広告:ここはグリーン・ウッド (第2巻) (白泉社文庫)
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■夏の日の想い出・ひたすら泳いだ夏(6)

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「まぁ、気休めだから」とエステを出てから姉は言った。
「たまたま優待券もらってたからね」
 
「まだ痛い」
「今日いっぱいは痛いかもね。それと本気で脱毛するなら、美容外科に行かなくちゃね。それはお値段も高いから自分でバイトして稼いでから行くといいよ」
「うん。そうする」
 
「放課後にプールに行くんなら、朝剃ったヒゲが少し伸びちゃうからさ」
「うん。さっきも剃られてて、わあこんなに伸びてたかと思った」
「女の子としての生活を持つなら、毛の処理はきちんとしないといけないよ」
「うん」
「女の子の下着も少し買ってあげようか?」
「いや、いい」
 
「プールの更衣室でまさか男物の下着は晒さないよね」
「それは女物を着ていくつもりだった」
「私は冬が男物の服ばかり着てるより、そんなのを身につけてる方が安心するよ」
「そう?」
「この1年半ほど少し心配だった」
 
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それでもボクはこの時期学校には男物の下着を着けて出かけていたし、休日に友人と遊びに出かける時もそうだった。
 
エステでの脱毛はあくまで気休めと言われたものの、その後しばらくはヒゲを全く剃らずに済んだ。その内また生えてくるものの、以前より少なくなったような気がした。
 

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毎日の市民プール通いでは、プールまで自転車で出かけるが往復のサイクリングが準備運動と整理運動も兼ねていた。ボクは実際には自転車でプールまで行き、そのプールの近くの道路を軽く4kmほど走ってから、プールで休憩をはさみながら実質1時間くらいクロールで上級者コースをひたすら泳いだ。最後は初級者コースに移動して、平泳ぎや背泳でのんびりと往復し、身体をクールダウンさせた。
 
もうシーズンオフなので人も少なく、のびのびと泳ぐことが出来た。これを続けているうちにボクは12月の末頃には体重を48kgまで落とすことができた。
 
ボクはこの時は泳ぎ続けていれば更に体重が落ちるのかもと思ったのだが、少々運動をしてもこの時期は48kgより下には落ちなかった。つまりこの「48kg」
というのが自分にとって適正体重なのかなと当時ボクは思った。実際52kgでは体重が重すぎてきつかったが、48kgは軽快に動くことが出来ていた。
 
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なおプールではボクはいつも女子更衣室で女子水着に着替えて泳いでいたが、さすがに毎日プールに通っていると、もうそれが普通になってしまった。水着はプールに行く前に家で着込んでいくのだが、泳いだ後は水着を脱いで普通のブラとパンティを身につける。結果的にこのプール通いは毎日女物の下着をつけるということにもなった。
 
それが普通になってしまうと、学校に男物の下着を着けていき、体育の時間に男子更衣室で着替えることの方に微妙な違和感を持つようになり始めていた。おそらくは、この頃がボクの性別意識の目覚めの時期なのだろう。
 
そしてボクの毎日のプール通いは翌年の夏まで続いた。
 

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12月の中旬、絵里花から電話が掛かってくる。
「冬ちゃんさ、今年もサンタガールのクリスマスケーキ配達、頼める?」
「はい、いいですよ」
「私が今高校の受験勉強中だからさ、全部配って欲しいんだけど」
「頑張ります」
「報酬は色つけてもらうから」
「そんな高額でなくてもいいですよ〜。配ること自体が楽しいから」
「ああ、女の子の衣装を着れること自体が楽しいよね」
「えっとぉ」
 
「まあ、いいや。23日の金曜から25日の土曜まで3日間でたぶん140軒ほどに配るんだけど」
「ちょっと待ってください。その量はひとりでは不可能だと思います。24日の指定が多いですよね?」
「あれ? そうかな? 去年より量が多いような気はしたんだけど。確かに指定は24日が7割くらいだと思う」
「貞子に声掛けてみようかな。ふたりで配れば何とかなると思う」
「うん。貞子ちゃんも私や冬ちゃんとあまり体型の差が無いから同じ衣装で行けそうだね」
 
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貞子に連絡してみると、23日と25日は都合がつかないものの24日は大丈夫ということだったので、24日だけ貞子とふたりで手分けして配ることにした。
 
事前に衣装を合わせてみようということで、ボクと貞子のふたりで絵里花の家に行く。
 

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「へー、冬は去年のクリスマスにこの衣装を着てケーキを配ったのか?」
と貞子が面白そうな顔をして言う。
「絵里花さんが足をひねっちゃって、その臨時代理だったんだけどね」
「ふっふっふっふっ」と貞子が含み笑いをしている。
「何よ?」
 
「言いふらしちゃおうかなあ」
「今更だから気にしないもん」
「うーん。そうか。残念」
 
貞子もサンタガールの衣装を着るとぴったりという感じである。
 
「じゃ、これと同じサイズの衣装をひとつ調達しておくよ」と絵里花。
「勉強どうですか?」
「分からないよぉ。もう天に祈るしかないって感じ。あんたたちもしっかり今から勉強してたほうがいいよ」
「あぁ。1年後の自分の姿を見るみたいだ」
 
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「冬ちゃん、最近あまり女装させてあげられなくてごめんね。高校に入ったらまた着せ替えごっこしようね」
「いや、別に女装はいいですよー」
「私、冬は自分でも女物の服、持ってるんじゃないかって気がしてるんですけどね」
と貞子が言う。
 
「そんな気もするけど、自白しないよね、この子」
「あはは」
「ねえ、冬ちゃん。私卒業した後、中学の制服をあげようか?」
「ああ、それいいですね。それで3年生は女子制服で通うんですね」と貞子。
「えーっと」
「今更冬がセーラー服で学校に出てきても誰も驚かない気がするんだけどなあ」
「そんなことないと思うけど」
 
「そうだ!取り敢えず試着試着」
と言って、絵里花は自分の制服を出して来て、ボクに着るように言う。
 
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ボクは頭を掻きながら、着て来た服を脱ぎ、渡されたセーラー服の上下を身につけた。
 
「おお、ちゃんと女子中学生に見える」
「誰も違和感持たないね」
「うーん。。。。」
 
「そうだ、絵里花さん、この制服を今度の日曜に貸してもらえませんか?」
「日曜ならいいよ」
「それでどこかに行くつもり?」と貞子。
「合唱部のコンサートに行くんだよ」
「ああ、なるほど」
 

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ボクは9月の下旬で陸上部を辞め、そのあと「帰宅部」となって、しばらくは放課後図書館で時間を潰していたりしていたのだが、ボクがフリーになったことを聞きつけて、倫代がやってきた。
 
「冬〜、陸上部辞めたんだって?」
「うん。体力の限界を感じて」
「なんか、その理由、嘘くさーい。それでさ、放課後フリーになったんなら、合唱部に入ってよ」
「だってボク女子じゃないし」
 
「その問題は(顧問の)上原先生と話が付いてる。冬は女の子の声で歌えるし、恋愛対象が男の子だから他の部員と恋愛的なトラブルが発生する可能性も無い。更には女子と一緒に着替えたりするのも問題無い。ということで、冬が合唱部に入るのはノープロブレム」
「うむむ」
 
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「だいたいこの夏は陸上部の女子の合宿に参加したんでしょ?」
「えーっと、いつの間にかそんな話になってるのか?」
「以前、奈緒や有咲と一緒に温泉に行ったとも聞いてるし」
「うーん。それは事実だけど」
 
「要するに冬ちゃんって、女の子と一緒に着替えるどころか、女の子と一緒にお風呂に入ったり同じ部屋に泊まれる身体なんでしょ?」
「うーん。確かに女の子の友だちとお風呂に入ったことは何度かあるけど」
「それなら、女子だけの部に入るの、ぜーんぜん問題無いじゃん」
「何か言いくるめられた気分」
 
「ということで図書館なんかに居ないで、こちらに来なさーい」
と言って、ボクは倫代に手を引っ張られて、合唱部の部室になっている音楽室に連れて行かれたのであった。
 
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合唱部も3年生が抜けて、1〜2年生のメンツになっていたが、そのメンツの中で正確な絶対音感を持っているのがソプラノの倫代だけで、若干音程が不安定になっていたので、アルトの音程担当をして欲しいと頼まれた。
 
ボクがアルトの声でアルト歌手向けの数少ない名曲のひとつ『君知るや南の国』
を歌うと「昔より、なまめかしいというか、より女らしくなってるね」と言われる。
 
同じクラスの子もいるので
「冬ちゃん、そんな声が出るの? 普段の音楽の時間は男の子の声で歌ってるのに」
「声変わりが来て女の子の声が出なくなった訳じゃ無かったのね?」
と言われた。
「あ、ボクの声変わりは『なんちゃって声変わり』だから」
とアルトボイスで言ってみる。
 
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あ〜あ。せっかく男の子の振りをしてたのに自分でバラしちゃったなとボクは心の中で苦笑いする。
 
小学校の時に合唱サークルで一緒だった子も多い。その子たちからは
「おお、魅惑のアルトボイス健在だ」
「みっちーが言うように、以前より女らしさが増したね」
「少女の声から女の声に進化した感じ?」
などと言われる。
「ソプラノボイスの方も出る?」
 
「出るよ〜」と言って、ピアノを借りて弾き語りで、瀧廉太郎の『花』を歌ってみせる。
「すごーい。美しい」
「ソプラノの方も、以前よりかなり安定したね」
「弾き語り格好良い」
 
「この1年半、ずっと倫代と一緒に発声練習してたお陰だよ。でもソプラノは声量が足りないのよね〜」
「前から思ってたけど、それ多分呼吸法の問題だと思うよ」と倫代が言う。
「んーじゃ、合唱部やっていいから、その呼吸法を教えてくれない?」
「いいよ」
 
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ということで、ボクの合唱部入りは決まってしまった。
 

そういうわけで、10月中旬からボクの放課後のスケジュールは、合唱部で2〜3時間練習してからプールに自転車で行って2時間ほど泳ぎ20時頃帰宅するというパターンになった。この時期は姉もバイトで帰りが20時半すぎになっていたし、父はいつも遅いしで、我が家の夕食は21時からという状態になっていた。
 
ソプラノの声量に関しては、倫代から複式呼吸の練習をするように言われた。
 
「声量って響きなんだよ。声量のある声とボリュームの大きい声とは別物だから」
と倫代は言っていた。
 
腹筋も毎日300回と言われる。実は陸上部の頃も腹筋は割と苦手だったが、頑張ることにした。しかし腹筋だけしていてはバランスが取れないので結局毎日通う水泳が重要になってくる。こういうトレーニングの成果が上がってくるのはもう高校生になった頃である。
 
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その合唱部に入って最初の公演が12月のクリスマスコンサートだった。市内の中学・高校の合唱部が市民会館に集まり、クリスマスっぽい曲を歌う。中学はお昼前から午後3時くらいまでで、その後、高校生たちが出てくる。
 

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その日ボクが絵里花から借りた女子制服を着て集合場所に行くと
「冬ちゃん?」
「え?気付かなかった」
「最初誰かと思った」
などと言われる。
 
「でも全然普通の女子中学生だね」
「むしろこれを見て男の子と思えというのが無理」
「ねー、実は性転換済みってことは?」
「来月からその服で学校に出ておいでよ」
などといった反応もあった。
 
「この服は借り物だからね〜」
「セーラー服くらい買ってもいいんじゃないの?まだ1年以上あるんだし」
 
顧問の上原先生も
「冬ちゃん、もしその制服で学校にも出てきたいんなら、私校長先生との交渉、応援するよ」
などと言う。
 
「いえ、今のところその予定はありませんから」
と反響の大きさにこちらが戸惑うくらいである。
 
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「冬ちゃん、記念写真、記念写真」
などと言って、何人かの子と並んで写真を撮った。
 
ボクの女子高生制服写真は物凄くレアなはずだが、中学の女子制服写真はそういう訳で持っている子がけっこう出たはずである。
 

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たくさんの中学がステージに立って歌う。「ああ、やっぱり歌うのっていいな」
ってあらためて思う。ひょっとしたら自分は歌を歌っている時がいちばん幸せなのかも知れないという気もした。
 
遥か幼い頃、こども民謡大会で「こきりこ」を歌った時のことを思い出す。民謡でもロックでも合唱でも基本は同じだ。楽しむこと!
 
やがて自分たちの出番が来る。歌う曲目は『星の界(Erie)』(日本語歌詞)と『まきびとひつじを(The first noel)』(英語歌詞)である。1年生の美野里がピアノを弾き、副部長の2年生・光優が指揮をした。(美野里は後に高校のコーラス部でも一緒になったがピアノが本当にうまい子である)部長の倫代はソプラノの音程担当だから、歌唱の列から離れることはできず、指揮はいつも光優がしていた。
 
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どちらも透き通るような美しい曲である。ソプラノが主役だが、アルトもそれに音の深みを与える大事な役である。ハーモニーがきれいにならないといけないから、そういう意味でアルトの音程担当のボクの責任も重大だ。
 
ボクは歌いながら客席の隅々まで見渡す。このステージから客席を見るビューは快絶だ。ああ、度々こういう場に立ちたいという気になる。
 

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夏の日の想い出・ひたすら泳いだ夏(6)

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