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■夏の日の想い出・第四章(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-08-03
私は冒頭発言を求めて言った。
「私が言うと無責任に聞こえるかも知れないけど、また別のボーカルを入れてライブハウスなどで活動するというのが良いと思います。私も色々考えたのですが、私は今とてもライブハウスでの演奏にまで付き合う時間的な余裕が無いし、また私やマリが歌うとなると、ローズ+リリーのファンが詰めかけて来て興奮して、不測の事態もあり得る気がします」
「いや、横浜エリーナを瞬殺するアーティストがキャパ数百人以下の自由に入場可能な会場でライブをやれば、そもそも入口のところで大混乱が起きる。死者が出てもおかしくない。無理だよ」
と町添部長も言う。
「ライブハウスの中でも客が席で鑑賞する所はまだいいのですが、オールスタンディング方式の所では客が制御できません。将棋倒し事故が起きます」
と加藤さんも補足する。
「それで、この代理ボーカルの選考基準を考えてみると、結局、実力はあるのに売れてないユニットということになると思います。それは★★レコードとしても、そういうユニットの絶好のプロモーションになるので、協力したいと思うのです。良さそうなユニットがあれば、こちらからそこの事務所に話を持って行きます」
と町添さんが言った。
「そういう訳で《覆面の魔女》の後任のボーカルを選考したいのですが、案のある方はおられますか?」
「kazu-manaの産休明けはいつ頃ですか?」
「夏頃の予定です。彼女たちを使うと4月から6月くらいに掛けて活動ができないですね。それに彼女たちはシレーナ・ソニカ同様、鈴蘭杏梨問題があるので、できたら避けたいところです」
と私は言った。
「フェスで歌ってもらった鈴鹿美里は?」
「彼女たちは年齢的な問題があります。若すぎるのでおとな向けの歌詞を歌わせられないんです。フェスでも、そういう少しやばい曲は避けました。それに中学生は時間制限もありますね。21時までに帰さないといけないし、もっと根本的な問題として、タバコの煙があって酔客のいる所で中学生を歌わせたくないです」
とタカが言う。
「まあ、そういう訳で★★レコード所属あるいは所属予定、20代の現役女声デュオで、チケットを完売できないアーティストのリストを作ってみました。23組います」
と言って氷川さんがリストをパソコンに表示させ、プロジェクタでホワイトボードに投影する。
「この点数は?」
「歌唱力を10点満点で評価したものです。点数は私が実際に最新のCDを聴いて付けてみました」
「わあ、それはお疲れ様です」
「聴きだして10秒で停めたアーティストも多いですが。できたら点数で7点以上のアーティストが良いと思います」
「それは何組いますか?」
「5組ですね」
と言って、点数でソートしてウィンドウを調整して7点以上のみ表示させる。メンバーの名前と年齢、過去のCDセールス、ライブ動員、所属事務所が一緒に出ている。
これは要するに上手いのに売れていない人たちだ。しかし・・・・何だか私と個人的な関わりのある人たちが・・・いっぱい!
「ちなみにローズ+リリーなら何点ですか?」
とタカが訊いた。
「ローズ+リリー、XANFUS、KARIONは10点、スリファーズ、mapなどが9点。AYA、富士宮ノエル、シレーナ・ソニカ、などが8点、坂井真紅や鈴鹿美里、小野寺イルザ、槇原愛などが7点のイメージです」
と氷川さんは言う。
「じゃ7点ってかなり上手いんだ?」
「それ未満だとお客さんを失望させると私は思います」
と氷川さん。
「そんなに上手いのに売れてないのが5組もあるのか。しかしほんとに全部知らないユニットだなあ。どんな人たちか簡単に説明とかできます?」
とタカが言う。
「線香花火は歌唱力9点を付けていますが、ほんとに上手いんですよ。何かきっかけがあればブレイクすると思います。実は今年のサマーロックフェスティバルに、プロモーション枠で出場させようかという話もあったくらいです」
「へー」
「ふたりともクラシックの素養があるので、しっかりした歌を歌います」
「ほほぉ」
「ミルクチョコレートは歌唱力8点を付けました。静かな曲では音程が安定しているのですが、動きの多い曲ではやや不安定になります。音程より雰囲気優先という感じですね」
「なるほど」
「竹鳥物語は同じく歌唱力8点を付けています。リードボーカルの子はかなり歌唱力があるのですが、サブボーカルの子が微妙なので。でも凄く仲良しな感じなのが雰囲気いいですね。ちなみに仲良しといっても恋愛関係は無いと聞いています」
と氷川さんが言うと、タカが笑っている。私は頭を掻いた。
「ポップな歌い方をしますので、シレーナ・ソニカに比較的傾向は近いと思います。3度で歌うことが多いですし、ハーモニーは割ときれいですね。サブボーカルの子も3度で歌う時はわりと音程が安定しています」
「じゃ、初期のローズ+リリーに似てるのでは?」
「そんな気もします。そういう意味ではローズクォーツと親和性は高いかも知れません」
「アウグストは、○○プロ所属なので、多分ケイさんはご存じですよね?」
「はい。彼女たちの歌は生で聴いたことがあります。雰囲気が良いですね」
「歌唱力は7点にしてますが、過去に様々なバンドと組んでCDを制作したこともあって、私もタブラ・ラーサとのライブを見たことがありますが、セッションセンスが良いと思いました。高校時代から活動を始めてもう8年の活動歴があり、CDも10枚以上出していますが、未だに3000枚以上売れたことがありません」
「それはまたヒット曲に恵まれてないですね」
「普通ならもう契約切られてしまう所ですが、彼女たちのキャラクターが魅力的なので、○○プロ側のたっての要望で、★★レコードも毎年契約を更新しています」
「へー、面白そうだなあ」
とタカはかなり興味を持ったようである。
「最後にOzma Dream はローズ+リリーさんたちと同様に今大学4年生で、やはり卒論のために一時休養していますが、春からは使えます。2009年にデビューしたユニットで、無難にどんなジャンルの歌でもこなします。潰しの効くユニットですね。ふたりとも比較的歌はうまいし、ふたりの歌唱力がだいたい同じくらいなためコーラスとして雰囲気が良くなるので、それで重宝されてて、様々な歌手やバンドのコーラス隊としての活動もかなりあります」
「ってことはセッションセンスもいいですね?」
「はい、良いと思います。ヒット曲が無いのに、4年間メジャーアーティストとして活動してきたのは、そのお陰もあります。CD作る時に、バックコーラスとして参加したアーティストから結構曲を頂いているんですよ。ですから売れてないのが惜しい良い曲が多数あります」
色々な意味でいちばん危険なことを知られているユニットなので、Ozma Dream の話にはできるだけ平静を装っていたつもりだったのだが、町添さんには私の表情を見抜かれてしまった。
「もしかしてケイちゃん、この子たちと知り合い?」
訊かれてしまったからには正直に答えざるを得ない。
「私が∴∴ミュージックに出入りしていた頃、知り合いました。実は私とこの2人の3人でKARIONのライブでバックコーラスしたこともあるんですよ。その当時一緒にお風呂にも入った仲ですね」
「ケイ、それって高校時代?」とタカが訊く。
「ええ。高校1年の時ですね」
「もちろん、女湯だよね?」
「まあ、彼女たちは男湯には入れませんね」
「ここにマリちゃんがいたら、不気味な笑い方をしていた所だな」とタカ。
「あはは」
「じゃ、ケイさん、このお二人とは親しいんですか?」と氷川さん。
「まあそうですね」
「歌はうまい?」とタカ。
「うまいですよ。まあ、マリとか、KARIONの美空程度に上手いです」
「なるほど。ケイと知り合いなら使いやすそうだし」
とタカが言う。
「ちょっと待って。ケイちゃん、もしかして他のユニットも結構知り合い?」
と町添さん。
ああ、お見通しか。
「まあ、知ってる人が多いですね」
氷川さんと加藤さんが顔を見合わせている。
「ケイちゃんの視点でお勧めは?」と加藤さん。
「えっと、アウグストか竹鳥物語で」
と私は言ったのだが、町添さんは笑って
「どうも、ケイちゃんが今外したOzma Dream, ミルクチョコレート、線香花火の中から選んだ方が良さそうだね」
と言った。
「その3組がケイと腐れ縁があるんだ?」
とタカ。
「あ、線香花火のこの子って、いつかケイちゃんが会わせてくれた子だ!」
と加藤さんがやっと思い出したように言った。
さて、私は大学2年生になったばかりの2011年4月に性転換手術を受けたのだが、大学時代の4年間に随分、自分と似た傾向の人との付き合いができた。
いちばん大きな付き合いは「クロスロード」とお互いに呼んでいるグループの交流で、私と、都内のメイドカフェで店長兼チーフメイドをしている和実、そのパートナーの淳、富山県在住の霊能者・青葉、千葉の大学院生・千里、埼玉の美容師・あきら、という6人のMTF/MTXとその「付き添い」たちである。
更に音楽業界内で交流が芽生えた、スリファーズの春奈、元アイドルの歌手・花村唯香、中学生歌手の鈴鹿美里の「姉」鈴鹿、などといった人たちもいる。音楽業界でいうと、実は大物、雨宮先生という人もいる訳だが、先生と私の付き合いはとても古く、高校1年の時からである。
「クロスロード」の交流が生まれた2011年6月の時点では性転換手術を終えていたのは私だけだったが、機会ある度に私がみんなを煽ったのもあるのだろう。2012年に、青葉・千里・和実・春奈の4人が相次いで性転換手術を受け、2013年初めには花村唯香も性転換して、《手術済み》の人が随分増えた。
また性転換手術はしていなくても、雨宮先生は2006年に去勢手術を受けたと聞いている。
残るメンツの中で、鈴鹿は2013年の年末に去勢手術を受けたし、18歳になったら性転換手術も受けることで保護者も同意している。淳は、和実と結婚して少し経つまでは男の身体で居て、と和実から言われているらしいので、恐らくあと3〜4年は性転換手術は受けないのだろう。この時期、私たちがいちばん注目していたのは、あきらだった。
そもそもあきらはMTFというよりMTX寄りで、明確に女性になりたいと思っている訳では無い。でも自分が男性という意識はほとんどなく、大学生の頃からほぼ女装して生活している。彼女が勤めている美容室のホームページの美容師紹介の所で、最初は性別・男性と記載されていたのが、その内性別不詳と書かれ、更には性別女性という記載になってしまった。実際、彼女は女声で話しており男声は自分でも出し方を忘れてしまったらしいし、男物の服は全く持っていないし、トイレは女子トイレを使うし、温泉などでも女湯に入る。
奥さんの小夜子さんとの性生活も初期の頃は男女型セックスもしたらしいが、最近ではレスビアン型セックスしかしていないらしいし、タックも常時していて、外すのは数ヶ月に1度程度らしい。また既にDカップサイズのバストを保持している。男性機能は一応まだある筈と本人は言っているが、小夜子さんとの間の2人目の子供を作った後は、一度も射精していないらしい。
それで奥さんからは「子供2人できたし、もう去勢してもいいよ。なんなら性転換しちゃってもいいよ」と言われているらしい。でも本人は迷っているようであった。そしてふたりの間の2人目の子供は10月19日に生まれた。それであきらはもう性転換する障害は何もなくなってしまったのである。
そういう訳で、私にしても和実にしても、あきらと会う度に「性転換しちゃいなよ」とたくさん煽って本人も一応、性転換手術を行っている富山の某病院で診察は受けてきたようである。あの先生も患者を煽るのが好きなので、さんざん「早く女の子になろう」「おちんちんなんて無くしちゃおう」と言われて、この時期、かなり心が揺れていたようであった。
「あきらさんも早く性転換しちゃえばいいのにね」
と政子は楽しそうに言っていた。
「世の中から、おちんちん無くしてしまってもいいと思うなあ」
「それじゃ人類が滅亡するよ。だいたい、道治君や貴昭君のおちんちんが無くなったらマーサだって困るんじゃないの?」
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