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■夏の日の想い出・セイシの行方(2)

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上島先生は春風アルトさんとの結婚後、11年も経ってからふたりの間に子供を作った。ちょうど、あやめ・かえでと同い年である。しかし結婚前に実は4人の恋人との間に各1人ずつ隠し子を作っていた。その4人のことを知っていたのは、先生本人、奥さんの春風アルトさん以外には、多分私と下川先生、雨宮先生だけだったと思う。
 
その中のひとりが2027年にロック歌手として「橘美晴」の名前で某レコード会社からデビューした時は驚いたものである。上島先生は多数のレコード会社の歌手に楽曲を提供しているが、このレコード会社とは取引が無かった。どうも本人が「七光り」にならないように、わざとそういう会社を選んだようであった。
 
しかし父親ゆずりの非凡な創作能力と歌唱力、それに歌手をしていた母親譲りの甘い声で、彼はすぐに人気アーティストとなり、その年の新人賞にもノミネートされた。ところが彼のお母さんが2029年春に病気で亡くなってしまった。上島先生はその人のため(春風アルトさんの了承も得て)病院代を全部出すなどサポートしていたが、回復はならなかった。
 
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その直後から、一部のマスコミが彼の父親はどんな人だったのだろうと調べ始めた。本人は父親のことについては何も語らなかったのだが、周囲への取材から、どうも音楽家のようであるということになり、お母さんの病院代もその人が出していたようだということまで突き止め、それは誰なのかという「父親探し」
が始まってしまった。
 
随分いろいろな歌手や作曲家などが候補にあげられ、音声の分析比較などまでして、話題にされていたが、ついにその夏、ある雑誌社が亡くなった母親の歌手時代の元付き人の証言があったとして、父親は上島先生であると断定した。
 
それで「橘美晴は上島雷太の隠し子だった!」という題字が週刊誌の表紙に踊り、橘本人や上島先生へのインタビューも試みられたが、双方ともノーコメントを貫いた。
 
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事実でなければ否定すればよいのであって、ノーコメントということはやはり事実なのではないか、とマスコミは憶測した。
 
それが大騒ぎになっていた時、唐突に「自分が橘美晴の父親」と名乗り出た人物がいた。
 
それは雨宮三森先生であった。
 

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「あのお。。。雨宮先生は去勢なさってますよね。子供は作れないのでは?」
「子作りは気合いよ。私男の娘を孕ませたこともあるわよ」
「えー!?」
 
「あちこちの取材で雨宮先生は2006年初め頃に去勢手術をなさったというのを複数のご友人から証言を得ています。橘美晴君は2007年秋の生まれなのですが」
 
「あら。去勢前に精子を冷凍保存しておいたのよ。それを使って美晴を産んだの」
「産んだのって・・・雨宮先生が産んだ訳じゃないと思いますが・・・」
「あら、だって私、あの子の父親だもん。私が腹を痛めて産んだのよ」
 
マスコミは、どこまで本当でどこから嘘か、あるいは冗談か、さっぱり分からない雨宮先生の詭弁に惑わされた。実際問題として、記者やレポーターの見方も、雨宮先生が本当の父親なのかもという意見と、雨宮先生が上島先生をかばっているだけでやはり橘は上島先生の子供なのではという意見に、まっぷたつに別れた。
 
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雨宮先生は更に自分と橘の母親が笑顔で恋人岬の鐘の前で並んで写っている写真を自分と彼女との交際の証拠として提示した。橘の古い友人が、その写真を小学生の時に橘の家で見たことがあるとし、彼は「お母ちゃんの友だち」と言っていたので女性の友人と思い込んでいたと言ったということであった。
 
また、ある雑誌が、雨宮先生の精液が某病院に数本保管されているという記事を、病院関係者の話として報道した。但し病院側はただちに記者会見を開き、誰の冷凍精液が保管されているかというのは、尋ねられても絶対答えることはないし、内部で無記名アンケートにより調査したが、そのようなことをマスコミに流した人物は存在しないというコメントを出した。
 
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そういう訳で、結局この騒動はやがてうやむやのまま、収束していった。
 

その年の8月末、私と政子は雨宮先生にうまく乗せられて「30代最後かも」というヌード写真の撮影を東海地方の野外スタジオで撮影していた。
 
雨宮先生と私たちのヌード撮影も今回で何度目になるのだろうか。雨宮先生は50歳を過ぎているというのに、とても美しいプロポーションを維持しておられる。30歳くらいのヌードと言われても信じてしまうだろう。
 
「雨宮先生、年齢より20歳は若く見える」
「あら? 何歳に見えるの?」
「あ、えっと・・・・8歳かな」
「8歳でヌード写真撮ったら、ケイちゃん逮捕されるよ」
「ははは」
 
一息ついた時に政子が唐突に先生に尋ねた。
 
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「結局、橘美晴って、どちらの子供なんですか?」
「ふーん。まああんたたちには言ってもいいか」
「そうですね。マリは聞いたことすぐ忘れるし」
「ケイちゃんは口が硬いもんね」
「恐れ入ります」
 
「橘の母親はね。基本的には上島の恋人だったんだけど、橘を妊娠した頃は上島との関係がかなりぎくしゃくしててね。それで私がその相談に乗ったりしてたんだよね」
「で、ベッドの上で相談に乗ってたんですか?」
「ケイちゃんもどぎついこと言うようになったなあ」
「37歳にもなれば、こんなものですよ〜」
「17歳のケイちゃんは可愛かったのに」
「今でもケイは可愛いと思うなあ」
 
「ごちそうさま。それで確かに私2006年1月に睾丸取ったんだけどさあ」
「はい」
「その時は1個だけ取ったのよ」
「へ?」
「男性化を止めたかったからね。1個取れば少し弱くなるかなと思ったんだけど、全然ダメで。それで2007年夏にもう1個も取っちゃって完全に種なしになったんだな」
「へー!」
「これ知ってるのは上島くらいだよ」
「なるほど。じゃもしかして橘君の父親って」
 
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「そ、私にも上島にも分からない」
「DNA鑑定とかしなかったんですか?」
「敢えてそれは調べないことにしようよ、と上島と私とあれの母親の3人で話しあって決めた。だから養育費は私と上島が半分ずつ送金してたよ。あの子が20歳になるまで」
「わあ」
「血液型では分からないんだよね。私も上島もAB型だから」
「うーん」
 
「でもね」
「はい」
「橘の性格って上島に似てる気はする」
「上島先生も同じようなこと言ってたりして」
「あはは。でも別にいいじゃん。父親とか母親とか、便宜上のものだし。ケイちゃんとマリちゃんの家に暮らしてる子供たちも、父親2人・母親2人の子供ってことでいいんじゃない?」
「そうかも知れませんね」
 
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と言って私は深く頷いた。
 

「あ、そうそう」
と雨宮先生は思い出したかのように言った。
 
「橘の父親は分からないんだけど、桜幸司は間違いなく私の息子だから」
「えーーーー!?」
 
「だって、桜幸司は確か2009年生」
「私が冷凍精子を使って産んだの」
「・・・・雨宮先生が産んだんですか?」
「もちろん。私が十月十日お腹の中に入れてて産んだのよ」
 
「でも雨宮先生子宮あるの??」
「先生の言葉って、どこまで本当でどこから冗談か分からないね」
「あら、真顔で嘘つくケイちゃんよりマシよ」
「うむむ」
 
「ちなみに冷凍精液は10本作った。うち3本を行使した」
「じゃ、雨宮先生の子供は3人いるんですか?」
「他の子は芸能人じゃないからね。でも3人とも私が産んだわよ」
 
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「やはり先生って嘘つきだ」
 

「そういえば、冷凍精子っていえばさ」
と政子は雨宮先生と別れた後、帰りの車の中で唐突に言った。
 
「ん?」
「あやめ・かえでを産んだ時に使った冷凍精液なんだけどね」
「ああ、私の去勢前夜の精液を保存してたってやつね」
 
「あやめを産んだ時、精液の冷凍は2本ありますねと言われて」
「2分割されてたってやつでしょ」
「うん」
 
「かえでを妊娠した時も冷凍は2本ありますね、と言われたんだよね」
「へ?」
 
「だからどうも最初精液は3本あったみたい。最初2本ありますねと言われた時は、1本使ったから残り2本という意味だったんじゃないかなと」
「ああ。じゃ、3分割して保存されてたんだ?」
「そうみたい。だから実はもう1本残ってる」
「ふーん」
「あれ、いつ使おうかな?」
「まだ子供産む気?」
「産んじゃダメ?」
「もう8人も子供いるから、いいことにしようよ。それにもし産むにしても、私の精液使うんじゃなくて、貴昭さんとセックスして産みなよ」
「そうだなあ。でもあやめを妊娠した時、私ね」
「うん」
 
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「優先順が書かれているから、おそらくこれがいちばん濃い部分だと思うので、これを解凍しますね、と言われた1番と書かれた冷凍アンプルを拒否して」
「へ?」
「優先順の低い方にしてくださいと言ったんだ。だって、失敗した時に、次は前のより妊娠確率の高いものを使えたほうがいいじゃん」
 
「うむむむ。でも政子って御飯は好きなものから食べるタイプなのに」
「うん。好きなものを最後に取っておくなんてことはしない。好きなものは確実に先に食べる」
「でも精液は弱い方から使ったんだ?」
 
「そう。これは他の人が使うことはないから安心だし。だからあやめ産んだ時の精子はほんとに元気なくてさ。体外受精だったから、お医者さんに顕微鏡操作で受精させてもらったんだよね。元気のない精子ばかりの中で少しでも元気そうなのあちこち探して見つけ出して捕まえて」
「う・・・」
「あ、何だか凄く元気なのが1匹いたいた。こいつ使おう、なんて先生が嬉しそうに言ってたよ」
「へ、へー」
 
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「それがかえでを産んだ時は、解凍した精子が凄い元気で。これなら体外受精の必要はないです。ふつうに人工授精で産めますよと言われたから人工授精して」
「でもその晩、大輔さんともやっちゃって、父親がどちらか分からなくなったと」
 
「そうそう。でもあの時の精子にそんなに元気な精子の詰まってる部分と、元気ないのばかりの部分とがあったんだね。遠心分離機にでも掛けたのかな」
 
「さあ、ああいうの、どうやるんだろうね」
 

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私は翌週、新潟まで用事があった出かけたついでに、富山まで足を伸ばし、青葉・彪志夫妻の家にお邪魔した。
 
「えーーーー!?」
と青葉は思わぬ話の展開に驚愕した。
 
「じゃ、あやめちゃんを産んだ時の精子は間違いなく、大学1年の時のもので、かえでちゃんを産んだ時の精子が高校1年の時のものなんですね?」
 
「たぶんそうだと思う。政子の話からすると」
「待って。そんな有り得ないことなのに・・・・」
 
と言って青葉は本気で悩んでいる。そして青葉はタロットを1枚引いた。
 
「審判・・・・・大天使ガブリエル・・・そういうことか」
 
「どういうこと?」
「つまりですね。かえでちゃんは(受胎告知をした)ガブリエルなんです。かえでちゃんがあやめちゃんの誕生を告知したんです」
「へ?」
「だから、産まれる前からあれこれ不思議なことを起こしていたのは、あやめちゃんじゃなくて、かえでちゃんの方だったんですね」
「え!?」
 
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「かえでちゃんって、自分では表に立たないで、裏でこそこそ工作しちゃう子じゃない?」
「あ・・・・かえではそういうタイプかも。子供たち何人かで悪い事してる時だいたい見つかって叱られるのは大輝なんだけど、どうもかえでが裏で糸を引いてる感じで」
「なるほど」
 
「そうだ。思い出した。私さ、昔夢見たことあるんだよ。震災の時だったかな。赤ちゃんの入ったかごを持って右往左往してて、門番みたいな人に会って。ここは定員2名だから、通れないと言われて。その時、私は男と女の両方兼ねてるから、私だけで2名と言われたのよね」
「はい」
 
「それで男の私を捨てますと言って。それで女の私とかごの中の赤ちゃんのふたりでそこを通ったんだけど」
「ええ」
 
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「でも外に出てからよくよく見たら、ひとりの赤ちゃんの影にもうひとりの赤ちゃんがいたんだ。それで、お前見つからなくて良かったね、と言ったんだけど」
 
「表に出てたのがあやめちゃん、後ろに隠れてたのがかえでちゃんですね」
「うん。要するにかえではフィクサーということか」
 
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