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■夏の日の想い出・生りし所(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2016-10-16
「でもケイ、それはもしかして老化現象では?」
などと雨宮先生は言う。
「老化なんですか〜?」
「だって、年取ると運動した後の筋肉痛が数日経ってから出てくるじゃん。あれと同じよ」
「うむむむ」
「東郷誠一さんとか、高校生頃の胸のときめきを突然思い出して可愛い曲ができることある、なんて言ってるよ」
「その話、雨宮先生が言ってたと東郷先生に話していいですか?」
「私の報復が怖くなければどうぞ」
上島先生が笑っていた。
「だけど遅れて記憶がよみがえるというのでは、海野博晃なんて自分は前世の記憶で書いてるなんていつか言ってたね」
と上島先生が言う。
「確かに40-50年前の歌って感じですよね」
「それだから中高年に熱く支持されてるんだけどね」
「あれ、薬で記憶が混乱してるんじゃないの?」
などと雨宮先生は言うが
「あの人、お酒は飲むけど、薬はやってませんよ」
と千里が言う。
「医者から禁酒を言い渡されたのでは?」
と私。
「やめてない。曲を見れば分かる」
と千里。
「じゃ、死ぬのは時間の問題だな」
と雨宮先生。
「誰か強く言える人がいたら、言ってあげた方がいいですよ」
と千里が言う。
「それちょっと東堂千一夜先生に相談してみようかな」
と上島先生が言った。
「ああ、そのくらいの大先生から言われたら考えるかも」
と私も言った。
「前世の記憶と言ったら、城島ゆりあとかも『私前世は美少女女子高生だったから』なんて言って可愛い曲書いてるね」
「城島ゆりあも実態が見えないなあ。雷ちゃん会ったことある?」
「いや、会ってない」
「私も顔見たことないのよね」
「本人は『私、男よ』と過去に何度か発言してるけど、声は女だよね」
「まあ男でも女の声が出る人いるから、そのあたりは分からないけどね」
「あの人も鴨乃清見とか、桜島法子などと同様で、公の場には一切出ないし、写真も非公開だし」
「でもラジオ番組には結構出てるね」
「FM80.0にだけは出る。でもラジオ局には覆面つけて来ているという噂もある」
「なんて怪しい人だ!」
「そこまで顔を隠すということは、誰かの別名義という可能性もある?」
「そのあたりも分からん」
狭野神社から20分ほど走って、霧島岑神社(きりしまみねじんじゃ)に行く。ここは田園地帯の中に立っている神社であった。千里はこの神社に行く時、カーナビの指示を無視した進行をした。
「ここ気をつけてね。カーナビの指示に従うと田んぼの真ん中に連れていかれるみたい」
と千里はカーナビの地図を見ながら言っている。私も覗き込んだが、確かにルート指示が水田の畦道のような所を迷走した末に神社の裏手の森の中に突っ込んでしまっている。多分そちらから神社には到達できない。
「なんか今日はそういう所が多いね!」
と上島先生。
「田舎はたぶんデータの登録もアバウトなんですよ。目的地の1km手前で目的地の近くですというアナウンスで案内を打ち切られたこともありますよ」
と千里。
「うむむ」
「その後は紙の地図を見ながらたどり着きましたけど」
「確かにかえって紙の地図の方が頼りになることあるよ。カーナビでも地図は見られるけど画面が狭いからどこを通って行くべきか分かりにくいことがある」
と私も言う。
「農道や林道の収録率も悪いよね」
「そうそう。それもあるんですよ」
「田舎って国道よりよほど立派な農道や林道が通っていたりするから、カーナビを信じていると、とんでもない道に連れて行かれることもある」
と雨宮先生は言っている。
「うん。目の前に広くてまっすぐの道があるのに、カーナビはわざわざ細くて曲がりくねった道にナビゲートしようとするんだよね」
と千里は笑いながら言っていた。
雨が降った後のようで、いたるところに水たまりができている。それを避けながら、私たちは歩いて行った。
「ここは別の意味で凄い神社だ」
と私は言った。
「うん。凄い。原始的なエネルギーを感じるよね」
と千里は言った。
なお、ここには霧島六社のひとつ夷守神社(ひなもりじんじゃ)が合祀されているということだった(正確には元々夷守神社があった場所に霧島岑神社が引っ越して来て同居した)。それで現在、霧島神社は六社が五ヶ所なのである。
ここでは、お参りした後、私も上島先生も雨宮先生も、千里も五線紙を出して曲を書いていた。龍虎が興味深そうにその様子を見ていた。
更にここから40分ほど走って東霧島神社(つまきりしまじんじゃ)に到達する。
「霧島東神社」の「東」は「ひがし」と読むのだが、「東霧島神社」の「東」は「つま」と読むのである。
「鬼が居る」
と龍虎が嬉しそうに声をあげる。
神社の入口の所に赤い鬼の像が立っているのである。
「この神社の石段は鬼が一晩で作ったらしい」
「へー。それで」
そして赤い狛犬がいる。
「ペイントされた狛犬って珍しいですね」
と龍虎。
「うん。南国っぽいね」
と千里は言っていた。
拝殿に至る石段は鬼が作ったものなら凄い所ではないかと思ったのだが、わりとまともな石段だった。
「大分の熊野の磨崖仏の所にも似た伝説があるけど、あそこの石段に比べると遙かに登りやすい」
と雨宮先生は言っている。
「でもきつい」
と体力の無い上島先生が言っている。
「雷ちゃん、ほんとあんた運動不足」
「でも運動する時間が無いんだよ」
「仕事のしすぎだからなあ」
お参りした所で、また全員五線紙にメロディーなどを書き込んでいた。
そして帰ろうとしたのだが・・・
「提案。女坂に回ろうよ」
と千里が言った。
「そうだね。私たち女だし」
と雨宮先生。
「雨宮先生は男性かと思ってました」
と私が言うと
「私、時々女になるから」
と先生は言っている。
「あのぉ、ボクも女坂に行っていいですか?」
と龍虎が鬼の作った石段を見て言っている。
「龍ちゃんは、女の子でもいいからおいで」
と千里。
「僕も今だけ女でもいい?」
と上島先生。
「やはりあんたは性転換した方がいいな。そしたら浮気もしなくなるだろうし」
と雨宮先生は言った。
それで全員帰りは女坂の方を降りた。
そしてこれで霧島神社五社の探訪が終わった。
「この先はあまり迷わないよね?私が運転するよ」
と私は千里に言った。
「うん。それじゃよろしく」
と言って運転を代わり、私が運転席に乗って車は出発する。東霧島神社を出たのは12時半くらいであった。
「どこかで御飯食べようよ」
「じゃ、次のSAに入りましょう」
私は都城ICから車を宮崎自動車道に乗せると、山之口SAに入った。
ここのスナックコーナーでお昼御飯とした。私は食べている最中にメロディーが浮かんだので書き留める。それを覗き込んだ千里は
「それ霧島東神社で書いたような曲だ」
と言っていた。
「老化じゃなかったら、あんたの頭、ちょっとねじが何本か抜けているのでは?」
などと雨宮先生が言っている。
「先生みたいに全部吹き飛んではいませんから」
と言っておいた。
私は千里がワカメうどんを食べているのに気づいて言う。
「千里、そんなので大丈夫? お肉とか食べたらいいのに」
「私は鵜戸神宮のお参りが終わるまでは生臭は食べないよ」
「そうだったのか!」
「それって千里だけでいいよね?」
と雨宮先生が言う。先生は豚骨ラーメンに鶏天を食べている。
「もちろんです。私が巫女ですから、私が代表して潔斎しています」
「よしよし」
食後、トイレに行ってから車に戻るが、龍虎はまたまた男子トイレに入ろうとして「あんた違う」と言われて、女子トイレに入っていた。
「龍虎、あんた女装していた方が問題が小さい気がする」
「えーっと・・・」
「ケイ、あんた着替えでこの子が入りそうなスカート持ってない?」
「ウェストゴムのがありますが」
「ちょっと龍虎に貸してやって」
「うーん。まあいっか」
それで私が旅行用バッグの中からスカートを1枚出して渡すと龍虎はズボンを穿いたままスカートを穿き、その上でズボンを脱いでいた。なんかその着替え方が手慣れている?
「ズボンでも女の子に見えていたけど、スカート穿いたら、誰も男の子とは思わないな、これ」
と私は龍虎を見て言う。
「あんた、この後は女子トイレを使いなさい。でないと揉め事多発」
と雨宮先生は言っている。
「分かりました。じゃ今日のところはそうします」
と龍虎も言っている。
しかしこの子、ほんとにスカート穿くことに抵抗が無いみたいだな、と私は見ていて思った。
宮崎自動車道を宮崎ICで降りた後、国道220号線を南下する。
「今日はスムーズに行くね」
「そうですね。この道は悲惨なほど混むこともあるのですが。やはり平日だからでしょう」
それで15時前に青島近くの公営駐車場に到着した。
ここから15分ほど海岸沿いに歩き、石畳の橋を渡って青島に到達する。拝殿でお参りした後、右手にある奥の宮にも行く。
「ここはまたいい雰囲気の所だね」
「私大学生時代に友人と一緒に宮崎に来て、ここ青島に来てさ」
と雨宮先生が言う。
「神社の御由緒書きに玉依姫という名前があったのが何となく記憶に残ってね」
「ええ」
「ここに来た翌週に今度は兄貴の彼女とそのご両親を兄貴と一緒に案内して京都市内の観光をしてさ」
「なぜ先生が付いていくんです?」
「兄貴は深刻な方向音痴なんだよ」
「ああ・・・・」
「まあそれで仕方ないから付いて回ったというか連れて回ったんだ」
私は少し考えた。
「それお兄さんの弟としてですか?」
「私は弟ですと自己紹介したんだけど、向こうが驚いている風だったのを見て兄貴は『妹です。お茶目な妹で』とか言った」
「あははは」
「私の性別は結婚式が終わるまで明かさなかったみたい」
「なるほどー」
「まあいいけどさ。その京都観光した時に上賀茂神社でまた玉依姫という名前を見たんだよ」
「あれ?同じ神様なんですか?」
と龍虎が訊く。
「当時はもしかしたら、同じ神様かと思った。ところが無関係なんだな」
と雨宮先生。
「玉依姫というのは神霊の依代(よりしろ)になる巫女という意味だよ。つまり神様の依代となり、神の花嫁になった女性が玉依姫」
と千里が説明する。
「へー!」
「だから玉依姫という名前は全国的にあちこちにあるよ」
「そうだったのか」
「そのあたりから私も日本神話に興味を持って、古事記・日本書紀・風土記と一気読みしたのよ」
と雨宮先生は言う。
「なるほど」
「ちなみに青葉がこの春に作った千葉の神社も名義は玉依姫になっている」
「ほほぉ!」
「もっともそちらの玉は魂の玉じゃなくて、宝玉なんだけどね」
「へー」
青葉によると、あそこは上総国一宮神社と深い関わりがあるらしい。上総国一宮神社(玉前神社)には、波間に光る12個の玉を納めたという伝説があり、あの千葉の玉依姫神社の本来のご神体もおそらく光る玉だろうと青葉は言っていた。但し、あそこの神社には依代として柿右衛門の大きな絵皿が奉納されている。仙台のデパートで、青葉が支店長を務める政子の父から買ったものらしい。
そしてどうもあの神社の創立と、ローズ+リリーが本格的な活動再開できたことに関わりがあるっぽいのである。
神社を出た後、千里が本来の『Blue Island』である『恋のモーニングコール』を発想した場所に行ってみた。
「ここは凄い場所だね」
「雄大な景色ですよね」
「この大海原から登ってきた朝日は美しかったですよ」
「待って。曲が浮かんだ」
と言って上島先生はまた五線紙に曲を書いている。今回の旅は豊作のようである。
「しかしここの朝日を見たい気分にもなりますね」
と私は言ったが
「ケイ、あんた明日の予定は?」
「KARIONの制作があるんですよ」
「それは放置できるな。雷ちゃんは?」
「僕も朝日を見たい気分だけど、吉竹零奈の制作に顔を出さないと」
「あんた、そもそも歌手の制作にめったに顔出さないじゃん。千里は?」
「修士論文の中間発表会が今週末にあるので、その最終確認を指導教官とする予定になっています」
「それはさすがにキャンセルできんな。帰るか」
「雨宮先生優しいですね」
「千里の卒業が遅れると、仕事を押しつけにくいから」
「なるほど」
「ドライバーの都合が付かないのでは仕方ない。明日朝1番の飛行機で帰ろう」
と雨宮先生は言った。
「結局、そうなるんですか?」
「じゃ、次の目的地に移動する間に、ケイ、今夜の宿の確保、明日朝1番の飛行機の予約、それとレンタカー屋さんに乗り捨てしたいという連絡を入れて」
「分かりました」
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