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■夏の日の想い出・月の三重奏(2)
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超大物歌手・松原珠妃(まつばらたまき)も来ていた。今年6月に某音楽雑誌がやっていた「日本の歌姫ランキング」では読者投票で3位に入っていたが、1位が30歳の松浦紗雪、2位が35歳の保坂早穂だったので、25歳の松原珠妃は、このランキングが出た直後のネットの反応では、実質的な1位だよね、という意見も多かった。
「おーい、冬、来たぞー」
と言って珠妃がやってくるので、私は仲人席から降りて和服のままハグする。彼女は綺麗な振袖を着て来ていた。
「このくらいの振袖なら花嫁より目立ったりしないよね?」と珠妃。
「うん、大丈夫だよ。でもよく、時間取れたね〜」と私。
「たまたま空いたんだよ。仕事が1件キャンセルになって。私にはインサイダーで情報流してくれてても良かったのに」
と珠妃。
「ごめーん」
「冬、松原珠妃さんと知り合い?」と政子が驚くように訊く。
「私の元先生」と私。
「私の元生徒」と珠妃。
「冬、その件について後でじっくりと。でも七星さんとの縁は?」
「七星さんは珠妃さんのバックバンドを結構長期間やってたんだよ」
「えー? そうだったんだ?」
「元々、七星さんが高校時代にローズ+リリーのバックバンドに入ってくれたのも、珠妃さんの推薦」
と私が当時の事情を明かすと
「えーー!?」
と政子。
「そういう意味では、珠妃さんは、近藤さんと七星さんの縁を作った一人」
「すごーい。でも、どうも冬は昔のことをまだまだ隠してるな」
「政子ちゃん、冬の昔のこと色々教えてあげようか? 写真もあんな格好したのとか、こんな格好したのとかあるよ。 ネタ1件につき100億円くらいで手を打たない?」
と珠妃。
「もう少しディスカウントしてください!」
私とは高校以来の付き合いになるアイドル歌手の貝瀬日南ちゃんなども来てくれていた。今年出したアルバムで、七星さんが曲を提供してくれて、演奏にも参加してくれたのだという。貝瀬日南は○○プロで、プロダクションの方針として、CDの音源作りでは打ち込みは原則として使用しないが、今回はその七星さんのサックスをフィーチャーした曲が結構評判になり、個別ダウンロードが凄い事になっているようだった。
「今あの曲のダウンロードが7万件来てるのよね。私ここ3年くらい5万枚を越えるヒットが無かったのに」
「おお、すごいすごい」
「でも音源制作の時に、格好いいお姉さんだなあ、ってちょっと憧れる気分だったから、結婚するって聞いて、とにかく今日の予定が無かったから飛んで来たんだよ」
「ありがとう」
「ところでさ」
「うん?」
「さっき私、歌った時に伴奏してくれたエレクトーンの人」
「うん」
「もしかして何か凄い人?」
「うん。川原夢美さんって言って、私が子供の頃、愛知県に住んでいた時の友達なんだけどね。高校の時にエレクトーンの世界大会で優勝してるから」
「きゃー! 道理で。歌ってて、この人、凄く上手い!と思ってたよ」
「ちなみに中学の時も同じ世界大会のジュニアの部で3年連続優勝した。だから大人の大会まで入れて4年連続優勝」
「すごーい」
「夢美ちゃんと仲良くしたいけど、忙しいみたい」
と政子。
「ケイの小さい頃の女の子ライフをかなり知ってそうなのに」
「マリちゃん、ケイちゃんの『少女時代』の探求に燃えてるのね?」
と日南が楽しそうに言った。
「そうなんだよ。ケイには『少年時代』は存在しなかったという仮説を立てていて、その検証をしている所」
七星さんたちの高校や大学の友人達も、あるいは買物や家事を放置して、あるいは会社を早退して駆けつけてくれたりしていた。結果的には出席者は90人くらい、ちょっとだけ顔を出した人も入れると140-150人になったようであった。
「なんか御祝儀に分厚い札束包んでる人がいる!これ70-80万ありそう」
と七星さんが焦ったような声を出す。
「ああ。この世界って相場が異常だから」
と私は答える。
「きゃー。松原珠妃さん、100万円の小切手+ディナーショーのペア招待券」
「松原珠妃さんのディナーショー、5万円くらいしたかな」
「わあ、貝瀬日南ちゃんもこれ30万くらいありそう。給料安いだろうに申し訳無いなあ」
「今回のアルバムで七星さんが書いた曲が物凄く売れてるってんで特別ボーナスもらったらしいですよ」
「それにしても・・・わっ!ケイちゃんとマリちゃんの御祝儀袋、300万の小切手が入ってる!」
「まあ、ノリで」
12月18日(水)、XANFUSの5周年記念アルバムが発売された。
ローズ+リリーの『Flower Garden』に刺激されて、KARIONが『三角錐』を作り直してハイレベルなアルバムにし、更にそのふたつのアルバムに刺激されてXANFUSもこのアルバム『Dance ∞ (infinity)』をハイレベルに制作した。
これまでのXANFUSのアルバムは2009年11月に出た2ndアルバム以降、神浜(神崎美恩作詞・浜名麻梨奈作曲)の曲を2〜3曲入れてそれを中核とし、それ以外のソングライターさんの曲を8〜10曲程度入れるパターンが定着していた。しかし今回は神浜の曲を7曲も入れている。
そしてそれ以外の曲として神崎美恩作詞・吉野美来作曲の歌が3曲入っている。吉野美来(よしのみらい)というのはXANFUSの光帆の本名である。元々神崎美恩は光帆と組んで曲作りをしていたのだが、その後光帆がXANFUSでデビューして忙しくなり、なかなか曲を付けてあげられずにいた時、代りに音羽の友人であった浜名麻梨奈が曲を付けたのが当たったことから、XANFUSの曲は神崎美恩と浜名麻梨奈で作るのが定着したのである。
神浜の曲はいつものようなダンスナンバー、神光(とファンサイトで呼ぶのが定着した)の曲はライトロックという感じの仕上がりになっている。この3曲に関しては、浜名やパープルキャッツのmikeなどにアドバイスをもらいながら完成させたことを光帆自身がブログに書いていた。
そして残りの2曲は、マリ&ケイ作詞作曲、森之和泉作詞+水沢歌月作曲の歌が入っていて、これはXANFUSのファンたちにも驚かれた。
「これ、どちらも《お付き合い》で書いたような曲じゃないね」
「マリ&ケイにしても、森之和泉・水沢歌月にしても、無茶苦茶リキ入ってる」
「むしろ自分たちで使いたいような曲を提供してくれている」
ファンサイトではそのような評が書かれていた。
XANFUSのアルパムを番組で紹介してくれたFMのパーソナリティさんなども、こんなことを言っていた。
「このマリ&ケイ『柔らかい時計』も、森之和泉・水沢歌月『輝く季節』にしても、自分たちのシングルとして出してミリオン狙えるような曲ですね」
「私たちも楽曲見てびっくりしました」と音羽。
「ケイからも歌月さんからも、ライバルの私たちに提供するのに個別ダウンロードで下位になりそうな曲などは提供できん、と言われました」
と光帆。
「個別ダウンロードって、あれは結構残酷ですよね」
「そうなんです。曲の出来不出来が、如実に出てしまう。でも今回個別ダウンロードの最下位はきっと私の曲だな」
と光帆は言うが
「いや、光帆さんの3曲も凄く良い出来ですよ」
とパーソナリティさんはフォローしてくれた。
「ケイからもらった『柔らかい時計』を見て浜名が凄い興奮して負けるものかというので『Triple Moon』書いて、少しは対抗できたかな、なんて言ってたらそこに歌月さんから『輝く季節』の譜面が届いて、またぎゃぁ!とか言って、丸2日スタジオに閉じこもって『The Ball Lover (舞踏会の君)』を書いたんです」
と音羽が状況説明する。
なお、『Triple Moon』にはギター三重奏がフィーチャーされているが、弾いているのは、パープルキャッツのmike, 音羽, ともうひとりは実はスリーピーマイスのティリーなのだが、それはクレジットされていない。
「あ、ball って舞踏会の方のボールですね」
「ええ。タマではありません」
「ちなみに先頭曲の『Infinity Inaccessible (*1)』は、歌月さんの『アメノウズメ』を聴いて、浜名が燃えて書いた曲で、アルバムラストのKARIONと一緒に歌った『優しく踊って』はケイの『あなたがいない部屋』を聴いて刺激されて書いた曲です」
(*1)到達不能無限。数学用語。整数論の無矛盾性は最初の到達不能数までの超限帰納法によって証明されている。いわば人知をもって把握できる限界を越えた超無限大であり、西洋魔術のアイン・ソフ・アウルに擬する人もいる。
「ああ、『優しく踊って』はKARIONのハーモニーが美しいですね」
「ええ。あの4人、ほんとにきれいに歌います」
「4人!?」
「あ、はい。歌月さんも歌唱に参加してますから。良く聴いて頂くと4声あることが分かると思います」
「じゃ、歌月さんがXANFUSの音源制作のスタジオに来られたんですか?」
「ええ。来ました。初めてお会いしましたが、可愛い方ですね」
「おぉ!」
「でもそれだけ刺激受けて浜名さんが曲を書いたのなら、今回、ケイさんと歌月さんは、このアルバムの功労賞ですね」
「全くです。でもそれぞれ、1ヶ月分くらい働いた気がした、なんて浜名は言ってました」
「どれも物凄くクォリティ高いです。来年の音楽賞を独占するのでは?」
「いや、ケイも歌月さんも乗ってるから、そう簡単にこちらに独走させてくれないですよ」
と光帆は本気で言っている感じであった。
12月21日。両国国士館3日連続ライブの初日、XANFUSのステージが始まる。
出たばかりのアルバムの中の曲『Beat Heaven』の前奏とともに幕が上がったので観客は総立ちになる。XANFUSのライブは、会場がダンスホールになるのが常である。しかし観客が戸惑ったような反応を見せる。
ステージ前面にふたりの歌唱者が立っているが、音羽と光帆ではない。誰も見たことのないふたりだが、ふたりともとても歌が上手い!
そしてふと見ると、バックで演奏しているのもパープルキャッツではない。よくよく見ると、ギターを弾いているのが音羽、ベースを弾いているのが光帆で、キーボードはKARIONのいづみ、ドラムスはローズ+リリーのケイであることが分かる。
そのあたりの認識ができていったあたりから、少しずつ拍手が湧き上がって行った。
やがて演奏が終わった所で、ギターを弾いていた音羽とベースを弾いていた光帆が前面に出てきて「ハーイ! XANFUS参上!」と名乗りを上げる。
「紹介します。今の歌を歌ってくれた人。神崎美恩! そして浜名麻梨奈!」
客席から「きゃー!」とか「おぉ!」という声とともに物凄い拍手がある。ふたりが公衆の前に出たのは初めてであった。ふたりは客席に向かってお辞儀をし、そして手を振って舞台袖に下がった。
「あと、いづみとケイもありがとう!」
それでいづみと私も手を振って下がる。
「音羽のギターはプロ級だと、先日スカイヤーズのYamYamさんからお墨付きを頂きましたが、私のベースはにわかベースです。kijiちゃんに習って1日特訓して、取り敢えずこの曲だけルート弾きで弾けるようにしました」
と光帆が言うと拍手とともに笑い声が聞こえる。
「さあ、それでは続けて演奏行きましょう!」
ということでパープールキャッツのmike, kiji, noir, yuki が入って来る。
「それでは『Triple Moon』です」
と言うと、いづみと私が再度ギターを持って入ってくるので、また歓声が来る。
それでmikeさんと、いづみ・私の3人でギター三重奏をして、それでこの曲を演奏した。
それにしても三重奏ついてるなと私は思った。スターキッズの『Moon Road』
でヴァイオリンの三重奏をして、こちらはギターの三重奏である。私たちの演奏に乗せて、いつものように音羽と光帆が激しくダンスしながら歌う。
ふたりによれば、声を出す時は身体は動いていないのだというが、それにしても、やはり相当の腹筋が無いとできないワザだ。
本当に月が空に3つ登っているかのように3つのギターが絡み合う、小気味よいリズムで演奏を終えた。
「いづみ、ケイでした!」
と光帆が私たちを再度紹介してくれて、和泉と私は下がった。
その後は通常の演奏に移行した。
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