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■寒里(7)
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翌日。8月4日(水)。菊枝と青葉は、最初越智の会社に行ってこの件の報告をした。
「そうでしたか。。。。ありがとうございます。彼女が自立するための資金とか提供した方がいいのかな・・・」
「それは止めましょう。また関わりを作ることは、結局前の状態を繰り返すだけですよ。前回手切金を払って別れた。もうそれでおふたりの関係は終わっています。新たな関わりを作るのは問題を複雑にするだけです」
「そうですね。分かりました。一切関わらないことにします」
「それと、彼女からもらったものとか、彼女と一緒に使ったものが御自宅や会社にあったりしませんか?それを全部処分して頂きたいのですが」
「心当たりあります。山園さんにお渡しすれば良いですか」
「はい。回収していきます」
越智は自分の机の引出しから、ボールペンやフォトフレームなど何点かを菊枝に渡した。その後、御自宅へ一緒に行き、ハンカチやネクタイ、などを渡した上で奥さんに
「済まん。悦子、悪いけどいつも使っている****のバッグを出して欲しい。新しいの買ってあげるから」
と言った。
「えーー!?」
と奥さんは言ったが、
「もしかして、これあなた『彼女』と一緒に選んだの?」
と訊いた。
どうもこの件が夫の愛人絡みではないかと疑っていたのだろう。
「申し訳無い」
と越智は頭を床に付けて謝った。
「いや、その・・・お前の誕生日のプレゼントするのに、どんなの選んだらいいのか分からなくて、それでつい相談してしまって・・・」
「分かった。じゃ、山園さん、処分お願いします」
と言って、奥さんはバッグから中身を出して菊枝に渡す。
「バッグはいいから、ダイヤの指輪とか欲しいな」
「分かった。買ってあげるよ。お前と一緒に見に行こう」
「うん」
というので妥協が成立したようであった。
その後、菊枝とふたりで奥さんのヒーリングをした。分泌系にかなりの乱れがある。菊枝はその修復をしていたが、ハッと気付いたように、青葉に
『ね。子宮のあたり、何か変じゃない?』
と心の声で訊く。
青葉は肉眼ではその付近がよく分からなかったので鏡を起動してよくよく観察した。
『小さいけど癌が出来てる。数ヶ所。これ多分MRIでもまだ発見できない』
『治せる?』
『この程度なら焼き切る』
『やって』
『うん』
『あ、ちょっと待って』
菊枝は奥さんに声を掛けた。
「奥様、子宮の付近に色々毒素が溜まっているようで。こういうの得意な川上にそれを絞り出させます。一時的に体調が悪くなるかも知れませんが、それを超えたら、確実に今までより良くなりますので」
「分かった。お願いします」
菊枝がいったん奥さんの身体から離れ、青葉は鏡を起動したまま、病変の箇所を再度しっかり確認する。そして光を照射!
「う」
と奥さんが声を立てる。しかし構わず連続照射して、病変のできていた箇所全ての癌細胞を退治した。
「終わりました」
「ごめん。ほんとに少し気分が悪い」と奥さん。
「では30分ほど休憩しましょう。そのあとまた普通のヒーリングをします」
紅茶でも入れましょうかと言ったら、奥さんはローズヒップティーを飲みたいと言ったので、菊枝が御主人に場所など尋ねてお茶を入れ、奥さんに飲ませる。それで少し気分が良くなってきたようだ。
「このヒーリング、今日だけじゃなくて後何度か続けた方がいいのですが」
「良かったら月に1度くらいでも来て頂けないかしら。高知から大変かも知れないけど」
「いいですよ。では今年いっぱい、毎月1度こちらを訪問させて頂きます。私の学校があるので、土日とかでもよろしいでしょうか」
「はいはい。あ、大学生だっけ?」
「いえ。高校1年です」
「うっそー!? 20歳くらいかと思ってた。とても若い霊能者さんだなとは思ってたけど」
「恐れ入ります。だいたい私年齢が結構上に見られるみたいです。ちなみに川上は何年生くらいだと思いますか」
「えっと、小学4〜5年生くらいかなと思ってたけど・・・まさか2〜3年生とか」
「小学1年生ですよ」
「えーーー!?」
「それと」と言って菊枝は青葉に意味ありげに笑いかけてから
「この子、実は男の子なんですよ」
と言うと
「うっそーーーー!?」
と本当に驚いたような声を上げた。
「何か呪術的な意味で女装してるの?」
「あ、いえ、私は自分では女の子と思っているので。ただ戸籍が男になってるんですよね」
「ああ。それは別にいいんじゃない。戸籍なんて割とどうでもいいものよ」
と言って、奥さんは微笑んだ。
「可愛いお嬢さんだと思うよ」
と奥さんが言ってくれたので青葉は嬉しかった。今回はとにかく男の子として扱われることが多くて、参っていたのである。
結局1時間の休憩をはさんでヒーリングを再開した。ホルモンを分泌する主体は女性器にあるのだが、指令を出しているのは脳下垂体である。菊枝は悦子の身体の波動の調整をしていて、脳下垂体から女性器につながるリンクが分断されていることに気付いた。
『ね、ね、青葉ちゃん。ここの付近で気が通りにくくなってるでしょ』
『ええ』
『これ通せるようにできないかなあ』
『あ、多分できると思います。菊枝さん、ちょっと下がって』
『うん』
先ほどは病巣を「焼き切る」のに鏡を使ったのだが今度は壁をぶち抜いて道を通すのだから剣だと青葉は思った。剣を起動する。先を細くしてミクロの世界で働くようにする。そして鏡で気の経路をしっかり見定め、壁が出来ている所を
貫いた!
奥さんが「え?」という声を立てた。
菊枝が近寄って観察する。
『おお、凄い。通ってる、通ってる。青葉ちゃん、あんた、とっても優秀』
『えへ』
「奥様どうですか?」
「何だか、今凄く気分が良くなった」
「ヒーリングが終わったらお風呂に入って下さい。ゆっくり1時間くらい掛けてぬるめのお風呂に入ると、更に回復しますよ」
「ほんと? ありがとう」
その後、御主人のヒーリングをしたが、こちらはそう大きな問題は無かった。肝臓が少し疲れているようなので、お酒の量を減らした方がいいですとアドバイスした。本人も自覚しているようで気をつけると言っていた。
やがて中学生の舞花、高校生の虎之介が帰宅する。ふたりにもヒーリングをしたが、虎之介はそれほど問題無かったものの、舞花はやはりホルモン系の乱れが見られたので、奥さんの方と一緒に今年いっぱいヒーリングすることにした。本当にこの呪いは女性中心に掛かっていたのだ。
「私、けっこう生理の周期が不安定なんですけど、それ治ります?」
「ええ。治りますよ」
と菊枝は微笑んで言った。
ふたりの持ち物の中にも、例の彼女に関わるものがあったので回収して19時ころ、越智邸を辞した。そして、回収したものの処分はやはり千壽子の所である。ふたりは今度は電車で江別市に移動した。昨日の呪具とは違い、今日のは周囲に悪影響を及ぼすようなものではない。ただひとつ、****のバッグを除いては! 菊枝はそれを保冷用のアルミのバッグの中に収めていた。
「それいいですね」
「うん。ホームセンターで売ってるし。折りたたんでコンパクトにできるし。金属製のものは遮蔽効果が強いね」
「私も用意しておこう」
「うんうん」
また千壽子の家で祈祷をし、それから庭でお焚き上げである。
「ご近所では芋でも焼いてるのかと思われてるかもね」
「この火で焼き芋したらどうなるんでしょ?」
「そうだね。呪いの芋の出来上がりかな」
「ちょっと嫌かも」
ふたりはその日も千壽子の家に泊めてもらい、翌日北海道を発つことにした。
新千歳空港に行き、トイレに入ったら、またまた例の「変態呼ばわり」少女と遭遇した。彼女は今日もパンツルックだ。パンツの方が好きなのだろう。
「また女子トイレに入ってるし」と彼女。
「私は男子トイレに入ったことなんてないよ」と青葉。
「ふーん。生まれつきなのか。今日はまたスカート穿いてるし」
「そうだね。生まれつきの変態かな。スカートはいつも穿いてるよ。でも、こないだは無事だった?」
「ああ。ちんちん付いてないことを確認してもらって、お陰で警察には行かずに済んだよ」
「ちんちん付いて無くて良かったね」
「あんたもちんちん付いてなければ良かったのかな」
「そうだね。いつもそう思ってるよ」
「私はホントは、ちんちん欲しかったよ。これも変態かな」
「ああ、そういう女の子は時々いるよ。別に変態じゃないと思うよ」
その時、警備員さんが女子トイレに入って来た。40歳くらいの女性だ。そして青葉たちを見ると「ちょっとあんた男の子じゃないの?」と、変態呼ばわり少女の方に声を掛けた。
青葉と少女は顔を見合わせる。
「違います。私、女です」と少女。
「この子、時々間違えられるけど、女の子なんですよ」と青葉。
「ほんとに? あんたこの子をかばってるんじゃないよね」
「一緒にお風呂入ったこともありますよ。確かに女の子でした」
「そう? ならいいけど」
というと、警備員さんは個室の列を見て回ってから、外に出て行った。
青葉と少女は顔を見合わせて笑った。
「あんた、でもお風呂はどっちに入るのさ?」と少女。
「こないだは登別温泉に泊まったけど、女湯に入ったよ。私、今まで男湯には入ったことないよ」
「へー。でもまだ小学校の低学年くらいまでは、男の子が女湯に入ってもとがめられないだろうね」
「私は大きくなっても男湯に入るつもりはないけど」
「逮捕されても知らないよ」
と少女は言ったが、目が笑っていた。
ふたりは何となく握手をして別れた。
菊枝と合流した時、青葉が楽しそうな顔をしていたので、菊枝から
「何かあったの?」
と訊かれたが、青葉は「いえ、別に」と答えた。
「でも菊枝さん」
「ん?」
「こないだ、タクシーに乗った時、運転手さんがニューハーフのタレントさんとか言ってたでしょ」
「うん。ニューハーフって、女の人の格好してる男の人?」
「そうだね。生まれた時は男だったけど、女になっちゃった人かな」
「声が男だったと言ってましたよね」
「そうだね」
「声って・・・どうにもならないの?」
「そうだね・・・」
菊枝は少し考えるようにした。
「私少し練習したからさ、こんな感じで男っぽい声出せるよ」
と菊枝は男装していた時に使っていた男声を出してみせた。
「男の子はみんな11歳くらいになったら声変わりして男の声になっちゃうけどたぶん練習すれば、女声も出せるよ。私、個人的に女声で話すニューハーフさん知ってるよ。普通に女の人の声にしか聞こえないよ」
「わあ・・・」
「あるいは声変わり自体がしないようにしちゃうかだね」
「できるの?」
「声変わりが来る前に、睾丸を取っちゃえばいいのよ」
「あ・・・」
「睾丸から男性ホルモンが出て、声変わりを起こすからね。睾丸を取っちゃえば声変わりは来ない。昔、カストラートっていって、声変わりが来ないように、ボーイソプラノを保つために、睾丸を取っちゃった男性歌手がいたんだよ」
「カストラート・・・・。それ、女の子になりたかったの?」
「違うと思うよ。単に声変わりが来ないようにするためよ。昔は教会で女性が歌うのが禁止されていたから、女性の代わりにソプラノを歌うために睾丸を取ってたのね」
「歌うためだけに?」
「歌の上手な子には、カストラートにならないかって、随分誘ってたらしいよ」
「きゃー」と言ってから青葉は
「それって、今でもするんですか?」
と尋ねる。
「もう今はカストラートは禁止されてるよ。でも青葉ちゃんは逆に睾丸取って欲しかったりしてね。ついでに歌もたくさん練習して、ソプラノ歌手を目指す?今からしっかり高音の発声を鍛えていれば、声変わりしちゃった場合でも、ソプラノひょっとして出るかもよ」
「あ、いいな。それは本当に練習しよう」
「あと、睾丸を取れば、ヒゲとか生えてくることもないし、身体が男っぽくなることもない。ただし、子供は作れなくなるよ。睾丸に子供を作る元が入ってるから」
「へー」
「でも逆に今は小学生の睾丸を取ってくれる所なんてないよ。むしろ女の子になりたくて睾丸を取る人はいるけど、手術は20歳以上でないと、してくれない。とっくに声変わりも済んで、身体つきもかなり男っぽくなってしまってからしか手術してくれないって、理不尽だけどね」
「ああ・・・・」
「まあ声変わりなんて、まだ4年くらい先のことだしね。それまでゆっくりと自分の生き方を考えるといいよ」
「はい」
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