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■夏の日の想い出・ひたすら泳いだ夏(2)
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その女子の3区の美千穂さんが先に来た。その速度を見ながら美枝が走り出す。美千穂さんがラストスパートして手を伸ばし美枝にたすきを渡す。その美枝の走る姿がどんどん遠くなっていった時、男子の3区の堀江さんが来た。「走れ」と言われたが、その堀江さんのペースが落ちているのでボクは少しだけ待ってから走り出す。スピードが乗り始めた所で「はい」という声。ボクが後ろに伸ばした手にたすきが渡される。「はい」と答えてしっかり握り走りながら肩に掛ける。ボクは軽快に走っていった。
中継地点から100mほど行った所から上り坂が始まる。ボクはまず美枝を追い抜く。「ファイト!」「ファイト!」と声を掛け合う。そのまま軽快に坂を昇っていくと、前方に走者の影が見える。ボクはその走者に精神的にぶらさがるような気持ちで足を進めて行った。「ぶらさがって」走るのはとても楽なのである。
そして至近距離まで来たところで、5秒くらいその選手の後ろに付いて体力を蓄えてから、一気にスパートを掛けて追い抜く。その時
「女子選手だ。関係無い関係無い」
という声が聞こえた。あはは、ごめんね〜。ボク男子チームで走ってるんだよね。
続けて走って行くと、また前方に選手が見える。またその選手に食らいつくようにして体力を温存しながら近づいていく。そしてスパートして一気に抜く。
更に同じようにして男子選手2人、女子選手4人を抜いた。正直次から次へと抜くことで普段よりスピードアップしている感覚だった。残り500mくらい。坂はそのうち300mくらい。遥か前方にまた1人見える。距離はあるが向こうはバテていて明らかにペースが遅い。よし!
ボクはラストスパートを掛けた。残っている体力を全部つぎ込んでスピードをあげる。みるみる内に前の選手との距離が縮まる。そして坂が終わる直前、ボクはその選手を高速で抜き去った。残り200mはボクの不得意な平地だ!でもこれで終わりだから、とにかく残る力を振り絞る。前方に中継地点が見えてくる。5区走者の野村君の姿が見えた。彼にたすきを渡せば終わりだ。倒れてもいいから走るぞ。もう半分意識は飛んでいた。とにかく足を動かせるだけ動かす。全力でキックして地面を押し出す。
たすきを肩から外し、手に取る。大きく手を伸ばして「はい」と言って渡す。野村君の「はい」という声。やった! ボクはそのままコースの外へ走り出し、倒れて気を失った。
気がついたら同じ4区を走った美枝がボクに膝枕をして水を飲ませ、介抱してくれていた。
「ありがとう。美枝は大丈夫?」
「うん。こちらは平気。あんまり頑張らなかったし。それでも3人抜いたけどね」
「おお、さすがさすが」
「冬ちゃん凄いよ。5人抜き、区間新記録」
「わぉ」
「来年もこの区間走るの決まりね」
「あはは」
うちのチームは男子は3区まで24チーム中8位と出遅れていたもののボクの5人抜きで3位に浮上。5区を走った野村君も1人抜いて2位に上がり、最後8区を走ったアンカーの石岡さんも快走してゴール直前で前の走者を追い抜き優勝することができた。
女子の方も美枝が4区で3人抜いて5位から2位に浮上し、そのあと8区を走ったアンカーの絵里花さんが中継時点でトップに300m離されていたのを追いつき、物凄いデッドヒートの末振り切ってトップでゴール。この年、ボクたちの陸上部は男女ともAチームが優勝した。石岡さんと絵里花さんが優秀選手賞で表彰されたが、ボクも区間新記録の賞状と記念のメダルをもらった。
「正直唐本が1年前に陸上部に入ってきた時、こんな活躍することを俺は想像できなかった」と石岡部長は言っていた。加藤先生は「冬ちゃん、ほんとに頑張ったね」と言ってハグしてくれた。
そしてこの駅伝での男女優勝を花道に加藤先生は他校に転任していった。
4月になって陸上部の新しい顧問がなかなか決まらなかった。
加藤先生が在任の5年間に春と秋の地区大会で合計6回優勝、駅伝でも男女合計4回優勝と、あまりに優秀すぎたので、誰も後任に手を挙げなかったのである。
下手すると、顧問のなり手がいないため陸上部解散などという事態もあり得るなどと言われたのだが、最終的に英語の花崎英子先生が引き受けてくれた。ただし、花崎先生は陸上部の指導経験どころか、陸上競技そのものをほとんど知らないということで
「勉強するけど、分からないことだらけだから、みんな教えてね。練習は部長と副部長に任せた」
と言われた。しかし分からないなりに毎日出てきて、熱心に声かけをしてくれるので、みんな花崎先生のことを好きになり、あれこれ教えてあげながらも、逆に技術的ではないことであれこれ相談を持ちかけたりしたので、先生も頑張ってくれた。
5月の大会のメンバー表なども、部長と副部長の2人で話し合って決めた。ボクは1500mと3000mに出してもらったが、どちらもひとつ前の走者から大きく離されてのゴールだった。
「まあ坂じゃないから仕方ないか」
「女子として走っていたら、もう少し差が小さかったよね」
などと言われる。
そしてそれはその年の7月初旬のことだった。
土曜日に午前中練習して、帰り道、絵里花さんと2人で学校近くを流れる川の堤を歩いていた。ここは車の走る大通りからひとつ入っていて静かだし、季節ごとに色々な花が咲いていて景色もいいので、よくみんな通っていた。
「でも冬ちゃん、女の子の服とか持ってるんでしょ?多分。こういう休日の練習の時はそれ着て来てもいいよ。女子更衣室で着替えてもいいし」
と絵里花さん。
「えー? そんなの持ってないし、別に女装はいいですよ〜」
「ほんとかなあ。こないだも若葉に訊いたら、返事しないで笑い転げてたし」
「うーん。。。」
「いや、石岡君から、冬ちゃんを男子更衣室で着替えさせていいのかどうか悩んでる、なんて相談受けたからね」
「男子更衣室でいいですよ」
「いや、他の男子が目のやり場に困ってるみたいだからね」
「そうですか〜?」
「駅伝の時も、こないだの大会の時も、トイレは女子トイレ使ってたね」
「ええ。石岡先輩から混乱の元だから女子トイレ使ってくれと言われて」
「うん。女の子が男子トイレにいたら無用の混乱を招くよ」
「確かにボクが男子トイレにいたら、ボクの顔見て慌てて飛び出して行った人が何人かいました」
「ああ。その子がそのまま反対側のトイレに飛び込むと痴漢と間違えられるね」
「うむむ」
そんな話をしていた時に近くでボチャンという水音がして、それに続いて小さい女の子の悲鳴、それから「助けて!」という声が聞こえた。
見ると、川の中に小学1〜2年生くらいの女の子が落ちていて流されている。それを見ておろおろしている友達?の女の子。
川は前日の雨で増水している。ボクと絵里花さんは急いで堤を駆け下りた。そして、そのまま絵里花さんは荷物を岸に置き靴を脱ぐと、華麗に水の中に飛び込む。きれいなフォームで泳いでその子の「後ろ側」に回り込むと、その子の髪を掴んで、岸まで泳いできた。ボクはその岸まで寄ると手を伸ばして女の子の手を掴む。そして思いっきり後ろに体重を掛けて、その子を上に引き上げた。
絵里花さんも自分で上がってくる。女の子はゴホンゴホンと咳をしている。
「水は飲んでないみたいね」
「ええ。大丈夫、君?」
「うん」とその子は返事するが顔が真っ青だ。
そばに居た子に訊く。
「この子のおうち分かる?」
「うん」
「じゃ案内して」
ボクがその子を背中に背負って、絵里花さんと一緒に、その友だちの子の案内で川に落ちた子を家まで送り届けた。お母さんが驚き、そしてボクたちに丁寧にお礼を言った。
「でもお互い、びしょ濡れになりましたね」
その子の家を玄関先で辞しての帰り道、ボクは絵里花さんに言う。
「まあ夏だし、すぐ乾くよ」
「絵里花さんの家、まだ遠いですよね。うちに寄っていきません?着替えくらいはありますよ」
「そうだなあ。お邪魔してみようかな」
ボクは絵里花さんを自宅に連れて行った。母が出かけていたが姉がいたので川に落ちた子供を助けてびしょ濡れになったことを言い、絵里花先輩に着替えを貸して欲しいと言った。
「それは大変でしたね。とりあえず私の部屋へ」
と言って姉は絵里花さんを自分の部屋に連れて行く。ボクも自分の部屋に行き、濡れた服を着替えた。
居間でお湯を沸かしながら待っていると、ほどなく姉と絵里花さんが出てきた。ボクが甘い紅茶を入れて3人で飲む。
「紅茶が美味しい!」
「誰が入れても同じ味になりそうなのに、冬が入れると美味しいのよね」と姉。
「わあ」
「冬は料理全般うまいんですよ。うちの主婦ですね」
「やはり将来的にも主婦になるのかな?」と絵里花さん。
「ああ、いいお嫁さんになると思いますよ」と姉。
「やっぱり、冬ちゃんって、家でもそういう扱いなのね」と絵里花さん。
「でも絵里花先輩、今日の泳ぎ凄くうまかったですね」とボクは言う。
「まあ、服を着てると水着の時と少し勝手が違うけど、ちょっとした要領よ」
「ああ、冬は金槌だもんね」と姉。
「あれ?全然泳げないの?」
「冬ったら毎年体育の水泳は休んでるもんね」
「うん、まあ」
「えー?なんで? 練習しないとうまくならないよ」
「でも・・・・」
「私が想像するに、たぶん男子用水着になるのが恥ずかしいんじゃないかな」
と姉。
「ああ、なるほど」
「胸を露出するのを恥ずかしく感じるみたいね、この子」
「ふーん」
「それと、小学生の男子用スクール水着って、おちんちんの形がハッキリ見えちゃうでしょ。それが嫌いだったみたいで。だからこの子愛知にいた3年生の時までは向こうはトランクス型の水着でも良かったのでそれを穿いて水泳の授業に出てたみたいだけど、東京に引っ越して来てから4年生以降は、こちらの指定水着がブリーフ型だったから、全部見学で押し通しましたね。中学に入ってから去年もずっと見学してたようで」
「ああ、なんとなく分かった。つまりお股の所の形を見られたくないのね?」
と絵里花さん。
「そうみたい」
「それって、おちんちんの形が盛り上がるのが嫌ということなんでしょうか、それともおちんちんが実は無いので、無いことを知られるのが嫌ということなんでしょうか?」
「どっちなんだろうね。私もこの子が幼稚園の頃は、おちんちんが付いているのを目撃しているけど、その後は見たことないから、果たして今付いているのか付いていないのか」
「お姉さんにもそれ分からないんですか? いや陸上部の女子の間でも男子の間でも、冬ちゃんにはおちんちんが付いているのか付いていないのかというのは、大いに議論されていて」
「そんなの議論しないでください」
「で、付いてるの?」
「付いてますよ〜」
「ちょっと見せてみない?」と姉。
「そんな、人に見せるようなものじゃないから」
「でも男子用水着になるのが嫌だったら女子用水着を着ちゃったら?」
と絵里花さん。
「ああ、それもいいですよね。冬は女子用水着を持ってますよ」と姉。
「へー」
「ただ入るのかなあ。小学5年生の時にこの子の友だちが悪戯で女子用水着を着せちゃったようで、その時の水着を記念にもらったのが・・・まだある?」
「持ってるよ」とボクは笑って答える。
「まだ着れる?」
「うん。着れるよ」
「なるほど。着てみてる訳だ」と絵里花さん。
「あ、しまった」
「冬に自白させるには、こういう誘導尋問が有効なんです」と姉。
「分かりました。私もこれからは誘導尋問で」と絵里花さん。
「うーん。。。」
「じゃさ、水泳の練習に付き合ってあげるから、明日は日曜日だし、その女子用水着を持って、○○の市民プールにおいでよ」と絵里花さん。
「○○市まで行くの?」
「地元より知り合いに会う確率が低いでしょ」
「ああ、そうか」
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