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■夏の日の想い出・分離(3)
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そんな話をした数日後、支香から電話が掛かってきた。
「こないだ訊かれた件、私も急に気になったから仙台の母に電話して聞いてみたのよ。そしたら夕香の遺品はかなり処分したらしいけど、振袖は2枚あったのを取ってあるって。青い東京友禅のと赤い型押しのと」
「私が見たのは青いのです」
「じゃもしかしたらワンティスでデビューしてから買ったのかも知れないなあ。赤いのは成人式の時に着たやつだって、母は言ってたから」
「支香さん、お願いがあるのですが」
「うん?」
「その青い友禅の振袖、よかったら龍虎ちゃんにあげられませんか?」
「龍虎に? あの子、振袖なんか着るの? って、こないだから随分着せられてたね」
「たぶん、龍虎ちゃんはまだ幼い頃に、お母さんがその振袖を着ているのを何度も見ているんですよ。こないだから色々な振袖着せられているのを見てましたが、特に青い振袖を着た時に、凄くいい顔をしているんですよね」
「へー! 分かった。母に送ってもらうよ」
さてそのアクアであるが、『狙われた学園』の撮影は1月いっぱいで終了し、続けて『ときめき病院物語II』の撮影が始まった。
前回の視聴率が良く、次回も高視聴率が見込めることから予算も潤沢に使え、ギャラも良いので結局前回の主要キャストのほとんどが、そのまま出演できることになった。
当然アクアは高校に進学した佐斗志と、中学2年の友利恵という兄妹の双方を演じ、今井葉月(西湖)はそのボディダブルを務める。
友利恵の友人・舞理奈も前回通り馬仲敦美(ねらわれた学園の西沢響子役)、その兄純一の岩本卓也という配役もそのままである。ここで、友利恵と純一が「友だち以上恋人未満」の関係で、舞理奈と佐斗志は「相思相愛だけどお互いに言い出せない」関係という複雑な状況である。
また新しいキャラとして入院患者の女子中生に、ねらわれた学園でヒロインの楠本和美を演じた元原マミが出演し、そこに時々見舞いに来る友人として、ねらわれた学園に女生徒として出演していた3人の女子が設定されていた。この3人には役名は無いのだが、そのひとりを今井葉月が務めるということであった。
「今回、役名は無くて単に『友人3』なんですけど、セリフは2回に1回くらいあるよということだったので頑張ります」
と西湖は言っていた。
「でも女の子役なんだ!」
「監督が『お前は女顔だから女役』とおっしゃるので。でも映してもらえてセリフももらえるんだから嬉しいです」
「このまま、せいこちゃんはずっと女役のままかも」
と政子。
「え〜〜!?」
「その内、女役するのに違和感無いように、おっぱい大きくしろとか言われたりして」
「おっぱいかぁ・・・」
と言って西湖が少し考えているようなので
「やはり、おっぱい欲しいの?」
と政子が訊く。
「別に欲しくないです」
と西湖は言ったものの、何だか悩んでいる雰囲気であった。
「でも西湖ちゃん、女の子役するんなら、万が一にもヒゲとかあったらまずいでしょ?どういう処理してる?」
「もうそれはレーザー脱毛しちゃいました。足の毛もですけど」
「おお」
「男として生きていくとしても別にヒゲは必要無いし。むしろ毎朝剃らなくてもよくて便利かな、と」
「まあそれは言えてるよね」
「でも『男として生きていくとしても』ということは『女として生きていく』という選択肢もあり?」
「そんな。僕、別に性転換とかはするつもりないですよぉ」
「女の子になったら普段でも可愛い服着られるのに」
と政子が唆すと、西湖はまたまた悩んでいた。
「女の子役をする時は女の子下着を付けるんでしょ?」
「ええ、そうです。友人3役も、友利恵の代理する時も、ちゃんと下着から女の子のを付けてますよ。そうしないと女の子の気持ちになって演技できないんです」
「じゃ女の子下着は慣れた?」
「もうこれ1年やってますから。実は最初の頃は女の子パンティ穿いたりブラジャーつけたら立ってしまって困っていたんですよ」
「ああ、それは健全な反応」
「それで最初の内は監督に言われて撮影前に抜いたりしてたんです。一度抜けば半日くらいは立たないから」
「私、男の子の生理が分からないけど、そんなに半日ももつもの?」
と政子が疑問を呈する。
「え?違います?」
「うーん」と悩んでみたが、私も政子もそのあたりは不確かだ。
「アクアさんは、さすがで女の子の下着で別に興奮したりしないそうです。偉いなあと思っています」
「あの子の場合はちょっと・・・」
と私は言いかけたがやめておいた。
「でも男の子って大変ね」
と政子。
「今はパンティやブラ付けてもスカート穿いても全然平気になっちゃいましたけどね。やはり慣れですね」
と西湖。
「普段も女の子下着つけてる?」
「結構つけてますよ。慣れておかないといけないと思ったから。アクアさんからWingの商品券を分けてもらったんですよ。例の番組でもらったものらしいですが」
「なるほどー」
「それでアクアさんも愛用しているというプリリとか買ったんですけど、なんかいい感じですね」
「・・・」
「やはり、せいこちゃん、女の子下着にハマったね」
と政子が言う。
「え〜〜!?単に仕事のために練習しているだけですよぉ」
と西湖は少しギクッとしたような顔で言った。
「しかしそうか。アクアはプリリの愛用者か」
と言って政子は楽しそうな顔をしていた。
福留さんがKARIONに提供してくれる最後の詩となった『雪の世界』には1月20日になって「何とか曲を付けたよ」という連絡が相沢孝郎さん本人から和泉に直接あり、手描きの五線譜をFAXしてくれた。向こうは1月10日が弟さんの五十日祭(仏教の四十九日相当)だったらしいが、弟さんが実家で経営している旅館の社長を務めていたこともあり、その引き継ぎ問題などでかなり大変らしい。いったん孝郎さん自身が社長に就任したという話であった。
「まあ俺はこれまでも名前だけの専務だったんだけどね」
と電話の向こうの孝郎さんは言う。こちらはスピーカーモードにしている。
「そうだったんですか!?」
「だから名前だけの社長だな。取り敢えずは、うちのばあさんが会長なんで、会長を中心に運営していく」
「お祖母さん、おいくつですか?」
「80歳だけど、見た目はまだ60代に見える。凄い元気だよ。毎朝ジョギングしているし。スキーも上手いし。仕入れに行くのに今の時期はスノーモービルで走り回っているし」
「ひゃー」
「うちの親父のお姉さんと思われていたりする」
「凄いですねー」
「でも本当にお忙しい所すみません。でも凄くきれいな曲ですね」
と取り敢えず楽譜を斜め読みした和泉が言う。
「今まさにこちらは雪の中って感じでさ。その雪を見ながら書いたんだよ」
「歌詞もきれいだし、曲もきれい」
と私も譜面を見て言う。
「こちら少し揉め事が起きててね。申し訳ないけど、しばらく戻れないから妹を使って音源制作を進めておいてくれる? 妹は昨日東京に戻った。社長にもちょっと状況報告を別途しておくから」
「分かりました」
それでこの曲ではシンセサイザで出した風の音に、私と夢見のツイン・ヴァイオリン、風花のフルートをフィーチャーして、美しい演奏に仕上げた。ギターは例によって孝郎さんの妹の海香さんが弾いてくれた。
「私も名前だけと言われて常務にされちゃった。まあ私はあの旅館に関わるつもりはないけどね。社長やれとか言われたらもう旅館閉めちゃうよ」
などと彼女は言っていた。
「でも海香さんって、お勤めとかじゃないんですか? 多大な時間を取って頂いていて申し訳無い感じで」
「ああ。私は学生だから時間の自由が利くのよ」
と海香さん。
「あれ?学生さんですか。じゃかなり年の離れた兄妹なんですね」
相沢孝郎さんは1980年生まれの35歳である。
「うん。10歳離れている。でも私は今大学院博士後期課程」
「博士課程ですか!凄い」
「博士号取ってから、どこかの研究室に入りたいんだけどね」
「そんな凄い人とは思わなかった」
などと小風が言っている。
「凄くない凄くない。だいたい私、親のスネかじってゲーム三昧してる女とか思われていたりする。まあ実際は兄貴のスネかじってるけど」
などと海香さんは言っている。
「ご専門は何ですか?」
「音響工学」
「何か凄い」
「楽器の音の響きかたとか研究するんですか?」
「ああ、ライブハウスとかで演奏してると、つい一番音の響きの良いスポットはどこだ?と歩き回りながら探しちゃう」
「おぉ!」
私がローズ+リリーのほうの作業で結局11月いっぱいまで時間が取れなかったため、KARIONのアルバムの制作の方は、どんどんスケジュールがずれ込んでいたが、何とか1月中旬までには制作すべき楽曲が全て揃った。
今回は『メルヘンロード』ということで、童話の世界をテーマにしたアルバムである。
福留彰/相沢孝郎『雪の世界』
櫛紀香/黒木信司『青い鳥見つけた』
ゆきみすず/すずくりこ『まぼろしの君』
広田純子/花畑恵三『こぶたの姉妹』
樟南『長い夏休み』
マリ&みそら/春美『おむすびいっぱい』
岡崎天音/大宮万葉『白兎開眼』
スイート・ヴァニラズ『戦え赤ずきん』
葵照子/醍醐春海『ツンデレかぐや姫』
葵照子/醍醐春海『待ちくたびれたシンデレラ』
森之和泉/水沢歌月『白雪姫は死なず』
森之和泉/水沢歌月『目覚めた眠り姫』
森之和泉/水沢歌月『鬼ヶ島伝説』
森之和泉/水沢歌月『夏祭りの夜に』
櫛紀香/黒木信司『青い鳥見つけた』はメーテルリンクの『青い鳥』をベースに身近にあった幸せに到達したカップルの喜びを歌っている。ポップなサウンドで作曲者の黒木さんのサックスがなかなか素敵である。
ゆきみすず/すずくりこ『まぼろしの君』は幻想的な作品である。スローテンポな4拍子の曲に、黒木さんのソプラノサックスと風花のピッコロをフィーチャーして透明感を出した曲に仕上がった。
広田純子/花畑恵三『こぶたの姉妹』は「三匹の子豚」を下敷きにした作品だがここで出てくる4匹の子豚は女の子である。おっとりした長女、おしゃれに熱心な次女、甘いものに目が無い三女、変わり者の四女が出てくる。この曲に関してはローズ+リリーの『コーンフレークの花』のPVを制作してくれたスタジオにアニメーションのPVを発注した。
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