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■夏の日の想い出・分離(1)
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目次 8
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(C)Eriko Kawaguchi 2016-03-11
2016年の年が明けてすぐ、KARIONの4人に畠山社長から
「相談したいことがある」
という連絡があり、私たちは何だろうと思って事務所に集まった。
「実は福留彰さんのことなんだけど」
「どうかなさいました?性転換して女の子歌手になるとか?」
と美空が唐突に言う。
「まさか!?」
「福留さんの女装姿は想像出来ん」
と小風が言うが
「いや、福留さんが女装したらエリゼさんになるはず」
と美空。
「そんな話があったね!」
以前ネットにあった「バーチャル性転換サイト」で、福留さんが性転換した顔をコンピュータ内で数値的(?)に作ってみたらEliseさんそっくりになったという話があったのである。
「あ、いや。性別を移行するとかは個人的なことだから、作詞活動には関係無いと思うし、まあいいんだけど」
などと社長は言う。
むむ。作詞家は性転換しても別に仕事には関係無いのか。
「そうではなくて、彼がうちの事務所との作詞家契約を解除したいということなんだよ」
と社長は言う。
「あぁ」
と4人はため息のような声を挙げた。
福留さんは10年以上前からシンガーソングライターとして活動していたのだが、実際問題として全く売れていなかった。自主制作したCDをインディーズなどを扱っているレコード店に置いてもらっていたのだが、年間数枚程度しか売れていなかったらしい。
それをたまたま畠山さんが目に留め、その詩の世界観に惚れ込んだのである。この世界観はKARIONに合うと思った畠山さんは、この歌詞を使わせてくれないかと打診し、福留さんもまあアイドル歌手なら数万円程度の収入になるかもと考え、ほとんどバイト感覚で歌詞を提供してくれた。
その最初の作品がKARIONの転換点となった4番目のシングル『秋風のサイクリング』に収録された『嘘くらべ』(KARION版の作曲は相沢孝郎)で、この曲で福留さんが受け取った印税はカラオケや放送などの分を入れると150万円を越える。思わぬ大きな収入が入ったことから福留さんも、∴∴ミュージック側の「また歌詞を提供して欲しい」という要請に応え、KARION以外にも数人のアーティストに歌詞を提供するようになった
それで世間的には福留さんは「作詞家」とみなされるようになるのだが、本人としてはあくまでもシンガーソングライターの意識であったという。
それが昨年、自身で曲を付け歌った作品『遠来橋』がBH音楽賞を受賞。それもあって12月末時点でこの作品が既に10万枚を超えるセールスを挙げている。今までそもそも自身のCDが100枚も売れたことはなかったらしいのだが、それがいきなりのゴールドディスクということで「夢なら覚めないで欲しい」とテレビ局のインタビューでも言っておられた。
更にこの12月23日に出したメジャー第2弾『波』は既に50万枚を越えるセールスを挙げている。
「やはり今後シンガーソングライターとしての活動に主軸を置いて行かれるんですね?」
「うん。『遠来橋』は最初自主制作で出して、口コミで売れ出してから◎◎レコードからもリリースされて、その◎◎レコードから出た分だけで10万枚を越えた。更に先日の『波』はもう間違いなく今年の各種賞にノミネートされる作品。春のツアーもやろうという話が出ているんで、そちら中心に活動していくと、こちらへの歌詞提供までの余力が無いということみたいなんだよ」
「電話占い師はどうしたのかな?」
などと美空が言う。
「それは辞めてはいないらしいけど、実際なかなか待機に入れない状態らしいね」
「まあ仕方ないですね」
「その状態なので、申し訳ないけど、こちらまでは無理ということで」
「分かりました。シンガーソングライターとして頑張って欲しいですね」
「うん。僕もそう思うんだよ」
「じゃ今回のアルバムへの楽曲提供も結局無理かなあ」
と和泉は言ったのだが
「そうそう、その件。これが多分KARIONに提供できる最後の作品になると思うと言って詩を頂いている」
と言って畠山さんは私たちにレターペーパーに書いた詩を見せてくれた。折目が付いているので、郵送されてきたのだろう。
それは『雪の世界』という美しいソネットであった。
「これでポップスの曲になるよね?」
と社長が確認する。
「なりますよ〜」
ソネットは14行詩である。私はさっと見た感じ(Aメロ+Bメロ)×3+サビ、として使えそうだと思った。福留さんの作品なのでメロディーに合わせ付ける時の字数などは最初から考慮してあるはずだ。
「でもきれいな詩だ」
「まるで目の前に雪と氷の世界が広がっているかのようです」
「相沢さんが戻って来たら曲を付けてもらいましょう」
「相沢さん、いつ戻ってくるんだっけ?」
それについては社長が難しい顔をして言う。
「弟さんが亡くなった件の色々な事務手続きとかあるらしくて。申し訳ないけど1月24日まで休ませてくれという連絡が入っている。例によって演奏は妹さんを徴用してくれと。でもこれ曲を書いてもらわないと困るよね?」
「そうですね〜。できたらお願いしたいのですが」
「だったら向こうにこれFAXして打診してみるよ」
「お願いします」
今年も震災復興支援イベントをすることになっていた。
昨年が仙台でやったので今年は福島でやろうということになったようである。
「今回は2日間やるんですか!」
と私は町添さんの話に驚いた。
「3月5-6日の土日に、土曜日はアイドル歌手中心、日曜日は実力派歌手中心」
「要するに若い人とお年寄りですね?」
と私は言う。
「うん、人によってはそう思うかも知れない」
と町添さんは言いにくそうである。
「ローズ+リリーはお年寄り組ですよね?」
「すまないけど、そちらのヘッドライナーということで」
「いいですよ」
町添さんから見せてもらった計画表には次のような名前があがっていた。
■3月5日(土)復興支援ライブ(光)福島市みどり総合体育館 6000人
アクア 高崎ひろか 西宮ネオン 品川ありさ
森風夕子 丸口美紅 光丘ひなの 北野天子 松梨詩恩 春野キエ
篠崎マイ 遠上笑美子 南藤由梨奈 鈴鹿美里
■3月6日(日)復興支援ライブ(花)福島市みどり球場 2万人
Golden Six, Flower Four, 桜野みちる 川崎ゆりこ 坂井真紅 富士宮ノエル スリファーズ 槇原愛 丸山アイ ステラジオ 貝瀬日南
KARION, XANFUS, Rose+Lily
「取り敢えず加藤が昨夜組み立ててみた構成なんだけどね。まだ他のレコード会社との調整や、各アーティストへの出演打診もしていないけど、最初に元々のこのイベントの企画者であるケイちゃんたちの意見を聞こうと思って」
と町添さんは言う。
「西宮ネオンが黒一点か」
と政子が言う。どうもアクアは女の子に分類しているようだ。
「うん。そうなるかな。一応ヤング組は1997年度以降に生まれた子ということで」
などと町添部長も言っている。どうも彼の性別は忘れられているようだ。
「なるほどですね」
「18歳以下か〜」
「あれ?富士宮ノエルは1997年生まれですよね?」
「うん。でもライバルの坂井真紅が同じ1997年だけど早生まれで1996年度になってベテラン組になるから、別れたら可哀想だと思って一緒にベテラン組に入れた。実際彼女は充分なキャリアを持っているし」
「確かに」
「ヤングのラストは鈴鹿美里かぁ」
「2013年にデビューしたのが鈴鹿美里・丸口美紅・森風夕子の3組だけどセールスを考えると、彼女たちがいちばん重い扱いになるよ」
「あ、分かった。男の娘で始めて男の娘で締めるんですね」
と政子が言うと、町添さんは全然気づいていなかったようで
「あれ〜〜!?」
と言っていた。
「だったらぜひFlower Fourを2日目のトップに」
「うむむ」
私はしばらくこのリストを見てから言った。
「部長、アクアをここに入れたら、他の子のファンがチケット買えませんよ。アクアが出るのなら6000席は瞬殺です」
「うっ・・・・」
と町添さんは声をあげたまま黙り込んでしまった。
2016年1月11日(月)、★★レコードの持株会社★★ホールディングは報道発表し、★★ホールディングと大手流通会社トラゴンとの合弁会社TKRを設立し、★★レコードから合計20組のアーティストをそちらに移籍させるとした。
新会社の会長兼CEOは★★レコードの松前社長が兼任、代表権のある社長兼COOはトラゴン傘下の通信会社トリプルスターの森原専務、副社長が★★チャンネルの朝田常務で、森原さんと朝田さんは現職を外れてこちらの専任となるとされていた。
分離するアーティストは下記で各々新レーベルを作ることになった。
■マリンレコード
アクア、品川ありさ、高崎ひろか、西宮ネオン
つまり§§プロのアクア世代以下のアーティスト。
■ブロードレコード
ステラジオ、キープロス、立山みるく
つまりΘΘプロのステラジオ世代以下のフォーク系アーティスト。
■ヴェールレコード
Cry暗いクライシス、ビヨンドシー、香宮由佳、田倉真一など。
主としてファン層が20代の委託契約アーティスト。
報道発表で強調したのがヴェールレコードで、これは今まであまり積極的には売ってこなかった「セールスの小さなアーティスト」を主として配信方式で販売していくということであった。この手のアーティストはこれまで「将来性」を期待して投資するという考え方が濃く、売れ行きがあまりに悪ければ契約を切ることが多かったが、このレーベルではずっと将来に渡って少量でも構わないので、権利関係さえきちんとしている作品はどんどん売っていくものとした。販売チャンネルは自前の★★チャンネルのみでなく、他の配信会社やCDをオンデマンド方式で制作して大手通販会社に流すことも可能とした。他社も利用しやすいように敢えて合弁会社にしたのである。
「マリンレコードとブロードレコードの収益でヴェールレコードを運用するのでしょうか?」
という記者の質問に対して、松前社長は
「いえ。ヴェールレコードのみで採算を取ります。そのため徹底的な省力化をします。まあスタッフは兼任になりますけどね」
と答えた。
「ヴェールレコードってもしかして実質インディーズですか?」
「いえ、ちゃんとこちらで制作資金を提供して音源制作してもらいますし、ライブなども企画しますよ。原盤権の比率については相談に応じますけどね。もっとも今の時代は、もうメジャーとかインディーズとかで区分けする時代ではなくなりましたね。敢えてインディーズで活動するビッグ・アーティストも多いですし」
同日、2016年1月11日、§§プロは記者会見を開き、会社を分社化することを発表した。§§ホールディングという持株会社を作った上で、その配下に§§プロダクション、§§ミュージック、§§出版という3つの会社を置くものとした(手続き的には旧§§プロダクションが社名変更して§§ホールディングとなり、3つの100%子会社を設立する)。
§§プロダクションに所属することになるのが立川ピアノ(1983)、大宮どれみ(1984)、日野ソナタ(1984,副社長)、満月さやか(1989)、桜野みちる(1994), 明智ヒバリ(1997)。
一方§§ミュージックに所属することになるのが秋風コスモス(1991,社長)、川崎ゆりこ(1992,副社長)、品川ありさ(1999)、アクア(2001)、高崎ひろか(1999)、西宮ネオン(1999)である。
(上記の括弧内は生年度)
なお§§出版は権利管理会社である。
記者会見は§§プロ社長で§§ミュージックの会長である紅川さん、§§プロの副社長に就任することになった日野ソナタ、§§ミュージックの社長に横滑りした秋風コスモスの3人で行われた。
「まあ要するにお年寄りと若者の分離ですね」
と記者会見に同席した日野ソナタは言う。
「コスモスちゃんが社長やれてるんだから、あんたもお年寄り会社の社長やれと言われたんですが、私あまりビジネスセンス無いからと言って、副社長で勘弁してもらいました」
などと彼女は言っている。
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