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■夏の日の想い出・女子制服の想い出(6)
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目次 8
時間索引 #
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少し時間を巻き戻して9月初旬。模試の成績表が学校経由で帰って来た。ボクは試験自体は単独で受けているものの、所属学校には◆◆高校の名前を書いていたので、そちらにまとめて返却されたようであった。
ボクの成績は校内で30位であった。6月に受けた校内実力テストでは148位だったので、それからすると大躍進ということで先生に褒められた。自分としては密かに順位1桁の成績を狙っていたので、まだまだ勉強不足を感じたのだが、「女の子の服を着ると点数が変わる」というボクの性格を知らなければ、夏休みに入ってから物凄くよく勉強したと思われるだろう。
ボクは当時密かに東京外大を狙っていたので、そのためにはもっと勉強しなければと思った。そこでボクは母に
「進研ゼミを受けたい」
と言った。母は
「勉強する気が出来てきたのはいいことだ」
と言って、即申し込んでくれることになった。
「あのね、あのね」
「うん?」
「申し込む時の氏名をね、唐本冬子にしてくれたりしない?」
母は微笑んで「いいよ」と言った。
それでボクは10月号から、唐本冬子の名前で進研ゼミをやることになった。
9月11日・火曜日。ボクはその日午後の補習が無かったので、6時間目が終わってから紹介状を書いてもらった、総合病院のジェンダー外来を訪れた。
ボクは最初から自分史とかは書いて行った。そして紹介状には早い時期に性別適合手術を受けたいと希望しているなどと書かれていたこともあり、その日のうちにかなりの検査を受けさせられた。
「フライングしてるね?」
「すみません」
フライングというのはこの世界では、きちんとした治療基準に従わずに勝手にホルモンを飲んで身体を女性化させていることを指す。でも実際問題として、治療基準に従っていたら、完全に身体が男性化してから女性化の治療を始めることになり、それもかなり身体に負担を掛ける。
「あれ。でも君、生殖細胞はちゃんと生きてるね」
などと、睾丸の組織採取をした結果を見て先生は言う。
「私、自慰はしないのですが、夢精で出てきた時の精液を自分で顕微鏡で見て精子がちゃんと存在していて活動していることを確認しています。それでホルモン剤を飲む量を加減しています」
「なるほど」
「男性機能は生かさず殺さずです」
「君、かなり意志が強い子だね」
「そうでしょうか?どちらかというと流されてばかりで、悪い意味で女の子の性格だよって、友だちから言われますけど」
「ああ、それはあるかもね」
その日は検査の他はとにかくいろいろな「お話」をした感じであった。
ボクはこの病院には10月の頭まで、合計5回通い、性同一性障害の診断書を書いてもらった。でもこの病院通いで、ハンバーガーショップのバイト代の貯金が2ヶ月分飛んでしまった!
9月21日・金曜日。
ボクの携帯に「冬服できましたよ」という連絡が入ったので、学校が終わってから、ボクは夏服の女子制服に着替えて、洋服屋さんまで取りに行った。
早速試着してみる。
「うん。サイズは問題無いですね」
「ええ。気心地がいいです。でもこういう可愛い服を着られるって、女の子で良かったな、と思っちゃう感じです」
「そうね。男の子にこういう服を着せたら、少し変よね」
などとお店の人も笑っている。
まだ衣替えではないので、夏服に着替えてから帰宅したが、早く冬服も着てみたいなという気持ちになった。
9月23日・日曜日。ボクは午前中、市民会館まで出かけて行った。
その日、コーラス部の大会があるので「見に来てよ」と詩津紅に言われたのである。午後からはテレビ局での仕事があるのだが、うちの学校の出番は午前中ということだったので、それなら見られるなと思ったので出て行った。
もちろん女子制服で!
色々な高校の合唱部がステージに上がって歌を歌っていく。自分が小学校・中学校の合唱部で歌った時のことを思い出す。いいなあ、こういうのってと改めて思う。何と言ってもステージに立って歌うのって快感だ!
やがてボクたちの学校の出番が来て、部員たちがステージに上がる。詩津紅もアルトの後部中央に立った。瞬間、ボクは詩津紅と目が合い、ボクは手を振った。向こうも笑顔で応えてくれた。
やがて歌が始まる。気持ちが乗っていく。歌詞のひとつひとつ、音符のひとつひとつが頭の中で再生される。ボクは今すぐ自分が出て行って、ステージに立ちたいような気持ちになった。
演奏が終わってから、ボクはロビーに出た。
ちょっと心のほてりを冷ましたい気分だった。全面ガラスになっているホールの壁を通して外の景色を見ていたら、ひとりの男性に声を掛けられた。
「ねぇ、君」
「はい?」
とボクは笑顔を向ける。この地区の音楽協会の会長さんだ。ボクが小学校の時男子トイレを使っていたのを咎めた人である。
「君、確か去年、中学の大会で入賞した学校の子だよね?」
「はい。表彰に立たせて頂きました。ありがとうございます」
「その制服、◆◆高校だよね。今、歌った?」
「ええ。でも私はこの学校ではコーラス部に入ってないので、今日は見学です。コーラス部に入っている友人に誘われて見に来ました」
「へー。でもどうして入ってないの?」
「プロに転向しようかと思っていて」
「ああ!」
「今、スタジオで音源制作の時の仮歌を歌ったり、テレビの番組のリハーサルで歌ったりする、裏方の歌手をしてるんですよ」
「おお! そのうちデビューできるといいね」
「ありがとうございます」
「ね。。。これ勘違いなら、御免。君さ、小学校の時も大会で入賞しなかった?」
「会長さんから、表彰して頂きました」
「やはり、あの時の子だよね!」
「ええ。もう男子トイレには入りませんよ」
と言ってボクは微笑む。
「君、やはり本当は女の子だったの?」
「あの頃は、生活の9割くらい男の子だったんですけど、今は男の子半分、女の子半分って感じの生活になっちゃいました」
「じゃ、君やはり男の子なの?」
「そうですね。戸籍上は」
「そうだったのか・・・・でも、君、全然男の子には見えないよ」
「自分でも自分のことは女の子としか思ってません」
「ああ!そうだろうね!」
時間にあまり余裕が無かったので、詩津紅には会わないまま、会場を後にして新宿に向かった。いつものようにリハーサルの仕事をする。最初の歌を歌ってから、和泉に訊かれる。
「どうかしたの?今日は?」
「私の歌、変だった?」
「ううん。迫力ありすぎたから」
「そうかな?」
「何か物凄くエネルギーに満ちあふれていたよ」
更にその日はプロデューサーさんからまで声を掛けられた。
「君、今日はなんか凄いね」
「ありがとうございます」
「ね、君、番組本体に出演しない? 今日デビューした新人って紹介するよ」
「それはさすがに無理があるかと」
「だって、今日の君の歌は、リハーサル歌手とかの歌じゃない。スーパースターの歌だったよ。本番に出演する歌手たちも、みんな圧倒されてたよ」
やがて10月に入る。クラスメイトたちはみんな衣替えで、冬服の制服に戻った。ボクも朝は学生服を着て学校に出かける。
「あんた、結局冬服は作らないの?」
と小声で母に訊かれた。
「その気分になったら。まだもう少しいいよ」
「そう?」
でも火曜日になると、ボクは校内で学生服から冬服の女子制服にチェンジして体育館に行った。用具倉庫に詩津紅が来る。
「久しぶり〜」
「ほんとほんと。おおっ。冬はちゃんと冬服になってる」
「衣替えだもんね」
「6月は男子冬服から女子夏服に衣替えしたけど、今月は女子夏服から女子冬服への衣替えなのね」
「うん。授業には男子冬服で出てるけどね」
「女子制服で授業にも出ればいいのに」
「うーん。もう少し、女子の服に慣れてから」
「これだけ着てて、まだ慣れてないとでも?」
ふたりで一緒に『帰れソレントへ』とか『夢路より』とか教科書に載っているような曲、また『千の風になって』『CHE.R.RY』など最近の話題曲も歌う。
「あのね。なんか言いづらくて」
「どうしたの?」
「私、火曜・木曜に、あまり来れなくなるかも」
「コーラス部の方、忙しくなるの?」
「そうなの! こないだの大会の後で、部長が2年生の人に交替したんだけど、凄く張り切ってて。練習は毎日やりましょうよ、と」
「いいんじゃない? たくさん練習すればいいよ」
「ごめんねー」
「ううん。ね、もし土日の午前中に時間取れるなら、どこか校外ででも会って一緒に歌わない?」
「ああ、土日の午後はバイトって言ってたね」
「うん。土曜日はレコーディングスタジオ、日曜日はテレビ局」
「テレビ局っていいなあ。有名な歌手とかと話したりする機会無い?」
「無い無い。こちらはただのスタッフだもん」
「そっかー。でもそういう世界もいいなあ」
「けっこうどろどろした部分もあるっぽいけどね」
「ありそうね」
そういう訳で、このあとボクと詩津紅のデュエットは、毎週土曜のカラオケ屋さんに舞台を移して、2年生の1学期まで続いていくことになる。ボクはもちろん女子制服で出て行っていた。ちなみにボクが自分所有の女子冬服を着ている姿を見ている同じ学校の友人は、詩津紅と奈緒だけである。
なお、2年生の夏休みになると、詩津紅は大会に向けての練習で忙しくなり、ボクは△△社の設営のバイトを始めて、結果的に自然消滅となった。でもボクはメジャーデビューした時、メジャー版のローズ+リリー(ケイバージョン)の3枚目のサインを詩津紅に渡した。
(1枚目がリナ、2枚目が奈緒、そして4枚目が和泉、5枚目が若葉である。なお和泉からは実はKARION・和泉バージョンの4枚目のサインをもらっている。若葉は同じくKARION・和泉バージョンの5番目のサインをもらっている)
10月中旬のある日の夕方。
家の電話が鳴ったので、ボクは近くに居たこともあり受話器を取った。「はい、唐本です」と男声で応答する。
すると電話の向こうの人は
「こちら進研ゼミと申しますが、唐本冬子さんはいらっしゃいますでしょうか?」
と訊いてきた。
うっ。このまま「私です」と言おうかとも思ったが、今自分は男声で受けてしまった!
「はい、今代わります」
とボクは男声のまま言って、少し間を置き今度は女声で
「はい、唐本冬子ですが」
と応えた。
そばで雑誌を読んでいた姉が吹き出した。母がポカーンとしてボクを見ている。幸いにも父はまだ帰宅していなかった。
電話は進研ゼミを新たに受講するようになったので、受講に際して困っているところがないかとか、相談したいことがあった時の窓口の案内とか、そういう話であった。ボクは「あ、はい」「それは大丈夫です」「あ、ネットは今度使ってみますね」などと、ずっと女声で応答して電話を切った。
母が呆れた風でこちらを見ている。姉はテーブルをバンバン叩いて笑っていた。
「えへへ」
とボクは照れ笑いをした。
夏服ではけっこう学校の中を歩いていたボクだったが、冬服に衣替えになってからは、何となく学校ではあまりその服を着ていなかった。6月の時はそれまで2ヶ月間、男子の服で過ごしていた反動で、女子制服を着たかったというのがあったのだが、女子制服の夏服で6月から9月までの4ヶ月間を過ごしたら、それでけっこう満足してしまった面もあった。更に校内で制服を着なくてもバイト先ではスタジオでもテレビ局でも制服を着ていたから、ボクの心はそれだけでけっこう充たされていた。
でもひとつだけ、女子制服で出て行くところが校内にあった。
それは図書館である!
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