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■夏の日の想い出・長い道(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-11-09
で結局、シャワーを浴びてから近くのコンビニに食糧を買い出しに行き、まずはベッドの上で愛し合って、というコースになってしまう。
「今日の性教育の授業で、安易にセックスしないようにと言ってたけど、私たちセックスはしてないよね?」
「セックスをどう定義するかだろうね」
「どう定義するかか・・・」
と言った途端、政子の目が変わる。
私はさっきコンビニで買った、可愛いハートのレターセットを渡した。すると政子はさっきフロントでもらったボールペンを開封し、それを使って詩を書き始めた。
私はベッドを抜け出すと、床に落ちていたガウンを裸の政子に掛けてあげる。そしてコーヒーを入れ、たっぷり砂糖とミルクを入れて、そばに置いてあげた。政子は左手の指を人差指・中指・薬指と3本立てて「サンキュー」のサインをした。
政子にしてはゆっくりしたペースで書き、しかも珍しいことに少し校正した。それまで入れて、詩は40分ほどで完成した。
「はい、冬の番」
と言って、ボールペンを私に渡す。
私は今日たくさん編曲作業をしていたので、その作業用に持っていた五線紙を出すと、今政子が書いた詩『愛の定義』に曲を付けていく・・・・というより政子が詩を書いている間に構想していたメロディーを書き留めていった。
政子はその夜、明け方まで掛けて結局詩を5つも書いた。私は最初の1曲はその場で曲を付けたものの、残りは宿題にさせてもらった。
結局5つ全部に曲を付け終わったのは次の週の週末であった。私はそれを丸花さんの所に持ち込んで、相談してみた。打ち込みで伴奏を付け、初音ミクに歌わせたものをお聴かせする。
「いい曲じゃん。でもローズ+リリーとは世界観がまるで違うね」
「普段使いのボールペンとは全然違うので書いたら、雰囲気が変わりました」
「へー!」
「けっこう意識が道具に左右されるんですよね」
「なるほどね」
と言ってから丸花さんは少し考えているようだった。
「曲作りをするのはマリの精神的なリハビリに良いと思うので、もし可能だったら、篠田その歌のアルバムにでも1〜2曲入れさせてもらえたらと思ったのですが」
「いや、それは無い」
「やはりダメでしょうか」
「違う。この曲はシングルに使いたい。特にこの『愛の定義』が素晴らしい。これはきっとゴールドディスク行く」
「そんなに行きますでしょうか?」
「冬ちゃん、そのくらいの意気込みでこれ作ってるでしょ。アレンジも凝ってるし。何?このヴァイオリン・パートの超絶プレイ。ここまで作り込んでおいて、僕の前で謙遜は無しだよ」
「恐れ入ります」
「いや。僕が悩んだのは名義問題。今マリ&ケイ作詞作曲のクレジットでうちのアーティストが曲を出すと、文句言ってくる事務所がありそうでさ」
「その点なのですが、私たちの契約問題が微妙なのと、またマリ自身がまだ表に出る勇気が無いと言っているので、可能でしたら仮名で提供できないだろうかとマリも言っているのですが」
「ああ、それがいいかも知れない。何か仮名の候補ある?」
「秋穂夢久(あいお・むく)」
「ほほぉ」
「秋の穂と書いて『あいお』と読むのは、山口県の秋穂温泉の例があります」
「うん」
「でも実はこの曲、全日空ホテルに泊まり込んで作ったんです。全日空好きな人を青組と言いますよね。日航は赤組」
「ん?」
「それでですね。青組 ao kumi をアナグラムして aio muk となるんです」
と私は字に書いて説明した。
「なるほど!」
4月26日。模試が行われる。今回、申し込みは学校でまとめて申し込むのに一緒に出したので、同じクラスの子たちと同じ受験教室になる。それで私は私服の女の子っぽいパンツルックで試験場に出かけた。
「まあ、男の子には見えないね」
と同じクラスの女子から言われる。
「冬、トイレどうするの?」
「普通だよ」
「普通ってどっち? 男子トイレ?」
「まさか。ボクが男子トイレ使うのは学校でだけ」
「ああ、やはり、そうだよね」
「学校でも女子トイレ使えばいいのに」
「学生服を着て女子トイレに入る訳にはいかないよ」
「だから女子制服を着ればいいのに」
「でも冬ってしばしば学校の女子トイレに居るよね。学生服のまま」
「連れ込まれてるんだよ」
「はーい。連れ込んでいる犯人でーす」
と理桜が手を挙げた。
模試の成績は私は校内で18位、政子は62位だった。1月の実力テストで校内100位だったので、政子はまた確実に実力を付けている。△△△大学の合格ラインには微妙に届かずC判定ではあったが、充分頑張っているということで、タイへの強制連行はせず、このまま日本で受験勉強を頑張ることになった。
模試の翌日、廊下で、政子・仁恵・琴絵・理桜と5人で雑談をしていた時、唐突に政子が
「ね、連休、遊園地に行かない?」
などと言い出した。
「連休の遊園地って人間を見に行くようなものだよー」
「でもここしばらくずっと勉強してたし。少しは息抜きに。冬、行こうよ」
「うん、まあ行ってもいいかな」
「理桜も行こう」
「私は遠慮しとく」と理桜。
「私も遠慮する」と仁恵・琴絵。
「なんでー?」
「デートの邪魔しちゃ悪いし」と仁恵。
「コンちゃんはちゃんと用意しときなよ」
と理桜は楽しそうに言った。
それで結局、4月29日(祝)。私と政子は遊園地に電車で出かけた。
ほんとに人間を見に来た感じだった。乗り物は全部長蛇の列だが、それに並びながらおしゃべりしているだけで、政子はけっこう気が晴れる雰囲気であった。
30分待って一緒にジェットコースターに乗った後、少し散歩していたらバッタリと○○プロの中家係長と遭遇する。
「おはようございます」
「おはようございます」
と双方、この業界の挨拶。
「何かイベントでもしてたんですか?」
「うん。アウグストという女子大生のデュオでね。秋くらいにメジャーデビューさせる予定。去年のオーディションに合格した子たちなんだけど、ずっとレッスン受けさせていて、かなり良くなってきているんで、デビューさせようと」
「うまいですか?」
「歌は最初からうまかったんだけどね」
と中家さんは微妙な言い方をした。
「そうだ。冬ちゃん、5月の12,13日って空いてる?」
「ちょっと待ってください」
と言って私は手帳を見る。
「夕方なら空いてます」
「14日は?」
「予定がありますが動かせます」
「じゃ、12-14日でちょっと音源制作の手伝いしてくれない?」
「いいですよ」
「じゃ、詳しいことは後で」
「はい」
「そうだ。政子ちゃんさ、○○ミュージックスクールでレッスン受けてみない?政子ちゃんなら特待生にするから、無料で受けられるよ」
「あ、冬はレッスン受けてるんだよね?」
「そうそう。ボイトレと楽器と」
「楽器は何のレッスン?」
「ギター、ベース、ドラムス、ピアノ」
「色々やってるな」
「エレクトーンはヤマハに通ってる」
「それで冬って忙しそうにしてるのか」
「政子もボイトレのレッスンとか受けてみるのもいいかもよ」
「そうだなあ。もう少し上手くなったら」
「練習しないと上手くならない」
「うん・・・」
政子は時々結構やる気を出すのだが、まだまだかな、という気もした。中家さんはそれでも政子にパンフレットを渡していた。
早めのお昼を食べて日陰で休んでいたら、中学生くらいの女の子が3人寄ってきた。
「あのぉ、すみません。もしかしてローズ+リリーさんですか?」
「はい、そうですよ」
「わあ、握手させてください」
「いいよ」
と言って、私たちは3人のそれぞれと握手した。
「でもケイさんって生でも女の子の声なんですね!」
「ああ、そういえばケイは最近、もう男の子の声は全然使ってないね」
「男の声に聞こえるか、女の声に聞こえるかは、声帯のちょっとした使い方」
しばし声の出し方などを話題に彼女たちと話す。
「でも声ってけっこう習慣の部分が大きいよね」
と政子も言う。
「うん。まさに習慣。ただ自在に声を出すには喉の筋肉を鍛えておくことが大事。オペラ歌手とか凄い訓練してる。40代や50代でも若い声持ってる人いるけど、あれもかなり訓練してるよね」
「やっぱり歌い込むことが大事だよね」
と政子は自分で言った後、何かを考えているようだった。
しばらく彼女たちと会話していたが、そのうちひとりが
「何か歌ってくれませんか?」
などと言い出す。
私と政子は思わず顔を見合わせる。私たちの歌唱は色々権利関係が面倒である。でも私は「いいよ」と言って、ウェルナーの『野バラ』を歌い出した。政子もそれに合わせて、ハーモニーになるように歌う。
3人は喜んでパチパチパチと拍手をしてくれた。
遊園地を出てから軽食を取った。
「さっき、野バラを歌ってみて、私、自分って結構歌えるじゃんと思った」
と政子は言った。
「マーサは上手いよ。同世代の歌手の中では多分10位以内に入るくらいのうまさ」
「私、そんなに上手い?」
「貝瀬日南(かいぜ・ひな)よりは上手いでしょ?」
「日南ちゃんと比べないでよ!」
なーんだ。結構自信持ってるじゃん。
「マーサより上なのは、私、KARIONの3人、XANFUSの2人、ミルクチョコレートの2人、プリマヴェーラの諏訪ハルカくらい。ほら9人しかいない」
「プリマヴェーラの夢路カエルちゃんは?」
「同世代じゃないから除外」
「AYAちゃんは?」
「マリと同レベルだと思うな。1年前ならAYAの方がうまかったけど、今のマリの歌なら並んでいるよ。マリの歌を今AYAが聞いたら青くなるだろうね」
「そっかー。私そんなに上手いか」
「ボイトレのレッスン受けてみる?」
「そうだなあ。それよりカラオケでもやろうかな」
「ああ、それもいいんじゃない」
「ジョイサウンドとかDAMとかのシステム幾らくらいするかな?」
「業務用のカラオケは個人宅には設置してくれないと思う。それよりパソコンでできるカラオケでもやったら?」
「そんなのある?」
「ジョイサウンドのPC版があるんだよ。カラオケ屋さんで歌えるたいていの曲がそれでも歌える」
「へー。それはいいな」
そういう訳で政子は自宅にカラオケのシステムを入れ、受験勉強しながら、ひたすら歌うようになる。これは政子の歌唱力を向上させることにもなったし、またついつい落ち込みがちな政子の感情を常に奮起させておくのにも役立ち、勉強もはかどることになるのである。
5月2日から6日までの5連休は私はKARIONのツアーに同行する。
私は5月1日の晩に、母に、取り敢えず混雑してるだろうけど買物でもしてきなよと言って1万円渡しておいた。
「おお、孝行娘だ」
などと母は笑って言っていた。
2日、早朝から女子制服を着て羽田空港へと出かける。今日は美空も遅刻せずにちゃんと出てきた。
KARIONの4人は全員通っている学校が違うので4種類の女子制服が並ぶ。なかなかこれも可愛い構図である。畠山さんが「公開しないから」と言いながら写真を撮っていた。
6:25のANA 991便B737-500に乗り、9:00に那覇空港に到着。2月のツアーに次いで今年2度目の沖縄だが、私は小学6年の時から7年連続沖縄にライブで来ている。ここに政子を連れてきてローズ+リリーの沖縄公演ができるのはいつだろう・・・などと考えたりしていたら
「恋人のこと考えてるでしょ?」
と小風から指摘された。
「えっと・・・」
と私が返事をためらっていたら、小風は
「蘭子が即答しないって珍しい。どんな質問にもすぐ何か答えるのに」
などと言う。
「まあ、そんな時もあるよ」
「ね、蘭子。V感覚とP感覚のどちらが好き?」
「ちょっと、ちょっと、何その質問?」
「すぐ答えよ」
「それは私としてはやはりVが良いかなと」
と私が答えると
「じゃ、これ今回のツアーの譜面ね」
と言って小風から分厚い譜面を渡される。
「待って。V感覚とP感覚って・・・」
「Violin と Piano だよ。どうした?」
「あ、いや、そのぉ」
「蘭子、変な事想像してない?」
と美空から言われる。
「楽器はちゃんと準備してるからね」
「また隠れて弾いてもらうから」
「そのパターンか!」
空港からタクシーに乗り、9時半頃、会場に入る。会場では既にセットなどの設営作業が行われていた。
「2月のツアーまではこんなセットとか無かったね」
「『優視線』が売れたから、今回のツアーから予算が大きくなったんだよ」
「チケットの値段も上がっているような」
「ソールドアウトまでの時間も短縮してるよ」
前日に沖縄入りしていた、トラベリング・ベルズの5人(Gt,B,Dr,Sax,Tp), コーラス隊の子たち、現地調達したキーボード・グロッケン・フルート奏者、PAさん・照明さん、★★レコードの那覇支店の人と簡単に打ち合わせる。
しかしヴァイオリン奏者が手配されていないのは計画的だ。最初から私がVと答えると見込んでのことだろう。
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