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■夏の日の想い出・いと恋し(7)

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やがて演奏が始まる。知名度の高い小品を20個ほど並べた演目である。私はヴィヴァルディの『四季』、パッヘルベルの『カノン』などバロック系の曲ではずっとヴァイオリンを弾いていた。バロック期の楽団にはそもそもクラリネットは入っていなかったので、外しても何とかなるのである。
 
私の担当は第一ヴァイオリンなので、本当はT君と並んで同じ譜面台を使うことになっていたのだが、昨日の事件を配慮して、エキストラで来ている他の楽団のヴァイオリニスト、Kさんと組むようにしてもらっていた。実際問題として私も2ヶ月前に参加したばかりでエキストラに近い状態だ。しかもそもそもヴァイオリンはそれまでやったことなかったので、実質ぶっつけ本番に近い。私は譜面だけを頼りにして弾いていた。
 
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それで前半が終わった所で、その隣で弾いていたKさんから
「あなた、まだヴァイオリン始めて間もないでしょ?」
と言われる。
「済みません。未熟で。まだ始めて2ヶ月で」
「2ヶ月!? それは2ヶ月でここまで弾けるのが凄い。私はてっきり始めて1〜2年かと思ったよ」
などと変な所で感心されてしまう。
 
「でもあなたセンスが凄く良い。未熟な腕をセンスでカバーしてる」
「ああ、ハッタリだけで弾いてるとよく言われます」
「うんうん。ハッタリは大事。あなたソリスト向きかもね〜。でもほんとにセンスいいから頑張ってね」
「ありがとうございます」
 

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15分間の休憩をはさんで、後半の演目に入る。1曲目にムソルグスキーの『展覧会の絵』より『プロムナード』を演奏して、次に2曲目に入ろうとしていた時に、突然最前列に並んでいたお偉いさんの付近から、着メロ?でアニメのテーマ曲が鳴りだした。
 
お偉いさんが慌ててポケットから取り出す。どうもスマホのようだが、着メロの停め方が分からない様子。するとヴァイオリンのいちばん前に座っていたT君がステージを駆け降りると、
「貸して下さい」
と言って取り敢えず着メロを停めた。
 
T君は更に
「これ電源切っておいていいですか?」
と言い、相手が頷くと、そのままスマホの電源を切った。
 
しかし、この事件で客席にもステージ上にもかなりしらけたムードが漂う。
 
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その時私は唐突に思いつき、今鳴ってしまった着メロの曲を自分のヴァイオリンで弾いてみせた。
へ? という顔の楽団の面々。
 
しかし私は構わずそのまま最初のモチーフだけ使ってバリエーションを弾く。すると、第二ヴァイオリン首席のNさんがそれにハーモニーを付けてくれた。自分の席に急いで戻って来たT君が私の方を見て「立って立って」という合図をするので私は立ち上がる。そしてT君はそのまま私が弾く旋律にカウンターを入れ始めた。
 
他の演奏者も、第一ヴァイオリンの人はT君に合わせ、第二ヴァイオリンの人はNさんに合わせ、フルートのAさんは高い所で装飾音のような音を入れ、ホルンのEさんは低い音を入れて和音に深みをつける。
 
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そうしてあっという間に私のヴァイオリン・ソロをフィーチャーした即興変奏曲のような感じのものになった。元はアニメのテーマ曲でもこんな感じで演奏すると、なかなか様になる。
 
演奏は2分ほどで終了したが、客席から物凄い拍手が来た。
 
さきほどのしらけたムードは完全に消えていた。
 
リーダーも自ら拍手をして、「さ、次行こう」という合図をする。それで私たちは本来の後半第2曲目であったボロディン『イーゴリ公』より『韃靼人の踊り』
(ポピュラーでも『Stranger in Paradise』などとして知られる)を演奏した。
 

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後半の5曲目まで弾いた所で私はヴァイオリンを置いて管楽器セクションに移動し、クラリネット(ソプラノクラリネット)を持ち、ここからの曲では私はクラリネットを吹く。そしてそれで1曲演奏して、2曲目を演奏していた時のことであった。
 
コンマスのT君が小さく「あっ」という声を出した。見ると、どうもヴァイオリンの弦が切れてしまったようである。私は昨日私があのヴァイオリンのケースで殴ったせいじゃないよな? と思いちょっと心の中で冷や汗が出た。
 
T君が隣で弾いていたエキストラのWさんとヴァイオリンを交換し、WさんのヴァイオリンでT君は弾き続ける。するとWさんは斜め後ろにいたKさんと楽器を交換してWさんはKさんの楽器で弾き続ける。そしてKさんが、私の方を見て私が頷いたので、私が先ほどまで弾いていて、席に置き去りにしてきたアスカから借りたヴァイオリンに持ち替えて演奏を続けた。
 
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私は自分の持って来たヴァイオリンをT君には触られたくない気分だったが、いろいろ優しいことばを掛けてくれていたKさんならいいかなと思い、クラリネットの方の演奏に集中した。
 
このヴァイオリンの交換劇を見て、最前列に並んでいるお偉いさんたちの数人が小さな声で会話を交わし、頷きあっていた。
 

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その後演奏は何事もなかったかのように続き、クラリネットで3曲演奏した所で、私はバスクラリネットに持ち替えた。
 
いよいよ演奏会もクライマックス。次は『金平糖の踊り』である。ホルンを吹いていたEさんが、管楽器セクションから離れて、前面左端に置かれていた鉄琴の方へ行こうとして段を降りる。
 
が、その時、彼女は段を踏み外してしまった。
 
ガタガタっと凄い音を出して彼女は下まで落ちた。
 
慌ててリーダーとT君が駆け寄る。
 
「大丈夫?」
「腕をひねった」
「えー!?」
 
私とAさんも慎重に段を降りて近寄る。
 
「どう?」
「なんか右手が物凄く痛い」
「これ、腫れてる。冷やさないと」
 
客席に居たEさんのお母さんらしき人がステージまで駆け寄ってきた。
 
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「あんた、何やってるの?」
「ごめーん」
 
「お母さん、彼女を取り敢えずお願いします」
とリーダーが言う。
 
「はい」
と言って、お母さんはEさんを連れて外に出る。
 
「リーダーどうします?この曲、飛ばしますか?」
「いや、できたら何とかして演奏したいんだけど。これ弾ける人いるかな?」
 
「あ、T君、ピアノでなら弾けるよね? 私の練習に付き合ってくれたから」
「うん。じゃ僕が弾こうか?」
とT君は言ったが、
「いや、君に抜けられるとヴァイオリンセクションの方が困る」
とリーダーは言う。
 
第一ヴァイオリンは本来4人の所が私がクラリネットを吹くのに抜けている。更にT君まで抜けると、確かに数が少なすぎる。
 
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その時、T君は言った。
「じゃ、唐本さん弾けない? 君、僕よりピアノうまいじゃん」
「弾けると思うけど、それじゃバスクラは?」
「それも君が吹く」
「えー!?」
 
「だって、この曲、チェレスタとバスクラは掛け合いだから、同時に音を出すことはない。だからひとりで両方演奏できるはず」
「それはそうかも知れないけど」
 
「やってみよう。失敗した時は僕の責任だから」
とT君がいうので、リーダーも
「前代未聞だけど唐本さんならできるかも」
などと言って、私が両方弾くことになった!
 

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「お騒がせしました。演奏を続けます」
とリーダーが言う。
 
私はバスクラを取って来て、そのストラップを首に掛けたまま、鉄琴の前に立った。実はバスクラのストラップを立って吹くのにちょうどいい長さにしていたので、座って演奏するピアノより、立って演奏する鉄琴の方が都合がいいのである。バスクラのマウスピースを咥えてスタンバイする。
 
客席からざわめきが聞こえる。
 
指揮者の合図で私は右手だけで鉄琴を叩き、高い音で
 
ソミソファ#・レ#ミ・レレレ・ド#ド#ド#・ドドド・シミドミシ
 
と鉄琴を打ち、間髪入れずにバスクラでチャララララー という合いの手を入れる。左手はバスクラに付けたままで、右手だけを切り替える。
 
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客席から思わずえー?という声が上がる。「シミドミシ」を弾いた後マレットを鉄琴上に放置してすぐにクラリネットの指を押さえるので、マレットが揺れてちょっと変な響きが混じるが、この際それは黙殺した。またこの曲のチェレスタパートはあまり細かい音符が無いので片手だけでも何とか弾ける。それも幸いした。
 
ヴァイオリン・チェロ・コントラバスが控えめな伴奏を入れる中、私は鉄琴とバスクラを素早く切り替えながら、この繊細な音の掛け合いをひとりで演奏した。
 
約2分間の演奏が終わる。物凄い拍手。私は客席に一礼してからバスクラを首から外し鉄琴の下に置いた上で、今度は(ふつうの)ソプラノクラリネットを持ち、隣に置かれているグランドピアノの前に座る。クラリネットはいったんピアノの上に置く。
 
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最後の曲『花のワルツ』が始まる。管楽器が一斉にチャチャチャ・チャーチャ・チャーン(ソドミファーミミー)と演奏し、その最後のチャーンと伸ばした所でハープの代理で私がピアノの分散和音を入れる。再度音程を変えてチャチャチャ・チャーチャ・チャーン(ソドミファーソソー)の後、またこちらは分散和音。そして、今度は管楽器が長めの演奏をして、そこからしばしハープ(を代行するピアノ)の独擅場状態になる。
 
とても美しい音の並びだが、弾く側は無茶苦茶忙しい。私はもう間に合わない所は目立たない音を飛ばして何となくそれっぽく弾いた。最後音の余韻を残して指の動きを止める。
 
一呼吸置いてインテンポとなり、全体での演奏が再開される。私はそれに今度はクラリネットを首に掛けてそちらで参加する(この曲ではクラリネットもけっこう主役級)。ピアノの方はこの先はお休みである。
 
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色々な楽器の掛け合いがある。この曲は「バレエ音楽(作品71)」では途中に置かれる曲だが、チャイコフスキー自身が再編成した「バレエ組曲(作品71a)」
では、ラストを飾る曲である。このとても華やかな曲は『くるみ割り人形』のやはりラストに置かれてふさわしい、と私は思う。
 
繰り返し提示される「ソドミファーミミー」というテーマ。それを中心に演奏は盛り上がって行き、最後「ソドミファーソ・ドードド」で終わる。
 
客席から大きな拍手があり、指揮をしていたリーダーも客席の方を向き直りお辞儀をする。そして楽団員に起立を促し、全員でお辞儀をして演奏を終了した。幕が降りた。
 

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全員楽器を持って退場する。Kさんが使っていたヴァイオリンを返してくれた。よしよしという感じでヴァイオリンを撫でてあげると
「あ、君もそれするんだ。私もよくそうやって撫でてあげてるよ」
と言っている。そしてWさんから返してもらった自分のヴァイオリンを撫でている。
「ヴァイオリンは女性の形なんだって。ほら胴がくびれてるでしょ?だから女の子を愛でるように演奏するっていうんだよね。でもヴァイオリニストにも女性が多いから、レスビアンになっちゃうね。私も唐本さんも」
「へー」
 
舞台袖にEさんが戻って来たのを認めて私とAさんは駆け寄った。
 
「大丈夫?」
「うん。冷やしたら痛みが引いた。ごめんねー」
「でも冬ちゃんの大車輪の活躍で何とかなった」
「大車輪というか、八面六臂だね」
「いや、腕が本当に6本あったら、あれ楽々できたけど」
「確かに!」
 
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「金平糖のあのやりとりをひとりで演奏するのは、エレクトーン演奏では見たことあるけど、鉄琴とバスクラとふたつの楽器を使ってひとりでやるのは私も初めて見たよ」
「いや、私も本当にできるのか?って疑心暗鬼でやったけどマレットが転がって行って落ちたらどうしようとヒヤヒヤだった。でも幸い落ちていかずに何とかなった」
 
「ああ、マレットが落ちたらやばいね」
「予めひとりでやるつもりだったら、マレットに紐を付けておく所だったね」
 
「でも花のワルツも凄かったね。あれ演奏したことあった?」
「あった。あれはさすがに練習してないと無理。去年、一時期かなり練習してたのよ。でも久しぶりだったから指が追いつかなくて、かなり音をはしょった」
「うんうん。手抜きがうまい!と思って聴いてた」
 
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などと言い合っていたのだが・・・・
 
「あれ?」
「なんだか」
「拍手が停まらない」
「これってもしかしてアンコールの拍手?」
 
リーダーとT君が戸惑っている。アンコールされるとは思いも寄らなかったので、アンコール用の曲を用意していないのだ!
 
「ねえ、Eさん、もう行ける?」
とT君が訊く。
 
「はい、大丈夫です」
「じゃさ、女の子3人で出て行って何か演奏しない?」
「何かって何にしよう?」
 
「じゃ、チャイコフスキーで終わったから、同じチャイコフスキーで『白鳥の湖』は?」
「『情景』?」
「そそ。誰が何をやる?」
「Eさんピアノ、Aさんフルート、私ヴァイオリン」
「OK。それで行こう」
 

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■夏の日の想い出・いと恋し(7)

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