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■夏の日の想い出・ひたすら泳いだ夏(4)

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「ね、もう既におちんちんもタマタマも手術して取っちゃったんだよね?」
「やっぱりもう女の子の身体になってるんでしょ?」
「そうでなかったら実は元々女の子なのを誤魔化してたとか」
 
「そのあたりは企業秘密ということで」
とボクは曖昧な言い方をした。しかし彼女らのボクに対する「女体疑惑」はほぼ確定的になった雰囲気であった。
 
「でもいつ去勢したの?もし2年以上前なら女子選手としてエントリー可能だよ」
「小学6年の時に有咲が冬のお股を見たけど何も付いてなかったと言ってたから、その頃はもう取ってたんでしょ? それならもうそろそろ2年経つよ」
と若葉。
「女子としてのエントリーは無理だと思うけどな」
その付近に関しては3人もそれ以上は追求しない。
 
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「でも、今日1日で水着の跡が付いちゃったね」
「あと4日間あるから、もっとしっかり跡は付くね」
「冬は、もう男の子の水着にはなれないね」
「男湯にも入れないね」
 
「あはは。後戻りできない所に来ちゃってたりして」
「というか、後戻りできない身体になってるんだよね?たぶん」
 
「もう2学期から学校にも女子制服で出ておいでよ」
「それはしてみたい気分」
「陸上部の内部では冬は既に完全に女子部員扱いだよ」
 
こんな騒動があったのは初日だけで、2日目からはふつうにおしゃべりしながら寝ていたし、お風呂もジャンケンで順番を決めて入ったが、ボクが「実は女の子のようだ」という認識が広がってしまったので、3人とは、より気安い感じで過ごすことができた。美枝がしばしば「プロレスごっこ」を仕掛けるので4人で入り乱れて取っ組み合ったりしていた。
 
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この夏の水泳練習は陸上の方にも活かされた感じであった。
 
何といっても筋力がかなり付いたので、スパートに強くなった。ボクはしばしば長距離のレースで並んで走っていた選手にスパートを掛けられるとそれに付いていけなかったのが、水泳で鍛えた筋力のおかげで、けっこう付いていったり、逆に振り切ったりすることができるようになった。秋の大会の前に開かれた中高生男女混合のクロスカントリーでは、得意なアップダウンのあるコースを走ったせいもあるが、全体でも30位、中学生男子の中で10位の好成績を収めた。
 
「中学生女子では3位だよね」
と貞子が言ったがボクは
「男子としてエントリーしてるからね」
と笑って言っておいた。
 
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このクロスカントリー大会の表彰式の時、何とも気の抜けた雰囲気の音楽が流れていた。「へい、柔道」と歌っているような気がしたので
 
「これ柔道の応援歌か何か?」とそばにいた美枝に聞いたら
「ビートルズのヘイジュードを知らないの?」と言われる。
 
「ビートルズ?」
「まさかビートルズを知らないとか?」
 

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そこで家に帰ってから母に聞いてみると
「ああ、ビートルズのLPは全部持ってる」と言う。
「有名なバンド?」
「今のポピュラー音楽シーンは全てビートルズから始まると言っても過言ではない」
などと言われる。
「わあ、聴いてみたい」
 
「大量にあるから実家に置きっ放しにしてたんだよね」
と言って、母は高山の姉(ボクの伯母)に電話して、納屋のどこどこにあるはずのビートルズのLPをこちらに送って欲しいと頼む。
 
「ビートルズだけ取り出すの面倒だよ。あんたのっぽいやつ全部送っちゃってもいい?」
「うん」
「じゃ、ついでに私の持ってるロック系のLP・CDも送っちゃおう。私民謡しか聴かないから」
「え〜?」
 
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荷物は翌々日届いたが、箱が10個もある。
「あのお。。。。」
「なあに?」
「スライド本棚がもうひとつ欲しいんだけど」
「いいけど、お父ちゃん最近忙しいから自分ひとりで組み立てて」
「あれ、手が4本無いと組み立てられないんだよ。奈緒を呼んで手伝ってもらおうかな」
 
母の運転する車でホームセンターに行き、2年前に買ったのと同様のスライド本棚を買ってきて、それから電話して奈緒をおやつで釣って来てもらって、一緒に組み立てた。ふたりで4時間掛かった。
 
「でもこんな作業、男の子の友だちに手伝い頼めばいいのに」
「だってボク、男の子の友だちなんていないもん」
 
「おやつだけでは不満。冬の揚げるトンカツを食べさせて」
と言われたので、ストックしているトンカツ用のお肉を使ってトンカツを揚げ、一緒に晩御飯を食べた。
 
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「でも、あらためて見るに凄いCDライブラリだね」
「小学校の間にお母ちゃんが『いい音楽聴きなさい』と言って買ってくれたものが400枚くらい。小6の時に前の学校の友だちの大伯父さんの遺品っていうクラシックのCD/LPを2000枚くらいもらっちゃって、その後はお母ちゃんはクラシックは充分あるからと言ってジャズのCDを買ってくれたから、その系統もかなり増えたね。自分でお小遣いで買ってたのは主として国内の歌謡曲で、それが100枚くらい。だから今まで2700枚くらいだったと思うんだけど、今日届いてそこに積み上げている箱にたぶん1000枚くらい入っている気がする」
 
「すごい量だね。その内どのくらい聴いてるの」
「この本棚に収まっている分は全部聴いてるよ」
「・・・・冬って聴いたことのある曲は歌えるよね」
「うん」
「じゃ試しに」
と言って奈緒は適当に本棚から1枚CDを取る。
 
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「えっと・・・ビーソーベン?」
「ベートーヴェン」
「ああ!ベートーヴェンってこう書くのか。クラヴィヤーソネイト?」
「うーん。ドイツ語だからクラヴィアゾナータって感じかな。ピアノソナタだね」
「えっと、その8番」
「これ有名だし、音楽の時間にも聴いたことないかなぁ」
と言ってボクはドレミで歌い始める。
 
「ミーレーソーーファ、ミソドレソー、(#)ソラーレミファ、ソードレミ、ファーミレドシレードー」
「あ、聴いたことある。じゃ、これ」
といって奈緒は別のCDを取り出す。
 
「ジョン・アイルランド?」
「ジョン・アイアランドって感じかな」
「ザ・ホーリーボーイ」
「うーん。その曲聴いたのだいぶ前だから歌詞は忘れちゃった。メロディーなら出てくるよ」
と言ってボクはその曲も階名で歌った。
 
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「ドードレミファミード・ファーファソラ(♭)シラー・ラドードシラソラーレ」
「聴いたことない」
「けっこういろんな人がカバーしてるんだけどね。それはジュリー・アンドリュース版だね。少年合唱団なんかに歌わせると美しいんだよね」
 
「少年合唱団か・・・・昔、去勢の話とかしたね」
「ああ。でも今では去勢なんてごく簡単な手術だけど、昔は大変だったみたいね」
「けっこう死亡率も高かったんじゃない?」
「そうだね。麻酔が使われるようになったのはだいぶ後の方だから、最初の頃は首を絞めて気絶したところを手術してたらしい」
「きゃー」
「消毒なんて考え方も無かったから、ばい菌が入って死ぬ場合もあったらしいし」
「ああ」
「消毒って考え方が普及したのはナイチンゲール以降だもん」
「それかなり最近じゃん」
「うん。だから当時は医者にもよるけど死亡率が上手な医者でも1割くらい、下手な医者だと8割くらいあったらしいよ」
「ちょっと待って。8割って」
「5人に4人は死ぬ」
「それは酷すぎ。そんな医者にかかれって、それ自体が死ねと言われているに等しい」
「全くだね」
 
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「・・・・ね、私と冬の仲だし、本当のこと教えて。冬って去勢してるの?」
「してないよ」
ボクは今日はずっとアルトボイスで会話している。
 
「ほんとに?」
「じゃ、ボクと奈緒の仲だし。触っていいよ。今、何も工作してないから」
「よし」
と言って奈緒はボクのお股を触る。
 
「・・・・付いてるね」
「ごめんね。付いてて」
「ううん。でも誤魔化すのうまいんだね!」
「ふふふ。また温泉に一緒に行かない?」
「じゃ、冬がお風呂に入った所で通報しよう」
「あはは」
 

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母の実家から送ってもらったCD/LPだが、やはり最初はビートルズから聞き始めた。ビートルズだけで1箱半ある。あれ?そういえばこの人たちの曲を小さい頃歌ってたなというのを思い出した。I wont to hold your hand, Yesterday, She loves you, Norwegian Wood, Ob-La-Di Ob-La-Da, The Long and Winding Road, Martha My Dear, Lady Madonna, このあたりは歌った記憶があった。
 
当時歌いもらしていた曲でも、Hey Jude, Let it be, Yellow Submarine, Love me Do, I Saw Her Standing There, A Hard Day's Night, Here There and Everywhere, All My Loving, Ticket To Ride, Fool on the Hill, Can't Buy Me Love, Blackbird, Across the universe, Here Comes the Sun, A Day in the Life, Strawberry Fields Forever, Please Please Me, などなど、魅力的な曲がたくさんあった。 All you need is Love を聴いた時はいきなりフランス国歌が流れるので「なんだ?なんだ?」と思った。
 
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やはりこの人たちの曲を聴いてなかったのは損失だな、と思う。
 
わずか8年間で活動を停止したのが惜しいと書いていた解説書もあったが、むしろこれだけの高密度の活動を8年もよく続けられたなとボクは思った。こんな強烈なバンドをまとめていたブライアン・エプスタインというマネージャーの才能にも尊敬の念を持った。アーティストは優秀な人ほど個性が強い。それをまとめるのは凄い能力だ。特にポールとジョンという凄まじすぎる個性は出会った時はお互いのパワーに感激して一緒にやりたいと思ったろうけど、しばらくやっていれば、どうしても対立ができたろうなというのは想像に難くなかった。
 
ビートルズの次に聴き出したのは姉に勧められたポール・モーリアだ。この人はやはり「アレンジの妙」が素晴らしい。この人の演奏を聴いているだけで世界のさまざまなヒット曲を耳にすることができるので「お得」でもあるし、聞きやすい素直なアレンジが「素敵」だと思った。これって勉強している時のBGMに凄くいい!耳に邪魔にならないし「一生懸命聴かなければ」という気にさせない「気楽さ」が絶妙だと思った。ボクはそこに音楽のひとつの究極を見る思いがした。このポール・モーリアのCD/LPがまた1箱半あった。
 
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夏休みは陸上での練習に行く時以外、ひたすら聴いていたが、ビートルズで半月、ポール・モーリアで1ヶ月(ポール・モーリアはどの楽器にどういう演奏をさせているかを確認するため全部2〜3回聴いていた)が過ぎていった。
 

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そして秋の大会が来る。ボクは春の大会と同様に1500mと3000mにエントリーしてもらっていた。
 
「えっと、男子の方へのエントリーでいいんだっけ?」と石岡部長。
「はい、それで」
「じゃ男子にエントリーするけど、トイレは女子トイレ使えよ」
「はい」
 
春の大会では石岡さんや絵里花さんが何種目にも出て優勝したものの総合成績では3位に留まった。やはり前年の3年生に優秀な人達が多かったので、その穴を埋めきれない感じだった。この秋の大会では1年生の梶本君が凄かったし、石岡さん、絵里花さん、裕子さん、野村君、貞子といったところがフル回転で活躍して点数を積み重ねる。途中の点数経過を見てきた花崎先生が「今のところ2位だよ」と嬉しそうに言う。
 
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「でも得意の短距離はほとんど終わったからなあ」
「絵里花が800,1500で優勝してくれるさ」
「今年は※☆中学の##が絶好調だからなあ。春の大会ではあわや中学新記録ってタイムだったし」
「でも絵里花先輩も2年前にほぼ同じくらいの記録出してますよね」
「あれはまぐれよ」
 

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そんな話を聞きながらボクは1500mを走りに行った。スタート地点に行った時
「あれ?君、これは男子の1500だけど」
と言われる。
「済みません、よく間違われますが一応男子です」と男声で答えた。
「あ、ごめんごめん」
 
スタートラインにつく。「位置について」で走り出す体勢になる。号砲と共にスタート。最初からハイペースで飛ばす。1500mだから最初から最後まで全力走だ。夏の浜辺の公園でやったインターバル走を思い出す。
 
こういう長距離のトラック走では特に初期段階でのポジション争いが激しい。春の大会ではボクもここで気後れしていたのだが、今回は負けるものかと強引に前の方へ割り込む。そして隙あらば抜いて相手の前に出る。そのあたりは昨年さんざん加藤先生に指導されたことだが、昨年の体力ではできなかった。しかし今年はできる。
 
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ぐいぐい攻めていく。そして選手の列は次第に間延びしていく。ボクはできるだけ前の方に自分の身体を押し込んでいった。
 
あっという間にトラックを2周していた。もう半分が過ぎている。ボクは軽くスパートを掛けて先頭の走者に並ぶ。すると向こうもスピードを上げて離そうとする。それを置いて行かれるものかとしっかり付いていく。ボクとその選手とのつばぜり合いが続く。その状態でトラックを一周した。残り一周!
 
向こうがスピードを上げるがこちらも気合いを入れて離されないように付いていく。そして残り半周というところでボクは仕掛けた。残る力を振り絞ってラストスパート。相手の前に出て、どんどんペースを上げる。足音を聞いて引き離したかな?と思った。
 
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でもそれがボクの油断だった。
 
もう目の前にゴールが迫ってきた時、猛然と彼がダッシュしてボクを追い抜く。ボクはもう彼に付いていく力が残っていなかった。彼と胸の差ひとつでゴール。
 
軽く流してからゴールの所に戻って来て膝に手をやりハアハアと大きな息を付く。彼が握手を求めてきた。「ナイスファイト!」と声を掛け合って握手した。
 
ボクにとってはトラック競技で初の賞状をもらった。チームの所に戻ると「やったやった」と言って、絵里花さんがボクをハグする。その後、若葉、貞子、美枝ともハグした。
 
「なんで唐本君、女子とばかりハグするの?」と花崎先生。
「ああ、唐本は女子ですから」と石岡さんが笑っていた。
 
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