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■夏の日の想い出・女子制服の想い出(2)
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目次 8
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高田先生の次にボクが女子制服姿を晒したのが、詩津紅であった。
6月最初の火曜日。ボクは放課後になると女子制服に着替えてから、いつもの体育用具室に行った。ピアノの前に座り、ウォーミングアップにトルコ行進曲を弾いていたら、詩津紅がやってきた。
「ハローハロー」と詩津紅。
「ハローハロー。じゃSuperflyの『ハローハロー』から」とボクは言ってピアノを弾き始める。
詩津紅はピアノの向こう側に立ったままこの曲を歌う。ボクたちのいつものポジションだ。
「だけどインパクトのある新人が出てきたよね」
「うんうん。ちょっと注目株だよね」
とボクたちは当時デビューしたてであったSuperfly論でしばし盛り上がった。
「でも、今の曲でさ、私が思ってたメロディーと違った所があったんだけど」
「あれ?そうだっけ。ごめーん。ボクの記憶違いかも」
「えっとね。ここの所なんだけど」
と言って詩津紅はピアノで実際に弾こうと、こちらに回ってきた。そして初めてボクの女子制服姿に気付く。
「え!?」
「ん?」
「その制服!」
「ああ。衣替えの季節だしね」
「うーん。。。。衣替えか!!」
と詩津紅は楽しそうに言った。
「それで授業も出てるの?」
「ううん。これは放課後に図書館や体育館を探訪する時限定。まあこれで下校するけど」
「ふーん。でも、冬って、やはり女の子だったのね?」
「ボクの実態は知ってるくせに」
「うふふ。でも似合ってるよ、それ」
「ありがとう」
「でも女子制服着られるんなら、その服着てコーラス部に入らない?」
「いや、この格好をあんまりみんなの前に晒す勇気無くて」
「その格好で出歩いてるなら、既にかなりの人数に晒してる気がするよ」
「そうだなあ。。。」
この体育用具室でのデュエットは、歌声が体育館の中まで響くので、体育館で練習している運動部の子たちには知られていたが、誰が歌っているのかについては、必ずしも知られていなかった。しかし、それをちゃんと知っていたひとりが弓道部の奈緒である。
6月中旬のある日、奈緒はボクたちが歌っている所に入ってきた。
「冬〜。歌っている時に申し訳無い。ちょっと用具運ぶの手伝って」
と言った。すると詩津紅も
「あ、じゃ私も手伝いますね」
と言うことで、ふたりで行こうとしたのだが、その時、奈緒はボクの女子制服姿を見てしまった。
「へ?」
「どうしたの?」
「冬、そんな服着てるの?」
「うん。何か問題ある?」
「いや。冬だったら、別に着ても構わないかな?」
「だって、校内では制服を着てないと叱られるよ」
「まあ、そうだね。男子生徒ならワイシャツにズボンだろうけど」
「女子はブラウスとチェックのスカートにこのリボンだね」
「冬は女子生徒だから、スカート穿くんだね?」
「うん。男子がスカート穿いてたら少し変だけどね」
「まあ、冬がスカート穿いてるのは普通だしね」
それは6月下旬の金曜日。
ボクはいつものように放課後、女子制服に着替えて、図書館に寄ってから下校する。ちょっと買いたいものがあったので、町に出て商店街でチェックする。しかし欲しいものは見つからなかった。それから自宅に戻ろうとしたら、雨が降り出した。
ボクは近くの雑貨屋さんの店頭に傘が出ているのを見て、そこに飛び込み、ピンクの水玉模様の傘(500円)を買った。それで商店街を出てバス停の方に向かっていたら、横断歩道の所に27〜28歳くらいかなという感じの女性が雨に濡れながら、信号が変わるのを待っている感じだった。ボクは反射的に傘をその人の上に差し掛けた。
「あ、ありがとう」
「急な雨で傘の用意が無い人が多いですよね」
「もう車の流れ無視して、走って行こうかと思ったんだけどね」
「轢かれますよ〜!」
ボクは少し話している内、彼女が酔っていることに気付いた。
「君、女子高生?」
「そうですね。男子高校生というよりは女子高生かと」
「面白い子ね。ね。飲みに行かない?」
「未成年ですから、飲酒は禁じられています」
「硬いこと言わないで。おうちとかでは飲んでるでしょ?」
「飲んでませんよ。うち、父もほとんどお酒飲みませんし」
「へー。私なんか小学3年生の頃から友だち同士で酒盛りしてたわよ」
「それはさすがに早すぎます」
「じゃ、飲むんじゃなかったら、カラオケにでも行かない?」
「そうですね・・・カラオケくらいなら」
ということで、ボクはその女性とふたりでカラオケに行くことになってしまった。母に電話しなきゃと思ったのだが、そのカラオケ屋さんにはピンク電話とかがない。まあ、あまり遅くならなきゃいいか、と開き直ることにした。
「勘定は割り勘でいい?」とその女性。
「ええ。その方がスッキリしますね」とボク。
これだけの年齢差があったら、おごってくれそうな気もするのだが、酔っている人にあまり貸しを作りたくない気もして、ボクは割り勘の方が気持ちいい気がした。幸いにも、買物するつもりだったので1万円札が財布に入っている。
最初に飲み物を注文した。
「水割り2杯ね」と彼女は言うが
「いえ、水割り1杯と烏龍茶1杯で」
と私は訂正した。食べ物も適当に注文する。
「じゃ、交互に歌おう」
ということで、彼女はまず《もんた&ブラザーズ》の『ダンシング・オールナイト』
を歌う。
「きれいな声ですね〜」とボクは彼女を褒めた。
「この歌、知ってた?」
「私が生まれるより10年くらい前の曲ですけど、知ってますよ」
「じゃ、今日は1980年代の曲限定で歌わない?」
「いいですよ。じゃ」
と言ってボクはクリスタルキングの『大都会』を歌う。
クリスタルキングはツインボーカルでテノールの田中さんは上がC5まで出ていて、バスの吉崎さんは下がE2まで出ている。ひとりで歌おうとすると、3オクターブ弱の声域が必要である。
ボクはこの曲を1オクターブ上げて歌った。田中さんのパートをソプラノボイスで(最高音C6)歌い、吉崎さんのパートは中性ボイスで(最低音E3)歌う。ふたつの声であわせて3オクターブ弱である。
「すげー、あんたまさかプロだとかは言わないよね?」
「ただの素人女子高生ですよ〜。でも小学校・中学校で合唱部にいました」
「へー。今は?」
「今は音楽関係の部活はしてないです」
「あんた、部活とかより、どこかのレコード会社とかのレッスン受けない?私知り合いが、★★レコードとか、◎◎レコードとかにいるからさ、紹介してあげるよ」
「ああ、友人からもちょっとそんな話で誘われてるんですけどね」
「誘いたくなるだろうなあ。あ、名前聞いてなかった」
「あ、済みません。じゃ、ケイってことで」
ボクは本名を名乗るのがためらわれたので、1年ほど前に青島リンナに訊かれて名乗った名前を答えた。
「ふーん。芸名っぽいな。じゃ私はモーリーで。よし、今度は私の番だ」
その後、私たちは『キッスは目にして』(モーリー)、『私はピアノ』(私)、『シルエット・ロマンス』(モーリー)、『Mr.ブルー』(私)、『星空のディスタンス』(モーリー)、『聖母たちのララバイ』(私)
と歌っていった。
「あんたよく古い歌知ってるね。あんた、まさか年齢詐称してて実は30歳なんてことないよね?」
「えー?それはさすがに無理があるかと」
「女子高生の制服が着れる30歳がいたら、それも凄い気がして」
「そういえば。。。今更ですが、モーリーさん、もしかしてプロの歌手ですか?物凄くうまい」
「まあ、プロの歌手ではないよ」
「へー。でもプロになれると思う」と私。
「その言葉、そっくり君に返すよ」
「よし。歌い方変更だ」とモーリーさん。
「はい?」
「端末にさ、いきなり数字5桁打ち込まない?」
「何の曲か知らずに呼び出して、歌うんですね」
「そうそう」
「それで、歌えなかった曲の数を数えておいて、負けた方がここのお勘定全部払う」
「いいですよ」
ここに入る時、モーリーさんは会員証を出して入っていた。会員価格なら2〜3時間居ても1000円程度だと踏んだ。飲み物・食べ物を入れても5000円程度だろう。
と思ったのだが、モーリーさんは、いきなりフロントを呼ぶと、食べ物を大量に注文した! 水割りもお代わりする。
「ふふふ。ケイちゃんにお勘定を押しつけられそうだから、たくさん食べなきゃ」
などと言っている。あはは。
私も開き直って「今日はおごちそうさまです」などと言って、烏龍茶のお代わりをする。
このゲームは最初私から始める。どうせ適当に数字を打つのであれば、というので目を瞑ってリモコンを操作する。出てきたのは・・・『ポリリズム』!楽勝!
私は人工っぽい声の出し方で、Perfumeのこの曲を歌った。
続いてモーリーさんが打ち込んで出てきたのは関ジャニ∞の『関風ファイティング』。
「私、ジャニーズ分からない」と言ってパス。
この時点ではモーリーさんも、お互いにたくさん歌えない曲が出るだろうという感じで余裕があった感じだった。
次に私が呼び出したのは、3代目コロムビア・ローズの『蒼いバラの伝説』。さすがに私も演歌は自信が無かったが、負けるとお勘定がこちらに来る。私は微かな記憶を辿りながら、根性でこの歌を歌った。
私が演歌をしっかり歌ったので、モーリーは
「やはり、あんた年齢詐称してるでしょ? ホントは56歳くらいでは?」
などと言いながら、次の曲を呼び出す。
今度は南沙織の『17才』。モーリーは余裕でこの曲を歌うが
「モーリーさん、歌い方が可愛いです」
と思わずボクは言ってしまった。
「うふふ。私も女子高生の制服着れるかな?」
「着てみてもいいと思いますよ」
などと言ってみたら
「通販で買っちゃおうかなあ」
などと言っている。どこまで本気でどこから冗談なのか、よく分からない人だ。
こんな感じで、お勘定を掛けた対決は続いていった。
約2時間後。
うーん。。。とモーリーさんはうなっていた。ここまでお互いに10曲ずつ適当な番号で呼び出して、私は10曲全部を歌えたが、モーリーさんは10曲中6曲しか歌えなかった。
「あんた、絶対年齢詐称してる」とモーリーさん。
「ええ?では何歳だと?」
「海軍小唄が唄える高校生がいるものか。あんた66歳でしょ?」
「66歳で女子高生の制服が着れたら凄いですね」
「あんた、選曲番号を覚えてたりしないよね?」
「まさか」
「よし、お互いに相手が歌う番号を呼び出すということにしない?」
「いいですよ」
その方式に変えて、お互い5曲ずつ歌ったが、私は5曲全部歌えて、モーリーさんは3曲しか歌えなかった。
「負けた〜!」
と、とうとうモーリーさんは負けを認める。
「あんた、面白い子だから、今日は私が勘定を持つよ。次会った時はリベンジしたいなあ」などと言う。
その時彼女はふと思いついたように
「ねえ、あんた作曲とかもする?」
などと訊く。
「えっと、あまりまともなのは書けてない感じで。今まで習作は100個くらい書いてるんですけどね」
「100個も! 凄いじゃん。今楽譜とか持ってる?」
「あ、持ってます」
と言って、ボクはいつも持ち歩いている作曲用の五線紙をカバンの中から取りだし、比較的自信のあるものをいくつか見せた。モーリーさんは譜面が読めるようで、うなずきながらボクの書いた曲を見て、ページをめくったりもする。
「ふーん。ちょっと安心した。まだまだ素人の作曲だね」
「お恥ずかしいです」
「でも、あんた才能あるよ」
「そうですか?」
「もっともっと習作をするといい。その内、ホントにいいのが書けるようになるから」
「そうですね。頑張ります」
「よし。今度は1970年代の曲で行こう!」
と言って、モーリーさんは、いしだあゆみの『あなたならどうする』を歌い出す。
ボクはトワエモアの『誰もいない海』を歌う。
その後、モーリーさんが『わたしの城下町』を歌い、ボクが『精霊流し』を歌っていたところで、ドアをトントンとされた。
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