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■夏の日の想い出・あの衝撃の日(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2012-11-05
 
若葉が自分が予備の制服として使うという名目で◎◎女子高の制服を1着作り、ボクに貸してくれたので、1月にはボクはその制服や以前から所有していた「女子高生制服風の服」などで日中何度か家から出かけた。髪型は若葉のものとは変えて毎回いろんなアレンジをしたが「ケイ」のイメージとはかなり違うものにした。(ボクは公式には「引き籠もり中」)
 
その中の1回が、町添さんの御自宅にお伺いしての極秘会談であった。
 
「やっと落ち着き始めた感じだね」
「ええ。ワイドショーも一通り叩き終わったら、今度は誰とかの不倫とか離婚とかで騒いでますし」
「まあ、あいつらは騒ぐのが商売だからね」
 
「マリが・・・かなり落ち込んでいるようなんです。電話では毎日話しているのですが、元々あの子、鬱な性格なので、深い思索の海の中に沈んでしまっているようで」
「ああ」
 
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「お母さんとも話したのですが、ずっと1日詩を書いてるらしいのですが、その中身が、凄まじく根暗で、お母さんが見ただけで気分悪くなったと言ってました。何枚かこちらにFAXしてもらいましたが、私でさえ最後まで読み切れませんでした。お母さんは自殺でもしないだろうかって心配しています。そんなことする子ではないとは思うんですけどね」
「ボクもそれは心配だな」
 
「私も、電話ではとにかく勉強しなきゃ、と言って。それで勉強している間はまあいいのですが、中断するとまた暗い世界に入っていってしまうみたいで」
「何とかしたいね。時々秋月を行かせるようにしようか?」
 
「お願いします。私の変装も、さすがに政子の家に行くとバレそうなので。政子は★★レコードさんとは正式契約しているから、秋月さんが自宅を訪問するのは、何も問題ありませんからね。こういう時、あの子、友だちがいないから、心配で」
「ああ」
 
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「ところで KARION の新しい音源聴いたけど、絶好調じゃん。超絶技巧してるし」
「そうですね。ちょっとストレス解消にも使わせてもらいましたし」
 
「でもケイの曲と水沢歌月の曲の間に僕は何も共通項を感じないんだけど、よくこんな違う傾向の曲を書けるね」
 
「私の曲って、マリと組む場合も和泉と組む場合も、世界観は詩を書いた人の世界観を借用していますから」
 
「でもマリちゃんの詩に曲を付けたのと、いづみちゃんの詩に曲を付けたのと混乱したり、似たような曲になることって無いの?」
 
「だって、お魚を調理したのと、お肉を調理したのとが、同じ料理になることはありませんよ」
 
とボクがにこやかに言うと、町添さんは「あぁ」と納得するように声を出した。
 
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2009年1月23日(金)。ローズ+リリーの3枚目のシングル『甘い蜜/涙の影』が発売された。発売の記者会見は★★レコードの秋月さんと町添部長に上島先生が出て、してくださった。ボクはまだ表に出て行けない状況だったので自宅で母と一緒にテレビで見ていた。
 
「上島先生に借りを作っちゃった」
とボクが言うと
「そのうち、ちゃんと返せるよ」
と母はボクの顔を見つめて言った。
 
このシングルはそもそも本来の発売予定日だった先月下旬の段階で予約が14万件入っていたのだが、この日発売されるということが発表されて以降、更に予約が入り、予約はこの時点で40万件を超えていた。
 
そして初動で50万枚売れた(売上で言えば4億円)。町添さんが1ヶ月、貸倉庫を借りた甲斐があった。町添さんは賭けに勝ったのだ。
 
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翌日。ボクは詩津紅の自宅に電話をした。
 
「冬〜! 生きてた?」
「ボクは生きてるんだけど、政子がちょっとやばいんだ」
「あぁぁ」
 
「あの子、地球が爆発したって生きてそうな顔してるのに、案外デリケートでさあ」
「そうかもね。教室で見てても、感情の起伏の激しさとか感じるから、落ち込むと、落ち込み具合がひどいかも」
 
詩津紅は政子と同じクラスなのである。ボクは今は詩津紅だけが頼りだと思った。
 
「それでさ、ちょっと頼みがあるんだけど。ボクと詩津紅の仲に免じて、一肌脱いでもらえないかと思って」
「んー? 脱ぐって私をベッドに誘うの? 冬とならホテルに行ってもいいよ」
 
こんな発言したらきっと詩津紅のお母さんはギョッとしたろう。
 
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「違うよ〜。少し面倒なことでさ」
 
と言って、ボクはその計画を詩津紅に打ち明けた。
 

週明けて28日(水)。KARIONの5枚目のCD『優視線/広すぎる教室』が発売になった。
 
前回 KARIONのCDは5.6万枚と、初めて5万枚を越えたのだが、今回は予約だけで8万枚入っていた。★★レコードではその倍以上の20万枚をプレスした。そういう強気の営業をした背景には、実は「TVCMの振り替え」というものが存在した。
 
★★レコードでは12月24日に発売する予定であったローズ+リリーの『甘い蜜』
のためにたくさんのTVCM枠を取っていた。12月中にも多数CMは流れていたが、主力は発売直前から発売後半月くらいというのを考えていた。
 
ところがローズ+リリーの方はボクの性別問題と契約書無効問題でCD自体の発売が停止してしまったし、再度の話し合いで発売は1ヶ月後に出来るようになったものの、ボクと政子の父は「TVCMの禁止」を申し入れていた。
 
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そのためTVCM枠が大量に浮いてしまったのである。
 
そのことに気付いたボクは町添さんに言った。
「ほとんど私個人の横流しみたいなものですが、その広告枠を KARION で使ってはいけませんか?」
 
すると町添さんもその枠で何を流すか悩んでいたということで
「いいよ。むしろ一番良い使い方だよ。ケイちゃんのために用意していたものをケイちゃんのために使うんだからね」
 
と言ってくれた。それで年末から1月中旬に掛けて、KARION の新曲のTVCMが大量に流れた。おりしもお正月で在宅率の高い時期である。そもそもKARIONの音楽はファミリー層にも受けるはずのものであることもあり、TVCM効果でKARION 人気が上昇した。
 
果たしてこの新譜は初動が予約枠を越える11万枚/DL来た。そして1週間で25万を越え、KARIONの初ゴールド、初プラチナディスクとなったのである。
 
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こうしてボクと町添さんは突然活動停止になったローズ+リリーのために用意されていた資源を使って、XANFUS, KARION の人気をあげることに成功した。一方でローズ+リリーのCD自体も物凄く売れたのだから、★★レコード社内での論争も完全に町添さんの勝利に終わった。
 

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そして30日(金)の朝。政子の自宅に、◆◆高校の制服を着た女子生徒が5人やってきた。彼女たちは母親に招き入れられて家の中に入る。そして30分後「それじゃまたね」などと言って家から出てきた。
 
すかさず周囲で待機している記者が寄ってくる。
「マリさんのお友だちですか? マリさんの様子どうでしたか?」
 
それに対して、6組委員長でもある紗恵が
「他人の家のそばで見張ってるのってプライバシーの侵害ですよ」
とだけ言って、みんなで立ち去った。
 
そして角を曲がり、充分離れた所で1台の車が彼女たちに近づき、後部座席のドアが開いた。5人の中のひとりがその車に乗り込む。
 

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車に乗り込んできた政子はボクの姿を姿を認めて、抱きつき、深いキスをした。それから車窓の外に向かって手を振ると、残りの4人も手を振り、駅の方に向かった。
 
紗恵や詩津紅たち6組の生徒5人でやってきて、詩津紅が家の中に残り、代わりに政子が出てきたのである。政子は(詩津紅持参の)ウィッグを付けて、かなりのイメチェンをしている。
 
「冬〜、なんで◎◎女子高の制服なの〜?」
「◎◎女子高に行ってる親友の若葉が、今日はボクの身代わりになってうちに居てくれてるんだよ。だから若葉の制服で出てきた」
 
正確には若葉がボクに貸与してくれている、予備の制服なのだが、それはどちらかというと説明したくない。
 
「髪も染めてるし」
「若葉と同じ色に染めた」
 
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「へー。でも私、今日は友だちのありがたさが身に染みた」
「ごめんね。ボクの性別問題が発端で辛い思いさせちゃって」
「ううん。元々は私がバイトに誘ったことから始まったんだもん」
「まあお互い様だね」
 
と言って再度、ボクは政子にキスをする。
 
「で、どこに行くの?」
 
「伊豆まで行こうか」
「へ?」
「マリちゃん、ケイちゃん、私は居ないと思ってたっぷりイチャイチャしていいからね。でもさすがに裸になったりセックスしたりは我慢してね」
と運転席の秋月さんは言う。
 
「ありがとうございます」
とボクは微笑んで言った。
 

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秋月さんの運転するカムリGディグニスエディションは中央高速に乗り、河口湖経由で御殿場に出て、伊豆半島をまっすぐ南下した。
 
政子はボクの身体をあれこれ悪戯しながら、この1ヶ月の思いをたくさん語った。かなり泣きじゃくっていたのでボクはハンカチで涙を拭いてあげた。
 
お昼過ぎに山間(やまあい)の温泉町で休憩し、昼食を取る。
 
「あれ?マーサ、お代わりしなくていいの?」
「最近食欲無いの・・・」
「それはいけない」
 
政子はトンカツ定食を2人前しか!食べなかったのである。
 

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少し休憩してから出発し、ボクたちは伊豆半島南端近くのキャンプ地に到着した。
 
「懐かしい〜。ここが目的地だったのね!」
 
1月なので、ボクたちは防寒用のコートを着てキャンプ場に降り立つ。高1の8月に書道部でキャンプした場所である。
 
「私は近くの町で待機してますから、出発する時やドライブとかしたい時は呼んでください」と秋月さんは言った。
 
ボクたちはバンガローの鍵をもらって、まずはその付近を散歩した。
 
「こんな時期にも営業してるのね」
「泊まり込みで研修とか研究会とかしたりするんだよ。この時期は料金安いから」
「なるほど」
「ね、ちょっと散歩コース歩いていい?」
「うん」
 
と言って、政子はボクを遊歩道に連れて行った。何か懐かしむような表情だが政子は何も言わない。ボクも何も聞かない。ただ、しっかりとお互いの手を握っていた。
 
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「あのね。ここ1年の時、啓介と散歩したコースなの」
「だろうと思ったよ」
「啓介とは腕を組んで歩いたけど、やはり信頼しあっている同士ならむしろこんな感じで手を握り合った方がいいな」
「うん。ボクも腕を組んで歩くのって、ちょっと苦手」
 
遊歩道には雪が積もっていたが、慎重に歩けば滑らずに歩ける程度だった。
 
「あ、この付近、肝試しで歩いたね」
「うんうん」
「そこかなあ。啓介にぶつかって落としちゃった所」
「ああ、そうかも」
 
やがてバンガローのある付近に戻ってくる。
 
「あ、ここのテーブルで、例の曲を作ったんだ」
「懐かしいね」
 
ボクたちはバンガローの鍵を開けて中に入った。しかし中も外気と同じ温度という感じである。ストーブを点ける。
 
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ボクたちはひとつのベッドに並んで座った。
 
「ここで冬を女装させたんだよなあ。可愛かったなあ」
「ふふふ」
「今でも可愛いけどね」
「マーサも可愛いよ」
 

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