちゃんとしてね」
とだけ言われていた。
「私たちって泊まる度にセックスしてると思われてるのかな?」
「ふつう泊まるとセックスする」
「冬はセックスしなくても平気なの?」
「あまり性欲無いから」
「私の方がまだありそうだもんなあ。それで求めるのにしてくれないんだから」
「ふふふ」
政子が良質の曲を書くならシティホテルクラス、と要求したので、携帯から楽天トラベルにアクセスし、結局、赤坂の全日空ホテルのツインの部屋を予約。丸花さんの勧めで先日作っておいたスルガVISAデビットで即決済した。これは高校生でも持てるVISAの決済用カードである。
電車で新宿まで移動し、タクシーでホテルの玄関口に付けた。
「すごーい。こんなことすると、私たち有名歌手か何かみたい」
と政子が言うので
「ボクたち、既に有名歌手だけど」
と言ってみる。
「そっかー。私、有名歌手だったのか」
と政子は少し楽しそうな顔をしていた。
予約していた名前を言い、記帳する。政子が「私がやる」というので任せたら「中田政子」「中田冬子」と記帳した。全く!
これがダブルルームならさすがに高校生は咎められるだろうがツインだから、女の子同士だし、ホテル側も何も問題にしないであろう。同じ苗字にしたので姉妹か従姉妹と思われたかも知れない。
記帳に使ったボールペンを置こうとしてふと手が止まる。
「どうかした?」
「うん。このボールペン好き! これもらえません?」
などと突然言い出す。全日空のロゴ入りのシンプルなボールペンだ。
フロントの人は微笑んで、
「ではアメニティグッズとして差し上げます」
と言って、引出の中から新品のポールペンを出して政子に渡してくれた。
「わあ!ありがとうございます! またここ泊まりますね」
「はい、ごひいきによろしくお願いします」
私は無邪気な政子の様子に微笑んだ。
ボーイに案内されて部屋まで行く。
「わぁ、広ーい」
と言って、政子は楽しそうである。
「じゃ、お仕事しようか?」
「その前にシャワー。私、今日のマラソンでくたくた」
「そうだね。汗流した方がいい曲できるかもね」
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