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■夏の日の想い出・生りし所(6)
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目次 8
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それで青島を出てから千里の運転で40分ほど走り、鵜戸神宮の“鳥居前”の駐車場に到達する。
ここは観光バスなどで来ると元々の駐車場に着けることが多く、そこからは古い参道を10分ほど歩いて神社に到達するのだが、車で来る場合、平日など、混雑していない日なら、南側から新しい参道を回り込んで、神社のすぐそばに付けることができる。公共交通機関で来た場合も、バス停からこの新しい参道を30分ほど歩くことになる(荷物は預けられるお店がある)。
鳥居を入ってすぐ千里が言う。
「そこにトイレがあるでしょ?」
「うん」
「ここでちょっと揉め事があってさ」
と千里。
「あんたまさか男子トイレに入ろうとしたの?」
と雨宮先生。
「まさか。私の友人のバスケット女子が女子トイレに入っていて悲鳴をあげられて女性警官に捕まったんですよ」
「あらら」
「私たちが彼女は間違い無く女の子ですと証言して、解放してもらったけどね」
「女で良かったね」
「まあその騒動のことを書いたのが実は『Blue Island』なんだよ」
「あの名曲が、そんな状況で生まれたんだ!?」
と上島先生が驚いている。
「夢を壊すような話だ」
と雨宮先生は言っている。
鳥居の所から細い遊歩道を5分ほど歩いて、断崖絶壁の途中にある鵜戸神宮に到達する。
「凄い場所に建てたんですね」
と龍虎が言っている。
「まあ建てること自体が凄い修行だったんだろうね」
お参りしてから左手奥の方に回っていく。
「ここ、おっぱいが大きくなる岩よ。あんたたち触って行かない?」
などと雨宮先生が言っている。
「私は今のサイズで充分なので」
と私は言う。
「これ以上大きくなると試合に差し支えるので」
と千里は言っている。
「僕は胸を膨らませる必要はないから」
と上島先生。
「龍虎は、触ってみない?」
「そうですね」
と言って、龍虎はその岩に触っている。
「ああ、やはり、あんたおっぱい大きくしたいのね?」
「え?この岩触ったらおっぱい大きくなるんですか?」
「あんた話聞いてなかったの?」
「どうしよう。おっぱい大きくなっちゃったら」
「ブラジャー付ければいいのよ」
「ブラジャーか・・・・」
「ああ、つけたいんだ?」
「別に要りません!」
「今、悩んでいたよね?」
と雨宮先生が言う。私は笑いをこらえるのに苦労した。
私が貸したセミタイトスカートを穿いて足を引っかけたりもせずに普通に歩いているのは、どう考えてもスカートを穿き慣れているし、スカートで歩き慣れているとしか考えられない。
でもこの子、女の子になりたい男の子とは違うみたいだな、というのも私は感じていた。
ただの女装趣味!??
運玉投げの所に来る。
「この素焼きの玉をそちらから、向こうにある亀の形をした岩の所に投げ入れることができたら運が開けると言われています。男性は左手で、女性は右手で投げてください」
と説明を受け、全員5個ずつ玉をもらう。
最初に雨宮先生が右手で投げたが2個岩の凹みに入った。
「モーリー凄いね」
と上島先生が言っている。
「まあ元野球選手だし」
「でもそれ20年近く前の話だろ?」
「鍛錬は怠ってないよ」
「偉い」
上島先生は左手で投げたが1個も入らなかった。私が右手でやってみるが、全く入らない。
「次は龍虎ちゃん行く?」
と私は言ったが
「龍虎は真打ちだよ。私が先に行く」
と言って千里は右手で5個全部入れる。
周囲から歓声が上がる。
「さっすが」
「さて、龍ちゃんの番だよ」
それで龍虎が左手に玉を持って投げようとしたのだが、近くにいたおじさんが注意する。
「君、女の子は右手だよ」
龍虎は一瞬上島先生の顔を見たが上島先生は笑って頷いている。まあこの容貌で、スカートも穿いていれば、女の子にしか見えない。
それで龍虎は右手に持ち替えて投げた。
遠く届かない。
「それ全力で投げないと届かないよ」
と雨宮先生が言う。
それで龍虎は大きく振りかぶって思いっきり投げた。しかしあと少し届かない。
「これ、マジで全力出さないとダメですね」
「そうそう」
それで龍虎は2〜3歩助走まで入れて思いっきり投げた。
玉は岩の凹みに当たったものの、跳ねて向こうに行ってしまった。
「当たった、当たった。その調子」
「はい」
それで4個目を投げるがわずかに軌道がずれて右側に落ちてしまう。
「しっかりと目標を見て」
と千里が助言する。
それで龍虎は最後の玉を思いっきり投げる。手を放す瞬間まで目を離さない。しかし投げた勢いでバランスを崩す。それを千里がさっと抱き留めた。
玉はきれいに岩の凹みに乗った。
「やったやった」
と上島先生。
「これで龍ちゃんの望みは叶うね」
と千里。
「何望んだの?」
と私が訊いたのだが
「あっ」
と声をあげる。
「ん?」
「何も考えてませんでした」
「ああ、だいたいそんなもの」
鵜戸神宮を出たのが16:30くらいである。私が運転する。
「今日はこのままホテルに入る?」
と上島先生が訊く。
「そうだなあ。日没は何時だっけ?」
と雨宮先生。
「18:32です」
と千里。
「それを適当な場所で迎えたいな。あ、あそこに行こう。小戸神社。分かる?」
と雨宮先生。
「分かります。カーナビをセットします」
と言って、千里は今日宿泊するホテルに設定していた目的地を変更していた。
「今度行く所はどこ?」
と上島先生が訊く。
「伊邪那岐(いざなぎ)・伊邪那美(いざなみ)の両命は淤能碁呂島(おのごろじま)という所でたくさんの神様を生むんだけど」
と千里は説明を始めようとしたのだが、雨宮先生が茶々を入れる。
「そのふたりの神様が結婚する時の話をしなさい」
千里は
「先生、好きですね〜」
と言って、千里はその一節を暗唱する。
「『汝が身は如何にか成れる?』と伊邪那岐命は伊邪那美命に尋ねた。すると伊邪那美命は『吾が身は成り成りて成り合わざる所、一所あり』と答えた。それに対して伊邪那岐命は『我が身は成り成りて成り余れる所、一所あり』と答え」
とまで言ってから
「この先は18歳未満禁止なので」
と言ってその先を言わなかった。
「18歳未満だと聞いてはいけないことが書いてあるんですか〜?」
と龍虎が言う。
「そうだよ。もし興味があるなら、古事記の最初の付近をこっそり読むといい。ただし、読んでるの見つかったら補導されちゃうからね」
「え〜?どうしよう」
と龍虎は言っているが、ジョークにそのまま合わせているのか、純情無垢なのかは、その話し方からはうかがい知れない。
「でもその『成り成りて成り合わざる所あり』とか、『成り成りて成り余る所あり』って、もしかして、あの付近の話ですか?」
と龍虎。
「分かってるじゃん」
と雨宮先生。
「で、あんたはどっちなのさ?成り成りて成り合わざる所があるの?それとも成り余る所があるの?」
「成り余ってますー」
「ふーん。だったら、君の場合は、その成り余っている所を取った方がいいかもね。余っているって、つまり余計なんでしょ?」
龍虎は顔を真っ赤にして言った。
「え〜?どうしよう?」
「迷うのか!?」
と思わず上島先生が突っ込んだ。
私は可笑しくてたまらなかった。千里も助手席で苦笑している。
「まあそれで伊邪那岐命と伊邪那美命は結婚する。そしてたくさんの神様を産んだんだけど、最後に火の神である火之迦具土神(ひの・かぐつちのかみ)を産んだ時、女陰(ほと)に火傷を負って死んでしまう。伊邪那岐命は死んだ伊邪那美命を葬った後、泣いて過ごしていたんだけど、そのうち我慢できなくなって、黄泉の国へ行って伊邪那美命を死後の世界から連れ戻そうとする」
と千里は日本神話のその付近を解説する。
「それで真っ暗な黄泉国の中で伊邪那美命を探り当てて、現世に戻ってくれと頼むと、伊邪那美命は話し合ってみると言って黄泉国の神様と交渉している。ところが交渉に時間が掛かっているので、どうなっているのだろうと思い、様子を見ようとして伊邪那岐命は灯りを付けてしまった」
「ところがそこで見たのは腐りかけて見るも無惨な姿になった妻の姿だった。それを見た伊邪那岐命は肝を潰して逃げ出す。一方の伊邪那美命は恥ずかしい姿を見られたことに怒って追いかけてくる。そして、とうとう黄泉比良坂(よもつひらさか)という所に、伊邪那岐命が大きな岩を置いて現世と黄泉国の間の行き来ができないようにしてしまった。そしてふたりはお互いに離縁を宣言してしまう」
「黄泉国から現世に戻った伊邪那岐命は、汚い所に行ってきたなあと言って筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原というところで川に浸かって禊(みそぎ)をする。この時、水の底の方にいる時に底津綿津見神・底筒之男命、水の中ほどにいる時に中津綿津見神・中筒之男命、水の表面まで出てきた時に上津綿津見神・上筒之男命が生まれた」
「そしてこの底津綿津見神・中津綿津見神・上津綿津見神の三柱が安曇一族に祭られることになる海神(わだつみのかみ)で、底筒之男命・中筒之男命・上筒之男命が住吉神(すみのえのかみ)となる」
「最後に伊邪那岐命が左目を洗った時に天照大神(あまてらすおおみかみ)、右目を洗った時に月読命(つくよみのみこと)、鼻を洗った時に須佐之男命(すさのおのみこと)が生まれた。これを三貴子という」
「まあ、そういう訳で、今から行く小戸神社というのが、その禊ぎをした場所ということなんだよ」
と千里は説明した。
千里は宮崎市内に入ると、最初に県庁の近くの川のそばに車を停めた。
「長時間停められないから急いで降りて」
というのでバタバタと降りる。車はハザードを焚いている。
「現在、小戸神社は別の場所に移動してしまっているんだけど、ここが元々の小戸神社のあった付近らしいんだよ。だから伊邪那岐命はこの付近で禊をしたのかも知れない」
「千里詳しいね!」
「いや。私も今教えてもらった」
「誰に!?」
千里は斜め左上に視線をやりながら「えーっと」と言っていたが
「話してもいいと言っている。実は霧島神社で霧島大神に会った時に、道案内役に眷属さんを貸してくれたんだよ。その眷属さんが教えてくれた」
「えっと・・・・」
「まあ、あまり深く考えないで」
「そうする!」
私たちは川の流れを少し見ただけで、すぐ車に戻る。そして現在の小戸神社に向かった。
結構広い駐車場があり、平日なので、神門のすぐそばに駐めることができる。そして降りてみんなで参拝する。
「ここの御祭神は?」
「伊邪那岐神だよ」
「なるほど、なるほど」
みんなでお参りした後、由緒書きを見ていた上島先生が言う。
「ね、さっき醍醐君が話してくれたのって、祓詞の中に入ってない?」
「ご明察です」
と千里は言って、祓詞を暗唱する。
「掛けまくも畏き伊耶那岐大神、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊ぎ祓え給いし時に生りませる祓戸大神たち、諸々の禍事・罪・穢あらんをば祓え給い清め給えと白すことを聞こしめせと、恐み恐みも白す」
「なんかほんとに神主さんが祝詞あげてるみたい!」
と上島先生が言うが
「巫女ですから」
と千里は言う。
「そういえば、そんなこと言ってたね!」
「まあ千里は巫女で、女子大生で、女子バスケット選手で、作曲家という不思議な子だ」
「君、忙しいね!」
「いえ、日本で最高に忙しい上島先生からしたら、私など暇すぎる部類ですよ」
「まあ確かに雷ちゃんも異常だよね」
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